92話─ヴァルツァイトの野望
小型ポータルを用い、コリンのいる城へとやって来たフィルとアンネローゼ。門番と思われる青年の元に向かい、子細を話すが……。
「え、いないんですか?」
「おう。コリンなら今はいないぜ。カンパニー率いる大魔公の軍団と派手にバトってるところだ。俺も参加したかったんだが、くじ引きでハズレを引いてな……」
「そうですか……困りましたね、どうしても伝えないといけない事があるのに」
運悪く、コリンは城を離れていた。青年曰く、ヴァルツァイトとの対決姿勢を前面に打ち出し、ついに直接交戦を始めたとのことだった。
コアの解析結果をすぐにでも伝えたいコリンとしては、歯がゆい思いをさせられることに。仕方なく、次の機会にしようとする、が。
「ああ、待った待った。一応、コリンの名代は城にいるよ。まあ、ほぼ同一人物みたいなもんだし問題はないだろうさ」
「え? それって、どういうことよ」
「そいつは見てのお楽しみ、ってやつだ。……ああ、まだ自己紹介してなかったな。俺はディルス、コリンの配下……十二星騎士の一人だ。よろしくな」
青年……ディルスに案内され、フィルたちは城の中を進む。上階にある玉座の間に通されると……そこには、コリンと瓜二つの顔立ちをした少女がいた。
漆黒のドレスに身を包んだ少女は、玉座に座り小さなハープを奏でている。そんな彼女の元に歩み寄り、ディルスは声をかけた。
「コーディ、客だ。前にコリンが話してた連中が来たぞ。悪いが、相手してくれ」
「そう、ようやく来たのね。コリンはずっと待ってたわよ。もう戦場に行っちゃったけど」
少女はハープを奏でるのをやめ、ディルスに渡す。玉座から立ち上がり、フィルとアンネローゼのところへ歩いてきた。
「ごきげんよう、カルゥ=オルセナの戦士たち。私はコーデリア。コーデリア・ディ・グランダイザ=ギアトルク。コリンの運命変異体よ、よろしくね」
「!? 運命変異体……つまり、並行世界から来たのですか、あなたは」
「そうよ。いろいろ紆余曲折の末にね。ま、それは今度話すとして……そっちの用件、聞かせてもらおうかしら」
コーデリアと名乗った少女は、フィルたちを玉座の間の奥にある部屋に招いた。ディルスに命じて茶菓子を用意させつつ、フィルから話を聞く。
「……ということがありまして、何とかコアの解析に成功したんです。結果、ヴァルツァイトの真の目的が明らかになりました」
「あら、お手柄じゃない。コリンがここにいたら、小躍りするでしょうね。で、その目的とは何かしら」
「私も知りたいわ。まだ教えてもらってないもの。フィルくん、もったいぶらずに教えてよ」
コーデリアとアンネローゼに催促され、フィルは頷く。そして、暴き出したヴァルツァイトの侵略目的を口にした。
「彼の目的は一つ。世界再構築不全を利用し、カルゥ=オルセナの対となる双子の大地。カルゥ=イゼルヴィアを制圧して、並行世界への販路拡大の橋頭堡を得ることです」
「な、なんですって!? オルセナの制圧が目的じゃないの!?」
「……ええ。ヴァルツァイトにとっては、あくまでも最終目標達成のための踏み台。最初から、カルゥ=オルセナは眼中になかったということです」
ヴァルツァイト・ボーグの真の目的。それは、頭打ちになりつつある基底時間軸世界から並行世界へとカンパニーの勢力を伸ばすこと。
そのために、歪な繋がりを持つ双子大地……カルゥ=オルセナとイゼルヴィアを手中に収めんと目論んでいるのである。
「……へぇ、そうなんだぁ。ふふ、それはいいことを聞けたわ。それ、客観的に見ても説得力のある証拠として提出出来る?」
「ええ、そう言われるだろうと思って証拠となる資料を作ってきました。これです、どうぞ」
「ありがと、用意周到ね。……これで、ヴァルツァイトも終わりね。彼のしていることは、『コーネリアスの提言』に抵触する重大な違反行為。それを発表すれば、あいつは終わりだわ」
「なにそれ? その提言ってのは」
フィルから資料を受け取ったコーデリアは、嬉しそうにそう呟く。そんな彼女に、アンネローゼが問いかける。
コーネリアスの提言とはなにか、と。その問いに、コーデリアは答える。フィニス戦役を経験したコリンが提唱した、並行世界に関する条約だと。
「フィニスとの戦いで、コリンは並行世界の恐ろしさを痛感したの。そこで、戦いが終わってからだいぶ経った後……彼は全ての魔戒王に提言を出したの。並行世界に、いたずらに関わってはならないと」
「なるほど。あれ? でも、当の本人がウォーカーの一族と取引して五体満足の身体に戻してもらったんじゃ……?」
「それは提言を出す前よ。むしろ、新しい身体を手に入れてウォーカーの一族の助力がいらなくなった直後に提言を出したの」
「うわ、こすっからい……」
そう呆れるアンネローゼだが、直接関係ないことだからと秒で忘れた。そんな彼女やフィルに、コーデリアは提言の内容について解説する。
「本題に戻るわ。コーネリアの提言が出された結果、全王が共同出資して平行世界観測局を設立したの。そこを通さず、私利私欲のために並行世界に手を出すことは未来永劫禁止され……十三人の魔戒王が、同意書類にサインしたのよ」
「でも、ヴァルツァイトは密かにそれを破っていた……カンパニーの繁栄という、私利私欲のために。そうですね? コーデリアさん」
「ええ。……実は、ヴァルツァイト以外にも結構いたのよね、提言を破ろうとする魔戒王が。軒並み下位の序列の連中でね、もういろいろと滅茶苦茶よ」
並行世界には、未知なる強者や強大な兵器が存在している。それらを利用すれば、簡単に序列上位の王に下剋上が出来る。
そう考えた下位の王たちは、早速提言を破り……すぐにバレて処されたのだという。結果、序列十三位から八位までの王はそっくり入れ替わったらしい。
「成り上がるのに必死なのよ、下位の王たちは。だから、策がずさんですぐ見抜けたけど……ヴァルツァイトはそうもいかなかった。巧妙に隠蔽してるのよ、あいつは」
「中々尻尾を掴ませなかった、ってことね。でも、今日私たちが来て……」
「提言破りの動かぬ証拠を持ってきてくれた。これでもう、ヴァルツァイトは言い逃れ出来ないわ。あいつを王の座から引きずり下ろせるわよ、ふふふふ」
心底嬉しそうに、コーデリアは笑う。その表情がコリンそっくりで、アンネローゼとフィルも少し笑ってしまった。
「……それにしても、随分と目の敵にされてるのね。ヴァルツァイトって」
「まあね。あいつ、ちょっと隙を見せるとすぐに経済侵略かましてくるから。コリンくらいよ、あいつに経済の心臓握られずに済んでる魔戒王は」
「まあ、確かに……経済を赤の他人に掌握されたら、いい気分にはなりませんよね」
「ええ。事あるごとに一枚噛みに来られたら鬱陶しいったらないわ。とにかく、ありがとうね二人とも。私はもう行かなきゃいけないけど、ゆっくりしていってね」
ディルスが戻るのを待つことなく、コーデリアは部屋を出て行ってしまった。コリンの名代として、政務をしなければならないのだ。
「お待たせ……って、なんだ。コーディのやつ、もういなくなったのか」
「ええ、いろいろ忙しいみたいですし……僕たちも、これで失礼しますね」
「なんだ、もう帰るのか? せめて茶くらい飲んでいけば……っと、そうだ。一つ俺から忠告があるのを忘れてたぜ」
そこに、茶菓子を持ったディルスがようやく戻ってきた。おいとましようとするフィルに、彼は数日前の出来事を伝える。
「忠告……ですか?」
「ベルドールの魔神たちに気を付けろ。数日前、奴らの一人がコリンに会いに来て釘を刺してったんだ。これからしばらく、シュヴァルカイザーには関わるな……もし関われば、面倒なことになるぞってな」
その言葉を聞き、フィルは心臓を握られたような錯覚を覚える。ついに動き出したことを、彼は悟った。魔神たちが、自分を抹殺しようとしていると。
「……大丈夫よ、ディルスさん。フィルくんは私が守るわ。例え何があろうと、どんな手段を使おうと……守り抜くから」
「あ、アンネ様? 何だか、目が怖いです……よ?」
忠告を聞いたアンネローゼは、フィルを抱き寄せそう答える。が……その目には、深淵を思わせる暗い光が宿っていた。
彼女の心に、黒く淀んだ闇が広がりつつあるのを……この時はまだ、誰も気が付いていなかった。




