《12・隣国の女剣士》 ~シン~
「お嬢ちゃん。ここだと周りがうるさいから表に出ようか」
俺はカウンター前にいた外国人の女の子にそう話しかけた。
彼女はこくりと頷き、素直に俺たちについて来た。
年の頃は18歳前後。
すらりと細く、丈の短いワンピースの上に長いマントを羽織り、長い髪を頭のてっぺんよりやや後ろで束ねて花の髪飾りを着けている。
綺麗な子だけど、目が鋭いせいか少し冷たそうな感じがする。
細身の剣を帯びているところを見ると一応剣士なんだろうが、盾は持たず、両方の腕に着けたガントレットらしきもの以外は防具らしい防具も着けていない。俺も剣士にしては軽装備だが、俺の剣は盾代わりになるし、最低限、胸と腹を守る防具は着けている。
彼女は何も言わず俺を…さらに俺の後ろにいるカイをじっと見ていた。
しばらく無言でにらめっこした後、俺が先に口を開いた、
「お嬢ちゃん、言葉は大丈夫だよな?」
「…話すのは、少し苦手。言っていることは、理解、できる」
どうやら言葉の理解自体は問題無いが、他人と喋ることがあまり得意じゃないようだ。
言葉を短く区切って喋るのでぶっきらぼうに見えなくもないが、まぁそれも個性だ。
「俺はシン・トライヴァルだ」
「シノブ…シノブ・アオイ」
「シノブか。名前とその服装からして、東のオオエドの民だな?」
彼女は黙って頷いた。
オオエドはナインステイツの東に位置し、魔法の概念はない代わりに工業技術が進んだ島国だ。
両国間には不可侵条約が結ばれているが、龍どもが東側から攻めてきたってことでオオエドからの攻撃ではないかと疑っている者もいる。
俺はそこまでは思わないが、彼女はオオエドがこの国の内情を調べるために送り込んだスパイなんじゃないかと考えた。
考え過ぎである可能性も高いが…一応、確認しておくか。
「シノブ。お前さん、ナインステイツに知り合いがいるとか、何か特別な思い入れがあるって訳じゃあ…ないよな」
彼女は黙って頷いた。
「…だったら、なぜ危険を冒してまで参戦しようっていうんだ?」
「…私、自身の、ためだ」
「自分のため?」
そう尋ねると、シノブは小さく笑みを浮かべた。
「…シン。あなたは私を、オオエドの、スパイでは、ないかと、疑った…が、確信、には、至って、いない。違う、かな?」
「はっきり言うなぁ…」
「あの酒場で、そんな、話をすれば、私が…どちらだろうと、大騒ぎに、なる…。だから、連れ出した。そう、だろう?」
俺は苦笑いするしかなかった。
こちらの考えはとっくに読まれていたようだ。
「…オオエドも、かつて、龍に襲われた。…正しくは、反政府派の、者が、龍に似せて、作った、破壊、兵器に。私は…」
シノブはそこで言葉を切り、胸の前で拳を握りしめた。
「私は、自分の、弱さゆえ、仲間の、足を、引っ張って、しまった。だから、強く、なりたい。他意は、無い」
「そう弱そうには見えねぇが…見たところ身軽そうだな。武器、見せてみな」
シノブは自らの剣を鞘ごと差し出してきた。受け取って、ちょっと抜いてみる。
「細身の片刃剣だな。材質は鋼か。しかし…こりゃすげぇ業物だな…」
俺も一応鍛冶屋の端くれだ、武器を見れば分かる。
俺の剣が使い手の腕力や剣そのものの重みも使って“断ち斬る”ものなのに対し、彼女の剣は純粋にその切れ味をもって“斬る”ものだ。
「オオエドでは“刀”と呼ぶ。…その、少年を、連れている、ところから、して、あなたは…有資格者、だろう?私の、参戦も、認めて、貰えない…かな」
どうやら、ギルドの掟のことも理解しているようだ。
「…シノブ。異国の民だっていうだけで色眼鏡で見るヤツもいるんだぞ」
「分かって、いる。もし私が、この国に、害を為す、者、だった、時は…その、剣で、斬り捨てて、くれて、構わない」
彼女は俺を真っ直ぐに見上げてきた。
その目は真剣だった。
「…分かった」
俺たちは酒場に戻り、シノブも仲間に加えることにした。