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84話─最後に立つ者は

 激しい斬り合いは、終わる気配を見せない。互いに傷付きながらも、オボロとマッハワンは刀を振るい続ける。


 守りを捨て、ただひたすらに鋭さと重さだけを重視した一撃が放たれる。少しずつ装甲に裂傷が走り、身体を流れる疑似体液が飛び散っていく。


「ハハハハ!! 愉快だ、実に心地いい気分だぞオボロ! 思い出さないか? かつての訓練を!」


「無論、それがしも。遠い過去の思い出が今! 脳裏によみがえっておりまする!」


 師と弟子、二人の間に様々な思い出が去来する。オボロが造られてからの日々を、共に過ごしたあの時間をマッハワンは思い出す。


『よし、後はコアをはめ込むだけだ。これで最後の一体が完成する。やれ』


『ハッ! かしこまりました!』


 八十数年前、まだマッハワンが製造部の部長だった頃。上層部からの要請を受け、オボロを含むサムライ型のバトルドロイドが製造された。


 そこから、二人の日々が始まった。性能テストの段階から、オボロは頭角を現していたのである。


『部長、この八十四号は一段と性能がいいですよ。見てください、成績もトップです』


『ふむ、これは興味深い。……よし、なら私が直々に鍛えるとしよう。上手く行けば、オンリーワンの強さを与えられるだろうからな』


 製造されたからといって、バトルドロイドが即座に戦線に投入されたり、商品として売られるわけではない。その前に、厳しい性能テストがある。


 そこで一定以上の成績を出せなかったドロイドは不良品として廃棄され、世に出ることすらなく別のドロイドの素材としてリサイクルされる。


 そんなテストを、トップの成績でクリアしたオボロがマッハワンの目に止まるのは自然なことだった。さらなる改良のため、二人は師弟となった。


『フッ、ハッ、トヤッ!』


『いい腕だ、八十四号。日々実力を高めているな、私から見てもそれがよく分かる』


『ソレガシニハ、モッタイナイオコトバ。アリガタキシアワセデス』


『ふーむ、もう少し滑らかに話せるようにしてやらねばならんな。人型に作った以上は、そこも注力せねばなぁ』


 闇の眷属の世界は弱肉強食。カンパニー内でも、の不文律は変わらない。優秀な者は上に登り詰め、劣った者は消えていく。


 オボロこと八十四号が製造されて二年が経つ頃には、百体以上いた同型のドロイドは半分以下まで減っていた。


『師よ、ここにおられましたか。今日の鍛錬の時間です、参りましょう』


『ああ、すぐ行くよ。だが、その前に渡したいものがある。これを受け取ってくれ』


『? これは……刀?』


『先日攻め込んだ大地から、親友のエージェントが持ち帰ってきたのさ。戦利品だと言って、こちらに渡してきた。あいつは得物が槍だからな、自分では使わないんだ』


 ある日、いつものように訓練をしようとマッハワンを呼びに向かった八十四号。そんな彼に、マッハワンは一振りの刀を送る。


 当時はまだ妖刀であることを知られていなかった、九頭龍だ。刀を差し出しながら、マッハワンは微笑みを浮かべる。


『お前の活躍を知らない幹部は、もうカンパニーにはいない。いつまでも無銘の刀を振るっていては、箔が付かなかろう』


『つまり……この刀をそれがしに?』


『そうだ。何でも、名のある名工が打ったいい刀だという。銘は九頭龍、竜のように勇猛果敢なお前にはピッタリな刀だろうよ』


『……ありがたき幸せ。八十四号、師より賜ったこの刀……大切に扱いまする』


『そうか、それはよかった。そうそう、それともう機体番号を名乗るのは終わりだ。上層部から、お前の固有名を授かってきた。これからは、オボロと名乗るがいい』


 バトルドロイドは、功績を上げることで固有の名を与えられる。それは、彼らにとって大変名誉あることなのだ。


 換えの効く有象無象の存在から、たった一人のかけがえのない存在へとランクアップした証。どのドロイドも、そう認識している。


 それは、オボロも同じだ。


『おお、なんと……なんと今日は良き日だろうか。もしや、命日になるのでは……』


『縁起でもないことを言うな、お前にはこれからも働いてもらわねばならないのだからな。カンパニーの繁栄のために』


『御意。このオボロ、全身全霊を賭して滅私奉公致しましょう。全ては、師とカンパニーのために』


 そうした思い出が、次々とよみがえっては消えていく。気が付くと、オボロもマッハワンも涙を流していた。


 オボロはもう二度と戻らぬ、遠い過去を懐かしんで。マッハワンはあの日から大きな成長を遂げた、弟子の強さを感じて。


 理由こそ違えど、二人が抱く想いは同じ。双子の声援を受けながら、オボロは一歩踏み込む。それに合わせて、マッハワンも進む。


「ハッ!」


「てえいっ!」


 二人の斬撃が交差し、相手を切り裂く。それは、寸分違わず同時に放たれた。互いの身体が切り裂かれ、疑似体液がほとばしる。


 同時に呻き声を漏らし、オボロとマッハワンは片膝をつく。持てる力の全てを賭けた、文字通りの死闘。そこに、双子の声がこだました。


「おじちゃーん、がんばれー!」


「もうちょっとだよ! あこすこしでかてるよー!」


「……ハア、ハア。賑やかなことだ。どうだ、オボロ。この戦い、名残惜しいが終わらせようではないか」


「そう、ですな。それがしも師も、そろそろ体力の限界。このまま斬り結んでいても、決着はつきますまい」


 オボロもマッハワンも、身体はボロボロ。いつ倒れてもおかしくない状態だ。この期を逃せば、もう決着をつける日は来ない。


 どこか確信めいた直感を抱いた二人は、ゆっくりと刀を構える。龍と虎、雌雄を決する瞬間がついに訪れようとしていた。


 数メートルほど距離を取り、二人は息を整える。体力を回復させた後、相手を見据えた。


「最大の奥義を以て、この戦いを終わらせる! オボロよ、覚悟はよいか!」


「無論、とうの昔に出来ている! 師よ、それがしは今日……あなたを超える!」


 二人はそう叫んだ後、ピタリと動きを止める。達人としての勘で、理解しているのだ。先に動いた方が負けると。


 イゴールとメリッサは、固唾を飲んで二人を見つめる。まばたきも忘れ、食い入るように戦いの行方を見届ける。そして……。


(──来た!)


(今だ!)


 オボロとマッハワンが、同時に動いた。素早く走り出し、刀を振るって最大の奥義を放つ。


「虎心流最終奥義……天破虎爪斬!」


「九頭竜剣技、終ノ型……地砕下り龍!」


 オボロは力を込めて飛び上がり、急降下しながら刀を振るう。対するマッハワンは、下から掬い上げるように刃を煌めかせる。


 天を破る虎と、地を砕く龍。どこまでも対極的な二つの奥義がぶつかり合い、凄まじい規模の衝撃波が周囲に放たれた。


「めーちゃん、あぶない! ボーンシールド!」


「いーくんをまもるよ! スカルウォール!」


 互いを衝撃波から守るべく、イゴールとメリッサは骨の防壁を呼び出した。衝撃波を受け、防壁は崩壊してしまったものの二人は無傷で済んだ。


 土煙が立ち昇る中、二人は目をこらしてオボロたちのいた場所を見る。そこには、巨大なクレーターが出来ていた。フチまで走り寄り、中を見ると……。


「フ、ハ。全く……有言実行とは、本当にたいしたものだ。よくぞ拙者を……私を超えたな、オボロ」


「……師よ。最後の一撃……見事なものでした。この戦い、どちらが勝っても不思議ではなかった」


 立っていたのは、オボロの方だった。対するマッハワンは、半身が吹き飛んでしまっている。もう、長くは持たないだろう。


「不思議なものだ。敗れたというのに、心には一点の曇りもない。むしろ、晴れ晴れとしたいい気分だ。敗北も……こういう形なら、悪くない」


「師よ……それがしは、それがしは……」


「悲しむな、オボロ。誇れ、お前はたった今師を超えたんだ。それは、お前にとって大きな糧になる……転機、なのだ」


 オボロは片膝をつき、死にゆく師を抱き締める。少しずつ息が、心臓の鼓動が弱くなっていくのを感じながら……マッハワンは笑う。


「フ……常々、最期の時は布団の上で大往生したいものだと思っていたが……弟子の腕に抱かれて逝くのも……なんだ、悪くない……。むしろ……最高の、ぜいたく、では……ない、か……」


「……さようなら、師よ。それがしは……師の元で生まれ、共に居られたことを生涯感謝し続けよう。それが、あなたへの供養になると信じて」


 息を引き取ったマッハワンに、オボロはそうささやく。かくして、二つの作戦はどちらも成功で幕を閉じる──ことになると思われた。


 フィルたちの元に、二人の乱入者が現れるまでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一度は破ら死んだ身のオボロと全てを教え育て殺したマッハワン(ʘᗩʘ’) 弟子が師匠超えを成したんだ(-_-メ)師匠として何よりも嬉しかった事だろう(´-﹏-`;) フィルもオボロも自分自…
[一言] マッハワン、これにて……さよならだ
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