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……ほんと、自分のことばっかりで最低だ。

 



 バルトルド様がおかしそうに目を細めた。




「騙していたと責めないのか?」


「別に騙されてはいませんよね? バルトルド様はこの国でも地位が高いと言っていて、それは事実ですし、わたしももっと早く気付くべきでした」




 あはは、と苦笑が漏れる。


 わたしがドゥニエ王国で召喚されたことも、ディザークの婚約者であることも、聖女となったことも、全部知っていて当然だった。


 前皇帝であり、ディザークの父親なのだ。


 むしろ下手な貴族ではなかったことにホッとする。


 もう貴族達にわたしの情報が流れているのかと、ちょっとだけ警戒していたのだ。




「改めて初めまして、篠山沙耶といいます。篠山が家名で、沙耶が名前です。ディザーク殿下には大変お世話になっております。気付くのが遅れてしまい、申し訳ありません」




 頭を下げれば「良い良い」と軽い口調で返される。




「私が黙っていたのだ。この世界に来て日の浅いサヤ嬢が気付くはずもあるまい。そうと分かっていて私も近付いたのだ」




 相変わらず悪びれのない様子に、何故だか怒りや不満は湧かなかった。


 なんというか、憎めない雰囲気の人である。


 ディザークが溜め息を吐く。


 もしかしたら、父親のこういう部分に苦労したことがあるのかもしれない。




「それはそうとサヤ嬢」


「はい、何でしょうか」


「私の側妃にならないか?」




 ……この人、すっごい、いい笑顔でとんでもない爆弾発言してきたぞ?


 今度はディザークが絶句している。


 まさか父親が息子の婚約者に、妻にならないか、なんて訊けば、それは当然「は?」ってなるだろう。


 わたしはバルトルドさんをまじまじと見た。


 穏やかに笑っているけれど、よく見れば、その目は全く笑っていないようにも感じられる。




「皇弟の婚約者、ひいては妻となれば皇族としての公務などがある。だが前皇帝(わたし)の側妃となればもう公務はやらなくて済む。君の望む『三食昼寝付き』で皇弟の婚約者よりずっと気楽に過ごせるだろう」




 ……あ、その条件知ってるんだ。


 確かにバルトルドさんの提案は魅力的だ。


 バルトルドさんは退位していて、公務もないから、その妻、それも側妃ともなればやることなんてないのかもしれない。


 聖女としての仕事があったとしても皇弟の婚約者の公務がない分、きっと余裕があるだろう。




「どうだね?」




 と、訊かれて即答した。




「お断りします」


「おや、即答とは少し傷付くね」


「すみません」




 魅力的ではあるが、そうなりたいとは思えない。




「何故断るのか理由を聞かせてもらえるか?」


「単純な話、わたしが今、この世界で最も信頼しているのがディザーク殿下だからです」




 ちなみにマリーちゃんも同じくらい信用している。


 召喚された後すぐから仕えてくれているマリーちゃんはこれまでの行動を見て信じている。


 そして、ディザークはこれまでの行動と人柄を見て、この人なら頼れる、これからも信じられると思える相手だった。


 マリーちゃんは信用出来るけど、将来、頼っていくことは出来ない。


 こんなことを考えるのは最低かもしれないが、ディザークなら無責任にわたしを捨てたりしないと感じられたし、恐らく婚約者でいるうちはきちんと助けてくれそうだと分かった。


 この世界に召喚されたことはかなり腹立たしいと思ったし、起きたことをいつまでも責めて下を向いているだけでは何もならなくて。


 それに帝国なら、ディザークなら、召喚に手を貸した罪悪感からわたしに良くしてくれるかもって考えていた。


 ……ほんと、自分のことばっかりで最低だ。




「王国を出るためにディザーク殿下の婚約者になって、多分、今はもう皇弟殿下の婚約者という立場がなくても帝国で聖女として優遇されるでしょう。でも、いつかは誰かと結婚することになりますよね。確実に聖女を帝国に根付かせるために」




 わたしが全属性持ちの聖女だと知った時、ほんの僅かに考えたこともある。


 ディザークと婚約しなくても、聖女の立場があればそれなりの待遇は得られるし、皇族の公務もなくなってずっとラクが出来るって……。


 でも、そうしようとは思えなかった。




「ああ、サヤ嬢の言う通りだ」




 そう、どうせ結婚しなければならないなら。




「それなら、わたしはディザーク殿下がいいです」




 帝国へ婚約者として連れ帰ることが出来ると言われ、それを受け入れた時から、納得していた。


 誰よりも先に手を差し伸べてくれたディザーク。


 ドゥニエ王国から連れ出してくれる恩人。


 不器用で、真面目で、優しい人だ。


 恋愛感情での好きはまだ芽吹いてないけれど、もう少しでそれが芽吹く予感はある。




「この世界に来てからわたしに『大丈夫か?』って訊いてくれたのは、ディザーク殿下だけだったから」




 マリーちゃんはいつも気を遣ってくれた。


 わたしのために出来ることをしてくれた。


 ……だけどね、わたしに『大丈夫?』って声をかけてくれたのはディザークが初めてだったんだよ。


 思わず泣いてしまうくらい心が震えたんだ。




「……そうか、残念だ」




 ふう、とバルトルド様が小さく息を吐く。


 でも残念と言うわりには穏やかな表情だった。




「良かったな、息子よ」




 からかうような声音でバルトルドさんがディザークを見たので、釣られて見上げれば、ディザークは顔を背けていた。


 口元を片手で覆ってはいるものの、短髪なので、赤くなった耳が丸見えだった。


 ……え、そんなに照れること言ったっけ?


 考えてみて、あ、言ったな、と思い直す。


 告白じみた発言だった。


 しかし事実なので否定するのもおかしい。


 ツンツンとディザークの服をつまんで引っ張ってみれば、空いているほうの手が頭に乗せられる。




「……俺も、貴様なら悪くないと思っている」




 聞き逃しそうなほど小さな声だ。


 あ、と思い出して頭の上の手を両手で掴む。




「それ、わたしのこと『貴様』って呼ぶのやめて」




 ディザークが困惑した様子で振り向いた。




「……ではなんと呼べばいい?」


「名前で呼んで。お前とかでもいいけど、その『貴様』って呼び方、威圧感があってちょっと苦手」


「……今後は気を付ける」




 神妙な顔でディザークが頷く。


 いつも顰めっ面なのも、口調が淡々としているのも別にいいが、どうしても『貴様』呼びだけは慣れない。




「ついでに訊くけど、ディザークはわたしに直してほしいところってある? 言葉遣いとか、お嬢様っぽくしたほうがいい?」


「魔法の練習をやめろ」


「あー……、えっと、うん、それはごめんなさい」




 バレてるかもしれないなあとは感じていたが。




「元の世界では魔法ってなくて、つい、色々試してみたくなっちゃって……」


「魔法初心者はその好奇心のせいで、魔力を使いすぎて体調を崩す者もいると言っただろう。今後も続けるならば、夜も部屋に侍女か騎士を置くぞ」


「それはちょっとやだ……」


「なら、言うことを聞け」




 それに「はい……」と頷き返す。


 ディザークの宮に来てから、寝る時とトイレくらいしか一人の時間がないのだ。


 入浴中でも侍女がいて、体や髪を洗われる。


 わたしがこっそり魔法の練習をしているのは寝る前なので、このままだと、夜眠る時にも部屋の中に侍女がつけられてしまいそうだ。


 ぐりぐりと頭を押し撫でられる。


 こほん、と小さく咳払いがした。




「仲が良さそうで何よりだが、私を忘れていないか?」




 バルトルド様の言葉にディザークが平然と答える。




「息子の婚約者を誘惑しようとする父親など、忘れられても仕方がないと思いませんか」


「そう怒るな。皇弟(おまえ)を簡単に裏切るような者なら、いっそ、離宮に閉じ込めて一生聖女として使い潰そうと考えていたのだ」




 ……またサラッと怖いこと言ってる……。


 ディザークの眉間のシワが増えた。


 もしかして、わたしは軟禁ルートに入りそうになっていたのだろうか。怖っ。容赦ないな。


 内心で冷や汗を掻いているとディザークに手を取られて、軽く引っ張り上げられる。




「……俺達は戻ります」




 明らかに不機嫌なディザークの声に、バルトルドさんが明るく笑う。




「もう帰るのか? 久しぶりの親子の再会なのにつれない奴め。茶の一杯くらい付き合ってはくれないのか」


「俺は父上ほど暇ではありません」




 立ち上がったわたしにディザークが左腕を差し出すので、いつもの調子でその腕に手を添える。


 ディザークが「失礼します」と言うので、わたしも「失礼します」と言えば、バルトルド様が応えるように手を挙げた。




「気が向いたら離宮に来て、絵を描かせておくれ」




 返事をする前にディザークが歩き出してしまう。


 後ろを振り向けば、バルトルド様は気にした様子もなく、小さく手を振っていた。




「ディザーク、バルトルド様を一人にしちゃっていいの? 前の皇帝陛下だよね?」


「父上には影が……、心配せずとも、ああ見えて常に護衛が複数ついている」


「そうなんだ」




 後ろをヴェイン様とリーゼさんがついてくる。


 そういえば二人とも驚いた様子がなかったので、最初からバルトルド様が前皇帝陛下だと気付いていたのだろう。


 ……教えてほしかったなあ。








* * * * *










 宮への帰りの馬車に揺られながら、ディザークは向かい側に座って車窓を眺めているサヤを見た。


 先ほど、サヤは結婚するならばディザークが良いと言った。


 恐らく人として好意的というだけあって、それ以上の意味はないのだろう。


 ……まあ、俺も似たようなものだが。


 サヤのことは嫌いではない。


 三食昼寝付きでのんびり過ごしたいと言いつつ、こっそり魔法の練習をしたり、皇弟の婚約者としての教育はきちんと受けたり、流されている部分もあるのだろうが真面目なところがある。


 それにディザークに対して怯まないところも気に入っている。


 別にディザークとて好きで怖がられようとしているわけではなく、眉間のしわは癖になっているだけだ。


 口調や表情を柔らかくすれば良いのだろうが、皇族として威厳は保たねばと思うと、どうしても気が張ってしまう。


 だがサヤは最初からディザークを恐れはしなかった。


 幼さの残る顔立ちに細身でか弱そうに見えるけれど、サヤは意外と神経が図太いというか、度胸がある。


 言いたいことはハッキリ言って物怖じしない。


 真っ直ぐに見上げてくる黒い瞳は見つめ返しても逸らされないし、軽く交わされる会話が心地良く感じることも多い。


 どうせ共にいなければならないなら、気安く接せられる相手のほうが良い。


 多分、サヤもそうなのだろう。




「父上が悪かった」




 皇弟の婚約者、聖女、愛し子。


 どれも元の世界ならば負う必要のないものばかりであり、サヤはドゥニエ王国の召喚魔法によってこちらの世界に来ることになってしまった。


 そんなサヤにあれこれと義務と責任を負わせることに罪悪感を覚える。




「ディザークが謝ることじゃないでしょ」




 こちらを向いたサヤが笑う。




「まあ、バルトルド様の提案には驚かされたけど、どうせ向こうも本気じゃなかっただろうしね」


「それはそうだが……」




 前皇帝であった父は変わった人だった。


 元々本人は皇帝になる予定ではなく、父の兄が流行り病によって亡くなったために突然皇帝となってしまったのだ。


 そのせいか昔から「早く退きたい」とこぼしており、兄エーレンフリートが二十歳になって皇帝としての公務を満足に行えるようになると、さっさと帝位を譲って隠居生活をし始める。そんな人間なのだ。


 しかし帝国の未来を気にしてはいる。


 だから愛し子で、聖女にもなったサヤの人となりを確認しに出てきたのだろう。




「……だが、本当に良いのか?」


「うん? 何が?」


「お前はいずれ俺と結婚することになる。皇族は簡単には離婚出来ない。文字通り、一生を共にするのだ」




 ドゥニエ王国から連れ出すためでもあったが、帝国がサヤという聖竜の愛し子を手放さないための策でもある。


 ディザークは国のためならば政略結婚に異論はない。


 けれどもサヤはそうではないのだ。


 帝国のために人生を捧げる理由などない。




「俺は皇族として政略結婚だったとしても当然の責務だと思っているが、サヤにそれを強いるのは違う」




 サヤが目を瞬かせ、そして笑った。




「今はまだ恋愛的な意味でディザークのことが好きかどうかは分からないけど、多分、そのうち、わたしはそういう意味でディザークのこと、好きになれると思う」




 その言葉にディザークは戸惑った。


 サヤのことは好意的には思っているが、ディザークも、恋愛感情がそこにあるかと問われたら分からない。




「あ、だからってディザークが無理にわたしのことを好きになろうとしなくていいからね? とりあえず、家族愛くらいの気持ちがあれば、それで十分付き合っていけるだろうし」


「それでき……お前はいいのか?」


「うん、わたしがディザークを好きになったとして、自分が好きだから相手にも同じことを要求するのは理想の押しつけじゃん。そんなことしても気持ちが離れるだけでしょ。そうなった時にわたしの気持ちに応えるかどうかはディザークが判断することだもん」




 強がりではなく、本当にサヤはそう考えているらしい。


 それに少しばかりディザークは安堵してしまった。


 これまでの人生では恋愛などというものとは無縁だったため、もしサヤに「婚約者だからわたしのことを好きになって」と言われたとしても、希望に沿う自信がなかった。




「そうだ、一つ訊くけど、わたしのことは嫌いではないんだよね? 興味もない?」


「いや、関心はある。どちらかと言えば、好意的にも感じている。……が、そもそも俺は恋愛をしたことがない。人としての好きと恋愛感情の好きの違いを知らん」




 正直に答えればサヤが頷いた。




「仲間だね。わたしも恋愛経験ないよ」


「それなのに、いつかは俺のことが好きになれるかもしれないというのは分かるのか?」


「お、意外とグイグイくるね」




 おかしそうにサヤが目を細めて笑う。


 そうして、何故か声量を落として言った。




「元の世界の友達の言葉だけど『唇にキス出来る相手は恋愛も出来る』らしいよ?」




 それを聞いて、一瞬サヤと口付ける想像をしてしまい、顔が熱くなる。




「まあ、さっきはディザークに好きにならなくてもいいって言ったけど、わたしがディザークのことを好きになったら、好きになってもらうために努力はするだろうけどね」


「それは疲れないか……?」


「友達はよく『恋愛は片想いしてる時が一番楽しい』って言ってたよ。好きな相手のことを調べて、追いかけて、色々想像して、だんだんと仲良くなっていく間のドキドキが好きなんだって。そのせいか付き合ったらすぐ冷めちゃうタイプの子だったけど」




 サヤは笑って話しているが、その友人とやらはかなり厄介な性質たちなのではないだろうか。


 話の一端を聞くだけで一癖も二癖もある人物なのが感じ取れる。




「話逸れたけど、わたしはディザークと結婚することについては納得してるよ」




 ディザークは「そうか」としか言えなかった。


 面と向かって伝えられると気恥ずかしいものがある。


 まっすぐに見つめてくる黒い瞳から、つい視線を逸らしたが、サヤはこちらを見つめたまま口を開く。




「ディザークって結構可愛いよね」


「……は?」




 何が楽しいのか、サヤは機嫌が良さそうに笑っていた。







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(誤字報告)「もしかしなくても」間違ってませんか?
信じて用いる。信じて頼る。明確な差があるんだけど話の流れでさらっと言われると中々気づけないトラップ 恋愛観とか含めて、この子本当に高校生かと思いました。いい教育環境にあったんだろうなあ
[気になる点] 『貴様』って、現代は上から発言な印象を受けるけど 字面からして元々の意味が違ったんじゃないかな?って思ったり。 領収書の『上様』のような? 貴方様←的な。 と、ふと思った。感想…
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