85話─知ってしまった正体
オボロとマッハワンの戦いに決着がついた頃、フィルたちは森の中を歩く。運命変異体を無事保護し、ウォーカーの法則からも逃れられたことでみな安堵している。
「そういえば、一つ聞きたいんですけど……ラインハルトさんは、どうして僕が未来視したと分かったんですか?」
「君にあまりこういう言い方はしたくないが……コーネリアスが設立した並行世界観測局では、神々との協定で引き渡された『素体』を用いた実験を行っていてね。その結果のおかげなのだよ」
「実験……ですか」
「そうだ。いつ、フィニスのような存在が並行世界から現れ、牙を剥くか分からない。その時に備え、我々は研究しなければならないのだ」
ラインハルトの言葉に、オリジナルのフィルは複雑そうな表情を浮かべる。それに対して、運命変異体の方は同意していた。
「うんうん、研究するのは大切だよね。無知こそが最大の敵だって、父上から散々口を酸っぱくして言われてきたよ」
「ああ、そうとも。実験を行った結果、ウォーカーの一族に属する同一固体が同じ世界に存在する時、不可思議な現象が多々起きることが分かったんだ」
「へー、それがシショーの体験した未来視ってやつなんすか?」
「有り体に言えばそうなる。そうした現象を間近で見てきたからこそ、フィルの様子を見てすぐに分か……待て、全員止まれ」
あと少しで森を抜けられる……というところまで来た瞬間、ラインハルトが全員にそう声をかける。ゆっくりと背後へ振り返りつつ、金属の板を呼び出す。
直後、森の奥から飛来した数本の手裏剣が金属板に突き刺さった。エアリアが息を呑む中、ラインハルトが警告を発する。
「姿を見せろ、不届き者よ。さもなくば、我が磁力を以て引きずり出してくれるぞ」
「ありゃりゃー、もうバレてーら。超ウケるー、みたいな」
その少し後、ガサガサと茂みをかき分け一人の女が現れた。姿を見せたのは、カンパニーのエージェント……エモーだった。
フィルたちがもっとも油断するこの瞬間に運命変異体をかっ攫うべく、ずっと後をつけてきていたのだ。もっとも、対消滅はもう不可能だが。
「え、嘘……!? なんでアンタがここにいるのよ、レジェ!?」
「んん?? その声……え、マジ? アンナちん、ホロウバルキリーだったわけ!?」
フィルたちが身構える中、アンネローゼが素っ頓狂な声をあげる。以前、カフェで仲良くパンケーキを食べた相手が目の前に現れたのだ。
仰天してしまうのも無理はない。一方、エモーの方も相手の声と、自身の本名を知っていることから正体を見破る。
「え、もしかしてギアーズ博士が怒ってた例のサボりのお相手って……そういうことなんですか? ホロウバルキリー」
「そうみたい。あの時は私もイリュージョンガムで姿を変えて偽名も使ってたし、新しいエージェントの正体も知らなかったから……」
「わーお、ショッキングピーポーマックスなんですけど。アンナちんがホロウバルキリーだったなんて……マジやばたんだわ」
「済まない、彼女は何を言っているのだ? 私には何も理解出来ないのだが」
友達の正体が敵だったことにショックを隠せないアンネローゼとエモー。まさかの展開に困惑するフィル二人にイレーナ、エアリア。
そして、ギャル語がまるで理解出来ずはてなマークを乱舞させるラインハルト。全員の間に、とっても気まずい沈黙が生まれた。そして……。
「んー、とりま街戻ってお茶する?」
「いや何でですか!? 敵同士なんですよね僕たち!?」
「まーそうなんだけどー、さっきまでの会話とか丸聞こえだったんよねー。つまり、もう今回の作戦失敗なわけじゃん? もうブッチするっきゃないっしょ」
エモーに課せられた使命は、アルバラーズ家と協力して並行世界からフィルの運命変異体を連行し、対消滅を引き起こすこと。
だが、オリジナルと顔を合わせてもフィルは対消滅しなかった。この時点でもう、エモーは任務を達成することが出来なくなってしまったのだ。
「えー……アンタ、それでいいわけ? 怒られるんじゃないの? ヴァルツァイトにさ」
「べっつーに、いつものことだしぃー。どーせ失敗確定なら、もう全部投げ出してパーッと遊んだ方が後腐れない、みたいなー?」
「……な、なんか拍子抜けしちゃうっすね。前回のエージェントがアレだったから、ギャップが凄いっす」
あっさりと任務の達成を諦め、エモーは逆にアンネローゼたちと親睦を深めようとし始める始末。あまりのフリーダムっぷりに、イレーナは困惑する。
「それにもう、ウチ今回の任務終わったら退職するって決めてたんだー。だからま、それがちょーっと早くなったってことで、ね?」
「いや、ね? じゃなくて……って、辞めるの? エージェント」
「んー、ウチには合ってなかったわこの仕事。ウチはもっと、個性をバチバチに発揮出来るトコで輝きたいんよー。ウザいGGIのいないトコがいーなー」
カルゥ=オルセナに赴く前、エモーはこっそりとヴァルツァイト・ボーグに辞表を提出していた。カンパニーの気風と、自身の気質が合わないことから退職を決意したらしい。
が、ヴァルツァイトはそれを認めなかった。ノルマがまだ達成されておらず、それをクリアするまでは辞表を受け取るつもりはないと一蹴されたのだと言う。
「で、今回こっちに来た、みたいな」
「な、なるほど。アンタもアンタで苦労してんのね。あ、ならさ。もうエージェントなんかこの場でやめて、私たちと一緒に来ない?」
「ちょ、ちょっと!? いきなり何を言い出すんですかホロウバルキリー!」
「いいじゃない、考えてもみてよフィルくん。エージェントを引き込めるってことはさ、カンパニーの機密を聞きたい放題ってことじゃない」
突如、エモーの勧誘を始めるアンネローゼ。フィルが止めるも、彼女は逆にそう切り返してきた。結果、フィルは考え込んでしまう。
「確かに……そういう考えもありですね。カンパニーの内情を知れば、コリンさんからの依頼もこなせますし……でも……うーん」
「あの、とりあえずここから離れた方がいいのではないでしょうか。何かトラブルが起きないとも限りませんし」
「……そうだな。またアルバラーズ家の者が現れないとも限らん。まずはここを離れ」
「ああ、離れさせてやるとも。ただし、並行世界の彼方へだがな! ゲートバースト!」
エアリアの一言で、街へ戻ろうとするフィルたち。その瞬間、どこからともなく声が聞こえる。直後、オリジナルのフィルとアンネローゼ、エモーを衝撃が襲う。
「うわっ!?」
「きゃあっ!」
「ひょえー!」
「なんだ、これは!? まさか……新手か! みな、固まれ! 警戒をおこた」
ラインハルトの声が聞こえる中、フィルたち三人は吹き飛ばされてしまう。その先に、黄金の門が現れ彼らを待ち受けていた。
受け身を取ることすら出来ず、三人はゲートの中に叩き込まれてしまう。三人が呑み込まれた後、門は即座に閉じてしまった。
「シショー、姐御! あわわ、どこ飛ばされちゃったっすか!?」
「お前が知る必要はない、下等生物。全く、やってくれたな。イーリンの反応が消滅したのを訝しんで来てみれば……」
そこに、一人の男が現れた。襲撃者……アルギドゥス・アルバラーズはフィルの運命変異体とエアリアを睨み付ける。
「あ、アルギドゥス様……」
「エアリア、よくこんなことをしでかしてくれたな。え? まあいい、お前を含めた下等生物どもの処分は後だ。今は……石となりここに留まれ!」
「まずい、全員逃げ──」
「もう遅い! ゴルゴンアイ!」
アルギドゥスの眼が妖しく輝き、禍々しい灰色の光が放たれる。光を浴びたラインハルトたちは、一瞬で石像になってしまった。
「待っていろ、オリジナルのフィル。まずはお前からいたぶり殺してやる。妹の不始末は、兄がカタをつける……それが掟だからな」
そう呟き、アルギドゥスは門を作り出す。そして、遠い並行世界へ追放したオリジナルのフィルたちを追いかける。
二人のフィルを巡る戦いは、まだ終わらない。




