帝国の平和と安定が続きますように。
聖女のお披露目パーティー当日。
パーティーは夕方からだと言うのに、わたしは朝からお風呂に入れられたり全身マッサージを受けたり、色々されて、気が付けば綺麗に飾られてドレス姿になっていた。
マリーちゃん達は「やりきった!」という顔をしていて、確かに、今までの人生で一番綺麗になったと思う。
マッサージのおかげか体は軽かったし、肌も髪もツヤツヤで、ドレスはいつもよりずっと華やかで、薄化粧をして、なんだかんだ女の子なので少しだけ嬉しかった。
物語の中のお姫様みたいだ、なんて鏡を見て思う。
……まあ、でも、顔的には言うほど美人ではないんだろうなあ。
こちらの世界の人々は顔の彫りが深くてはっきりしているから、どんなにお化粧をしても、わたしは周りとは違って見えるだろう。
ソファーに座って待っていると、ディザークが迎えに来てくれる。
「支度は済んだか?」
そう言って現れたディザークは、前回の舞踏会と同じ格好だったけれど、何度見ても格好良い。
部屋に入ってきたディザークはわたしをジッと見た。
「えっと、変、かな?」
あんまりジッと見つめられるので訊けば、ディザークが首を振った。
「いや、よく似合ってる。前回は赤だったが、白いドレスのほうがサヤの黒髪が映えてより美しく見える」
「本当? あ、でも元の世界だとウェディングドレスを着ると婚期が遠退くとか何とかって聞いた気がする」
「うぇでぃんぐどれすとは何だ?」
「新婦が結婚式に着る白いドレスのことだよ。わたしのいた国では、結婚式には白いドレスを着るっていうのが女性の憧れだったの」
ディザークが不思議そうな顔をした。
「そうなのか」
「この世界では違うの?」
「ああ、好きな色のドレスを着ることが多い」
なるほど、と思う。
……だけど白いドレスは女の子の憧れだよね。
わたしの着ているドレスは元の世界なら、ウェディングドレスと言われても不思議はないくらい飾りが多くて華やかなものだ。
この世界では白は聖なる色なのだとか。
だから聖女のわたしが白いドレスを着ることが今回は大事らしい。
ちなみに貴族でも白を身に纏えるのは、初めて社交界に出るデビュタントの時だけなのだとか。
あとは教会で神に仕える者だけが白を纏う。
「そうなんだ、なんか面白いね」
「そうか?」
わたしの言葉にディザークはやっぱり不思議そうな顔をしたけれど、わたしへ手を差し出してくる。
その手を借りて立ち上がった。
差し出された左腕に手を添える。
ディザークと共に部屋を出れば、ヴェイン様がいて、わたし達の後ろについてくる。
……うん、綺麗になったと思ったけど、ヴェイン様と比べるとわたしは全然だね。
ちょっとはしゃいでいた気持ちが冷静になる。
正面玄関を出れば、馬車が停めてあった。
ディザークにひょいと抱えられて馬車に乗せられ、座席に座ると、ディザークも中へ乗り込んできた。
そして扉が閉められる。
……今日、わたしは帝国の正式な聖女となる。
「緊張しているか?」
ディザークに問われて頷いた。
「ちょっとだけ。でもそれ以上に楽しみ、かな」
「楽しみ? 何がだ?」
「今日のパーティーにはドゥニエ王国の王太子が来るんでしょ? どんな顔でわたしに挨拶してくるのかなあって思うとね。あと香月さんにも会いたいし」
あれから皇帝陛下はドゥニエ王国に、香月さんの招待状も送ってくれた。
帝国から招待状が届いた以上は香月さんが体調不良でもない限りは出るだろうし、あの後も何度かこっそり顔を合わせたけれど、元気そうだった。
招待状についても言ったので香月さんは必ず来るだろう。
ドゥニエ王国からしたら役立たずだと捨てたわたしが聖女として帝国で立ち上がったのだから、驚きと焦り、そして後悔も感じているかもしれない。
香月さんは魔法をまだ上手く扱えていないらしい。
王国は前聖女が亡くなって、かなり苦しい状況のようなので、もしかしたらわたしを何とか手に入れようとするかもしれない。
それは皇帝陛下も気にしているようだった。
……まあ、わたしは城内で魔法を使う許可はもらっているし? 何かあっても大丈夫だけどね。
むしろ騒ぎを起こしてくれたほうがドゥニエ王国の信用が地に落ちて、王太子の面目丸潰れになったら面白いとは思っている。
「サヤ、お前、随分と悪い顔をしているぞ」
「おっと……」
慌ててニッコリ笑みを浮かべる。
「大丈夫、向こうが何もしてこなければ、わたしから何かすることはないよ」
ディザークが小さく息を吐く。
「それが心配なんだがな。まあ、帝国主催のパーティーで問題は起こさないだろう。そんなことしたら帝国から睨まれ、周辺国からも白い目で見られることになる」
「そうだろうね」
馬車の揺れが収まり、外から扉が開けられる。
ディザークが先に降りると、乗った時と同様にひょいと降ろされた。
馬車に乗るくらい自分で出来るのにと思うのだけれど、どうやら、ディザークはこうしてわたしの体重を確認しているようだ。
女子としてはあんまり体重を知られたくはないのだが、ディザークとしては、わたしがきちんと健康的になっているか知っておきたいらしい。
後ろからついてきた馬車からヴェイン様とリーゼさんが降りてくる。リーゼさんは侍女として控え室にいてくれるようだ。
お城へ着くと、まずは控え室へ通された。
そこには皇帝陛下がいて、わたし達が入ると、手招きをされた。
ディザークと二人で礼を執ってから、ソファーへ並んで座る。
「さて、本日のお披露目ではサヤ嬢が本当に聖女であると広めるために、魔道具への魔力充填を行ってもらいたいと考えている。ないとは思うけれど、どこかの国が『偽の聖女だ』と言ってあなたをひきずり下ろし、自国に引き込もうとするかもしれないからね」
「分かりました」
別に魔道具に魔力を注ぐくらい大したことではないし、聖女として、そのほうが認められやすいと言うなら嫌がる理由もない。
頷いているとディザークに見下ろされた。
「今日は招待客が多い。出来る限り共にいるが、場合によってはそばを離れることもある」
「ヴェイン様もいるし大丈夫」
「そうだな」
前回のパーティーでワインを防いだことをディザークはとても褒めていて、ヴェイン様もそれを満更でもない様子で受けていた。
ヴェイン様は護衛としてもかなり優秀で、尊大な性格とは裏腹に護衛中はあまり喋ることはない。
ただ、目が合うと微笑ましそうな顔をされる。
たとえるなら可愛いペットを眺めるみたいな……。
そもそもドラゴンと人間だから感じるものが違うのだろう。
わたしを愛し子と呼んだわりには、しつこく構ってきたり、変に干渉してこない。
「愛し子の幸せは我の幸せ。だが、幸せというのは個々によって感じ方が違うものだ。我の思う幸せが愛し子の幸福に繋がるとは限らない。だから我は愛し子の人生をそばで見守ることが出来れば、それで良いのだ」
と、言うことだった。
そんなヴェイン様の言葉を聞いたからか、ディザークはかなりヴェイン様を信用している様子だった。
「周辺国の王族や使者だけでなく、我が国の貴族達もいる。サヤ嬢はこの間と同じように微笑んで、どこかに招待されたり判断がつかないことを訊かれた時には『わたし一人では判断が出来ませんので』と言っておけば、向こうも無理強いはしてこない」
皇帝陛下の言葉に頷き返した。
部屋の扉が控えめに叩かれ、皇帝陛下が立ち上がる。
「時間のようだ。さあ、行こう」
わたしとディザークも立ち上がる。
ディザークにエスコートしてもらいながら部屋を出て、パーティーの会場へと向かう。
緊張でドキドキと心臓が早鐘を打つのを感じて、そっと深呼吸をする。
……大丈夫、これはお披露目の場だ。
聖女を選定する場ではなく、既に聖女に決まったわたしのことを国内外へ発信する場であり、帝国の聖女という地位が覆ることはないだろう。
両開きの扉の前で立ち止まる。
陛下とディザークの視線を受けて頷いた。
皇帝陛下が扉を守護する騎士達へ頷けば、扉が左右へゆっくりと開かれた。
「帝国の輝かしき太陽エーレンフリート=イェルク・ワイエルシュトラス皇帝陛下、ディザーク=クリストハルト・ワイエルシュトラス皇弟殿下、御婚約者サヤ・シノヤマ嬢のご入場です!!」
騎士の声がよく響く。
皇帝陛下が歩き出し、それにディザークと共に続く。
会場にいた誰もがこちらへ向けて、正確には皇帝陛下へ礼を執っている。
一段高い場所に三人で上がる。
「面を上げよ」
全員が顔を上げて視線が集中する。
「本日集まってくれた皆に感謝しよう。招待状にて既に今回の夜会について説明はしてあるが、我が帝国に次代の聖女という新しい光が現れた。この良き日に、皆に我が国の光を紹介したい」
皇帝陛下の視線が向けられ、ディザークが一歩前へ出たので、わたしも釣られて前へ出る。
「彼女はサヤ・シノヤマ嬢。ドゥニエ王国の聖女召喚の儀によってこの世界に招かれた異世界人であり、我が弟ディザークの婚約者でもある。まだこの世界に、帝国に来たばかりで分からないことも多い彼女だが、それでも我が国の聖女となることを了承してくれた」
おお、と主に帝国内の貴族だろう人々から小さなどよめきが上がる。
聖女を得られるというのは国の安定に繋がるそうなので、これは貴族達にとっても朗報なのだろう。
心なしか会場の空気が和らいだ気がする。
「帝国の安寧はこれからも保たれる」
皇帝陛下が手を振ると使用人達が魔道具が載せられたサービスワゴンをいくつか押してきて、皇帝陛下に頷かれた。
わたしはディザークの腕から手を離すと、その場で祈るように両手を組んで目を閉じる。
聖属性の魔力を操って魔道具へと注ぎ込む。
ここ最近は毎日のように魔力充填を行なっていたのでもう慣れたものだ。
魔力がいっぱいになって目を開ける。
「帝国の平和と安定が続きますように」
わたしの言葉に皇帝陛下が嬉しそうに笑った。
「我が帝国の新しき光を祝し、本日は心行くまでパーティーを楽しんでほしい」
それに帝国の貴族だろう人々から向けられる視線が好奇から、別のものに変わるのを感じた。
魔力充填を見て聖女として認めてもらえたようだ。
皇帝陛下とディザークと共に階段を下りて、人々の輪の中へ入っていく。
ひそりとディザークに耳打ちされる。
「これから貴族と他国の者達の挨拶を受ける。前回よりも長くなるだろう。疲れたら腕を二度叩いてくれ」
それにわたしは頷き返した。
……でも、疲れたからって抜け出すことは出来ないんだろうなあ。
何せ、今日のパーティーは聖女のお披露目、つまりわたしが主役なのだ。
* * * * *
……あれがあの娘なのか?
ヴィクトールは皇弟殿下の横に立つ娘を見て愕然とした。
最後に見た時は肌も髪も艶がなく、痩せていて、こちらを睨むような黒い瞳が印象的だったが、それ以外は地味な娘に感じられた。
しかし、今あそこにいる娘は全く違う。
痩せてはいるものの、以前ほどではなく、小柄な姿は横に立つ長身の皇弟殿下と相まって華奢で少女らしい線の細さがある。
ミステリアスな黒髪は艶やかで、化粧を施した顔は美しさよりも幼さの残る愛らしさがあり、白いドレスが黒髪によく映える。
顔立ちではユウナには勝てないものの、笑うとより幼く見えて、親しみを感じさせた。
何より、こうしていても魔力を一切感じないというのに、大勢の前で複数の魔道具に一度で魔力充填を行った。
魔力充填は魔力をきちんと操作出来なければ使えない。触れずに魔力を充填させるとなれば、更に難しいことだ。
しかし娘は何の気負いもなくそれをやってのけた。
帝国に来てから訓練したとしても、この短期間であそこまでの習熟度は無理だ。
……だとすれば、最初から魔力操作に長けていた?
魔力を感じなかったのは魔力がないからではなく、魔力操作に長けていて、外に魔力を漏らすことがなかったからではないか。
ユウナは魔力量は多いけれど、操作が下手だ。
だから最初から魔力を放出していたのだとしたら……。
「……我々は最初から間違えていたということか」
もしあの娘にも適性検査を受けさせていたなら、巻き込まれた役立たずなどと嘲ることなく接していたなら、あの力は王国のものだったかもしれない。
悔しさに手を握り締めてしまう。
「ヴィクトール?」
横にいたユウナに名前を呼ばれて我へ返る。
「すまない、少しボウッとしてしまっていた」
「えっと、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
不安そうに見上げられて一瞬、罪悪感に苛まれたが、ヴィクトールはそれを笑顔で押し隠した。
「私達も挨拶に行こう」
今日これから行うことを知ったら、きっとユウナには嫌われるだろう。
それでも、国のためならばやるしかない。
……すまない、ユウナ。
ユウナが毎日魔力操作の訓練をしていることは知っているし、上手く出来ない自分を責めていることも知っている。
だが、王国には一日でも早く、聖属性の魔力を魔道具に充填出来る聖女が必要なのだ。
ヴィクトールはユウナを伴い、人の輪へ加わった。
* * * * *