73話─龍を食らう猛虎
時は少しさかのぼる。フィルとアンネローゼが基地を経ってから、十分ほど経った頃。
「よし、これで支度は万全。それがしも見回りに──!」
「ん? オボロ、どうしたんじゃ?」
「この気配……まさか! そうか、カンパニーめ……本格的にそれがしを消しに来たというわけか!」
準備を整え、いざ出発……そう思っていたオボロは、基地に近付く生命反応があることに気付く。しかも、それがよりによって最悪の相手であることにも。
ギアーズが不思議そうにしている中、オボロは手短に説明を行う。今まさに、この基地に敵が迫ってきていること。その相手が、自身を製造した者だと。
「なんじゃと!? だが、レーダーに反応はないぞ」
「かの者はアンチレーダーシステムを搭載している。レーダーにかからず基地に接近するなど、容易いことなのだ!」
「むむ、なれば急ぎ防衛の用意を」
「いや、どうやら……もう遅いようだ」
オボロの体内に仕込まれた探知装置が、ひっきりなしに告げている。もうすでに、敵は基地の入り口へ到達していると。
「ふむ、ここが入り口かな? 巧妙に岩肌に偽装しているが、拙者の目は誤魔化せぬぞ」
一方、マッハワンは基地の防衛レーダーを掻い潜り入り口の前にいた。エージェントとしての長年の経験を活かし、即座に偽物の岩を見破る。
「まずは本社のデータベースに基地の座標を送信しておこう。こういう大事な情報は、即座に報告し共有した方がいいからな」
岩を破壊する前に、マッハワンは左腕に取り付けたデバイスを操作する。座標データの送信を開始した後で、腰から下げた刀に手を伸ばす。
「さて、今日の運勢試しと行こうか。どれだけ綺麗に切れるか、はてさて……むっ!」
「師よ、そこまでだ! この基地の敷居は決して跨がせぬぞ! 九頭流剣技、伍ノ型……瞬閃・破穿突!」
入り口を塞ぐ大岩を両断しようとした、その時。岩が消え、オボロが姿を現した。出会い頭に、妖刀による鋭い突きを放つ。
不意を突いた一撃が、マッハワンの胴体を貫く……ことはなかった。相手の身体に剣先が触れようとした刹那、オボロの身体は宙を舞っていた。
「ぐ、お……」
「虎心流奥義、刃廻受け。久しいな、オボロ。一度スクラップになっていたにしては、剣の腕は衰えていないようだな」
マッハワンは素早く抜刀し、相手の刀を自身の得物で掬い上げ、オボロごと後方へ投げ飛ばしたのだ。とはいえ、オボロもやられてばかりではない。
華麗に受け身を取り、即座に立ち上がる。妖刀『九頭龍』を構え、ジリジリと距離を詰めていく。一方のマッハワンは、腕をだらりと下げた。
「まさか、師が直々にそれがしを始末しに来るとは。いや、こうなることは予想してしかるべきだったか」
「拙者としても、驚いているのだよ。最近は特務エージェントが数多く殉職していてね、こちらの任務に回される余裕はないと思っていたのだが」
オボロを見ながら、マッハワンも少しずつ歩を進める。そして、一定の距離まで近付いたところでピタリと歩みを止めた。
今彼がいるのは、オボロの斬撃の射程距離の外ギリギリの場所だ。あと皮一枚進めば、即座に斬られる。危険な位置なのだ。
「だがね、君が裏切っているとあれば話は変わってくるんだ、オボロ。かつて君を造った者として、責任を取らねばならん。分かるね?」
「無論、痛いほど理解している。……だが、何故一人でここに来た? シュヴァルカイザーの話では、これまで必ずエージェントは二人一組で来ているはず」
「いるよ。いるが、今は別行動をしているというだけのこと。それぞれ別の任務を与えられてね、相方はそちらに邁進しているわけだ」
と、オボロにそう答えるマッハワンだが彼はまだ知らない。肝心の相方は任務の遂行を諦め、よりによって敵とマブダチになっていることを。
「なるほど、なら……」
「ところで、今日はいやに饒舌じゃないか。先ほどからちまちま立ち位置を調整しているようだし……何か企んでいるね? 例えば」
さらに話を続けようとするオボロの言葉を遮り、マッハワンはそう口にする。おもむろに右手を上げ、背後に向かって刃を一閃した。
すると、基地の中から飛来していたなにかが両断され地に落ちる。それは、イレーナが放った弾丸だった。
「ちょうど拙者の頭を吹き飛ばせる位置に誘導し、スナイパーに狙撃でもさせる作戦、とかね」
「……お見通しか。やはり、小手先の策は通用せぬようだ」
マッハワンの指摘通り、オボロは狙撃による一撃必殺を狙っていた。基地から出る前、イレーナと合流し作戦を伝えていたのだ。
「う、嘘!? 絶対分かるはずないっすよ、アタイがここから狙ってるなんて! なのに……弾を斬り落とされた……」
「まずいのう、これは。急いでフィルたちに連絡を取らねば!」
基地の中にいたイレーナとギアーズは、マッハワンの恐ろしい神業に肝を冷やしていた。これまでのエージェントとは、格が違う。
すぐにフィルたちを呼び戻すべく、ギアーズは通信装置に手を伸ばす。だが、装置が反応を示すことはなかった。
「な、何故じゃ! 何故装置が……ぬうっ、そうか! あやつ、ジャミングしておるな!」
「……どうやら、基地の中の者たちが気付いたようだぞ。拙者が妨害魔力波を放出し、通信を阻害していることに」
狼狽するオボロを見ながら、マッハワンはしてやったりと笑う。基地を発見した瞬間から、彼は通信を阻害する特殊な波長の魔力を放出していたのだ。
全ては、自身に与えられた任務を確実に遂行するため。フィルたちがオボロに加勢出来ぬよう、手抜かりなく仕込みをしていた。
「相変わらず、用意周到なお方だ。ここまでされてはもう、搦め手は通じますまい」
「かつて教えただろう? 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと。相手を知り、確実に勝つための準備を行う。これが戦の鉄則だと……な! 虎心流奥義、流れ山水斬!」
諭すようにそう口にした直後、マッハワンが攻撃を仕掛ける。相手に反応する隙を与えず、一息に懐に飛び込む。
そのまま、淀みなく流れる川の如く四連続の斬撃を叩き込む。何とか反応が間に合い、オボロは二の太刀までは防げた。だが……。
「ぐうっ! 流石に、防ぎきることは出来ぬか……」
「たいしたものだ、二撃防いでみせるとは。おかげで、今の攻撃で仕留め損なったぞ」
攻撃の勢いを利用し、後方に飛んで離脱することに成功したオボロ。しかし、その代償は重く、軽くはない傷を負ってしまう。
「まずいっす、オボロを助けに行かないと!」
「待てイレーナ! おぬしのインフィニティ・マキーナは接近戦を得意としておらん! 闇雲に出て行っても、返り討ちにされるだけじゃぞ!」
「でも、ここから狙撃してたって弾を叩き斬られちゃうっすよ! 今だって……」
「来るか……フン!」
「ほら! 隙を突いたのに普通に対応されちゃったっすもん!」
オボロの方へ向かうマッハワンへ、イレーナは弾丸を放つ。だが、完全に攻撃を読まれてしまっており完封されてしまった。
「涙ぐましいものよな。仲間を救おうと力を奮う……いつの世も、美しき姿よ」
「くっ……!」
「その傷では全力を出せまい。案ずるな、オボロ。ひと思いに楽にして……むっ!」
「それいけー、スケルトンぐんだーん!」
「わるいやつをやっつけろー!」
再び腕を下ろし、ゆっくりとオボロに歩み寄るマッハワン。早急にトドメを刺そうとした、その時。木々が揺れ、スケルトンの軍団が飛び出した。
その後ろから、威勢のいい声が二つ。現れたのは、スケルトンを操る者たち。アゼルとアーシアの子、イゴールとメリッサだ。
「えっ!? あ、あの子たちは! 何でここにいるっすか!?」
「これは……はは、予想外の援軍だな」
「みんなー、あっちのおじちゃんをあんぜんなところまではこぶよー!」
「のこりのこたちは、もうひとりのわるいおじちゃんをやっつけてー! それ、わんつーわんつー!」
「カカカカカカカカ!!」
骸骨を模した鎧を身に付けたイゴールとメリッサは、スケルトン軍団にそう命令する。スケルトンたちは一糸乱れぬ動きで、命令を遂行する。
「来るか、骨の魔物ども! ふむ、あの双子は……なるほど、カンパニーの敵はまだ増えるというわけか」
群がるスケルトンたちを斬り伏せながら、マッハワンはそう呟く。予想外の助っ人との戦いは、誰も想像出来ない展開になろうとしていた。