72話─出会いは突然に
フィルとアンネローゼは、オボロより先に支度を終え一足早く基地を出立した。ひとまず、ヴェリトン王国の首都にやって来た。
人気のない裏路地にテレポートし、ここからの行動をどうするか話し合う。結果、二手に別れて行動し、怪しいものを探すことに。
「それじゃあ、私は南の方を見てみるわ」
「僕は北へ行きます。お互い、何か収穫があればいいんですが……」
「そうね、でもあんまり焦っちゃダメよ。こういう時は、焦って動くと良くない事態になるから」
「……そうですね。空を飛びながら、頭を冷やすことにします」
謎の焦燥感に突き動かされていたフィルは、アンネローゼの一言で落ち着きを取り戻す。そして、二人は北と南に別れ街を去る。
「さーって、どこに行こうかしらねー。とりあえず、南にグリマルク王国にでも行ってみようかしら。あそこは商人の国だし、何か情報があるかも」
そう呟き、アンネローゼは翼を羽ばたかせ空を飛んでいく。短距離テレポートを繰り返し、ヴェリトン王国の南に接する国、グリマルク王国へ向かう。
「さてさて、とりあえず街が見えるとこまで来たのはいいとして……。このまま街に入ると面倒なことになりそうね。一般人を装って情報を集めよっと」
少し前、つよいこころ軍団からとある情報がもたらされた。それは、現在グリマルク王国では空前のシュヴァルカイザーブームが起きているということ。
カンパニーと戦うシュヴァルカイザーの勇姿を、上手いこと商売に取り入れられないかと考案されたのが始まりらしい。
結果、シュヴァルカイザー関連のグッズが発売、馬鹿売れすることに。そんなこともあり、人気がうなぎ登りなのだとか。
もちろん、本人への許可は取っていない。というより、フィル自身はつよいこころ二号が情報を持ってくるまでそのことを知らなかった。
「ホロウバルキリーが来た! なんてことが知れ渡ったら、情報集めるどころじゃなくなっちゃうもんねー、ほんと。博士から預かってきた新発明品、試させてもらおっと」
突然、シュヴァルカイザーの仲間であるホロウバルキリーも人気が高い。女性を中心に、関連グッズが売れに売れているのだ。
そんなところに本人が来たとあれば、人が殺到しとてもではないがまともに活動出来ない。かと言って、すでに死んだことになっている以上、素の姿で出歩くことも基本は無理。
……なのだが、そこはギアーズが抜かりなく対策を打ち出していた。アンネローゼが外を出歩けるよう、ちゃんと用意してくれていたのだ。
「じゃんじゃじゃーん、イリュージョンガム~。……って、なに一人でやってんのかしらね、アホらし。さっさと食べよっと」
グリマルク王国の北、ヴェリトン王国との玄関口となる街リデロン。そこから少し離れた林の中で、アンネローゼはポケットから一枚の板ガムを取り出す。
包み紙を剥がし、イメージを膨らませながらもぐもぐする。すると……アンネローゼの姿が、粘土を捏ねるように変化し始めた。
「うげっ、まっず~。泥食べてるみたい、やーねもう。後で味もまともにしてもらうように博士に言わないと。さて、変身の方は……うん、いい感じね」
数分後、アンネローゼはコンパクトミラーを取り出して顔を確認する。そこには、元とは似ても似つかないキャピキャピした顔が映っていた。
髪も派手なまっピンクになり、長いサイドテールに変わっている。服装もお洒落なものになり、身体もややスレンダーなモデル体型になっていた。
「博士も凄い発明するわよねー、食べてから一時間の間、思い通りの姿に変身出来るガムなんて。こんな便利なもの作れるなんて、案外侮れないわ」
そう呟いた後、アンネローゼはガムを包み紙に吐き出す。とても渋い顔をしながら、ぺっぺっと唾を吐く。
「あーやだやだ、もうこのガム食べたくないわ。さっさと終わらせて、基地に帰りましょ」
あまりにも不味いガムに辟易しつつ、リデロンの街へ入る。街へ入った瞬間、シュヴァルカイザーと仲間たちが描かれたアーチ看板が目に飛び込む。
「やぁね、誰に許可取ってこんな営業してるんだか。一回、本人連れてきて抗議させた方がいいんじゃないかしら」
そこかしこで売られているシュヴァルカイザーグッズを見て、アンネローゼはそう呟く。と同時に、初めてのデートを思い出す。
「そういえば、あの時もシュヴァルカイザーパンが売られてたっけ。なんだか懐かしいわね、あれから結構経ったなぁ……」
過去の思い出に浸りつつ、アンネローゼは商店を回って聞き込みを行う。が、特にめぼしい情報は集まらない。
それどころか、店主のゴリ押しで売りつけられたシュヴァルカイザーグッズがどんどん増えていく始末。文房具、うちわ、タオル……。
「あーもう、何よこの量!? 冗談じゃないわ、こんなクソ重い荷物持ったまま情報収集なんて無理だっつの。どっかに預けてこないと」
大きな紙袋いっぱいに詰め込まれたグッズを抱え、アンネローゼは街を練り歩く。しばらくして、ようやく荷物預かり所を見つけた。
邪魔な荷物を預け、身軽になるアンネローゼ。散策を再開しようとしたその時、お腹がぐうと鳴った。
「そろそろおやつの時間ね……。まあ、特に収穫もなさそうだし。とりあえず、腹ごしらえしてもバチは当たらないわよね」
散々歩き回ってヘトヘトなアンネローゼは、一回休憩することにした。通りを練り歩き、適当に目に付いたカフェに入る……が。
「うわ、何この混み具合!? 人でごった返してるわね、これは長く待たされそうだわ」
「いらっしゃませ~。お一人さま様ですかぁ?」
「ええ、そうよ。それにしても、凄い客ね。何か名物でもあるわけ?」
「ええ、店長考案のシュヴァルカイザーと仲間たちパンケーキが予想以上に売れてまして~。ランチタイム限定なんですが、連日たくさんお客様が来てくださるんですよ~」
「へえ、そうなの。食べてみたいわね……まだ作れそうかしら?」
何か甘いものが食べたい、と考えていたアンネローゼにとっては渡りに船な話だった。幸い、材料にはまだ余裕があるとのことだが……。
「お料理は問題ないんですけどぉ~、生憎今店内満席となっておりまして~。相席でのご案内なら、すぐ出来ますが……どうします~?」
「そうね、いいわよ別に相席でも。どこか適当に案内してちょうだい」
「はいはーい、一名様ごあんな~い」
店の内外を問わず、満席状態になってしまっているとのことだった。相席なら案内出来ると言われ、アンネローゼは迷わず頷く。
そうして案内された席に座っていたのは……。
「はー、マジバチくそかーいー。ちょーエモいんですけど、このパンケーキ」
「あのー、少々よろしいでしょうか? 現在、満席になっておりまして……こちらのお客様と相席になってもよろしいですか?」
「ん~、おけおけ。うち的には問題ないしー」
「かしこまりました、ではこちらにご案内致しますね」
なんと、エモーがいた。調査を中断し、おやつを食べにやって来ていたのだ。席に通されたアンネローゼを見て、ひらひら手を振る。
「やほー、とりまクロスに座ってちょー。……ん? んんん???」
「え? な、なに? そんなこっち見て」
「わー、その服めっちゃかわゆー! おねーさん、マジ神ってるわー」
「へ? そ、そうかしら」
アンネローゼが席に着くなり、エモーはそう口にする。彼女のセンス的に、今のアンネローゼの格好はアリなようだ。
「あ、ガン見してごめんねー。うち、レジェってゆーの。よろぴくー」
「あ、私はアン……アンナよ。よろしくね、レジェ」
流石に本名を名乗るのは不味いと判断し、咄嗟に偽名を口にするアンネローゼ。一方、エモーもエージェントネームではなく、本名を名乗る。
「よろぴこー。アンナっち、すげーセンスいいじゃーん。マジやばばばばばなんすけどー」
「あ、ありがと。そういうそっちこそ、可愛い服着てるじゃない」
「あ、分かるー? これうちのオキニなんよー」
お互いが敵だとは夢にも思わず、意気投合した二人は会話を重ねる。ギャル全開なレジェに、最初こそ困惑していたアンネローゼだが……。
注文を済ませ、数分も経つ頃にはすっかり仲良くなっていた。話を弾ませていると、頼んだパンケーキが届く。
「お待たせしました~、シュヴァルカイザーと仲間たちパンケーキでーす」
「わ、来た来た。うーん、凄く美味しそうね!」
「でしょ~? うち、ペコだったからすぐ食べちゃったんだけどぉ~、美味すぎてブチアガったわ~」
と、二人が親睦を深めている頃……オボロの元に、大きな試練が降りかかっていた。




