屋根裏の塵芥共へ
「―――ああ、今終わったところだ。もう少しで帰れると思うから待っててくれ」
俺は妻からの電話を切ると、スマホを懐へとしまう。
するとそれが鼻先に当たり、俺は空を見る。
どうりで寒いはずだ。雪が降り始めていたのだ。俺はスーツに積もっていく雪を払う。
「……ねえ。ちょっとだけさ、頼み聞いてくんない…?」
と、振り向いた先にいたのは一人の女性。まだあどけなさが残る彼女は地べたに座り込み、ギターを握る。
「あのさ…一曲だけ、聞いてってよ…」
風貌から推測するにストリートミュージシャンでもあるのだろう。
生憎と音楽には興味ないのだが、女性には優しくしろとよく妻に言われているため、俺は溜息をつきながら彼女の傍へ歩み寄る。
「ありがと…じゃあ社畜なオジサンにピッタリな曲、歌ってあげる」
俺はまだオジサンという歳でもないわけだが。それも許し耳を欹てる。
彼女の指先は震え始めているが、負けじと力強く弦を弾き。深夜の路地裏に、彼女の歌が響き渡っていく。
屋根裏の塵芥なんかにはなりたくない
この窓を蹴破ってでも飛び出てやる
ふわりふわりと綿毛のように私は
自由な空に旅立つ
バイバイ屋根裏塵芥共よ
「どう…だった…?」
震えながら、息も切れ切れに尋ねる彼女へ俺は「才能がない」と一蹴した。
すると彼女は静かに笑い、目を伏せた。
「残念…せめて最期にさ、社畜オジサンに一泡吹かせたかったのに―――」
直後、吐き出された鮮血が彼女の衣服を汚す。
それからほどなくして。その真っ白な吐息が途切れた。
「―――はい」
電話の相手は雇用主である会長だった。
浮気の証拠は回収出来たか。脅迫してきた女は始末したのか。と、電話の向こうで喚いている。
「問題ありません。全て滞りなく終えたところです」
すると会長は「馬鹿が、恩を仇で返すからこうなるんだ」と、怒声と共に電話を切った。
「塵芥になりたくない、か―――こんな手段を選んだ時点で、所詮は君も塵芥程度だがな」
そう呟き踵を返した俺は、何事もなかったかのように大通りの人混みへと紛れていく。
そして独りとり残された彼女は、そのまま動くことはなく。
しんしんと降り続く雪は―――まるで屋根裏の塵芥の如く、眠る彼女へと積もっていった。




