我が儘ばかり言って、すみません。
翌日、皇帝陛下に呼ばれてわたし達はお城へ向かった。
昨夜のことで話があるようだ。
わたしも、あの後のことが気になっていたので、教えてもらえるのはありがたい。
あんなことがあったせいか、わたしの護衛は強化されてヴェイン様だけでなく女性と男性それぞれの騎士が一人ずつ付き、侍女も付き、常に三人から四人も連れている。
皇弟であるディザークよりも護衛が多い。
だけど、これくらいは当然らしい。
「サヤはこの国にいなくてはならない聖女だ。それに、俺にとっても大事な存在だ。少しやりすぎなくらいのほうがいい」
と、昨日の今日で護衛を増やしてきた。
護衛の騎士達には急な変更で申し訳ないけれど、ディザークの心配してくれる気持ちは嬉しい。
また何かあっても嫌なので、わたし自身も特に反対はしなかった。
馬車の中で揺られながら横を見る。
わたしの視線に気付いたディザークが小首を傾げた。
「どうした?」
そっと手を握られて、首を振る。
「ううん、なんでもない」
お互いに気持ちがあると分かったからか、ディザークの雰囲気が柔らかい。
気遣ってくれるのが感じられる。
……好きな人と両想いって幸せだ。
お城に着き、馬車を降りて、中へ入る。
そうして皇帝陛下のいる場所へ行く。
最近は少し道のりを覚えてきたかもしれない。
目的地に着き、ディザークが扉をノックする。
中からケヴィンさんが出てきて、わたし達を見るとサッと扉を開けて横に避けた。
騎士と侍女は手前の控えの間で待っていてもらい、ディザークとわたし、ヴェイン様で奥へ進む。
皇帝陛下はわたし達を見ると席を立った。
「ああ、来たか」
皇帝陛下がソファーへ移動し、手でどうぞと勧めてくれたので、向かい側に腰掛ける。
ディザークもわたしの横に座った。
「サヤ嬢、昨日あんなことがあったばかりで疲れているのに、呼びつけてすまないね」
「いえ、大丈夫です。あのことがどうなったのか気になっていたので、むしろ、呼んでいただけて良かったです」
「そう言ってもらえると私としても心が軽くなる」
ケヴィンさんが紅茶を用意してくれて、お礼を言ってから口をつける。
……うん、美味しい。
元の世界ではペットボトルや紙パックでしか飲むことのなかった紅茶だけれど、茶葉から淹れてもらう美味しさはこの世界に来てから知った。
半分ほど飲んでティーカップを置く。
「それで、どうなりましたか?」
わたしの問いに皇帝陛下がニコリと微笑む。
「結論から言うと、ペーテルゼン公爵令嬢はドゥニエ王国に行くことが決定した。王太子が結婚し、王となった後、正式にペーテルゼン公爵令嬢は側妃に迎え入れられるだろう」
昨夜、わたしが帰った後のことを皇帝陛下は教えてくれた。
まず、ドゥニエ王国の王太子と話をしたそうだ。
王太子はかなり気落ちしていたそうで、皇帝陛下がわたしを襲おうとした事実を問うと素直に認めたらしい。
「サヤ嬢にやり返されたのが相当堪えたようだ」
王太子が言うにはドゥニエ王国は現在、冗談ではなく本当にギリギリの状態なのだとか。
聖女を召喚したものの、香月さんは魔力操作があまり上手くないようで、魔道具への魔力充填がまだ出来ない。
しかし魔道具の魔力は減っていく。
このままでは王国中の村や街にある魔道具は魔力切れを起こし、機能しなくなる。
そうなれば魔物に襲われてしまう。
魔力充填を行える聖女が、喉から手が出るほど欲しかったそうだ。
そんな時に、帝国に行ったわたしが全属性持ちの聖女だと知った。しかも魔力充填を既に行える。
何としてでも王国に連れ帰りたい。
何より、王太子は苦しい立場にいた。
聖女召喚の責任者という位置にいて、ただでさえ召喚した香月さんの訓練が思わしくないところに、役立たずと切り捨てたはずのわたしが実は役立たずではなかった。
ディザークに言われ、断れなかったとは言え、国王にわたしを帝国へ渡すよう伝えたのは王太子だった。
それもあって余計に王太子の立場は悪くなっていたらしい。
そんな時にペーテルゼン公爵令嬢から手紙が届き、王太子は昨夜の暴挙に出たのだ。
「ドゥニエ王国の国王も、王太子の側近達ですら、今回の計画について知らなかったそうだ。まあ、知っていたらあんな馬鹿な計画は止めただろう」
もしわたしを襲ったとしても、皇弟の婚約者であり帝国の聖女だと公表した途端に他国の王太子が寝取れば、帝国の面子を潰した上に、帝国に睨まれ続けることになる。
たとえ聖女を手に入れても、帝国から睨まれれば、周辺国からの態度も硬化するだろう。
そうなってもいいと思うくらい王国の状況は切迫しているということだ。
国王や側近達に黙っていたのは、多分、心のどこかで止められると分かっていたのではないか。
「どうせ睨まれるなら、正直に話して罪を認めたほうがまだ良いと思ったようだ。この件については帝国も公に罪を問うことは出来ないし、ドゥニエ王国も公に謝罪をすることはない」
「公にしたら、わたしも襲われたのではないかと噂になるからですか?」
「ああ、その通りだ。そうなればサヤ嬢はディザークの婚約者に相応しくないと言い出す輩も出るだろう」
……それは嫌だな。
横を見れば、ディザークの眉間のしわが深くなっていて、不機嫌そうな顔をしていた。
けれども、わたしの視線に気付くと眉間のしわが薄くなり、手を握られる。
大丈夫だと微笑み返せばディザークも目元を少しだけ和ませた。
こほん、と皇帝陛下が咳払いをする。
「次にペーテルゼン公爵令嬢だが、王国と帝国の親交を深めるためという名目で王国へ行く。実際は帝国内にいても噂のせいでまともな結婚が出来なくなるので、それならば側妃でも、一国の王の妻となるほうがまだ良いというペーテルゼン公爵の思惑も大きい」
ペーテルゼン公爵は野心家だったようだが、それでも、家と娘のことを考えてそう決めたそうだ。
王太子とベッドにいたという噂は昨夜のパーティーであっという間に広まり、恐らく、公爵令嬢にまともな縁談は来なくなる。
……貴族女性の純潔性の話だね。
結婚前に肌を許したのではと思われる。
公爵令嬢がどこかの金持ちの後添いやずっと爵位の低い家に嫁ぐことは、ペーテルゼン公爵家の傷にもなる上に、社交界では笑い者となる可能性が高い。
それならば側妃でも、一国の王の妻になれば、公爵家と令嬢両方の体面が保たれる。
「王太子はペーテルゼン公爵令嬢を受け入れるそうだ。王国側も了承している。王国からしたらこれ以上帝国の機嫌を損ねたくはないといったところか」
本人である公爵令嬢は魂が抜けてしまったみたいになってしまっているらしい。
声をかけてもぼんやりとしているそうだ。
王太子は明日、国に帰るようだがペーテルゼン公爵令嬢は準備を整えてから一月後に王国へ向かう。
帝国の親善大使という名で向こうに留まり、王太子が結婚し、やがて王位についた暁には側妃として迎え入れられる。
……わたしだったら嫌だろうなあ。
結婚前から側妃となる人物だと周囲に知られているため、他の人と結婚することも出来ず、王太子の婚約者からも歓迎されることはないだろうし、下手したら王太子を奪おうとした相手と敵視されるかもしれない。
少なくとも王太子の婚約者とは仲良くなれない。
王太子の側妃に香月さんを迎えるというあの噂が事実だとしたら、その席を公爵令嬢に与えることになってしまい、その後に香月さんもという話になるのは難しいと思う。
香月さんが拒否した時点でそれも叶わないが。
王太子が結婚して王となるのがどれほど先になるかは知らないが、公爵令嬢は居心地の悪い立場に置かれる。
帝国でも王国でも公爵令嬢は針の筵だろう。
……ちょっと可哀想な気はするけど。
それもこれも自業自得だ。
「王太子の焦りも分からなくはないけれどね。場所によっては魔物の被害が出始めているところもあるそうだし、聖女ユウナが魔力充填を出来なければ、そのうち死人も出るだろう」
そうなると、香月さんもかなりのプレッシャーを感じてるかもしれない。
わたしの場合は幸い魔力操作に長けていたらしいのと、帝国にはまだマルグリット様という聖女がいるが、王国は魔力充填の出来る聖女が不在である。
早く扱えるようにならなくては、と香月さん自身も気負いすぎて、精神的にもつらいだろう。
「……香月さんが魔力充填が出来るようになるまで、王国の手伝いをしてもいいでしょうか?」
「おや、いいのかい?」
皇帝陛下が意外そうな顔をした。
「あ、別に王国はどうでもいいんですけど、香月さんが早く魔力充填しなければって精神的に追い詰められて、それで余計に上手く出来なくて悪循環に陥りそうだなと思いまして。そのままだと香月さんに良くないですよね」
「聖女ユウナのためということか」
「はい」
ディザークが口を開いた。
「王国に行くつもりか?」
見上げれば、眉間に深いしわを寄せたディザークが見下ろしてくるので首を振った。
「ううん、行かないよ。転移門を使って魔道具をこっちに運んで、魔力充填して、また転移門で送り返せばいいよ」
「なるほど、それなら王国にサヤを派遣する必要はないな」
安心した様子のディザークの手を握り返す。
わたしも今のところ帝国から出る気はない。
「王国に更に恩を売って、今後ふざけた真似が出来ないように頭を押さえつけておけるのは帝国としては嬉しいところだが、サヤ嬢は嫌ではないのかな?」
「まあ、いい気分ではないですね。でも同じ世界出身の香月さんがつらい思いをするかもしれないのに黙っているのは違います。それに手助けする代わりに王国側にはわたしに関わらないことを誓ってもらいたいですし。香月さんは別ですが」
「そうか、では、その方向で話し合ってみよう。我が国にはもう一人聖女がいるから、しばらくの間、サヤ嬢が王国のほうに回っても問題はないはずだ」
頷く皇帝陛下の様子にホッとする。
「あの、でも、もし香月さんが嫌がるようなら無理強いはしないでもらえたらと思います。わたしが手助けすることで、香月さんの立場がなくなるかもしれませんし……」
「そのようなことはないと思うけどね。君の力を借り、それによって立場が悪くなれば聖女ユウナは他国へ流れるだろう。さすがの王国もそれは望んでいない。これについては提案という形で話してみよう」
「ありがとうございます。我が儘ばかり言って、すみません」
頭を下げると皇帝陛下が首を振った。
「いや、王国に被害が出れば帝国や周辺国にも問題が及ぶ。避難民の流入や物資、支援金の援助など、余計な負担がかかってしまう。サヤ嬢の提案は我々にとっても非常にありがたいものだ」
ディザークがふっと苦笑した。
「これでは『三食昼寝付きのぐうたら生活』は無理そうだな」
「そうだね、だけど不思議と嫌じゃないよ。この世界に召喚された時は最悪だったし、帝国に来た時も本音を言えばぐうたら過ごしたかったけど、今は誰かの役に立てるんだって思うと聖女の立場もそう悪いものじゃないなって感じ」
「それなら良いが」
ディザークの手が優しくわたしの頭を撫でる。
労わるような手付きに自然と笑みが浮かんだ。
また、こほん、と皇帝陛下が咳払いをした。
「二人とも、随分と親しげになったね?」
それにディザークが頷いた。
「婚約者ですから」
「ふぅん、それだけか?」
皇帝陛下の視線を受けて、ちょっと顔が熱くなる。
「えっと、昨日の夜、両想いになりました……」
皇帝陛下はわたしとディザークの顔を交互に見て、繋がれた手を見て、そして嬉しそうにニッコリと笑った。
「それは何より喜ばしいことだ。ただ、結婚までは節度ある付き合いをしておくれ」
「心得ています。サヤとは真剣に考えていますので、責任の取れないようなことはしません」
うんうん、とディザークの言葉にわたしも頷く。
……でもキスくらいならセーフだよね?
そんなことを考えていると皇帝陛下が言った。
「まあ、もし我慢出来なくても、その時は結婚が早まるだけで『責任の取れないこと』なんてない」
愉快そうに笑う皇帝陛下にディザークがギョッとした顔をして、わたしはなるほどと思った。
「兄上、そのような冗談はおやめください」
少し怒ったようなディザークの声に皇帝陛下は軽く肩を竦めて返す。
「冗談ではないさ。可愛い弟にようやく来た春なのだから、兄としては出来るだけ応援してやりたい。……打算が全くないと言ったら嘘になるがな」
「俺はサヤを大事にしたいのです」
「ははは、そう怒るな。二人の関係は二人のものだが、若いから、もし何かあっても問題ないと言いたかっただけさ。お前なら、そんなことは起こらないと分かっている」
そう言った皇帝陛下は満足そうだった。




