74話─去った危機、去らぬ危機
「ぐっ、ごほっ。貴殿たち、何故ここに?」
「おとーさんとおかーさんがね、めーわくかけたおわびにシュヴァルカイザーのおてつだいしてきなさいって。だからね、ぼくたちたすけにきたの!」
「もうだいじょうぶだよ、おじちゃん! わたしたちがきたからには、まけたりしないんだよ!」
スケルトンたちに守られながら撤退したオボロ。イゴールとメリッサに話を聞くと、どうやらアゼルたちが裏で動いてくれたようだ。
勝手にシュヴァルカイザーの仲間を名乗り、活動していたお詫びに力を貸す……ということらしい。今のオボロからすれば、頼もしいことこの上ない。
「そうか。恩に着るぞ、幼き勇者たちよ」
「へっへーん、もっとほめてくれてもいいよ!」
「ごほーびをくれてもいいよ!」
「やれやれ、調子のいいことだ」
早速ご褒美をねだってくる双子に、オボロは苦笑する。一方、二十体を軽く超えるスケルトン軍団に囲まれたマッハワンはというと……。
「これはこれは、予想外の出来事だ。だが、出来る社会人は何があっても慌てはしない。この程度、蹴散らすのは造作もないこと! 虎心流奥義、微塵斬旋風!」
「カカカァ!!」
突然の援軍に慌てることなく、淡々とスケルトンたちを返り討ちにしていく。卓越した剣技を用い、群がる骨の魔物を蹴散らす。
イゴールとメリッサは追加でスケルトンを次々呼び出し、途切れることのない波状攻撃を叩き込む。が、それでも相手を押し留めるのがやっとだ。
「むー、あいつつよい! ふつーのスケルトンじゃかてないかも!」
「いーくん、あれつかおうよ! そしたらかてるかも!」
「うん! いけー、スカルタイタン!」
「ゴォォォォォ!!!」
このまま膠着状態が続けば、いずれ魔力が底をついてしまう。母、アーシアから潤沢な魔力を受け継いで生まれた二人でも、長期戦は望ましくない。
そこで、イゴールとメリッサは骨の巨人を呼び出した。通常サイズのスケルトンたちと連携させ、マッハワンを仕留めるつもりだ。
「ふむ、大きいのが出た……な! どれ、あの太さの骨も両断出来るか剣試しといこうか!」
「む、あの動きは! ご両人、スケルトンたちを固めて壁にせよ! 師の大技が来る!」
「もう遅いぞ、オボロ! 虎心流奥義……むっ!」
群がるスケルトンたちを一蹴し、スペースを確保するマッハワン。刀を鞘に仕舞い、構えを取った次の瞬間。
スケルトンたちの間を縫い、大量の弾丸が飛来してきた。そちらへの対処を優先した結果、奥義は不発に終わった。
「そりゃそりゃそりゃそりゃあ! 普通に弾を撃っても斬り落とされるなら! スケルトンたちの攻撃に混ぜちまえばいいんすよ!」
「よいぞ、もっと撃て撃てイレーナ! やっこさんに技を使わせるな!」
一人だけでは対抗出来ないイレーナだったが、仲間がいるなら話は別だ。メインルームに設置された、外敵排除用のスナイプスペースに陣取り銃を連射する。
「……やれやれ。忙しくなってきたな。スケルトンに弾丸……処理対象が多い。仕方あるまい、今日はやめにいたそう」
「! 師が逃げるぞ、逃がしてはならぬ!」
「今回は仲間に救われたな、オボロ。今回の反省は活かすぞ、必ずな。次に会う時は、一対一でやろうぞ。では、さらば!」
このまま押し切れないこともないが、効率が悪いと判断したマッハワンはあっさりと撤退を選んだ。足下に魔法陣を作り出し、拠点へ帰還する。
去り際にオボロへそう宣言し、エージェントは姿を消した。振り上げられたスカルタイタンの拳が虚しく空を切り、誰もいない地面に叩き込まれる。
「……なんとか追い払えたか。ひとまず、危機は脱し……う、ぐっ!」
「おじちゃん、だいじょーぶ? そせいのほのおつかう?」
「めーちゃん、まだおじちゃんしんでないよ?」
「でも、おとーさんいってたよ。なにごともほけんをかけておくのがたいせつだーって」
どうにか危機を脱したオボロだったが、マッハワンに負わされた傷は思いのほか深かったようだ。苦しそうに胸を押さえ、その場にうずくまる。
それを見たメリッサは、右手に小さな紫色の炎を作り出す。イゴールが止めるも、双子の片割れはそう反論した。
「んー、わかった! じゃあぼくもやるー!」
「おじちゃん、もうだいじょーぶだよ。すぐにいたいのいたいのとんでけー! してあげるね」
「……ありがとう、小さき勇者たちよ。イレーナにも、礼を言わねばならんな」
双子がオボロの胸に炎を当てると、傷口から体内へ吸い込まれていく。そして、深い裂傷があっという間に塞がっていった。
「オボロー! 大丈夫っすかー!?」
「ああ、この子たちのおかげで助かった。イレーナもありがとう、おかげで窮地を逃れられた」
「いやいや、あんまり役に立ってないっすよ。そこのおちびちゃんたちが来なかったら、ホント……」
そう口にし、イレーナはしゅんとしょげかえってしまう。自分はまだまだ、フィルやアンネローゼ、オボロに比べて弱い。
今回の戦いで、イレーナは改めてそれを自覚した。それと同時に、強く願う。もっと強くなりたい、仲間を守れるだけの力が欲しいと。
「ひとまず、基地に戻ろう。師が去ったことで、通信妨害もなくなっているはず。一刻も早く、フィル殿たちを呼び戻さなければ」
「そうっすね、そうしましょ。おちびちゃんたちもおいでっす。美味しいお菓子をご馳走するっすよ」
「わーい、やったー!」
「おっかっしっ、おっかっしっ!」
イレーナに頭を撫でられ、イゴールとメリッサは大喜びする。彼らを連れ、オボロはイレーナと共に基地へ戻る。
己の胸の中に、双子から与えられた炎が定着しようとしていたが……この時のオボロは、まだそのことを知らずにいた。
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「……以上が、ディラーブ家を襲った惨劇の一部始終です、里長」
「うむ、報告ご苦労だった。アルギドゥス、イーリン」
「いえいえ、里のためならばこの程度。何の問題もありません」
その頃、アルギドゥスとイーリンはアルバラーズ家の里に帰り報告を行っていた。ディラーブ家の里が襲撃を受け、大人たちが皆殺しにされていたこと。
そして、『ウォーカーの一族として』存在していたはずの子どもたちが、全員いなくなっていたことを。
「苛立たしい……! ベルドールの魔神どもめ、どこまで我らを敵視すれば気が済むのだ!」
「全く、ちょっと訓戒を与えてやっただけだというのに。ここまで逆恨みされては困りますなぁ」
里長の屋敷に集まっていた幹部たちは、口々にそう言う。リオたちの行為は逆恨みではないのだが……彼らには、そうとしか見えていないようだ。
「長、お集まりの皆様。ついでにこのような報告をするのは心苦しいのですが……」
「なんだ、言ってみよ」
「実は、あの出来損ないのゴミが生きていたということが分かりまして。それどころか、ウォーカーの力を使って人助けをしていると」
「なんだと!? 奴が……フィルが生きていたというのか!」
アルギドゥスの言葉を聞き、里長は顔を真っ赤にして怒鳴る。同胞の全滅よりも、フィルが生きていたことの方が気に食わないらしい。
「奴を生かしておけば、確実に魔神どもに目を付けられますよ。そうなれば、我々の存在も明るみに……」
「それだけは避けなければなりませんよ、長。奴の運命変異体を連れてきて、対消滅させてやりましょう!」
「勿論だ。だが、一つ問題がやる。奴の運命変異体を連れてきたとして、だ。誰が会わせに行くのだ? 直接会わせなければ意味がないぞ」
自分から、猫の首輪に鈴を着けに行くネズミなどいない。里から出るつもりなどさらさらない大人たちは、どうすべきか考え込む。
「なら、いい案がありますよ。奴はなんとかカンパニーという組織と敵対しているらしいので、そいつらに任せてはどうでしょう」
「ヴァルツァイト・テック・カンパニーか。ある程度は知っている、これでも外界の情報収集は欠かしていないからな」
「実は今日、里の場所を探っていると思わしき者がいるのを発見しました。恐らく、そいつがカンパニーの者かと」
「よし、分かった。アルギドゥス、イーリン。お前たちがその者と接触し、並行世界から呼び出した奴の運命変異体を引き渡せ。いいな?」
「はっ、かしこまりました」
言い出しっぺということで、アルギドゥスとイーリンが大役に任じられた。そんな彼らの会話を、隣の部屋で聞き耳を立てている者がいた。
「……たいへん、なんとかしなくちゃ。フィルさま……あの時助けられなかった罪、ここで必ず償います。この命に代えても」
頬に焼き印を押された傷跡のある少女が、そう呟く。フィル抹殺計画が、少しずつ進行していた。