91話─交わり始める勇者たち
長い戦いが終わってから、数日が経過した。フィルとギアーズはラボにこもり、エモーのコアに内蔵された機密データを解析していた。
これまでは、特務エージェントのコアを手に入れるだけの余力を残した勝利が出来なかった。だが、今回は違う。紆余曲折を経て、彼らは手にしたのだ。
アンネローゼの了解を得て、カンパニーによる侵略の本当の目的を探る。数日間徹夜し、プロテクトを一つずつ解除していき、ついに……。
「博士……これはとんでもないことですよ。もしこれが本当だとしたら、ヴァルツァイト・ボーグは……」
「うむ。何故奴がカルゥ=オルセナの侵略にこだわっているのか……これで答えが出たのう。フィル、どうする? この結果、コーネリアスに伝えるか?」
「ええ、勿論です。彼に頼まれていますからね、カンパニーの目的を暴くことを」
エモーのコアには、ヴァルツァイトからの作戦命令が刻み込まれていた。そこからデータをクラックし、裏に隠されたさらなる機密へアクセスし……。
暴き出したのだ。何故ヴァルツァイト・ボーグが大損害を出してでもカルゥ=オルセナを侵略し続けるのか。その目的を。
「コアをアンネ様に返したら、すぐに出立します。ラインハルトさんから貰った、簡易ポータル発生器を使って会いに行ってきますね」
「うむ、気を付けよ。暗域はわしらの常識が通用しない場所じゃ。知り合いの治める領土だからといって、油断するでないぞ」
別れ際、ラインハルトはフィルにコリンが暮らしている城と直接繋がるワープゲートを発生させる魔導装置を渡していた。
また何か問題が起きたら、遠慮なく頼れ。そう伝えた後、彼は去って行った。今こそ、彼に言われた通り動く必要がある。
「アンネ様ー、アンネ様ー。どこにいるんですかー?」
「あ、シショー。姐御ならレジェさんのお墓参りしてるっすよ」
「そうですか、ありがとうイレーナ。では、お墓の方に行ってきます」
コアを返すため、アンネローゼを探すフィル。途中廊下で会ったイレーナに居場所を教えてもらい、基地の外に出る。
基地から少し離れた小さな広場に、石造りの墓が建っている。親友を守り、命を落としたエモー……レジェを弔うためのものだ。
「……嫌なものね。遠い昔にお母様が亡くなって、少し前にお父様も消えて……今度は、友達まで死んじゃって。どんどん、私の周りから人がいなくなっていく」
親友の墓の前に座り、アンネローゼはそう呟く。父オットーとレジェ。大切な者は、彼女の元からいなくなってしまった。
そんな不幸が続き、アンネローゼは不安を抱えていた。次は、誰がいなくなってしまうのだろうかと。ギアーズか、イレーナか、オボロか。
あるいはフィルか。彼らが死ぬ場面を想像し、アンネローゼは己の身体を抱き締める。彼女は今、精神的に追い詰められていた。
「もう、嫌……誰も失いたくない。レジェだって、本当に生き返れるのか……」
「アンネ様! ……どうしました? もしかして、体調でも悪いのですか?」
「……フィルくん。ううん、大丈夫。私は大丈夫よ」
そこにフィルが現れ、異変を察し問いかける。恋人の言葉に、アンネローゼは嘘をついた。フィルに心配をかけたくないから、というのが理由の片割れ。
もう一つの理由は……もし、この悩みを打ち明けてしまったら。フィルまで自分の元からいなくなってしまうのではないか。そんな予感を抱いたからだ。
「そう、ですか? もし辛いことがあれば、いつでも言ってくださいね。僕に出来ることを、精一杯して……アンネ様の悩みが軽くなるよう頑張りますから」
「ありがとう、フィルくん。あなたはいつでも優しいね。本当、私にとっての太陽よ」
「そんな……僕の方こそ、アンネ様に助けられてばかりですよ。……っと、そうだ。コアの解析が終わったのでお返ししますね」
どう見ても無理をしているのは分かりはしたが、フィルの方から深く踏み込むことはしなかった。デリケートな悩みに迂闊に触れていいのか、迷っていたのだ。
「そう……お疲れ様。それで、何か分かった?」
「ええ。カンパニーの真の目的が判明しました。今からそれをコリンさんに伝えに行く予定ですが、一緒に来ます?」
「……そうね、ここにいても気が滅入るだけだし。一緒に行くわ。その方が気が楽だもの」
フィルと一緒に、アンネローゼは暗域へ行くことを決めた。恋人との触れ合いだけが、今の彼女の慰めであったのだ。
ラインハルトから貰ったポータル発生装置を使い、フィルはゲートを開く。アンネローゼの手を握り、二人仲良く先へ進む。
その裏で、自分の命を狙う者たちがついに動き出そうとしていることなど知りもせずに。
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「お待たせしました、父上。リストをまとめてきました、が……本人たちが着いてきてしまいまして。父上に直接、アピールがしたいと」
「いいよいいよ、みんなやる気満々だね! うんうん、流石僕たちの子だよ! ね、みんな」
「ああ、妾は誇らしい。新世代は確実に育っているのだな」
同時刻、キュリア=サンクタラムにあるベルドールの七魔神の拠点……グランゼレイド城の大広間。そこに、七人の魔神が集結していた。
遙か高みにある、半円状の座。中央にそびえる玉座に座るリオの両隣に、残りの六人とアイージャが整列している。
「お褒めの言葉、ありがたく思います。みな、我こそが刺客に相応しいと名乗りをあげておりまして。話し合いでは纏まらず、父上の前で実力を披露して選んでもらおうということになりました」
「ハッハハハ!! 血気盛んでいいじゃねえかよ。久しく見てねえからな、アタイらのガキの実力を。改めて披露してもらうってのも悪くねぇな」
リオの左隣に立つ、真っ赤な肌を持つオーガの女……鎚の魔神カレンが大笑いする。自分も混ざりたそうにウズウズしているが、やんわりとリオに止められた。
「カレンお姉ちゃん? ダメだからね、途中参加は。そもそも、僕たちは本隊としてアルバラーズ家を仕留めに行くってこと忘れてない?」
「なっ!? そ、そんなことあるわけ……ねえだろ」
「おやおや~? 言葉尻に勢いがないぞぉ~? はっはーん、さては忘れたね! 全く、千年ちょっと経ってもカレンは抜けてるねぇ~」
「っせーぞクイナ! おめーだって昨日抜け駆けして夜這いしようとしてたろーが!」
カレンの隣にいる、緑色の肌をしたゴブリンの女……牙の魔神クイナがからかう。それに対し、カレンはそんな情報を暴露した。
「クイナ? それはどういうことかな? 事と次第によっては、楽しい片道空の旅にご招待することになるけれど」
「ちょ、タンマタンマ! それゲロるのはずるいっしょカレン!? あとダンスレイルは落ち着いて! 視線がめっちゃ怖い!」
リオの右隣にいる、フクロウの特徴を備える半鳥半人の女性、斧の魔神ダンスレイルが即座に動く。一瞬でクイナの前に移動し、彼女をガン見する。
「そうですわ! 抜け駆けなんて許されないのですわ! まあわたくしは一昨日夜襲に成功したので文句はな」
「貴様が一番ギルティだこのたわけが!」
「アバーッ!」
一番右端に立っていた、金髪縦ロールのお嬢様……剣の魔神エリザベートは、何故このタイミングで言うのか分からない自慢をする。
結果、リオの真後ろにいたアイージャに鉄拳制裁を食らうことになった。賑やかな親世代を見て、ソロンはニコニコしている。
「はいはい、みんな真面目にやろ~ね! 息子くんが見てるんだから、ね?」
「そうそう、レケレスの言う通りだぜ。これから大仕事をやるんだ、乳繰り合うのは終わってからにしてくれ」
エリザベートとダンスレイルの間に立っていた鎧の魔神、レケレスと一番左端にいた槍の魔神、ダンテが仲間を諫める。
だいぶ話が脱線してしまったが、彼らにとっては日常茶飯事。すぐに軌道修正され、本題に戻る。
「すでに全員、広間の外に待たせてあります。総勢二百人いますから、その中から刺客を選んでいただければと」
「予想してたより多いな、おい。せいぜい二十人くらいだと思ってたぞ、十倍もいるじゃねえか」
「いいことじゃないの、ダンテさん。それじゃあ、早速始めようか。刺客選抜! チキチキバトルロワイヤル祭り開幕~!」
「オーディションじゃねえのかよ!」
リオの宣言に合わせ、大広間の扉が勢いよく開け放たれる。怒濤の勢いで、新世代の魔神たちが大広間に雪崩れ込んできた。
「それじゃあ始めるよ。最後まで立ってた五人を、刺客に抜擢するからね。よーい、スタート!」
「うおおおおおおお!!」
フィルへ差し向ける刺客を決めるべく、血湧き肉躍る戦いが始まる。その様子を、親世代は高みからじっくりと観察し……やがて我慢出来ずみんな参戦した。
「やっぱり僕たちも混ざるー!」
「だよねー! 見てるだけなんてつまんなーい!」
「……はあ、結局こうなるのじゃのう。妾たちは……」
やりたい放題なきょうだいたちを見ながら、アイージャはため息をつくのだった。




