88話─第四のマキーナ! クリムゾン・アベンジャー!
「フン。誰が現れたかと思えば、フィルの仲間の下等生物か。奴の逃走を封じるために、一方通行の門を開いたままにしていたが……裏目に出たな」
「ああ、そうだ。お前は選択を誤った。お前は故郷で大人しくしているべきだった……フィルと縁を絶ったのなら」
「そうもいかないのだよ、下等生物。我々の汚点たる奴を生かしておけば、一族の栄光ある歴史に消えぬ傷がつく。それだけは許されぬのだ!」
そう叫ぶと、アルギドゥスは腕に力を込め、影に覆われた壁から引き抜く。そのまま腰を捻り、ジェディンへ攻撃を仕掛けた。
「邪魔をするというのなら、お前も消し去ってくれるわ!」
「やれるものならやってみろ。先生から聞いたぞ、お前たちがフィルを迫害した理由を。許せん……たかがあんな程度の理由で! お前たちは実の家族を!」
「チッ、我らの問題に口を挟むな! ゴルゴニックスピア!」
「やば……逃げ、て……」
かすれた声で、エモーがそう口にする。石の槍が迫る中、ジェディンはダイナモドライバーを起動させ……その姿を変える。
「ダイナモドライバー、プットオン。クリムゾン・アベンジャー……オン・エア!」
「ムダだ! そのまま心臓を貫いて……なにっ!?」
「どうした? 貫くんだろう、俺の心臓を。貫けばいい、やれるものならな!」
アルギドゥスの放った一撃は、ジェディンの心臓を貫くことはなかった。血を思わせる、鮮やかな紅色のアーマーに阻まれたのだ。
かの者が身に纏うは、憤怒の形相を浮かべた悪鬼を模した鎧。胴体には大きな文字で、『悪鬼殲滅』と書かれている。
「……ほう。我が一撃を受けて傷一つ付かぬとは。中々頑丈だな」
「そこの女、もういい。よくこいつを封じていてくれた。後は任せて、ゆっくり休め」
「! 貴様、この私を無視するんじゃあない! アクアブリックハンマー!」
アルギドゥスを無視し、エモーに声をかけるジェディン。彼女が頷き、影魔法を解除した直後。無視されたことに激情したアルギドゥスが仕掛ける。
右腕を石の槍から水の鎚へと変え、今度はジェディンのこめかみへと振りかぶる。それを見たジェディンは、背中から四本の鎖を伸ばす。
「ムダだ。そんなもの、防ぐのはわけないこと。ディフェンシブチェーン!」
「バカめ、この鎚は水……そんな守りなどすり抜けてくれるわ! アクアシェイブニードル!」
鎖を束ね、円形の盾へと変えるジェディン。が、アルギドゥスは僅かな隙間から水を浸透させ、鋭いトゲによる刺突を見舞う。
トゲによる攻撃を受け、ジェディンの左側頭部を守るアーマーに傷が付く。紅の部分が黒く染まり、不気味な駆動音を鳴らす。
だが、目の前の邪魔者の排除に夢中なアルギドゥスはその変化に気が付かなかった。それが、己の敗因になるとは知らず。
「フン、大言壮語するわりには防ぎきれなかったな! なら、このまま切り刻んでくれる! ダブルマテリアルシックル!」
「来い、どんどん攻めてくるがいい。その方が、こちらとしても好都合だからな!」
右腕を煮えたぎった熱湯、左腕を堅く頑丈な石の鎌に変えたアルギドゥスは猛攻を仕掛ける。対するジェディンは、守りを固めるのに精一杯。
誰がどう見ても、ジェディンが圧倒的に不利な状況に追い込まれていた。だが……床に横たわり、戦いを見ていたエモーは気付いている。
「なーんだ……そーいう、こと……。あいつ、ヤベー能力持ってんじゃん……」
エージェント共通の解析能力を使い、彼女は見破っていた。クリムゾン・アベンジャーに搭載された、恐るべき機能を。
そして、それが今稼働し……反撃のための布石を積み上げていることも。薄れゆく意識を懸命に繋ぎ止めながら、彼女はほくそ笑む。
「チッ、ムダに頑丈な鎧だ。変色するだけでかすり傷一つ付かぬとは!」
「中々の衝撃だな、お前の攻撃は。もっとだ、もっと斬れ! 全力を見せてみろ!」
「上から目線で語るな、下等生物が! そんなに私の本気が見たいなら、存分に見せてやる。ボイリング・プロージョン!」
挑発されたアルギドゥスは、魔力を練り上げジェディンの眼前で水蒸気爆発を引き起こす。爆発の直撃を受け、ジェディンは吹き飛ばされる。
「ぐ、うっ……がはっ!」
「ハハハハハ!! バカめが、図に乗るからそんなこと、に……ごふっ!? なんだ、身体が……」
「へへ……よーやく、効いてきたみたい、じゃん?
うちが流し込んだ……疑似体液の毒性、が」
崩れ落ちるジェディンを見て、勝ち誇るアルギドゥス。が、その直後。彼の身体が一瞬元に戻り、口から血を吐いた。
エモーが流し込んだ疑似体液が、アルギドゥスの身体を蝕み始めたのだ。その毒の効果は……魔力を腐食させ、魔法を消し去ること。
「ぐ、う……! そうか、貴様の悪あがきのせいか。よかろう、これ以上生かしておくのも無意味。まずは貴様から死ね!」
再び身体を水に戻したアルギドゥスは、エモーの元へゆっくりと歩いていく。右腕を振り上げ、熱湯の鎌を振り下ろそうとした、その時。
「今よ! ホロウジャベリン!」
「な……ぐはっ!」
「よっしゃ、命中! ざまあみなさい、これで一矢報いてやったわ!」
廊下の奥から、アンネローゼの槍が飛来した。再び元の身体に戻ったアルギドゥスの脇腹を、槍が見事に貫き……直後、アンネローゼがやって来る。
「アンナ、ちん……どーして、戻ってきたの……」
「レジェ!? こんな、酷い怪我……。フィルくんに、ホールに戻るよう言われたの。逃げられない以上、アイツと戦うしかないって」
門の上書きが出来なかったフィルは、アンネローゼをUターンさせてエモーと合流……共闘してアルギドゥスを仕留めるよう進言した。
アンネローゼは片脚が折れたフィルを放置して戻ることに難色を示したが、彼の強い意志に負けホールへと戻ってきたのだ。
「へへ……だいじょーぶ、これくらい……どうってこと、ないから」
「……ごめんね、そしてありがとう。私たちを守るために、こんなにボロボロになって……」
「ぐ、ぬううう!! 小娘、よくもこの私に傷を付けて」
「黙りなさい、この外道が! 私の親友をこんなにして……アンタだけは、絶対に許さない!」
死にゆく友に感謝と謝罪の言葉を呟いた後、アンネローゼは単身アルギドゥスへ飛びかかる。心に生まれた漆黒の感情のままに、拳を叩き込む。
「死ね! 死ね! 死ねぇっ! レジェを……私の友達を! よくもあんなに傷付けたわね!」
「ぐっ、まずい……! あの女の毒のせいで、力が……」
相手の顔面に拳を叩き込み、グラついた隙を突き槍を引き抜くアンネローゼ。そのままラッシュを見舞って、少しずつ後退させる。
毒に蝕まれたアルギドゥスは、攻撃を捌ききることが出来ない。水や石へと変えた身体の維持も困難になり、傷が増えていく。
「バカな……この私が、下等生物どもに押されているだと!?」
「下等で結構、アンタらみたいな外道になるくらいなら下等生物にでも成り下がってやるわ!」
「よく言った、アンネローゼ。では、そろそろ下等生物の底力というものを見せ付けてやるとしよう」
アルギドゥスの背後から、ジェディンの声が響く。それと同時に、背中に強い衝撃が走った。倒れていたジェディンが、起き上がったのだ。
「あらっ! アンタ、そのアーマーは」
「ああ。先生が突貫で造って下さったんだ、俺のためにな。下がっていろ、アンネローゼ。大事な友人を守れ、今から放つ一撃は……デカいからな!」
水蒸気爆発を食らい、全身が黒に染まったジェディンは鎖を伸ばす。先端に付いた刃物をアルギドゥスの身体に突き刺し、奥義を放つ。
「ぐうっ! 離せ、この下等生物が!」
「聞こえないな、負け犬の遠吠えは。そうそう、一つ言っておくことがある。このアーマーは、攻撃によって生じたエネルギーを吸収して蓄えておく機能があってな。最大まで溜まった部位は、黒く染まるんだ」
「それがなんだと……まさか!?」
「お返しだ、今度はお前が……痛みを知れ! アブソリュートペイン・アベンジャー!」
ジェディンはアーマーに蓄積した多大な破壊のエネルギーを、突き刺した鎖を通してアルギドゥスへと返していく。
流石のアルギドゥスも、膨大なエネルギーを前にしては足掻くことすら出来ない。容量限界を超えたエネルギーが、体内で爆ぜる。
「ぐ……がああああああ!!」
「これで終わりだ! アベンジ・エクスプロージョン!」
ジェディンの叫びと同時に、アルギドゥスの身体が爆発を起こす。魔力のもやが晴れると、そこには……何も存在していなかった。
「地獄に落ちるがいい。そして、己の悪行を裁いてもらうんだな」
紅の復讐者によって、アルギドゥスは討たれた。文字通り──悪鬼は殲滅されたのだった。




