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実感がまだ湧かなくて。

 






 帝国に到着したのは一瞬のことだった。


 魔法というのは本当に便利である。


 わたし達はこの国の官僚らしき人々に出迎えられ、ディザーク殿下はそれらの人々と一言二言会話をした後、わたしをエスコートしながら部屋を出た。


 転移門のあった部屋は、王国と同様に何もない部屋だったものの、そこを出ると景色が一変する。


 ……うわあ、豪華……。


 王国の王城もかなり美しいと思ったけれど、帝国はそれ以上だった。


 華やかで豪奢だけれど、決して下品ではない。


 足元に敷かれた赤い絨毯はきっとかなり高級なものなのだろう。歩いても足音が一切しない。




「こちらだ」




 ディザーク殿下について行く。


 右へ左へ、階段を上ったり下ったり。


 どこのお城も複雑な造りは同じらしい。


 歩いていくうちに段々と警備の騎士達が増えていることに気が付いた。


 皇帝陛下のいる部屋が近いのだろうか、と思っているとディザーク殿下が立ち止まる。


 両開きの扉は左右に騎士が立っていた。


 ディザーク殿下が問うようにわたしを見たので、一度深呼吸をしてから、頷き返す。


 扉を、ディザーク殿下がゴツゴツゴツと叩いた。


 中から扉が開けられ、使用人らしき人が出てくる。


 わたし達を見ると心得た様子で扉を大きく開けて、脇へ避けてくれたので、ディザーク殿下と共に中へ入る。


 そこは応接室らしかった。


 でも、使用人が扉を閉めると、すぐに別の扉へ向かい、そちらを開けながらわたし達を見る。


 ディザーク殿下が歩き出したので、わたしもくっついてその扉を潜った。


 そうして、少しだけ驚いた。


 これまでの豪華さから一転して、その部屋は、あまり華やかさがなかったのだ。


 品はあるものの、実用的な感じがする。


 そんな部屋の、大きな机の向こうに人がいた。


 微かに光を受けてキラキラと輝く銀髪が綺麗だ。


 男性にしてはやや長髪で、三十代前半か半ばくらいだろうか。


 顔を上げたその人と目が合って、あ、と思う。


 ついディザーク殿下を見上げてしまった。


 ……瞳の色が同じだ。




「ただいま帰還いたしました、陛下」




 陛下と呼ばれた男性がふっと笑った。




「お帰り、ディザーク。ご苦労だったね」




 その視線がもう一度、わたしに戻る。




「君が聖女召喚に巻き込まれた子だね。さあ、話も長くなるだろうから、座るといい」




 手で、大きな机の前にあるソファーとテーブルのセットを示された。


 ディザーク殿下がわたしをソファーへ座らせて、自分はわたしの斜め前に腰かけた。


 ……ってこれ、皇帝陛下と真正面から向かうことになるんですけど!! え、こういうのはディザーク殿下が座るべきじゃない!?


 内心で焦っていると、目の前のテーブルにティーカップが置かれた。


 先ほど室内へ招き入れてくれた使用人が用意をしてくれたようだ。




「ありがとうございます」




 ……そういえばマリーちゃんもいない。


 大丈夫かなあ、と少しだけ心配になった。


 使用人の若い男性はニコリと微笑んで下がった。


 ソーサーを持ち、ティーカップを持ち上げる。


 ……なんか、凄くいい匂いがする。


 誘われるまま、そっと一口飲んでみた。




「美味しい……」




 ほのかな甘い香りに微かな渋み、でもすっきりとした飲みやすいものだった。


 ちょっと緊張していた気持ちが和らぐ。




「私もディザークも愛飲している紅茶なんだ」




 ふふ、と皇帝陛下が小さく笑う。




「改めて、私はこの帝国の皇帝、エーレンフリート=イェルク・ワイエルシュトラスだ」


「篠山沙耶といいます。篠山が家名で、沙耶が名前です。どうぞ、沙耶と呼んでください」


「ああ、そうさせてもらおうかな」




 帝国の皇帝陛下と言うから、もっと威厳に満ちたいかつい感じの人かと想像していたが、目の前にいる皇帝陛下は正反対だった。


 ……なんという美形。


 ディザーク殿下はややきつい顔立ちの美形だが、皇帝陛下は穏やかそうな甘い顔立ちの美形である。


 方向性は違うが美形兄弟というわけだ。




「ディザークから大体の話は聞いているよ。君は召喚に巻き込まれた一般人で、王国ではあまり良い待遇を受けられなかったそうだね。だから我が国に来たがった」


「はい、そうです。でもディザーク殿下の婚約者になるとは思ってもいなかったので、自分でも驚いています。わたしは皇弟殿下の婚約者として相応しい人間ではありませんから」


「確かに異世界人で若い君には皇弟の婚約者は重荷だろうね」




 でも、と皇帝陛下が言う。




「ディザークの、皇弟の婚約者は特に役割があるわけではないから安心してほしい。むしろ、婚約者の立場としては何もしなくていい。私達は兄弟で継承権を争うつもりはない」


「そのようですね。わたしとしても三食昼寝付き、衣食住に困らなければそれでいいので、ディザーク殿下には皇弟殿下のままでいてほしいと思っています」


「正直な子だ」


「すみません、こんなこと言ったら失礼だとは分かっているんですが、一国の皇帝である人に会っている実感がまだ湧かなくて……」




 雲の上の人すぎて、一周回って感覚が分からなくなってくる。


 とてつもなく偉い人だし、それも理解しているんだけど、偉すぎて逆にどれくらい偉い人なのか想像が出来ない。


 皇帝陛下がははは、と眉を八の字にして笑った。




「本当に素直な子だね。君のいた国には王はいなかったのかい?」


「王というか、国の象徴である皇族の方々はいました。でも、こちらで言う国王陛下や皇帝陛下とは違います。君主一人が政治の全てを判断することはありません」


「ほう、それは興味深い。だがそちらは今度聞くとしよう。君の待遇について話しておいたほうが良いだろう?」




 それに頷き返す。




「はい、何もしなくて良いと言われましたが、具体的に何をして良くて、何をしてはいけないのか、わたしはどのような立ち位置なのかを知りたいです」




 ただ引きこもっているだけならいいだろう。


 でも、ディザーク殿下が言っていたように、必要最低限の公務には出なければならないらしい。


 それならば前もってわたしに許されている範囲を知っておきたい。




「そうだね、一言で表現するなら、君は我が国にとって最重要人物であるということだ」


「……と、言うと?」


「我が国は大陸随一の大国だが、ただ大きければのし上がれるわけではない。帝国には他国が手を出せない理由がある。……我が国にはドラゴンがいるのさ」




 ………………ドラゴン?


 だけどドラゴンって元の世界ではモンスター扱いだったし、この世界に魔物がいるってことは、魔物の仲間なのでは……?


 それを遠回しに伝えると皇帝陛下が首を振った。




「言っておくがドラゴンは魔物ではない。この世界では聖竜と呼ばれ、信仰され、崇拝されている対象だ」


「あ、そうなんですね」


「そして聖竜様は長いことずっと我が国を守護してくださっている。帝国は聖竜様のおわす場所という意味でも、ドラゴンという強い力が後ろ盾になっているという意味でも、手が出せないのだ」


「……なるほど?」




 信仰されているドラゴンがいる国を攻撃すれば、信仰している人々が声を上げるだろうし、ドラゴンという存在はこの世界でも強い生き物なのだろう。


 帝国は聖なるドラゴンの権威と力、両方が後ろ盾となり、大国としての地位を保っている。




「そして、聖竜様は漆黒なんだ。初代皇帝は同じ黒を持つ者だったそうで、それ以降、我が国を守護してくださっている」




 ……待て。ちょっと待って。


 ディザーク殿下は帝国は黒を欲していると言った。


 そして帝国にいるドラゴンは漆黒。




「……わたし、生贄にされたりしませんよね?」


「はは、そんなことはしないよ。むしろ、聖竜様は自分と同じ黒を持つ者を寵愛なされる。帝国の今後の安寧のために、君にはディザークと結婚して、皇族となってもらいたいんだ。そうすれば聖竜様は君のいる帝国もそれなりに大事にしてくださるからね」




 ……なんだか頭が痛くなってきた。


 え、わたし、聖女じゃないんだよね?


 巻き込まれた、ただの一般人のはずでは?


 それがなんで急に聖竜様とかいうドラゴンのお気に入りになるからって理由で、帝国の皇族になる話に飛躍するの?




「君を取り込むには婚姻が一番早くて確実なんだ」




 ……わたしの心を読まないでほしい。


 いや、多分もろもろ顔に出てるんだろうけど。




「帝国が黒を欲しいというのは、聖竜様の寵愛を得られるからですか?」


「そうだよ。まあ、君は魔力もあるらしいから、訓練して宮廷魔法士になってもいいかもしれないけど、皇族にはなってもらわないとね」


「……確かに、重要人物ですね」




 まさか帝国の権力云々に関わるとは思わなかった。




「……んん? じゃあ、もしわたしが王国にいる状態のまま、その聖竜様に気に入られていたら、どうなったんですか?」




 皇帝陛下がうっすらと微笑んだ。




「聖竜様の守護は王国に移ってしまっていたかもしれないね。それを我々は避けたかったんだよ。まあ、他国にあまり情報が流れないように気を配ってはいるから、聖竜様が黒持ちを好むことは知られていないが」


「あー、なるほど」




 その聖竜というのがもし本当にわたしを気に入ったとして、わたしが王国にいたら、聖竜は王国を守護し、帝国はその恩恵を受けられなくなる。




「そういうわけで我が帝国での好待遇は約束しよう。国庫を食い潰したり、権力で気に入らない者を虐げたり、そういうこと以外なら好きに過ごしてもらっても構わない」




 わたしが帝国にいてくれるなら、それなりに譲歩してくれるということか。




「とりあえず、ディザーク殿下とも話しましたが、しばらくは家庭教師をつけてもらってこの世界の常識や歴史、魔法を学ぼうかなと思っています」


「そうか、それはこちらとしても喜ばしい。目立つ必要はないと言っても皇族の一員になるのだから、それなりの教養は身につけてもらいたいからね。早急に家庭教師を見つけておこう」


「お願いします」




 この国の重要人物と言われても、こっちも実感が沸かないけれど、王国よりずっとまともな扱いをしてもらえるならそれでいい。




「ああ、それとディザークの婚約者ならいずれは私の義妹となる。これからは気楽に接させてもらう。君が知るべきことも、こちらの思惑も出来るだけ伝えよう」


「お気遣いありがとうございます」


「大したことではないよ。さて、せっかくだから気が変わらないうちに婚約届に署名してもらおうかな」




 皇帝陛下が書類を差し出せば、使用人の男性が受け取り、ディザーク殿下とわたしにそれぞれ一枚ずつ渡した。


 いろいろと条件が書かれている。


 ………………。


 要約すると、帝国での好待遇と身の安全を保証する代わりにディザーク殿下の婚約者になってねという内容だ。


 ただし権力を振りかざしたり、法を犯した場合はきちんと罪に問うので自重しろ的なことも書かれていた。


 わたしにとって不利になる条件はない。


 法を犯さず、問題を起こさず、静かに目立たず暮らす分には悠々自適に過ごせる。


 それに家庭教師は元よりつけるつもりだったみたいだ。


 どうせ異世界に来てしまったのだ。


 せっかくなら、このファンタジーな世界についても知りたいし、いろいろと学んでおいても損はないだろう。


 ディザーク殿下が手元の書類にサラサラとペンを走らせている。


 使用人の男性に差し出されたペンを受け取り、わたしも書類にサインをする。


 ディザーク殿下と書類を交換して、もう一度、同じように名前を書くと使用人が回収し、皇帝陛下に渡した。


 書類のサインを見て、皇帝陛下が首を傾げた。




「これは異世界の文字かい?」


「はい、わたしの正しい名前の文字です。四文字ですけど、一文字で音が二つになるものもあるので、これで篠山沙耶という読み方になります」


「難しそうな文字だね。でも、これなら偽造され難くて良さそうだ」




 そう言った皇帝陛下は機嫌が良さそうだ。


 ……まあ、これで聖竜様の寵愛は多分、帝国に残ったままになるだろうから?




「さて、二人とも疲れただろう。ディザークには後で改めて報告書を上げてもらうが、今は下がっていいよ」


「分かりました。失礼します」




 頷き、ディザーク殿下が立ち上がったので、わたしも釣られて立ち上がった。


 ディザーク殿下が右手を胸に当てて一礼し、とりあえず、わたしは深めに頭を下げて、歩き出したディザーク殿下の後を追う。


 使用人が扉を開けてくれて、最初の部屋を抜けて廊下へ出る。


 背後で静かに扉が閉められた。




「俺の宮に行こう」




 ディザーク殿下の言葉に頷く。


 歩き出しかけた殿下が立ち止まり、振り向く。


 なんだろうと首を傾げれば、左腕を差し出された。


 ……あ、エスコートか。


 その腕にそっと手を添える。


 何度触れてもがっちりした腕だ。


 そこそこ体格は良さそうだが、着痩せして見えるようで、触れた腕は筋肉質で硬い。


 また長い廊下を右に左に、上に下にと歩いていくと、城の外へ出た。




「あ、ディザーク様、お嬢様、お疲れ様です〜」




 エーベルスさんがそこにいて、馬車が停まっていた。


 御者が扉を開けて待っており、わたしはディザーク殿下に促されるまま、馬車へ乗り込んだ。


 ……人生初の馬車だ。


 向かい側にディザーク殿下とエーベルスさんが座る。


 男性が二人座っても余裕のある大きな馬車だ。


 扉が閉まり、ややあって馬車が走り出す。




「正式に婚約は出来ましたか?」




 エーベルスさんの問いにディザーク殿下が頷いた。




「ああ、今後は俺の婚約者として接するように」


「は〜い、分かっておりますよ」




 ディザーク殿下の眉間のしわが若干深くなった。


 初めての馬車は意外にも、あまり揺れず、目的地に着くまでのしばしの間、わたしはその乗り心地を楽しんだのだった。







 

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― 新着の感想 ―
帝国の上の人が常識人でほんと良かった。
ロイヤルファミリーなのに法の下に位置するんだ。
そりゃ~聖竜が黒を好む何て情報、 最重要機密をあんな王国に知られる訳には行かないでしょ! 立場が逆転するもん 侍女のマリーは何処?
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