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オマケの話

 






 帝国の聖女と公になってから三ヶ月。


 大きな問題もなく、わたしは日々を過ごしていた。


 帝国の魔道具と王国の魔道具に魔力充填はしているけれど、帝国の魔道具についてはマルグリット様も行ってくれているため二週間に一度になり、代わりに王国の魔道具を優先して補充している。


 香月さんは魔力譲渡が出来るようになったものの、多くの魔力を注ぎ込むことはまだ難しいようだ。


 ちなみに香月さんと会うのは月に一度か二度である。


 最初、香月さんは毎週やってくる王国の使者について来ようとしたものの、神殿での奉仕活動など色々あり、わたしも常に一日予定が空けられるわけではないため、そうなった。


 それに頻繁に会うのは香月さんのためにならない。


 同郷の者同士で繋がりを持っておくのは良いことだけれど、精神的に寄りかかられても困るし、別々の国で生きていくのだから互いに自立しなければいけない。


 香月さんは不安そうな顔をしていたけれど、彼女は元の世界でも他者と良い関係を築くのが上手い人だったから、環境に慣れて心に余裕が出来ればすぐに多くの人と仲良くなれるだろう。


 ……わたしもそろそろ聖女として奉仕活動に参加しないと、かな?




「聖女や聖人の奉仕活動はあくまで本人が希望した場合に行うものです。義務ではございません。……そのことを多くの人々が誤解し、聖女の責務のように言う者もおりますが、聖女の本来の仕事は魔道具への魔力充填だけです。それが最も重要で、そして過酷なのです」




 わたしみたいに魔力が多い人は聖女や聖人でも少ないそうで、ほとんどは魔力充填を行うだけで魔力をほぼ使ってしまい、最悪、魔力が回復するまで動けなくなることもあるらしい。


 そう教えてくれたマルグリット様も、最初は魔力が足りず、必死に食事で補ったり他者から魔力を譲渡してもらったりしたそうだ。


 魔力充填をした日は体調を崩し、ギリギリまで魔力を注ぐので、翌日は寝込んでしまうのが常だったのだとか。


 ただ、魔力をギリギリまで補充し、魔力枯渇状態を繰り返すと少しだけ魔力量が増えるとマルグリット様は気付いた。




「歴代の聖女や聖人の魔力量が多いのは、元からそういう者もいたのでしょうけれど、頻繁に魔力充填によって枯渇状態になるため、段々と増えていった人も多かったのではと思っております」




 マルグリット様は聖女として長い間、魔力充填を行い、そこに無理な奉仕活動を続けて枯渇状態を繰り返した結果、元の魔力量よりも二割近く容量が増えたらしい。




わたくしは自分が歩んできた道だからこそ、このようなことはあってはならないと考えているのです」




 聖女という言葉で、立場で、搾取を容認してはならない。


 神殿には神官達もいるのだから、聖女や聖人にばかり魔力充填を担わせるのではなく、皆で分担するべきだ。


 そうでないなら奉仕活動は行わない。


 聖女、聖人となった人間を守るためにも魔力充填のみにし、それも神官達ともっと協力した上で、本人が望んだ場合のみ、奉仕活動に参加出来るように定めるのだ。


 マルグリット様はそのために現在、色々と奔走しているらしい。


 皇帝陛下はあっさりとそれに賛同したそうだ。


 元より魔力充填が聖女や聖人の仕事なので、奉仕活動については強制するものではないというのは皇帝陛下も同意見だったようだ。


 その件についてはディザークを含めた他の皇族も頷いており、むしろ聖女や聖人の奉仕活動への強要について問題視した。


 奉仕活動はわざわざ聖女や聖人が出る必要はない。


 治癒魔法であれば神官達が行えば良い。


 神殿にいる神官達はそれも仕事なのだから。


 そういうことで、マルグリット様は皇帝陛下を筆頭とした皇族の後押しを受けながら聖女や聖人の待遇改善や責務の明確化などを推し進めているそうだ。


 そのうち、聖女や聖人の仕事はもっとラクになるだろう。


 ……わたしは奉仕活動してもいいんだけどね。


 皇弟殿下ディザークの婚約者として認知されるために、聖女の奉仕活動はしておいたほうが国民からは受け入れられやすくなる気はする。


 ただし、魔力をあるだけ使ってというのはダメだ。


 わたしは魔力が多いけれど、今後選ばれる聖女や聖人のためにもやりすぎは良くないし、わたしもそこに全力を注ぐつもりはない。


 一応、奉仕活動は様子を見てしたいとは伝えてあるし、ディザークとも話し合って「無理のない範囲なら」と頷いてもらえたし、マルグリット様もわたしが望んでいるなら問題はないと言ってくれている。


 しかも、奉仕活動を始めたらしばらくの間はマルグリット様が同行してくれるらしい。


 ディザークも最初の数回は付き添うと言っている。


 皇弟殿下と聖女様が左右に構えた状態を想像してほしい。




「誰も逆らわないよね」




 思わずそう呟けば、一緒に歩いてくれていたマリーちゃんが不思議そうな顔をした。




「サヤ様、何かおっしゃいましたか?」


「ううん、何でもない」




 マリーちゃんは帝国に来てから侍女としてのスキルをメキメキ伸ばしていき、出会った当初の自信のなさは影も形もない。


 わたしについて来てくれたマリーちゃんだけど、実はドゥニエ王国の王城で働いていた頃は虐められていたのだとか。


 マリーちゃんの実家は子爵の中でも立場が弱い家だったそうで、ずっと、そのことで上位の貴族だけでなく同じ子爵家からも馬鹿にされていたそうだ。


 わたしのお世話に来たのも、他のメイド達が「聖女様のお世話につきたいから」という理由でハズレだと思われていたわたしにつきたがらなかったからで、マリーちゃんは貧乏くじを引かされたようなものだったのだろう。


 それでもきちんとわたしのところに来て、足りないものがあると何とか入手してくれたし、お古と言えど、自分の服などをくれたことを考えると本当にマリーちゃんは良い子である。


 ちなみにドゥニエ王国ではわたしの世話をしなかったメイドや適当なことをしていた騎士は処罰されたらしい。


 メイド達は王城をクビになり、そのせいでどこからも雇ってもらえないばかりか、嫁入り先もなくて困っているそうだ。


 騎士もクビになり、その後どうなったかは分からないらしいが、やはりメイド同様に王城をクビになるような人間は誰も雇いたがらないだろうということだった。


 これについてはディザークが調べて教えてくれた。


 それからマリーちゃんの実家は一躍有名になった。


 ルアール子爵家には先見の明があるだとか、誰に対しても真面目で優しく人情味があるだとか、とにかく、これまで馬鹿にされていたマリーちゃんの実家は唯一もう一人の聖女の才を見出した家として貴族の間では話題に上がっているらしい。


 マリーちゃんの実家の領地が帝国と接していることを知ったディザークが皇帝陛下に打診してくれて、ルアール子爵家と帝国との物流のやり取りも今後行われるようだ。


 子爵家は染め物が主な名産品だそうで、これまで王国ではあまり人気がなかったのだ。


 先日ディザークがルアール子爵家の名産である染め物を購入してくれたのだが、とても綺麗で華やかな布だった。


 それを見たディザークが「これは流行るのでは?」と考え、布を見た皇帝陛下が奥様に布を贈ったところ、奥様は一瞬で染め物の虜になってしまったそうだ。


 今、皇后陛下は妊娠中で大事をとって社交を控えているものの、社交界での影響力は大きい。


 皇后陛下が美しい染め布で作ったドレス──と言っても腹部を締め付けないタイプのもの──を好んで着ているらしい、と噂が広まり始め、貴族達が流行に乗るべく欲しがっているらしい。


 貧乏ではないが裕福でもなかったルアール子爵家だが、現在は帝国から染め物の大量注文がきて、嬉しい悲鳴を上げているそうだ。


 わたしもディザークが購入してくれた染め物で寝巻きや小物を作ってもらったが、とても可愛くて気に入っている。


 ……個人的には夜着とか下着にいいんだよね。


 この世界の夜着や下着は全部地味だ。


 ドレスは華やかなのに、それを脱ぐと、白だのアイボリーだの「色気はどこいった?」って感じのものばかりなのだ。


 ワンピースみたいなものに、膨らみのある膝丈のドロワーズというパンツはわたしから見たらとにかくダサい。


 元の世界の可愛い下着を知っている身としては、下着というより、ダサい部屋着である。


 量販店で上下千円でも売れなさそうなくらいだ。


 そこで、わたしは一つ考えた。


 女性向けの下着ブランドを立ち上げたらどうだろうか?


 それをディザークに話したら珍しく困った顔をされて、その後、わたしのドレスを作ってくれている服飾店の者が呼ばれた。


 最初は半信半疑といった様子だったけれど、わたしが実際にこの世界に来た時に着ていた下着を見せると服飾店の人達は凄い勢いで食いついてきた。


 これまでの下着のイメージと全く異なるからだろう。


 夜だって、昼間だって、可愛い下着を身につけたい。


 下着は外から見えないからこそ自由に出来る部分だと思うし、気分によってデザインや柄が違うほうが楽しいし、お気に入りのデザインの下着を身につけるとその日は気分が良かったりするはずなのだ。


 女同士、心ゆくまで下着について語り合った。


 表向きは服飾店発祥デザインということにして、その実は、わたしがデザインを提供し、下着が売れればその何割かをデザイン料としてもらえることとなった。


 しかも作ったデザインのものは最初に必ず送ってくれるというので、今後は可愛い下着を沢山手に入れられるだろう。


 ディザークには上手く行きそうだと伝えたものの、女性下着の話をすると困った顔をするのでやめた。単純に気恥ずかしいらしい。


 ……結婚したら、見せることになるんだろうけどね。


 好きな人に見せるなら、やはり可愛い下着でなければ。


 最近はディザークからそれとなく好きな色や女性のドレスの手触りや刺繍などについてどう思うかなど、遠回しに好みを訊き出している。


 今のところ、白が好きらしいことは分かった。


 あと刺繍よりかはレースの方が好みだと思う。


 その日その日で着ているドレスについて感想を訊いてみたら「レースやフリルの方が華やかで軽やかな感じがする」「刺繍は爪を引っ掛けて解れてしまいそうで不安だ」とか言っていた。


 事実、幼い頃にディザークはお姉さんのドレスの刺繍に爪を引っ掛けてしまったことがあったらしい。


 お姉さんは怒らなかったそうだけど、小さなディザークからしたら綺麗な刺繍を崩してしまったことが悲しかったのだとか。


 ……ディザークって可愛いところがあるよね。


 まあ、その話はともかく、どうせ流行発信地の帝国にいるのだから、世の女性が美しく、そして毎日が楽しくなるような下着を作りたいし、わたしもほしい。


 この世界では結婚式の日の夜は夫婦が共に過ごす。


 つまり、初夜である。


 その日は絶対にディザーク好みの可愛い下着をつけよう、と密かに意気込んでいる。


 勝負下着のデザインを横で見ていたマリーちゃんは久しぶりに「はわわ……!」となっていて面白かった。


 服飾店の人達は勝負下着もいずれ売り出したいらしい。


 普段身につける可愛い下着。


 ちょっと息抜きをしたい時のシンプルな下着。


 それから、ここぞという時につける勝負下着。


 この三つの方面で行くらしい。


 シンプルな下着は作りやすく、装飾も少なくすれば手間も減り、その分安くなるため平民でも手の届く値段に出来そうで、そうなれば貴族だけでなく平民の下着も変わっていくかもしれない。


 皇族御用達の本店ではなく、分店を立ち上げ、そこを下着専門店にするそうだ。


 もしかしたらこの世界初のランジェリーショップになるかもしれないと思うとワクワクしてくる。




「サヤ様、ご機嫌ですね」




 マリーちゃんの言葉に頷いた。




「うん、楽しみを見つけられたからかな? 早く可愛い下着、届かないかなあ」


「ほ、本当にあの下着を着られるのですか?」




 思い出したのかマリーちゃんの顔が赤くなる。




「もちろん。マリーちゃんも着てみない?」


「い、いえ、私は結構です! 見せる相手もいませんし、私みたいなのが着たら勿体ないですから!」


「そんなことないよ。誰が着たってきっと可愛いんだから。可愛いマリーちゃんが着たら、めちゃくちゃ可愛くなるって」


「で、でも、あんな扇情的な下着……」




 あわあわするマリーちゃんに吹き出してしまう。




「確かにこの世界の人からするとそうかもね。でもさ、ああいう可愛いものを着てるって思えば、嫌なことがあっても元気でいられるでしょ? どうせ下着が必要なら、自分の好きなオシャレをしたいし」


「サヤ様はいつも前向きですよね」


「うん、後ろを振り返ってばかりじゃ疲れちゃうし、気分も落ち込むからね」 




 マリーちゃんが、ふふふ、と笑った。




「でも下着は予想外でした」




 確かに、異世界に来て下着の話にあんなに熱がこもるとは思わなかった。




「あの下着でディザークを悩殺する予定だからね」




 わたしの言葉にマリーちゃんは笑っていた。


 ……冗談ではなく本気なんだけどね。


 その後、新たに流行したオシャレで扇情的な下着とわたしとディザークについて、どうなったかはまた別の話である。







 

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― 新着の感想 ―
沙耶は勝負下着の聖女として この世界に名を残すのですね? 『エッチな下着の祖』 なまじ聖女として破格の能力を有するだけに その二つ名は永遠に残りそうですね。(爆笑)
[良い点] その後、新たに流行したオシャレで扇情的な下着とわたしとディザークについて、どうなったかはまた別の話である。 …キャー! (≧▽≦) [一言] 私の推し! マリーちゃんを登場させて下さって…
[良い点] マリーちゃんの実家が認められたこと。真面目に誠実に働いていた人がきちんと評価されるのはうれしいですね。 うすうす気づいていましたが、マリーちゃんお城で虐められていたんですね。ドゥニエ王国…
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