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《4・流れて来た男》 ~カレル~

『東のミツキ村が何者かに襲われて、住人が皆殺しにされた』

そんな知らせが来たのは10日ほど前のことだ。

酒場で『犯人は鍛冶屋の息子で、武器を持って逃げているらしいぜ』と吹いている奴がいたが、怪しいものだ。

ナインステイツは島国で、人も物も国の玄関口であるここサセホを通らないと出入国はできない決まりだ。

そして言うまでもなく、殺人は重罪だ。村ひとつ全滅させたとなれば…兵士たちは犯人を血眼で探すだろう。

もし本当に鍛冶屋の息子が犯人なら、真っ先にサセホに…さらにはサセホ以外の主な町にも2日とかからずそいつの手配書が回され、主だった街道には検問が敷かれ、兵士たちが配備されるはずだ。

船乗りたちも危険を冒してまで犯罪者を匿うことはしない。

そんなことしてもし見付かれば自分の首が無くなるからな。

ミツキ村は国の北東部の海沿いにあるから、手漕ぎのボートなんかで東の隣国オオエドへ逃げるってのは方法としてはありかもしれないが、向こうも不正入国は重罪だ。オオエド側の監視員に見付かれば恐らく命は無いだろう。


それに…。

俺は自らの腰に帯びている剣を見た。

我がグランド家は、かつてはこの一帯を治めていた領主だった。

同じくいち領主であったスターライト家とは元々友好関係にあり、同家により国家統一がなされてからはサセホでこの国に出入りする人や物のチェックや近海に出没する海賊から船を守る『ホークアイ』という海上自警団を任されている。

今は俺が『ホークアイ』所属の水兵たちを率いる頭領(とうりょう)なんだが、この剣はおよそ20年前…先代である親父が急逝して当時18だった俺が頭領を継ぐことになった時、親父と付き合いのあった鍛冶屋のグレン・トライヴァル氏がくれたものだ。

…彼が作った最後の武器、ということになる。


グレン氏はその後城下町で武器を作るのをやめて故郷のミツキ村に帰って行った。

自身は若い頃武器作りをよしとしない父親に反発して都に出てきたが、奥さんとの間に待望の子供ができて、子供には武器作りを見せたくないと思ったそうだ。

無事に生まれていれば19にはなるはずだ。

噂になっている『息子』のことはよく知らないが、少なくともグレン氏は息子を武器を振り回して他人を傷つけるような馬鹿には育てないはずだ。


俺は噂の真偽を確認するためフレデリック王子への謁見を願い出た。王子がミツキ村の件を調査していると聞いたからだ。

そして…それは比較的すぐに叶った。

「カレル、久しいな」

王子はすらりと背が高く、どちらかというと陛下より今は亡き王妃に似た美男子で、その剣の腕は『ナインステイツ最強の騎士』と(うた)われるほどだ。当然、女性たちの憧れの的だが、浮いた噂は全く無い。

「フレデリック王子。東部のミツキ村の変事に関する噂を聞きました」

「もうサセホにまで広まっておるのか…」

「噂によると犯人は鍛冶屋…グレン・トライヴァル氏の息子だということですが、本当なのでしょうか?」

「断じて違う」

王子ははっきりとそう言い切られた。

「私は当人と話をしたが、家族と故郷を愛する純朴な青年であった。彼は犯行がなされたとされる時間帯には父親に頼まれた用事で村を留守にしていた。裏付けとなる証言も複数人から得ておる。それでも彼を貶める噂を流す者がいるならば…」

王子の目がすうっと鋭くなった、

「…何人(なにびと)であろうと、この私への侮辱と受け取る」


王子自らが鍛冶屋の息子は犯人ではないと判断し、陛下もそれを妥当とみなされた。

鍛冶屋の息子を犯人扱いするのは暗に『フレデリック王子には人を見る目がない』と言うようなものだぞ…ということだ。

(かしこ)まりました。…しかしそれでは、一体何者がミツキ村を襲ったのでしょうか?」

「それなのだが、実は…」


 ― ― ― ― ― ―


「アニー!大変だ!」

フレデリック王子からその話を聞いた俺は大急ぎでサセホに帰り、妻アニーのもと…すなわち彼女が切り盛りしている酒場に駆け込んだ。

「何だいカレル、『ホークアイ』のお頭ともあろう者がそんなに慌てて。…ほら、水飲んで落ち着きな」

俺はアニーが差し出したグラスの水を一気飲みして息をついてから彼女に告げた…、

「一昨日、東のウーサ村が突然現れた黒いバケモンに襲われてかなり死者や負傷者が出たらしい。ミツキ村を襲ったのもそいつの仕業だ」


「ミツキ村だって!?」

カウンター…アニーの斜め前に座っていた男が勢いよく立ち上がり、俺の腕を掴んできた。

「それ、本当なんですか!?」

まだ20歳になるかならないかぐらいの若い男だ。

「あぁ。ミツキ村に残っていた足跡が、ウーサ村を襲ったバケモンが残した足跡と一致したそうだ。ちゃんとした筋の情報だから間違いねぇ。今のところ鍛冶屋の息子が犯人って噂だが、根も葉もないデタラメさ。近々正式発表がなされるだろう」

「そう…ですか……」

男は俺の腕を掴んでいた手を離し、うなだれた。その顔を見て、俺は彼が何者なのか察しがついた。

「…なぁお前さん、ひょっとしてグレン・トライヴァルさんの息子じゃないか?」

「…はい、そうです」

「俺はカレル・グランド。親父さんとは古い知り合いだ」


俺は彼…シンと名乗った…に我が家の空き部屋を下宿として提供し、『村が元通りになるまではここを家だと思ってくれ』と言った。

親父さんのグレン氏に世話になったこともあるし、シンの境遇を聞いて力になってやりたいとも思ったし、シン本人のことも気に入ったからな。

アニーも賛成してくれたし、2歳になる娘のフィリアもすぐに懐いたようだ。

シンは長さ1メートルは軽くありそうな、両手持ちのやたら重い大剣を持っていた。

ミツキ村がやられた後、自分で作ったのだという。

グレン氏は息子に武器作りは教えていないはずだが…蛙の子は蛙、鍛冶屋の倅は鍛冶屋ってか。

『人間であろうがなかろうが、俺の家族を殺したヤツには死をもって償ってもらうつもりだ』とシンは言った。

家族や友達、それに故郷を一度に奪われたあいつがどんな想いであの剣を作ったのかを考えると…止めろとは言えなかった。

俺だってもしアニーやフィリアが傷つけられたり殺されたりしたら…とてもじゃないが冷静ではいられないからな…。

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