83話─龍虎相撃つ
時は少しさかのぼる。フィル&アンネローゼとイーリンの戦いが始まった頃、オボロもまたかつての師との対決に臨んでいた。
「師よ、その命頂戴つかまつる! 九頭流剣技、壱ノ型! 菊一文字斬り!」
「ふっ! いい一撃だ、オボロ。前回よりも威力、重さ、鋭さ……全てが格段に上がっている」
「お褒めに与り光栄だ。だが、その余裕がいつまで持つか……双子よ、頼むぞ!」
これまで抱き続けてきた疑問への答えが見えてきたオボロは、精神の成長によりデータには現れないアップデートが起きていた。
それを感じ取っているのか、マッハワンは攻撃を受け止めつつどこか嬉しそうに声をかける。そこに、双子も参戦していく。
「はーい! いくよめーちゃん! それっ、スケルトンぐんだんとつげーき!」
「こんどはにがさないよ! みんな~、あいつをやっつけちゃえ~!」
「カーカカカ!!」
イゴールとメリッサ、それぞれが二十体近いスケルトンを召喚する。合計した数は、五十に迫ろうとしていた。
オボロのサポートをするべく、スケルトンたちはマッハワン目掛けて走っていく。一方、マッハワンは刀に魔力を宿らせる。
「やれやれ、無粋なものだ。せっかくの師と弟子の一騎打ちだというのに。ま、いいさ。今度は準備万端、もう撤退する必要はないからね。虎心流奥義……」
「! まずい、退くのだスケルトンたちよ!」
「もう遅い! 奥義、虎吼絶刀牙!」
マッハワンは刀を地面に突き刺し、左手の甲を柄に押し当てる。その独特の構えを見たオボロは、退避命令を出す。
しかし、それよりも早くマッハワンの奥義が炸裂する。レバーを倒すように柄を自身の方に傾け、勢いよく突き刺した刃を地面から放つ。
すると、その衝撃で無数の衝撃波が発生する。凄まじい破壊力を持つソレに呑まれ、スケルトンたちは一瞬で塵になってしまった。
「ひゃあ! スケルトンたちがきえちゃった!」
「すごーい! いまのわざかっこいー!」
「やれやれ、無邪気なものだね。自慢のスケルトンたちがやられたってのに、悔しがったり怒るどころか、逆に興味津々とは」
あらかじめ退避していたオボロは無事だったが、スケルトンたちは一体残らず返り討ち……にされてしまったのだが、双子はそこを気にしていない。
むしろ、マッハワンの放った奥義のトリコになっていた。目をキラキラさせ、先ほど見た動きを真似っこしている。
良くも悪くも、まだまだ精神性はお子ちゃまのソレなのだ。
「二人とも、気を抜いてはならぬ! 次が来る、攻撃に備えよ!」
「そんな隙を与えるとでも? 殺しはしないが、無力化はさせてもらおうか!」
オボロが注意する中、マッハワンは先に双子を戦闘不能にするべく走り出す。彼自身の信条により、命を奪うことはしない。
だが、それに近しい状態に追い込むことには一切の躊躇がない。それを知っているオボロは、阻止するため動く。
「させぬ! 九頭流剣技、弐ノ型……天風廻天独楽!」
「む……!? なんだこの吸引力は!?」
「双子の元へは行かせませぬ! 師の相手はそれがしだ!」
今から追っても間に合わないと考えたオボロは、その場で技を放ち空気の渦を作り出す。そうして生まれた強い気流を利用し、マッハワンを自分の方へと引き寄せたのだ。
「フッ、やるな! やはりお前は強くなった……いや! 現在進行形で強くなっている! 素晴らしい、まことに素晴らしいぞ! 流石、我が最高傑作だ!」
攻撃を阻止されたマッハワンは、少しずつ強さを増していくオボロへ賛辞の言葉を贈る。愛刀を振るい、激しい斬り合いを繰り広げながら。
「師よ。それがしは今、とても晴れやかな気分でいるのです。長い間、それがしは答えを求め闇の中をさまよっていた。だが、そこに……一筋の光明が差し込んできたのだ」
「お前は昔から、どこか哲学者のような側面があったな。純粋な戦闘マシーンを望んでいた他の幹部からは不評だったが……拙者はそんなお前を好ましく思っていたぞ」
魔力を纏わせた刃がぶつかり合う度、衝撃波が発生し様々な方向へ飛んでいく。そんな状態が続いているせいで、双子はスケルトンを突撃させられない。
何しろ、突っ込ませた途端に衝撃波の直撃を食らってスケルトンが塵になってしまうのだ。魔力のムダ遣いだと諦め、二人は応援に回る。
「がんばれー! おじちゃーん!」
「ふれー! ふれー! おじちゃーん! みんなー、おうえんしてー!」
二人だけで応援するのは寂しいため、スケルトンたちを呼び出し即席の応援団を結成するイゴールとメリッサ。
ご丁寧に、みなポンポンを持ちチアガールの衣装を着ているが、はたから見れば地獄のような絵面でしかない。
この場にアゼルやアーシアがいれば頭を抱え、シャスティやアンジェリカがいれば大爆笑していたことだろう。
「また、力が増したな? 全く、お前はどこまで拙者を楽しませてくれるのだ。これでは……お前を壊すのが惜しくなってしまうだろう!」
「なれば、このまま退いていただきたいものだ。師もカンパニーから離れ、自由に生きてみては?」
「オボロ、それは出来ぬ相談だよ。剣士は二君に仕えず、自由を愛さず。ただ一人の主君のために滅私奉公し続ける。それが拙者の誓った剣のあり方だ」
「……残念だ。やはり、我々はここで決着をつけねばならないということか」
「そうとも、オボロ。龍が虎を絞め殺すか、虎が龍の喉笛を食い破るか。結末は二つに一つ、それ以外はあり得ぬ! 虎心流奥義、流れ山水斬!」
問答をする中、マッハワンは以前の戦いでオボロを戦闘不能に追い込んだ奥義を放つ。流れるような連続攻撃が、オボロを襲う。
以前は、二撃までしか捌けなかった。それよりも遙か昔、カンパニーにいた頃は一撃も防ぐことが叶わなかった。
(来た……それがしはもう、負けるわけにはいかぬ。フィル殿たちとの約束を果たし、それがしの抱く疑問の答えを見つけ出すためにも。ここで勝たねばならぬのだ!)
だが、今はもう違う。オボロの中に宿る蘇生の炎が、彼の闘志を熱く燃え上がらせる。一撃目、身体を逸らしてかわす。
二撃目は、刀身の腹を使い相手の刃を滑らせて受け流す。三撃目、二歩後退して皮一枚で攻撃から逃れてみせた。そして……。
「全て見切った! 九頭竜剣技、陸ノ型! 双龍飛翔閃!」
「ぐっ……ぬぐあっ!」
「やったぁ! こーげきさくれつー!」
「おじちゃんがきりかえしたよー!」
第四の斬撃を、オボロは完璧に見切り……ただ避けるだけでなく、マッハワンへ反撃を叩き込む。オボロの得物、妖刀『九頭龍』が妖しく輝く。
攻撃を全て避けられ、がら空きになったマッハワンの胴体に斜め十字の双撃が刻まれる。渾身の一撃を食らい、マッハワンは後方へ吹き飛ぶ。
「はあ、はあ……。ついに……攻略出来た。今まで一度も見切れなかった、師の技を。だが……手応えは薄かった。まだまだ、それがしも未熟なり」
イゴールとメリッサが大喜びする中、オボロは仰向けに倒れる師を見据える。一撃で仕留めるまでには至らず、相手はまだ立てると直感で理解したのだ。
「いたた……。驚いたよ、オボロ。この短期間で、ここまで成長するとは。全く……今日は嬉しいことが盛りだくさんだ。帰ったら、祝杯をあげたいくらいだよ」
「げー! あいつまだいきてる!」
「おじちゃーん、もっかいやっつけちゃえー!」
「……分かっている、二人とも。ここからが本当の勝負所だ。師を倒す……この場で必ず!」
柄を握り締め、刀を構えるオボロ。立ち上がった師を見据え、少しずつ前進する。最後に勝つのは龍か、虎なのか。
その答えは、もうすぐ……明らかになる。