81話─激突! イーリンとの戦い!
門を通り抜けたアンネローゼたちが運ばれたのは、煮えたぎる溶岩が流れる火山地帯だった。アッチェレランドとの戦いを思い出すシチュエーションだ。
二人を追って、イーリンも姿を現す。門を通る際にウォーカーの力を解放したのか、カーキ色のコートを身に付けた姿に変わっていた。
「ここは私が娯楽奴隷『で』遊ぶ時に使うお気に入りの場所でね。溶岩で顔を焼かれて死んでいく奴隷どもの声を聞くのに役だっているのさ」
「反吐が出るサイコっぷりね。よーく分かったわ、何でベルドールの七魔神がアンタらの殲滅に躍起になってるのかが」
「あんな虫ケラどもなど、我らアルバラーズ家の敵ではない。奴らとの戦いのウォーミングアップだ、まずは貴様らから死ね! このグラフィオン火山を墓標にしてやる!」
「そうはいきませんよ、姉さん。倒されるのは……あなたの方だ! マナリボルブ:スパイラル!」
無数の鏡を召喚するイーリンに対し、フィルはマークスリーにアップデートしたシュヴァルカイザースーツの新たな武装を使う。
高速で回転する魔力の弾丸を指先から放ち、相手の周囲を漂う鏡を一撃で破壊する。それだけでなく、弾の回転に巻き込まれた鏡の破片が飛び散った。
「フン、鏡を逆に利用してやろうっていうのか? ムダだな、この鏡は私を傷付けない。蛇が自分の毒で死なないようにな!」
「ええ、鏡そのものでは、ね。あなたは知らないでしょうが、このシュヴァルカイザースーツは遠近両方の攻撃を備えているんですよ! マナリボルブ!」
鋭く尖った鏡の欠片は、イーリンの身体をすり抜け彼女の周囲に落ちた。得意げなイーリンに対し、フィルはさらにマナリボルブを放つ。
放たれた弾丸は、鏡の破片に当たる度跳弾する。破片の間を飛び回りながら、イーリンに叩き込まれていく。
「小賢しい、こんなものかすり傷にしかならな」
「じゃあ、キッツーいのお見舞いしてやるわ。歯ァ食いしばりなさいオラァ!」
「なっ……ぐばっ!」
小型の鏡を呼び出し、盾のように使って魔力の弾丸を防ぐイーリン。そんな彼女の真後ろに、いつの間にかアンネローゼがいた。
虫ケラ以下のゴミと見下し、一切警戒していかったのに加え、アンネローゼは極限まで気配を殺していたのだ。結果、気付くのが遅れた。
「ぐっ、ごふっ……があっ!」
「ようやく念願叶ったわ。でも、一発じゃあ終わらないわよ。アンタが泣いて許しを請うまで……いいえ、そうなっても終わらせない。覚悟しなさい、イーリン!」
振り向いたイーリンの横っ面に、アンネローゼはありったけの怒りを込めたパンチを叩き込む。フィルを迫害し、心に癒えぬ傷を与えたことへの怒り。
愛する者の抱える痛みと苦しみを晴らさんと、全身全霊の力を込めて振り抜かれた拳が、見事相手の顔面を捉えた。
歯が二、三本へし折れ、血と共にイーリンの口から飛び出す。地面に落ちた歯を踏み砕きながら、アンネローゼは相手を睨む。
「ぐ、うあ……私の、私の歯が……顔が! こんな、こんな虫ケラ如きに……」
「その虫ケラに、アンタはぶっ潰されるのよ。そうよね、フィルくん」
「ええ。アルバラーズ家の歪んだ栄華は、もう終わらせます。姉さんを倒すことで、その第一歩を」
「ダメだ……ダメだ! こんな屈辱、耐えきれない! 私はこの私は生きていられない!」
フィルたちが距離を詰める中、イーリンは彼らの予想外の行動に出た。なんと、短剣を自らの喉に突き立てて自害してしまったのだ。
アンネローゼの一撃で歯を折られ、傷を負った。それが、彼女のプライドを著しく傷付け自害を選ばせたのである。
「え? ……え!? ちょ、もう終わりなわけ!? まだ全然叩きのめせてな」
「いいえ、まだです! むしろ……ここからが本当の戦いになります! 来ますよ……並行世界から、別の姉さんが!」
あまりにも呆気ない終幕に、アンネローゼが拍子抜けする中フィルが叫ぶ。直後、空中に二十を超える黄金の門が現れた。
その内の一つが開き、中から女が降ってきた。並行世界に存在する、イーリンの運命変異体がオリジナルの人格と記憶を受け継ぎ……バトンタッチしたのだ。
「ふう、これでもう傷は消えた。……やってくれたな、虫ケラが。この借りは高くつくぞ」
「ど、どういうこと? アイツ、さっき自殺したはずなのに」
「僕たちウォーカーの一族は、自分が死んだ時並行世界にいる運命変異体に人格と記憶を移すことが出来るんです。その状態で、基底時間軸世界に戻れば……」
「事実上、魂が完全にすり減って消滅するまで延々と生きられるってわけさ。さあ、戦闘再開だ。今度は虫ケラだからと見くびりはしない。二人纏めて殺してやる!」
ウォーカーの一族は傲慢だが、学習しないわけではない。今度はアンネローゼにも気を配り、フィルと同時に攻撃をしていく。
「仲良くあの世に行け! ミラーナックル!」
「そんなもん砕いてやるわよ! ホロウスピアー!」
複数の鏡を組み合わせ、巨大な拳を作り出すイーリン。二人纏めて叩き潰さんと、天から拳を地面に落とす。
対するアンネローゼは、槍を上に向け飛翔する。そのまま拳を砕こうとするが、槍が接触する直前で鏡が分離した。
「あらっ!?」
「バカめ、そのまま閉じ込めてくれる! 鏡に押し潰されて死ぬがいい!」
「そうはさせませんよ! 武装展開、漆黒の刃! それっ、Vストラッシュ!」
「くっ……! ゴミが、邪魔をするな!」
鏡を用いてアンネローゼを圧殺しようとするも、フィルが飛び上がり剣で鏡を破壊する。その分、包囲に穴が開きアンネローゼは脱出に成功した。
「何故だ? 実力はどう考えても私が上のはず。あんなゴミと虫ケラのコンビ、すぐに屠るなどわけないこと。なのに何故……こうまで手こずる?」
「ハッ、自惚れんのも大概にしときなさいよ。私たちには絆があるの。お互いを守って支えて、一緒に戦うための絆がね!」
「ええ、その通りです。僕たち二人が揃っている限り、姉さんに勝ち目はありません!」
「苛立たしい……! いいさ、ならこちらも作戦を変えるまでだ。フィル、まずはお前からだ。この場で対消滅しろ! 開け、ウォーカーの門」
「させませんよ! 門よ、閉じなさい!」
二対一での不利を解消しようと、イーリンはフィルの運命変異体を呼び出し対消滅させようとする。しかし、それをフィルは許さない。
自身の持つウォーカーの力を使い、イーリンに干渉することで逆に門を封印してみせた。つまりもう、イーリンは無限残機戦法を使えないということだ。
「くっ、フィル……お前はどこまで私を苛立たせれば気が済むんだ? あの日もそうだ、お前を追放しようとしたあの日……無限の魔力に邪魔をされ、ウォーカーの力を奪えなかった」
「ええ、そのおかげで僕はシュヴァルカイザーの活動をする上での助けを得られましたよ」
「それが許せない……! 今もこうして、私はお前のせいで尊厳を傷付けられている! 貴様のような出来損ないに、完璧な存在であるこの私が!」
そう叫びながら、イーリンは両腕に鏡で作ったブレードを装着し突撃する。フィルと斬り結びながら、憎悪を吐き散らす。
「やはり貴様は、生まれたあの日に殺しておくべきだった! 何よりも惨たらしく、苦しみに満ちた方法で! そうすれば、この屈辱も味わうことはなかった!」
「っさいわね、自分の都合だけ押し付けてんじゃないわよ! フィルくんの方が、アンタより何倍も苦しんできたのよ! 何でそれが分からないの!」
「部外者が口を挟むな! 我らウォーカーの一族は神よりも尊い、世界の支配者にふさわしい存在なんだぞ! その中に、このゴミのような出来損ないがいてはならないんだよ! ミラースラッシュ!」
二人の戦いに乱入し、槍と盾で応戦するアンネローゼ。魂の叫びを放つも、相手には届かなかった。身も心も、完全に外道に落ちているのだから。
「……残念です、姉さん。本当は、心のどこかで期待していたんです。姉さんたちと和解して、家族に戻れることを」
「ふざけるな、里にそんな妄言を受け入れる者がいるわけがないだろう! ……ああ、いるか。お前と同じあの汚物奴隷どもが。ゴミと汚物、まさにお似合いの組み合わせだな! はは……があっ!?」
「僕のことなら、どれだけ罵っても構いません。でも、彼らを……アルバラーズ家の蛮行の被害者である彼らを! 侮辱することだけは許さない! ホロウバルキリー、アレをやりますよ!」
「分かったわ! この救いようのないクズを地獄に送ってやりましょう!」
以前マイティ・ランサーズに敗北した後、フィルとアンネローゼはリベンジのため合体技の修行を行っていた。
その甲斐あって、二人は最強のツープラトンを完成させることに成功していた。今回が、記念すべき実戦初披露となる。
「食らいなさい! ウィングアッパー!」
「ぐっ、ごはっ!」
まずはアンネローゼが翼によるアッパーを叩き込み、イーリンを空中に飛ばす。そこにフィルが飛びかかり、ブレードを破壊しつつ相手の身体を掴んでさらに上昇する。
イーリンはうつ伏せの状態にされ、両腕を後ろに捻られ海老反りの体勢にされているため、ロクに抵抗が出来ない。
「ぐっ、ゴミの分際で私に触るな!」
「ホロウバルキリー、セットアップ完了です!」
「ええ、こっちも完了よ! 行くわよ……バルキリーロケット!」
対するアンネローゼは、槍を地面に立て固定する。フィルとイーリンが落下してくるのに合わせ、戦乙女は飛翔する。
フィルの元に移動し、イーリンの両脚を掴んで完全に動きを封じる。そのまま落下が始まり、行き先は……先ほど突き立てた槍だ。
「食らいなさい! 私とフィルくんの絆が生んだ必殺技を! 奥義……」
「ダブルライドインパクト!」
「ぐ……がはあっ!」
背中合わせの状態でイーリンの上に乗った二人は、槍の上に相手を落とす。槍がイーリンの胸を貫き、僅かに空いている二人の背中の間の隙間を通り抜ける。
「さっき、ここを私たちの墓標にするって言ったわよね? 逆よ、ここを墓標にするのは……」
「あなたです。姉さん」
二人の奥義が炸裂し、イーリンを見事仕留めてみせたのだった。




