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87話─友情に殉じて

「邪魔をするな、女。奴らは敵なのだろう? 何故庇うのだ、ムダに私と敵対する意味はあるまい」


「あるし! アンナちんは……アンネローゼはうちの友達だから!」


 フィルがどうにかして門を上書きしようとしている頃、時間稼ぎのためエモーはアルギドゥスと死闘を繰り広げる。


 影を広げ、ホール全体を覆い尽くす。床も壁も天井も、全て隙間なく塞ぐことでアルギドゥスが隠れられないようにしていた。


「解せぬな。友情などという感情の揺らぎ如きに、己の命を賭けるのか? 今なら、お前がここにいなかったことにしてやる。軒下にある門から帰るがいい」


「お断りなんですけど! そんなこと出来ないし! シャドウ手裏剣!」


「……やはり、大地の民も闇の眷属も愚かの極みだ。フン、【●●●様】の啓示は正しかったな」


 アンネローゼのため、一歩も引くことをしないエモー。影から作った手裏剣を放つも、アルギドゥスには全く効いていない。


 身体を水へと変化させているが故に、物理的な攻撃がまるで効果がないのだ。どうにかして元の身体に戻さないと、攻め手が限られてしまう。


「うー、ソレチョーずるいんですけど!」


「私の知ったことではないな。いい加減、お前と戯れるのも飽きた。ここで消えてもらおうか」


「はれ? 消え」


「死ね。メルトスウォーム・イレイザー」


 やれやれとかぶりを振った後、アルギドゥスは水蒸気へと自身を変化させる。姿を見失ったエモーに忍び寄り、変性の魔法で胴体を抉り、消滅させた。


「あっ……」


「驚いた、まだ生きているのか。この魔力の流れ……体内に心臓が二つあるのか?」


「うちに……触るんじゃねーし。そんなばっちぃ手で……マジサイアク……」


 左半身を消し飛ばされ、崩れ落ちるエモー。だが、まだ死んではいなかった。サイボーグ化手術の際、第二の心臓を移植されていたのだ。


 二つある心臓のうち、どちらかが無事ならば影の魔法で身体を再構築出来る。そうした粘り強さとトリッキーさを兼ね備えた戦法が、エモーの特技だ。


「フン、だがお前の命が尽きる方が速そうだな。ちょうどいい、死に体のお前なら抵抗は出来まい。何故友情などにこだわるのか……少し過去を見させてもらおうか」


 水蒸気から水の身体に戻ったアルギドゥスは、再構築中のエモーの額に触れる。瞳を金色に輝かせ、サーチアイを発動した。


 何故エモーがアンネローゼとの絆にこだわるのか。彼なりに興味が湧いたようだ。サーチアイの力で、エモーの過去を見る。


『ねーねー、昼いこーよ昼。なんか奢るからさー』


『え、あ……ごめん、先約があるから』


『そっかー、ざんねーん』


 視えたのは、エモーがカルゥ=オルセナにやって来る前。特務エージェントに昇進する以前、まだ駆け出しだった頃の光景だ。


 同僚の女性に昼食の誘いをするも、やんわりと断られていたエモーの姿が見えた。しゅんと肩を落とし去って行く彼女を見ながら、同僚は合流した友人とヒソヒソ話をする。


『また声かけてきたんだ、あいつ。いい加減学べばいいのに、誰も相手してくれないって』


『しーっ、声大きいって。この距離じゃ聞こえちゃうよ』


『いいじゃない、理解してないなら教えてあげないと。あんな個性の塊、他所ならともかくここじゃあねぇ。受け入れられないわよ、ギャルなんてさ』


『まあ、ね。お堅い気風だもんね、ここは』


 ヴァルツァイト・テック・カンパニーでは、真面目で堅実に仕事をこなす人物ほど高く評価される。そうした点では、エモーの手腕に落ち度はない。


 だか、彼女のギャルという個性がここでは許容されていなかった。同僚からは敬遠され、上司からは仕事の成果しか見てもらえず。彼女は、ひとりぼっちだった。


『……知ってるし。でも、今更生き方変えられないもん』


 もちろん、エモーもそれをよく理解している。ひかし、それで簡単に変われるなら苦労はしない。いっそのこと、カンパニーを去ろうとも考えたが……。


『辞表? ダメだダメだ! お前ほどの優秀な奴を手放せるか。そんなことしたら、俺の評価がガタ落ちするだろ』


『でも、うち……』


『とにかく、辞表は受け取らない。お前の昇進も決まったんだ、今辞めたら大損するぞ?』


『え? ちょ、そんなの聞いてないんすけど』


『今言ったからな。おめでとう、明日から君は特殊営業部へ栄転だ。カンパニーの繁栄のため、さらなる精進を期待しているよ』


 上司は、エモーが辞めることで上層部が自分への評価を落とすことを気にして辞表を受け取ってくれなかった。


 そうしている間に、あれよあれよと出世を重ねてエモーは特務エージェントの一員となった。気を取り直した彼女は、そこでなら友人が出来るかも、と淡い期待を抱いたが……。


『ねーねーほっぱちん、うちとごはん』


『あーわりー、あーしこれから残業で付き合えないんだわー。他当たってー』


『う、うん。ねーまいちん、うちと』


『断る。お前の心は雑音だらけで落ち着かん。飯なら他のエージェントを誘え』


 ここでも、彼女は孤独だった。キックホッパー、ブレイズソウル、アッチェレランド、マインドシーカー……一人として、彼女の友たり得なかった。


 唯一彼女を気にかけたのは、マッハワンただ一人。ただし、友人としてではなく性格の矯正対象として、ではあるが。


『聞いたぞ、エモー。またお前は社長に対して無礼な言葉遣いをしたようだな。全く、何度言えば分かるのだ!』


『へーへー、次からは気ーつけるんでー』


『またそんなふにゃけた言葉遣いを! 少しはエージェントとしての自覚を持て!』


 心を許せる友のいない、孤独な日々。そんな中、これを最後に無理矢理でも仕事を辞めよう……そう思って引き受けた仕事で、彼女は出会った。


 ありのままの自分を受け入れ、共に馬鹿騒ぎ出来る友人─アンナことアンネローゼと。それは、エモーにとって救いだったのだ。


「……なるほどな。だから貴様はあの女にこだわるわけか」


「当たり前っ、しょ……。はあ、はあ。アンナちんはねぇ……うちがギャルになって、初めて出来た……ズッ友なんだから」


「そうか。では、お前の目の前で奴を殺してやろう。そうすれば、己の愚かさを痛感するだろうからな」


 エモーの独白を聞いたアルギドゥスは、悪意に歪んだ笑みを浮かべ無慈悲に言い放つ。その宣告に、エモーは息を呑む。


「フィルの気配を追えば、奴を見つけるのは簡単だ。手足をへし折ってから、ここに連行しよう。そして、お前の目の前で爪を一枚ずつ剥がし、歯を砕く。それから」


「させ、ない! そんなこと……許さないから! シャドウリズバインド!」


 廊下の方へ向かおうとするアルギドゥスに、エモーは力を振り絞って攻撃を加える。鋭い刃を備えた陰の鎖を無数に伸ばし、絡め取ろうとする。


「ムダなことを。身体を水にしている私に、そんなものが効くわけ……むっ!」


「へへ、もう……対策はしてあるし。不純物を混ぜたらさぁ……あんた、どーなっちゃうだろーね」


「貴様、正気か!? 自分の血を鎖に……!」


 普通に攻撃しても、相手には効かない。そこでエモーは、捨て身の策に出た。傷口から鎖を伸ばすことで、疑似体液を染み込ませたのだ。


 サイボーグ化されていない者にとっては、猛毒となる体液を。そんな恐るべき液体が、影の鎖を通してアルギドゥスと溶け合っていく。


「ぐ、う……! 貴様、正気か? 体液が足りなくなれば、身体を再構築出来まい。私を道連れにして死ぬつもりか!」


「そー、だよ。だって、それ以外に勝ち目ないしー……」


「バカな女だ。そんなのは、私がこの状態から反撃出来ぬ前提の愚策。今の状況でも、貴様にトドメを刺すくらいは余裕なのだ! ゴルゴニックスピア!」


 アルギドゥスは右腕を伸ばし、肘から先を鋭く尖った石の槍へ変える。そのままエモーの心臓を貫き、トドメを刺そうとするが……。


「そうはさせぬぞ、ラーズチェーン!」


「ぬっ! 貴様……何者だ!」


「俺か? 俺はジェディン。フィルたちの仲間……といったところだ。どうにか間に合った、といったところかな?」


 ホールの正門が勢いよく開け放たれ、四本の鎖が伸びてくる。鎖は槍に突き刺さり、向きを変え壁へと突き刺し攻撃を不発にさせた。


 アルギドゥスが振り返ると、そこには門を通ってやって来たジェディンが立っていた。彼の腰には──真っ赤なダイナモドライバーが巻かれている。


「ちょうどいい、お前で試してやる。先生が造ってくださった、俺専用のインフィニティ・マキーナ……『真紅の(クリムゾン・)復讐者(アベンジャー)』の力をな」


 希望は、絶たれてはいなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エモー、大丈夫か!? ……落命しても蘇生の炎があれば、あるいは
[一言] 基本ギャルが罷り通るのは学生までな物だか(ʘᗩʘ’) 素でその口調と性格では社会人として通用しない物だが腕っぷしは本物なだけに出世できたのが皮肉もいい所だ(٥↼_↼) だけどその友を大事にす…
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