え、聖女様は香月さんじゃなくて?
ディザークの宮に来た翌日。
魔法の適性検査を行うために、わたしはディザークと共にまた皇帝陛下の下へ向かうことになった。
マリーちゃんから借りているワンピースを着せてもらいながら、思わず欠伸が漏れた。
「……寝不足」
ワンピースの裾を整えてくれていたノーラさんの呟きに頷いた。
「うん、まあ、ちょっとね」
ここに来て、わたしにはマリーちゃん以外に二人の侍女がついた。
侍女は大勢つけますかと訊かれたが、必要でないなら大勢は要らないと答えた。
その結果、ノーラさんとリーゼさんが侍女となった。
二人は双子だそうで、鮮やかな緑の髪をポニーテールにした金の瞳のたれ目のほうが姉のリーゼさんで、ツインテールにつり目のほうが妹のノーラさんらしい。
リーゼさんはほんわかしたお姉さんという感じで、ノーラさんはツンとしてるが、どちらも二十歳だそうだ。
マリーちゃんも実は十九歳で歳上なのだが、マリーちゃんはなんとなくマリーちゃんなのだ。
「……服、ダサッ」
「す、すみませんっ、すみませんっ、私のお古なんです……!」
「……お古でもこれはない」
あとノーラさんは結構毒舌だ。
「でも、そのおかげでわたしは着るものに困らなかったんだよ。それにこれも可愛いから」
「……」
ノーラさんが下がると黙って一礼する。
どうやら身支度が終わったらしい。
「それじゃあマリーちゃんは留守番しててくれる?」
「は、はい! サヤ様が実は魔法を扱えると聞いた時は驚きましたが、魔力が沢山あるといいですね……!」
「あ、あー、うん、そうだね」
実は全属性持ちなのではという疑いが出ていることについては、触れないでくれているのだろう。
もしかしたら違うかもしれないし、きちんと確認して、確実なことが分からないうちに騒いで違っていたら恥ずかしいし。
今日はノーラさんが侍女としてついてきてくれることになっている。
マリーちゃんはまだ、わたしと同様にこの帝国に来たばかりで勝手が分からないので、宮でリーゼさんにいろいろと教えてもらうそうだ。
コンコンコン、と扉が叩かれるとノーラさんが応対する。
すぐに扉が開けられて、ディザークが入ってくる。
「支度は済んだか?」
「うん、多分大丈夫」
「そうか、では行こう」
差し出された左手に自分の手を重ねる。
そうしてディザークにエスコートされながら廊下を通り、正面玄関を出ると、昨日と同じく馬車が停まっていた。
でもエーベルスさんはいなかった。
御者が扉を開けてくれて馬車に乗り込む。
わたしとディザーク、ノーラさんが乗ると、扉が閉まり、ややあって馬車がゆっくりと動き出した。
「適性検査って具体的には何をするの?」
お城までの間、暇なので訊いてみる。
「適性検査にはそれ専用の魔道具の宝珠がある。宝珠に検査したい者の魔力を通せば、適性のある属性の色が現れる」
「……それだけ?」
「ああ、魔力量の検査も似たようなものだ。魔鉱石という特殊な石に魔力を通せば、その者の魔力量が色で現れる。魔鉱石の色が濃くなるほど、魔力量が多いということになる。どちらも魔力を通すだけだ。難しいことはない」
それにホッとする。
……魔力を通すだけなら出来るよね。
ガタゴトと揺れる馬車の窓から外を見る。
城内だからなのか木々が並んでいるだけだが綺麗な景色だ。きちんと手入れがされている。
「全属性持ちだったら、どうなるの?」
ディザークが答える。
「どうもしない。貴様はもう俺の婚約者だ。この婚約が解消、または破棄されることはない。まあ、今よりも好待遇になるぐらいだ」
「んー、いや、これ以上の待遇はもういいよ。今朝ノーラさんに聞いたけど、本当は今日ドレスとか宝飾品とかのお店の人を呼ぶ予定だったって」
「俺の婚約者となった以上、それ相応の待遇は当然のことだ」
……サラッとそう言えるのが凄い。
ドゥニエ王国の王太子はディザークを見習うべきだと思う。本当に。
「でも散財はダメなんじゃなかったっけ?」
訊き返せば、ディザークの眉間のしわが深まる。
「これは散財ではない。皇室として、皇弟である俺の婚約者の品位保持に必要なことだ」
「なるほど」
確かに皇族であるディザークの婚約者の装いというのは、いろいろと気を遣うのだろう。
「出来れば軽くて動きやすいドレスがいいなあ」
「それは服飾店の者と相談しろ」
「分かった」
そんな話をしているうちに、馬車の揺れが収まり、窓の外を見ればお城に到着していた。
御者が扉を開けてディザークが先に降りる。
その手を借りて降りようとした時、ふと、ディザークに声をかけられた。
「抱えてみても良いか?」
「えっと、何を?」
ジッと見つめられて、抱えるものがわたしなのだと気が付いた。
「なんで急に?」
「軽そうだなと思った」
「確かめたいってこと? まあ、いいけど、多分ディザークが思ってるほど軽くないよ?」
ディザークの両手が両脇に差し込まれる。
そうして、ひょいと持ち上げられた。
少し高くなった視界に「わっ?」と声が漏れてしまう。
わたしを抱えたディザークが固まった。
「……軽いな。やはり食事量を増やしたほうが良い」
意外にもそっと優しく下される。
差し出された左腕に手を添えて、歩き出したディザークについていく。
後ろをノーラさんが静かに歩く。
「サヤはどのようなものが食べやすい?」
「そうだなあ、もうちょっと味付けが薄いと食べやすいかも。王国も帝国も料理の味が濃いんだよね。美味しいけど、沢山は食べられないかな」
この世界の料理とはそういうものかもしれないが、味付けがわたしには濃く感じられる。
いくら量が多くないと言っても、どの料理も味が濃いと食べ切るのは難しい。
ふむ、とディザークが呟く。
「料理長にそう伝えておこう」
「いいの?」
「痩せたままで、俺が婚約者を虐げていると勘違いされても困るからな」
ディザークを見上げれば、正面を見据えたまま歩いているが、その眉間に深くしわが刻まれている。
チラと紅い瞳が一瞬だけこちらを見て、すぐに逸らされた。
不機嫌そうな顔をしていたけれど、ふと見えたディザークの耳は少し赤くなっていた。
……もしかして照れてる?
不器用なそれが少し可愛いなと思ってしまう。
お城の中を歩いていくが、昨日行った場所とは違うらしい。
昨日よりも歩く時間は短かった。
到着した部屋の扉をディザークが叩く。
すると、中から扉が開かれた。
「お待ちしておりました、ディザーク殿下」
六十代ほどの、綺麗な白髪の男性がいた。
丸眼鏡をかけていて、魔法使いみたいな黒いローブを着ていて、片手にクエスチョンマークみたいな形の太い木製の杖を持っていて、ちょっとテンションが上がる。
……うわあ、魔法使いっぽい!
「陛下は?」
「まだいらしておりません」
扉が完全に開かれて、ディザークと共に中へ入る。
そこは本に埋もれた部屋だった。
壁一面に本棚があり、床にも本が山積みにされていて、大きな机の上も書類や本でいっぱいだ。
だけどソファーやテーブルは綺麗で、わたしとディザークはソファーへ並んで座ることになった。
目の前のテーブルの上に小さめのクッションがあって、その上に透明なガラスみたいな球体が鎮座している。
「サヤ、宮廷魔法士の長を務めているドラン・ファニールだ。こちらはサヤ・シノヤマ、俺の婚約者だ」
ディザークの紹介にお辞儀をすれば、穏やかな笑みを浮かべて同じように小さく会釈を返された。
「初めまして、シノヤマ様。本日、あなた様の魔法適性を測定させていただきますドランと申します。シノヤマ様のご事情は既に伺っておりますので、ご安心ください」
「ありがとうございます。……改めましてサヤ・シノヤマです。本日はよろしくお願いします」
ファニールさんの穏やかな雰囲気にホッとする。
「シノヤマ様は魔力譲渡が出来るということですから、適性も魔力量も簡単に測れるでしょう。緊張なさらずとも大丈夫ですよ」
それに頷き返していると部屋の扉が叩かれた。
ファニールさんが「失礼します」と一言断ってから席を立ち、扉へ向かう。
開けられた扉から入ってきたのは皇帝陛下だった。
「遅れてすまないね」
ディザークが立ち上がったのでわたしも真似て席を立てば、皇帝陛下がひらひらと手を振った。
皇帝陛下と共に使用人らしき人も入ってくる。
使用人は見覚えのある人で、前回皇帝陛下と会った時に紅茶を出してくれた人だった。
「ああ、いいよ、座って座って」
ファニールさんが扉を閉める。
皇帝陛下は斜め前にある一人がけのソファーに腰を下ろした。
ディザークが座ったので、わたしも座る。
「それで、サヤ嬢が全属性持ちかもしれないっていうのは本当かい?」
興味津々といった様子で皇帝陛下に問われる。
「現段階では『恐らく』ではありますが」
「そうか。さっそく試してみよう」
全員の視線がわたしへ向けられる。
「では、これより適性と魔力量の測定を行わせていただきます。……シノヤマ様、こちらの魔道具の上にそっと手を置いてください」
「はい」
促されて目の前の球体の上に両手を重ねて置く。
よく磨かれているようで球体の表面はとてもツルツルしていて冷たかった。
「そのまま魔道具へ魔力を注いでください」
言われるがまま、魔力を流し込む。
心臓から手を伝って血が流れていくようなイメージを思い浮かべれば、球体に色がつく。
赤色、緑色、青色、茶色、白色、黒色。
六色が球体の中でぐるぐると輝く。
中でも白が半分近くあった。
「もう魔力を止めていただいてよろしいですよ」
手を離した後も、球体の中で六色が輝く。
全員がまじまじと球体を見た。
「私の見間違いでなければ六色あるな」
「俺もそう見える」
「はい、ご覧の通り六色ございます。シノヤマ様は六属性、つまり全属性持ちということになります。しかも最も適性があるのは聖属性のようです」
ディザークと皇帝陛下がわたしを見る。
「君は聖女ユウナ・コウヅキの召喚に巻き込まれてこちらへ来てしまった一般人、のはずだよね?」
皇帝陛下に訊かれて頷いた。
「そのはずですけど……」
「一般人だなんてとんでもない! ……失礼しました。全属性持ちということも稀ですが、これほど聖属性に適性があるならば聖女として選ばれてもおかしくはありません」
「え、聖女様は香月さんじゃなくて?」
ファニールさんの言葉にギョッとした。
皇帝陛下もディザークも黙っている。
微妙な空気が漂う中、ファニールさんに白い石を渡された。
「次に魔力測定を行います。こちらの魔鉱石に魔力を注いでください」
「分かりました」
渡された石を手の平に載せたまま、こちらも先ほどと同じく適当な量の魔力を注ぎ入れた。
白かった石が一瞬で真っ黒になってしまう。
「おお、これは……!」とファニールさんが立ち上がった。また何かやらかしてしまったかもしれない。
魔力を流すのをやめても石は黒いままだ。
逆に球体の中で動いていた六色がふっと消える。
そういえば昨日、魔鉱石の色が濃くなるほど魔力量が多い証だとディザークが言っていたような……。
「……これは仮説だけどね?」
おもむろに皇帝陛下が口を開く。
「サヤ嬢、多分、君も聖女だ。それもドゥニエ王国にいるもう一人の聖女よりも能力値は高いかもしれない。召喚に巻き込まれたのではなく、君も召喚された聖女の一人じゃないかな」
「やはり兄上もそう思いましたか」
「むしろ、そうとしか思えない」
……わたしも聖女? マジで?
ついディザークを見上げれば、頷き返される。
最初に思ったのは、面倒臭い、だった。
何故そう思ったかと言うと、皇帝陛下がホクホク顔で笑ったからだ。
「これは素晴らしい。我が国の聖女はもう高齢で次の聖女候補を探していたんだが、なかなか見つからなくてな。でもサヤ嬢が聖女なら話は早い。いや、まさか全属性持ちの黒を宿した聖女様なんて、そんな素晴らしい存在が我が国に来てくれるとは!」
立ち上がった皇帝陛下に片手を取られた。
「サヤ嬢、これからよろしく頼んだよ」
やたら良い笑顔で言われて、わたしはディザークの婚約者になったのは早まったかなとも感じたが、同時に安堵している自分もいた。
……わたし、役立たずなんかじゃないかも。
帝国も聖女を欲していて、わたしが聖女になれるなら、それはお互いにとって良いことなのだろう。
帝国は聖女を、わたしは確実な居場所を手に入れることが出来る。
聖竜とやらの好きな黒色というだけの理由よりもずっといい。
「そうなると、サヤ嬢が聖女であることも公表しないと。まあ、ドゥニエ王国が何か言ってくるかもしれないが、これまでのサヤ嬢への扱いを理由にすれば強くは出られないだろう。我が国もこれで安泰だな」
ははは、と皇帝陛下が嬉しそうに笑う。
ディザークが眉間のしわを濃くしながら、わたしを見下ろした。
「大丈夫か?」
色々な意味が含まれた「大丈夫か?」だった。
「……うん、なんとか。いや、頭は追いついてるんだけど。……わたし、聖女って柄じゃないんだけどなあ……」
「属性に性格が現れるわけではない」
「あ、そうなんだ?」
それなら、無理して聖女らしく振る舞わなくてもいいのかもしれない。
「……これから忙しくなるぞ」
ディザークの言葉にちょっとだけ嫌な予感がした。
……ぐうたらのんびり三食昼寝付きでいいんだけどなあ。
思わず漏らした溜め息が何故かディザークと重なる。
横を見れば、またディザークと目が合った。
「すまない、約束とは違うことになりそうだ」
眉根を寄せて言われたので苦笑する。
「正直『嘘でしょ?』って気持ちが強いけど、聖女だって言うなら仕方ないね。衣食住の分くらいは頑張るよ」