75話─アンネローゼ大目玉
マッハワンが退いたことで、ようやくフィルたちに連絡を取れるようになったギアーズ。早速、二人に至急帰ってくるよう伝える。
『なるほど、分かりました。すぐに戻ります、待っていてください』
「うむ、済まんのう。すぐに戻ってきてもらわねばならぬでな。待っておるぞ」
フィルとはすぐに連絡が付き、パトロールを中断してすぐに帰ると告げられた。ギアーズは通信を切り、今度はアンネローゼに連絡するが……。
「む? 全く出る気配が無いのう。あやつ、連絡用の魔法石は持っているはず……どこで何をしておるんじゃ? まさか、敵に襲われて……!」
こちらは何度魔法石に魔力を流しても、まるで反応がない。最悪の事態が頭をよぎったギアーズは、手当たり次第つよいこころ軍団に命じる。
「一号、他の個体に通達せい! アンネローゼの反応を追うのじゃ、どこで何をしているか調べよ!」
「カシコマリマシタ。即座ニ行イマス」
カルゥ=オルセナ全土に配備したつよいこころ軍団を総動員し、アンネローゼを探すギアーズ。数分ほど経って、ようやく本人を見つけた。
果たして、何をしていたのかといえば……相も変わらず、エモーとお喋りに興じていた。それを見たギアーズは、カンカンに怒る。
「あやつめ、パトロールをサボって何をしておるのじゃ! つよいこころ六十号、店内に突撃して強制的に気付かせよ!」
『カシコマリマシタ、博士。突撃シマス!』
カフェの中にいるアンネローゼ目がけて、つよいこころ六十号が突撃していった。突如頭を突つかれ、アンネローゼは驚く。
「いった! 何よ、いきな……げっ」
「わー、かーいーじゃん。何それ、アンナちんのペット~?」
「あー、その、うんまあ……そんな感じね。荷物預かり所からに、逃げてきちゃったのかしら!」
サボりがバレたアンネローゼは、冷や汗をダラダラ流し始める。まず間違いなく、ギアーズが寄越したのだと直感で理解したのだ。
「あ、あーごめん! この子虫カゴに戻してこなきゃだから、ここでおいとまするわ! またね、レジェ」
「あいあーい。またいつか会おーねー」
頭がお花畑なエモーは、何の疑問も抱かずパンケーキを食べ終えたアンネローゼを見送った。それから少しして、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? そーいや、あの銀ピカの虫どっかで……まーいっか、気にしなーい」
何も考えず、エモーはまた一人でのんびりし始めるのだった。一方、荷物を纏めて大急ぎで基地へ戻ったアンネローゼに、ギアーズの雷が落ちる。
「アンネローゼ! お前はパトロールもしないで何をやっておるのじゃ! カフェで見知らぬ女とお喋りするなど……」
「ごめんなさ~い! つい夢中になっちゃって……」
「全く、こちらの気も知らんで! たっぷり反省せい、よいな!」
一時間ほどお説教を食らい、アンネローゼはしゅんとしょげ返ってしまう。今回ばかりは、フィルからのフォローも望めない。
罰として部屋で反省しているよう言い渡され、アンネローゼは一人ぽつねんと隅っこで体育座りする。しょんぼりしていると、部屋の扉が勢いよく開く。
「おねーちゃーん! あーそーぼー!」
「あそんであそんでー!」
「わっ、ビックリした! ……そっか、二人ともこっちにお手伝いに来てるんだっけ」
飛び込んできたのは、基地の中を探検していたイゴールとメリッサだった。二人に飛びつかれ、アンネローゼはギアーズに言われたことを思い出す。
そんなアンネローゼにくっつき、子猫のようにじゃれるイゴールとメリッサ。表立ってフォロー出来ない自分の代わりに、アンネローゼを慰めてほしい。
フィルにそう頼まれ、お駄賃代わりのお菓子を貰った二人はアンネローゼのところまでやって来たのである。
「おねーちゃん、あそぼー」
「おままごとしよー」
「……ごめんね、お姉ちゃん今そんな気分になれないの……」
二人に誘われるも、ギアーズに大目玉を食らったばかりのアンネローゼは乗り気になれない。それならばと、二人は次の作戦に出る。
鎧の内ポケットからフィルに貰ったチョコレートや飴玉、クッキーを取り出す。おやつを一緒に食べて、元気を出してもらうつもりだ。
「じゃあ、おやつたべよー」
「このクッキー、おいしいんだよー」
「あー……ついさっきパンケーキ食べて、お腹いっぱいになっちゃったから……うん、ごめんね?」
が、これもまた失敗してしまった。イゴールとメリッサは顔を見合わせ、今度はどうしようかと考え始める。そして……。
「それじゃあ……それっ、こちょこちょこうげきー!」
「わたしたちのてでおねえちゃんをわらわせちゃうもんねー! くらえー!」
「わっ、ちょ、ま……あはははは!! ふ、二人がかりなんて卑怯じゃない! やってくれたわね、ならお返ししてやるわ! こちょこちょこちょのこちょー!」
三度目の正直、遊びでも食べ物でもダメなら物理的に笑わせる。ということで、双子はアンネローゼにこちょこちょの嵐を見舞う。
これには流石のアンネローゼもたまらず、笑い転げてしまう。お返しとばかりに二人を捕まえ、脇腹や首筋をおもいっきりくすぐる。
「あははは! くすぐったーい!」
「おねーちゃんもっとやってー!」
「ふふ、いいわよ。参ったって言うまでやめないんだから!」
元気を取り戻したアンネローゼは、イゴールやメリッサと戯れる。作戦会議に招集されるまで、三人はずっとわちゃわちゃしていた。
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「あの、ぼくは一体どうなってしまうんでしょうか……」
「お前はしばらくそこにいろ。こちらの尋ね人が見つかり次第、そこから出してやる。命が惜しかったら、逃げようなどと思うな。この里にお前の味方はいないんだからな、フィル」
その頃、アルバラーズ家の里では並行世界からフィルの運命変異体が召喚されていた。ウォーカーの力を取り上げ、長老の屋敷に地下室に軟禁している。
「……分かりました」
「そこで大人しくしている分には、こちらからは何もしない。感謝しろよ、本当なら本物の代わりに壮絶な拷問をしてから殺してやるところなんだからな」
「ヒッ……! わ、分かりました! 絶対ここからは出ません!」
「……フン。顔も声も、あいつと瓜二つだな。そうでなくては意味がないとはいえ、虫唾が走る」
アルギドゥスはそう吐き捨てると、その日の分の夕食が入った袋を床に叩き付け去って行った。フィルの運命変異体は、それを拾い中を見る。
中には、砕けた乾パンと干し肉、干しぶどうが入れられていた。それを懐にしまい、ため息をつく。
「……どうしてこんなところに連れてこられたんだろう。力を取り上げられちゃったから、自力じゃ帰れないし……。早く帰りたいよう。ぐすっ」
「……失礼します。少し、いいですか?」
部屋の隅にうずくまり、涙をこぼす運命変異体。するとその時、部屋の中に一人の少女が現れた。一目見て奴隷だと分かる、みすぼらしい格好をしている。
「君は……?」
「私は、エアリア。この里で働かされている、外から拉致されてきた奴隷です」
「拉致……!? この世界のウォーカーの一族は、そんな酷いことをするの!?」
少女……エアリアは頷き、左の頬を撫でる。そこには、アルバラーズ家の『所有物』であることを示す烙印が押されていた。
「……はい。私が十歳だった頃、親を殺されこの里に連れてこられました。彼らの優越感を満たし、雑用を押し付けるための奴隷として」
「そんな、なんて酷いことを……」
「ですが、あなたのオリジナル……この世界のフィル様だけは、私に優しくしてくださいました。自分も、里の人たちに虐げられている身なのに……」
信じられないといった顔をする運命変異体に、エアリアはそう語る。かつて、オリジナルのフィルから受けた恩。
そして、それをついぞ返すことが出来なかった後悔の念を……彼女は口にするのだった。