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どういうこと……?

 






 この世界に来てから一週間が経った。


 わたしは何もせずに過ごしている。


 結論だけ言うと、わたしはやはり厄介者扱いされているようだった。


 香月さんは正式に聖女として認められたそうだ。


 この世界には魔法があり、魔法には、属性というものが存在する。


 火・水・風・土・聖・闇の六属性があり、優れた属性の数が多いほど素晴らしいと言われている。


 そして香月さんは五属性持ちなのだとか。


 これはかなり凄いことらしい。


 魔法に優れている王族や貴族でも三属性や四属性くらいなので、五属性も持っている香月さんは特別な存在だと言われているようだ。


 さすが聖女様、と誰もが彼女を崇めている。


 逆に魔力がないらしいわたしは、聖女様と同じ世界から来たのに魔力すらない役立たずという認識だ。


 そんなわたしが毎日城中をうろちょろしているので、かなり白い目で見られている。


 ちなみにお化粧品や服、食事が適当なのは、わたしがなんの役にも立たないと分かっているから雑に扱われているのだ。


 ……気持ちは分からなくはないけどさあ。


 そっちが勝手に召喚して巻き込んだんだから、たとえ役立たずだったとしても、それなりに生活を保護するのは当然の責任ではないだろうか。


 確かに寝る場所や食事は与えられているけれど、逆を言えば、それ以外は全部マリーちゃんがいてくれるからなんとかなっている状態だ。


 マリーちゃんがいてくれて本当に良かった。


 あと、わたしが出歩く時には騎士が一名ついてくる。


 名目上は護衛らしいが、やる気のなさそうな様子なのに必ずついてくるので、多分、監視の意味合いもあるのだろう。


 騎士は話しかけても無視されるので、わたしもすぐに話しかけるのをやめた。


 お城の中を歩き回るとヒソヒソ陰口を叩かれるが、そんなことを気にしていたら何も出来なくなってしまうので、こちらも無視している。


 午前中はマリーちゃんに常識などを教わって、午後はふらふらと城内を散歩する生活だ。


 ありがたいことにこの世界の文字の読み書きは出来た。


 見たこともない文字なのに、何故か読めて、書こうとすると自然と手が動く。


 もしかしたら召喚された時の特典みたいなものなのかもしれない。


 言葉も通じるし、読み書きも出来るなら、放り出されたとしてもなんとかなりそうだ。


 言葉や文字は共通語らしい。


 どの国も同じ言葉と文字を使っているそうだ。


 今日も、あてもなく城内を散策して時間を潰していたら。話し声が聞こえてきた。


 どうやら訓練中の騎士達が休憩しているようだ。




「二週間後に帝国から使者が来るらしいぞ」




 ……帝国?


 茂みの向こうにいる騎士達の声に耳を傾ける。




「それって聖女様に会いにってことか?」


「多分、そうだろう。ほら、今回の聖女様の召喚には帝国から魔法士を借りていたから。その魔法士達も使者と一緒に帰るらしい」


「ああ、そうだっけな」




 向こう側の騎士の声が不思議そうに言う。




「魔法士を返すだけなら使者は必要ないよな?」


「それなんだけどさ、もしかしたら帝国も聖女様がほしいんじゃないか? 確か、帝国の今の聖女様って結構なお歳らしいし、そろそろ次の聖女候補を探さないとまずいだろ?」


「でも、うちだって聖女様がいなくなったら困る」


「そうだよな。だけど、帝国の魔法士がいなかったら聖女様を召喚出来なかったから、もし聖女様の派遣を要請されたら王国は断れないだろうし……」




 茂みの向こうが静かになる。


 すぐに「おい、訓練を再開するぞ!」という声がして、騎士達の返事が聞こえ、足音が遠ざかっていった。


 ………………帝国、か。


 このままこの国にいるより、他国に逃げたほうがいいのかもしれない。


 王国内にしても、わたしはずっと「聖女様のオマケ」と呼ばれ続けるのだろうし、なんとかして帝国に行けないだろうか。


 歩きながら考える。


 二週間後に来るという帝国の使者は、聖女である香月さんに会うためにこの王国を訪れる。


 マリーちゃんに聞いてみたら、王国は帝国と同盟を結んでいて、今回の聖女召喚も王国では魔法士が足りず、召喚魔法を行うために帝国も協力して、魔法士を派遣したのだとか。


 ……うーん、さすがに帝国に責任は問えないよね。


 あくまで主導は王国のはずだ。


 ……様子を見てみようかな。








* * * * *








 夜、ベッドに寝転がって本を読む。


 わたしは蔵書室に入れなかったが、マリーちゃんは入れるということで、本を何冊か持ってきてもらったのだ。


 今読んでいるのは魔法に関する本だ。


 魔力のないわたしが魔法の本を読みたいと言っても、マリーちゃんは嫌な顔一つせず、分かりやすい本を選んできてくれた。


 ……魔法は想像力が大事ねえ。


 魔法を使うには、魔力と詠唱と想像力が必要らしい。


 まず、魔力を感じることが重要で、身体中の血管を意識して、体の中心から血管を通して魔力が流れるイメージを持つ。




「魔力の流れるイメージって何?」




 ……血みたいなものなのだろうか。


 つい、魔力がないと分かっていても、試してみたくなる。


 ベッドから起きあがり、本を片手に、部屋の広い場所に立つ。


 体の中心とは恐らく心臓だろう。


 そこから血が流れるように、魔力というものが血管を通して全身に流れていると仮定する。


 目を閉じて、右手の平を上へ向ける。


 心臓から右手の平までが繋がっているイメージで、魔力が流れ、掌に溜まる。


 血が流れて掌の上で水球になる様を想像する。


 ……あれ、なんか、掌がちょっと温かい気がする。


 目を開けてみても、右手に変化はない。


 気のせいだろうかと思いつつ、本を読み進める。


 魔力が集められたら使いたい魔法の詠唱と共に、使いたい魔法の様子を想像する。


 ここに書いてある詠唱は火属性の魔法のようだ。


 ……えっと、使いたい魔法を想像……。


 掌の上で炎が燃え上がる様をイメージする。




「『炎よ、燃えろ』」




 ボウッと音がして、掌の上に炎が現れた。


 それは四十センチほどの大きなもので、ビックリして手を握ると、一瞬でジュワッと消えた。




「……え、魔法、使えちゃったんだけど……?」




 わたしは魔力がないとマリーちゃんは言っていた。


 でも、今、確かに火が出た。


 試しにもう一度、今度はライターの火をイメージして詠唱を行うと、指先にポッと可愛らしい火が灯る。


 まじまじとそれを見た。




「どういうこと……?」




 ……わたし、本当は魔力がある?


 本のページを捲っていくと、魔力を測定する魔法というのが書かれていた。


 部屋に置かれていた紙とペンを拝借して、紙に魔法陣を描いてみる。


 指先を噛み切って、魔法陣に血をつけた。


 瞬間、パァアアァッと魔法陣が強く輝いた。




「眩しっ」




 輝いたのは数秒のことだったけれど、あまりの眩しさに目がシパシパする。


 本には「光が強いほど魔力が多い」と書かれていた。


 ……結構、魔力があるってことだよね?


 噛み切った指を口に入れつつ、魔法陣を描いた紙を暖炉に放り込んだ。


 これで燃やせば、と紙を見れば、ポッと火が灯った。


 ……わたし詠唱してないよね!?


 呆然と燃える紙を眺めた。


 ………………。


 ……これ、帝国に亡命する取引材料にならないかな?


 聖属性魔法が使えなかったとしても、魔力量が多くて、無詠唱で魔法が扱える。


 ここ一週間、城内を見て回ったけれど、誰もが詠唱を行って魔法を使っていたので、無詠唱で魔法が使えるというのはかなり良いアドバンテージになるのではないだろうか。




「よし、こっそり魔法の練習してみよう」




 帝国の使者に接触してみよう。








* * * * *









 この世界に来てから三週間。


 質素な食事に、毎日城内を歩き回って、夜はこっそり魔法の練習をしていたら何故か一気に痩せた。


 マリーちゃんは悲しそうな顔をしていた。




「や、やっぱりきちんとしたお食事が摂れないから……。心労でこんなにお痩せになってしまって……」




 と、言われたが多分違う。


 魔法の練習をした後は凄くお腹が減る。


 間食も出来ないので我慢しているが、魔法を使うと体力か何かを使うのだろう。


 質素な食事しか食べられないから痩せたというのはあるけれど、毎晩魔法の練習をしているせいで、足りない分のエネルギーとして脂肪が燃やされているのではないかとわたしは考えている。


 でもおかげで魔法の扱いにも慣れてきた。


 やはりわたしは無詠唱で魔法が使える。


 それも、こうしたいと考えるだけで使えるのだ。


 これはかなり凄いことだと思う。


 詠唱をしなければ魔法が使えないこの世界で、無詠唱で魔法が使えるというのは、特別と言えるのではないだろうか。


 だけど、これを王国に知られたくはない。


 もし王国がこのことを知ったら、香月さんみたいに聖女とは言わなくても、何かに利用される可能性が高い。


 この国のために汗水垂らして働く気はない。




「そういえば、今日、帝国の使者が来るんだよね?」




 マリーちゃんに訊けば、頷き返される。




「は、はい、そのようです」


「……ねえ、マリーちゃん、これは相談なんだけど、その使者の人達に接触出来ないかな?」


「え!?」




 驚いた顔でマリーちゃんがわたしを見る。




「このままここにいても、いつ追い出されるか分からないし、ずっとこのままでいるわけにもいかないから、帝国に行ってみたいんだよね」




 朝食を用意していたマリーちゃんの手が止まっている。




「お、王国を出て行かれるのですか?」


「うん、ここだとわたしは『聖女様のオマケ』って馬鹿にされ続けることになるでしょ? そんなところにいるより、別の国で新しい人生を過ごしたいなーって」




 マリーちゃんが押し黙った。


 わたしがメイドや騎士達から『聖女様のオマケ』と呼ばれて白い目で見られたり、馬鹿にされたりしていることは彼女も知っている。


 それについてはわたしよりも、きっとマリーちゃんのほうがずっと詳しいだろう。


 ここにいても、わたしは幸せにはなれない。


 マリーちゃんが俯いた。




「申し訳、ありません……」


「マリーちゃんが謝ることじゃないよ。むしろ、マリーちゃんには凄く良くしてもらってる。いつもありがとう」


「そ、そんなの当たり前のことです……!」




 マリーちゃんは泣き出してしまった。




「サヤ様は何も悪くないのに、巻き込まれただけなのに、なんでこんなに酷い扱いをされなければならないんですか……! 私は悔しいです……!!」




 この三週間、ずっとマリーちゃんはわたしに付き添っていろいろと教えてくれたり、城内を案内してくれたりした。


 王国はどうでもいいけど、マリーちゃんだけは好きだ。




「で、でも、使者の方々と会っても、帝国に連れていってもらえるかどうか……」




 それにわたしは笑い返した。




「一応、策は考えてあるよ」




 それが通じるかどうかは分からないけどね。









* * * * *










 ディザーク=クリストハルト・ワイエルシュトラスはドゥニエ王国に行くために転移門へ向かっていた。


 前聖女が亡くなって数ヶ月が経ち、ドゥニエ王国は国内で聖女を見つけることが出来ず、他国からの派遣も得られなかったため、召喚魔法を行うこととなった。


 召喚魔法とは、異世界より聖女、もしくは聖人を喚び出す魔法である。


 しかし召喚魔法を行うには魔法士が足りないというので、帝国は同盟国である王国へ魔法士を派遣した。


 派遣した魔法士からの手紙によると、召喚魔法は成功したらしい。


 ドゥニエ王国は無事、聖女を手に入れた。


 国境を接する帝国としても、王国の民が魔物に襲われてこちらへ難民として逃げ込まれても対応に困るため、そのことに安堵しつつも、問題もあった。


 召喚魔法で喚び出された少女は二人いたそうだ。


 片方は聖女ユウナ・コウヅキ。


 一目で分かるほどの多くの魔力を有し、王国の調べによると非常に珍しい五属性持ちである。


 聖女が現れたことに王国の民は大喜びしているだろう。


 だが、問題はもう一人の少女だ。


 報告によると、もう一人の少女は召喚に巻き込まれた一般人らしく、魔力は欠片も感じられなかったという。


 そうして、王国はその一般人の少女をほぼ放置している。


 意図しなかったにせよ、巻き込んで喚び出してしまったのだから、本来であれば王国が責任を持ってその少女も保護しなければならない。


 しかし、王国はそれを怠っているという。


 帝国は魔法士を貸しただけだが、召喚魔法について、我が国ももっときちんと考えるべきだったのだ。


 まさか聖女でない者まで巻き込まれるとは……。


 王城では、聖女ではない少女を誰もが馬鹿にして、役立たずの厄介者だと陰で言っているらしい。


 少女の名前は報告にはなかった。


 少女には経験のあまりなさそうな若いメイドと、監視役らしい騎士が一名ついているだけ。


 いつ見ても流行りの過ぎた地味な装い。


 王国の気持ちも分からなくはない。


 召喚した聖女に余計なものがついてきた。


 魔力もなく、何も出来ないのに、金はかかる。


 ……だが少女は巻き込まれただけだ。


 一般人の少女は真っ黒な髪をしているらしい。


 たとえ魔力がなかったとしても、帝国では、それだけで価値がある。


 もし王国が少女を不要と言うのであれば、帝国で引き取るつもりだ。


 帝国ならば少女を粗末に扱うことはない。


 ただし、その場合は少々面倒な立場となってしまうが……。


 けれども今回の訪問は聖女に会うことが目的だ。


 ……帝国への一時派遣を王国が受け入れるかどうか。恐らく、難色を示すだろう。


 手は借りたが、帝国に行けば、聖女が王国を捨ててしまうかもしれない。


 帝国はこの大陸随一の国土と文化を持つ豊かな国だ。


 王国は自国から聖女を出したがらないはずだ。




「殿下、転移門の準備は整っております」




 門を管理している宮廷魔法士の言葉に頷いた。




「では行って来る」




 聖女の件は兄の側近を連れて来ているので、そちらに一任すれば良い。


 ディザークはどうやって一般人の少女と接触するか悩みつつ、門に足を踏み入れたのだった。








* * * * *

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単なるクラスメイト程度なら友達って程じゃないけど、 本当に友達と思ってたら、双方で会いたいって思わないかな? 三週間もどうにかしようって場面無いのは違和感ある マリーってメイドにメモなり言伝て頼んだり…
[良い点] 感知されない魔力って新しいパターンですね 興味深いです [気になる点] ・侍女がこれだけ懸命に働いてるのに、職責を果たさない騎士ひでーな。ザマァな目に遭いますように ・普通なら香月さんと連…
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