70話─新たなる狩人たち
「ちーっす。とりま事案片付けたんでー、しゃちょーしつにインしましたー、みたいなー」
「……申し訳ありません、社長。こいつはいつもこんな感じでして……はあ」
「構わん、公ノ場ではナい。気にハせんよ。よく来てクれたな、エモーにマッハワン」
アンネローゼたちが孤児院で遊んでいる頃、カンパニーではヴァルツァイトの元に特務エージェントが集っていた。
ブレイズソウルにキックホッパー、アッチェレランドとマインドシーカー。彼らに次ぐ第三の刺客……新たな敵たちが。
「マジあざましー。さっすがしゃちょー、怒らないのP高いわー」
呼び出されたエージェントの片方は、ゴテゴテキラキラしたアクセサリーを大量に付けたセーラー服風のスーツを着た女だ。
浅黒い肌の上から濃い化粧をした、どこに出しても恥ずかしくない立派なギャルだ。そんな相方を、和服を着た壮年の男が諫める。
「エモー、今だけは魔道タブレットをいじるのをやめておけ。話を真面目に聞かない者を社長がよく思わないのは知っているだろう」
「ちょー、GGIマジSMなんすけどー。相場の確認すんなとかありえねー」
「今する必要はないだろう! 社長の話を聞け、全く」
「よイよい、エモーは株主ノ一人だかラな、相場の動きハ常にチェックしてオきたいだろウ。そのまマでいい、まずは概要カら話そう」
もう一人のエージェント、マッハワンを宥めた後ヴァルツァイトはこれまでの経緯を説明する。そして、二人に別々の指令を下した。
「エモー、お前は独自ニ調査ヲ進めてもらイたい。カルゥ=オルセナに潜んでいルだろう、ウォーカーの一族ヲ探し出せ」
「おけー。うちに任してちょー」
「神々はウォーカーの一族ニ関する情報ヲ隠してイるが、私ノ前では無意味。アルバラーズという一族が、ウォーカーの氏族デあることはもう特定済みダ」
「なるほど、その者たちの協力を取り付けてシュヴァルカイザーを排除する……と」
「そういウことだ。ウォーカーの一族ノ掟を利用し、シュヴァルカイザーを葬る。そうスれば、計画を邪魔スル者は消える」
ヴァルツァイトの新たな計画。それは、ウォーカーの力を用いたフィルの抹殺だった。百年前のフィニス戦役で明らかになった、ウォーカーの掟を利用して。
「ウォーカーの力を持つ者ハ、一つの世界ニ同一の者ガ複数存在スることは出来ナい。並行世界ニいるフィル・アルバラーズの『運命変異体』をこの世界ニ連れてクれば……」
「ラクに消せるってことっしょー? マジうけるー。とりま、Bダッシュで行くんでー、まっちんあとよろー」
「こら、まだ話は……全く、せっかちな奴だ」
必要な話は聞き終えたとばかりに、エモーは社長室を飛び出していった。一人残ったマッハワンは、やれやれとかぶりを振る。
「して、拙者の任務は?」
「君にハ、とあるバトルドロイドの始末ヲ頼みたイ。かつて我が社ガ製造したドロイドの一体が、反旗ヲひるがえし敵に回っタ」
「なるほど。そのドロイドの識別番号は?」
「S43型499号……君がオボロと名付けた個体ダ」
ヴァルツァイトの言葉に、マッハワンはピクリと眉を吊り上げる。顎を撫でながら、何度も小さく頷いた。
「ああ、あやつですか。とうの昔に廃棄処分にされたと思っていましたが……よみがえりましたか、奴が」
「そうダ。詳しい経緯ハ不明だが、シュヴァルカイザーが修復シたらしイ。裏切り者ハ生カしておけヌ。元製造部門の部長トして、引導ヲ渡せ」
「かしこまりました。なれば、我が愛刀……『名刀虎徹』の錆にしてやりましょう。ご期待を、社長」
「うム、行くガいいマッハワン。モしお前たちマでもがしくじっタ時にハ、最後ノ切り札を出さネばならん。そうならヌよう、最善ヲ尽くせ」
主の言葉に、マッハワンは頷く。フィルとオボロに、魔の手が迫ろうとしていた。
◇─────────────────────◇
「ぐ、うぅ……」
「なん、だよこいつ……強すぎる、ありえね……ぐぎゃあっ!」
カルゥ=オルセナから遠く離れた、とある大地。そこには、ウォーカーの一族の氏族が一つ……ディラーブ家が暮らしていた。
同胞からの要請に応じ、グラン=ファルダを攻める準備をしていた彼らの元に……裁きをもたらす者たちが降臨した。
「やっぱり、ウォーカーの一族なんて皆同じだね。誰も彼も、自分たちこそが神より優れた存在だと信じて疑わない。そんなことは決してないのにね」
「ムダだよ、ダンねぇ。彼らの言葉に意味なんてないんだから。犬猫の鳴き声くらいに思っといた方がいいよ、うん」
ディラーブ家の里は、たった二人の男女の手で壊滅状態に追い込まれていた。一人は、巨斧を携えたフクロウ獣人の女性。
もう一人は、青い鎧を身に付けた猫獣人の少年。どちらも、ベルドールの七魔神に属する者たちだ。
「くっ、このまま終わると思うなよ! 生き残ってる奴らはまだいるんだ、お前ら二人すぐに始末してやるぞ!」
「だってさ、リオくん。どうする、このまま好きにやらせるかい?」
「そうだねー、そうしよっか。……死ぬ前に、どれだけ自分が傲慢だったかを徹底的に思い知らせるためにもね」
フクロウ獣人の女は、仲間の少年──盾の魔神リオに尋ねる。リオは尻尾を揺らしながら、相方にそう答えた。
「バカな奴らめ! こっちは並行世界から連れてきた魔獣の群れがいるんだ! すぐに始末してやる!」
「グルルルル……」
ディラーブ家の戦士たちは、並行世界を渡る門を作り出し魔獣たちを呼び出す。獅子やコウモリ、猿……巨躯を誇る魔獣たちの眼光が、リオたちに注がれる。
「ふうん、数だけは揃えているね。まあ、数がいれば勝てるなら苦労はないだろうけど」
「ほざけ、女! まずはお前からだ、同胞を殺した罪をつぐな」
「ま、いいさ。ちゃちゃっと終わらせようか。それっ、呼び笛の斧!」
魔獣たちを見回した後、女──斧の魔神ダンスレイルは一振りのトマホークを呼び出す。そして、口笛を吹くと……斧がひとりでに宙を舞う。
斧は呼び出された魔獣たちに襲いかかり、瞬く間に首をはねてしまう。ディラーブ家の戦士たちが気付いた時には、魔獣が半分死んでいた。
「え? え? ……なんだとっ!?」
「他愛もないね、これくらい反応出来ないようじゃ私たちには勝てないよ?」
「なんだか、予想より弱そうだね。これはもう、さっさと終わらせた方がいいかも」
「ぐっ、舐めたことを! 総攻撃だ! あいつらを潰せぇぇぇ!!」
魔獣を操る戦士たちが、一斉に突撃する。それを見たリオは、パチンと指を鳴らす。すると、七つの宝石が現れ、少年の周囲を回りはじめた。
「それじゃあ今日はー、どのアブソリュート・ジェムを使おうかな。……うん、決めた。今日は『時間のルビー』でカタを付けようか」
「決まりだね。こっちはいつでもいいよ、リオくん。そっちのタイミングで始めて」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
くるくる回る宝石のうち、鮮やかな赤色のソレを掴み取るリオ。左手に装着した銀色のガントレットの手の甲に空いた、大きめの穴に宝石を嵌め込む。
敵が迫る中、リオはゆっくりと左手を握りジェムの力を解き放つ。すると……時間の流れが、恐ろしく鈍りはじめた。
「スロウリィ・タイム。時は停滞する……君たちが死ぬその時まで。それじゃあ、始めるよ! シールドブーメラン……ワンダーパレード!」
「さあ、やるか。トマホーク・トランプル!」
ごくゆっくりとした動きで敵が動く中、リオとダンスレイルだけが元の速さで動く。盾と斧を大量に呼び出し、全方位に向かって投げる。
飛来する盾と斧が、魔獣とウォーカーの戦士たちの首元へ飛んでいく。着弾ギリギリのところで、リオは時の流れを元に戻した。結果……。
「グルアッ!?」
「ぎゃあっ!」
「な、何がどうなぐはっ!」
何が起こったのかも理解出来ぬまま、全員首を苅られていく。一人残らず、無慈悲に首を落とされ……数分もせぬうちに、戦いは決した。
「あっけないね、ジェムを使うと。とはいえ、神々から対ウォーカーの一族限定で使用を許可されてるんだし、有効に使った方がいいよね」
「そうだね、ダンねぇ。さて、最後の仕事をしよっか」
ガントレットに嵌め込んでいた『時間のルビー』を取り外し、再び周囲を漂わせるリオ。屍の山を越え、里の奥にある族長の家に向かう。
「やあ、やっぱりここにいた。こんにちは、ウォーカーの子どもたち」
「! き、貴様ら……そうか、戦士たちは敗れたか」
「ああ、そうさ。後はお前が守っている子どもたちからウォーカーの力を消し去れば仕事も終わり。覚悟してもらうよ、族長」
家の地下室には、里の子どもたちが匿われていた。一緒にいた族長は、敗北を悟りリオたちを睨み付ける。
「おのれ、神の犬どもが! 貴様らのような下賤なクズどもがよくもこんな」
「うるさいよ、好き放題悪事を働いといてよくそんなことが言えるね。ダンねぇ、殺っちゃっていいよ。あ、外でね?」
「もちろん、この子たちにトラウマを植え付けたくはないからね」
「な、何をする! 離せ、離せぇ!」
族長はダンスレイルに首根っこを掴まれ、地下室から引きずり出される。リオは残った子どもたちに目を向け、優しさと憐れみが込められた視線を向ける。
「ごめんね。君たちは何も悪くないのに、怖い目に遭わせて。でも、すぐに終わるから。ウォーカーの一族だったことを忘れて、安らかに生きられるからね……」
「な、なにをするの……? おにいちゃん」
「みんなが持つウォーカーの力を消し去るんだ。……それじゃあ、いくよ」
そう口にし、リオは七つの宝石を輝かせる。斧が空を切る音を聞きながら、リオは宝石の力を解き放ち……全てをまばゆい光の中に包み込んだ。