71話─静寂の中に潜むモノ
「どうです? ギアーズ博士。カンパニーの動きはありましたか?」
「いや、不気味なほどに静まり返っておる。ここまで沈黙を保つとは……なんぞ不穏じゃな」
オボロ追跡事件から一週間が経ったが、いまだカンパニーの侵略部隊がやって来る気配はない。謎の静寂に、フィルとギアーズは嫌なものを感じる。
これまでなら、もうどこかの街が襲撃されていてもおかしくないのだ。しかし、カルゥ=オルセナのどこにも敵が現れない。
「侵略を諦めた……という線もありますが、どうでしょうオボロ」
「まず有り得ないことだ。どれほどの損害を出そうとも、カンパニーが一度掲げた目標の達成を諦めることはない。それだけは断言出来る」
特務エージェントが四人も返り討ちにされて死んだことで、とうとうカンパニーが撤退した……と、淡い期待を寄せていたフィル。
が、意見を聞いたオボロの答えはあまりにも無情なものだった。元カンパニー所属の兵士の言葉ゆえ、信憑性は高い。
「そうなると、まるで目的が見えてこないわね。一体何を考えてるのかしら」
「わしらと関係のないトラブルが起きて、単に軍隊の派遣が遅れているだけやもしれんぞ。今のカンパニーには敵が多いんじゃろ?」
「そうですね、コリンさんも言ってました。カンパニーの裏の目的を暴くために、いろいろ工作を仕掛けているって」
以前会ったお子ちゃま王との会話を思い出しながら、フィルはそう言う。つよいこころ軍団も精力的に情報収集をしているが、当分何事もなさそうだ。
「でもねー、なーんかデート行くって気分になれないのよね。今ここを離れたら、何かとんでもないことが起きるような気がして……」
「奇遇ですね、アンネ様。僕もですよ、何だか胸騒ぎがするんです。何かを急いで止めないといけないような、そんな感覚が……」
リビングでだべっていたフィルたちは、このままのんびりしていていいのか、と焦りを感じ始める。しかし、その焦りの正体が分からない。
「ダメですね、考えてても解決しません。ちょっと気分転換にパトロールしてきます」
「あ、じゃあ私も行く。オボロはどうする?」
「それがしも行こう。とはいえ、全員で同じ場所へ行っても意味はありますまい。手分けしてパトロールをしよう」
訓練場にて今日のノルマ達成に励んでいるイレーナと、しばらく姿を見せていないジェディンを除いた三人はパトロールに出向く。
心に巣食う焦りの正体を掴めるように、と祈りながら。果たして、その願いが叶うのか……それは誰にも分からない。
◇─────────────────────◇
「はー、本社からテクらされるとかマジありえんてぃー。ホントTBSだわー」
その頃、エモーは一人カルゥ=オルセナにやって来ていた。マッハワンにキツく叱られた上、暗域から大地への移動を除き全て徒歩で移動させられていた。
ぶーぶー文句を垂れながら、街で売っていたタピオカミルクティーを買って飲みつつ一人無人の荒野を歩いていく。
「ガチめにおこなんすけどー、ホントマジで。あのGGI後でバリカンでツルッパゲにしてやるしー」
マッハワンへの愚痴を呟きつつ、左手に持った小さな円盤状の装置を眺める。いまだ装置に取り付けられた画面には、何の反応もない。
『よいカ、エモー。このウォーカー・レーダーはグラン=ファルダの神どモがウォーカーの一族ヲ探し出すタめに作り出しタものだ。奴らから盗んだコの装置ヲ使い、カルゥ=オルセナに潜む一族を見つけ出セ』
ヴァルツァイト・ボーグは部下をグラン=ファルダに潜り込ませ、作戦遂行に必要な装置を盗み出しエモーに与えた。
もしこれが神々にバレれば、ただでは済まない。極秘機密を盗んだ罪で、まず間違いなく大規模な制裁が科されるだろう。
「さてさてー、レーダーちゃんは反応なーし。ガン見しててもなんも起きないしー、ちょっときゅーけ……おっ?」
かれこれ二時間は荒野をさまよっていたエモーだったが、ここに来て微弱な反応が現れた。現在、エモーがいるのは大陸の南東部の果て。
レーダーには、そこからさらに南の方向へと続く点が浮かんでいた。……が、すぐに反応が消えてしまう。
「あれー? もしかしてふりょーひんってやつー? はー、ガチしょんぼり沈殿丸だわー。もーいいや、今日はかえろー」
せっかく現れた反応が消えてしまったことを嘆き、やる気がなくなったエモーは引き返していった。彼女が去った後、荒野に金色の門が現れる。
「……やっと帰ったか。あいつ、一体何者なんだ? 闇の眷属が、何故我らを探っている……?」
「追うか? アルギドゥス。今なら追い付けるぞ」
「いや、やめておこう。それより、早く里に帰って長老に伝えねば。ディラーブ家が根絶されたことをな」
門の中から、二人の男女が現れた。どちらも、カルゥ=オルセナに根付くウォーカーの一族……アルバラーズ家に属する若き戦士だ。
同胞たる氏族、ディラーブ家からの救援要請を受けて大地を離れていたのだ。そこで見た光景を長に伝えるべく、二人は歩き出す。
「それにしても、ちょっとヒヤヒヤしたね。あの女、もう少しで霧の迷宮に入るところだったよ」
「まあ、入ったところで抜けられはしないさ。アルバラーズの里にたどり着けるわけがない。下賤な闇の眷属などにはな」
「アルはいっつもそんな感じだね。そうやって油断してると、いつか足下を掬われるかもよ?」
「そうはならんさ、イーリン。例え相手が闇の貴族や王だろうが、ウォーカーの一族には勝てん」
そんな会話をしながら、二人は南へ向かって進む。しばらくすると、濃い霧が荒野に満ちる。霧は二人を包み込み、姿を覆い隠す。
先へ進めば進むほど、霧はより濃くなり視界を遮ってくる。にも関わらず、二人は迷うことなく歩を進め歩いていく。
「さあ、もうすぐ里に着くぞ。……そういえば、知っているか? イーリン。あの出来損ないの弟の噂を」
「やめてよね、あいつの……フィルの話は禁じられてるでしょ? 里の歴史を汚す出来損ないのことを話してるのがバレたら、怒られるよ」
「まあ、いいじゃないか。まだここは里じゃないからな。あいつ、どうも生き延びているらしい。何でも、この大地を攻撃している連中と戦っているとか」
霧の中を進んでいた女の動きが、ピタリと止まる。相方の方へ顔を向け、深刻そうな表情を浮かべた。
「……嘘でしょ? あいつ、そんなことしてるの?」
「まだ確定したわけじゃないが、これが本当だとしたら由々しき事態だ。クズどものためにウォーカーの力を使うなど、許されることじゃない。もし本当なら」
「粛正しないといけないね。アル、急ごう。長に報告しないと」
「ああ。……やれやれ、あの時追放じゃなくて処刑を選んでおくんだったな。あのカスのせいで、里の安全が脅かされるようなことになったら面倒だ」
アルギドゥスとイーリンは、早足に霧の迷宮を駆け抜ける。二つの重大事件を伝え、早急に対処するために。
カンパニーだけでなく、同胞の魔の手が迫ろうとしていることを……フィルはまだ、知らない。
◇─────────────────────◇
「ふーむ。こんなところに反応があるとは。かような未開のジャングルで、奴は何をしておるのだ?」
一方、エモーとは別の命令を下されたマッハマンもまた、カルゥ=オルセナに降り立っていた。抹殺対象であるオボロの反応を追い、ジャングルを進む。
「ん、あれは……。ああ、そうか。なるほど、断崖絶壁に偽装してはいるが……フフフ、あれがシュヴァルカイザーの基地だな。そうでなければ、オボロがこんな場所にいるはずがない」
生い茂る植物を斬り払いながら先へ進んでいると、視界が開けた。遠くに見えるテーブルマウンテンを見て、マッハワンは即座に看破する。
あの山の内部に、建物が存在することを。そして、その中に……出立の準備をしているオボロの反応があることを。
「さて、では早速仕事に取りかかるとしよう。我が最高傑作を自らの手で破壊する……うむ、実に風情がある任務だ」
ニヤリと笑いながら、マッハワンは歩みを再開する。オボロにもまた、危機が迫ろうとしていた。




