69話─追跡! オボロの謎を追え!
ジェディンを迎え入れてから、数日が経った。その日、オボロは一人いそいそとどこかへ出かける支度をしていた。
そんな彼を、物陰から見つめる者が二人。アンネローゼとイレーナだ。彼女らはオボロを見ながら、こそこそ話をする。
「ねえ、なーんか怪しくない? オボロ、昨日もどっか出かけてたわよね」
「そーっすね、姐御。どこに行くの聞いても、教えてくんないし……こりゃー後を尾行てみるしかないっすよ」
つい先日も、オボロはどこかへ出かけていった。フィルやギアーズは、悪いことをしているわけではないだろうと特に気にしてはいない。
が、アンネローゼやイレーナは気になって仕方がないようだ。あのカタブツのオボロが、一体どこで何をしているのか。それを確かめるべく……。
「よーし、こうなったら尾行するわよ、イレーナ! オボロが何やってるのか、気になって夜しか眠れないもの!」
「姐御、普通お昼は起きてるものっすよ?」
オボロを尾行することにした。本日、フィルはギアーズと共にラボにこもっており、ジェディンは情報収集のため留守にしている。
そのため、アンネローゼとイレーナの二人で後を追うことにした。認識阻害の魔法を使って姿を消し、二人は基地を出る。
「街に来たっすね。ここで何するつもりなんすかね」
「見て、お店に入っていくわ。あれは……おまんじゅう屋さんね」
テレポート機能を使い、オボロはとある街へやって来た。そんな彼を尾行していた二人は、オボロがまんじゅう屋に入るのを目撃する。
「主人、全種類の饅頭を十個ずつ貰えないか」
「へい、まいどあり! 包みはどうしやしょ?」
「各種類ごとに分けてくれると助かる。ついでに、大きな袋も貰いたい」
「はいよ、ちょいと待っててくださいね!」
店に入ったオボロは、あんこやチョコレート、カスタードクリームなど様々な具が入ったまんじゅうを購入する。
それらを袋に入れてもらった後、代金を支払い受け取る。その様子を遠巻きに見ていたアンネローゼたちのお腹が、ぐうと鳴った。
「姐御……アタイ、おまんじゅう食べたくなってきたっす」
「奇遇ね、イレーナ。お金ならあるし、私たちも一つ買いましょ。オボロが出てからね、じゃないと認識阻害の魔法解けないから」
「りょ!」
花より団子ならぬ、花も団子もな二人はオボロが店から出たのを確認した後、自分たちもまんじゅうを購入する。
アンネローゼはこしあん、イレーナはカスタードクリーム入りのまんじゅうを買う。店を出た後、まんじゅうを食べつつオボロを追う。
「あっ、見てくださいっす姐御。今度は本屋さんに入っていくっすよ」
「本? 何かしら、剣術の指南書でも買うのかしらね。そんなの読まなくても、十分強いと思うけど」
続いてオボロが立ち寄ったのは、小さな本屋であった。他の客の出入りに合わせ、アンネローゼたちは素早く店内に入る。
てっきり、武術書でも買うのかと思っていた二人だが……意外にも、オボロが立ち寄ったのは絵本が置いてあるコーナーだった。
「えっ、絵本? あのオボロが……絵本!?」
「姐御、これは重大事件っすよ! 明日はカンパニーのエージェントが大挙して押し寄せてくるんじゃないっすか!?」
「やめてよね、そんなの想像しただけで胃が痛くなるじゃない!」
まさかの光景に、二人はヒソヒソ声で話をする。認識阻害の魔法があるとはいえ、大声は出せない。オボロには普通にバレる可能性があるのだ。
「ふむ、この絵本新刊が出ているのか……では、新しいのと合わせて買っていこうか」
「店を出たわね。次はどこに行くのかしら?」
「あ、この絵本面白そうっすね。買って帰ろーっと」
本屋での買い物を済ませたオボロは、大荷物を持って店を出る。すかさず後を追い、つかず離れずの距離を保って尾行する二人。
次にオボロがやって来たのは、花屋だった。これまたイメージとかけ離れた場所を訪れたオボロに、アンネローゼは首を傾げる。
「んー、何をしたいのかさっぱり読めないわね。まんじゅうに絵本に花……ん? この組み合わせって、もしかして……」
「わー、綺麗なお花! シショーにプレゼントしたら喜んでくれるっすかね?」
「そうね、フィルくんならこっちの花とか喜ぶんじゃない? ふふ、お土産に買って帰ろうかしら」
買い物のラインナップを見て、アンネローゼはもしやと思い当たるものがあるようだ。イレーナと雑談する中、ふと顔を上げると……。
「げっ、しまった! オボロを見失っちゃったわ。急いで居場所を特定しないと!」
「あちゃー……ごめんなさいっす、姐御」
「いいのよ、気にしないで。さて、レーダーを確認……え、もうこの街にいない!? それに、今オボロがいるのって……」
オボロの姿が消えていた。二人が雑談している間に、会計を済ませてしまったようだ。慌てて店を飛び出し、小型の魔力レーダーを取り出す。
それを用いてオボロの居場所を特定したアンネローゼは、彼の行動の意味を知る。今オボロがいるのは、かつてフィルが世話になった孤児院だった。
「みな、待たせたな。今日も土産を持ってきたぞ」
「わーい、おじちゃんだー!」
「あそんであそんでー!」
オボロを追い、テレポートで移動するアンネローゼたち。以前フィルと共に慰安に訪れた孤児院に、オボロの姿があった。
たくさんの子どもたちに囲まれ、道中で買っていたまんじゅうや絵本、花を渡している。年若いシスターが、頭を下げる。
「昨日に続いて、ありがとうございます。みんな、オボロさんにお礼を言いましょうね」
「おじちゃん、ありがとー!」
「なに、気にすることはない。これはそれがしの学びのためでもある。命とは何か……それを学ぶためのな。ところで……そこな二人、隠れてないで出てきたらどうだ?」
孤児院の近くにある木の陰から見ていたアンネローゼたちだが、オボロにはとっくにバレていたようだ。仕方なく、変身してから二人は姿を見せる。
「なんだ、バレてたの。いつから知ってたの? 私たちが尾行してるのは」
「まんじゅう屋に入る時からだな。認識阻害の魔法が切れた瞬間、気配を探知した」
「うへー、欲望に負けた結果バレちゃった感じっすかぁ」
「わー、ホロウバルキリーのおねえちゃんたちだー」
「あそぼ! あそぼ!」
バレてしまっては仕方がないため、アンネローゼたちもオボロと共に子どもたちと遊ぶことに。追いかけっこやかくれんぼをする中、アンネローゼは問う。
「で、なんでここに来てるわけ?」
「それがしは、機能停止する以前から疑問に思っていた。命とは何か……生きるとは何かとな」
「そりゃ難しいこと考えるわね……キカイなのに」
「だからこそ、だ。それがしたちキカイは、部品を取り替えれば半永久的に生き続けられる。だからこそ知りたいのだ。短い時を生きる大地の民について」
庭を走り回る子どもたちを見ながら、オボロはそう口にする。そして、以前フィルたちと一緒に慰問に来た時……ふと思い付いたのだと言う。
「ここには、幼き者たちが多くいる。彼らと共に過ごせば、もしかしたら……それがしの疑問への答えが得られるかもしれぬ、と」
「そうなんだ……フィルくんはこのことは?」
「すでに了承を得ている。情勢にもよるが、定期的に子どもたちの相手をしてほしいと言われた。みな、それがしに懐いていると言われたのでな」
「まあ、実際凄い人気だもんね。ちょっと嫉妬しちゃうくらいには」
疑問が氷解し、アンネローゼは微笑む。そんな理由であるならば、いくらでも孤児院に行ってもいいと思ったのだ。
命の尊さを知ることは、オボロの大きな成長の糧になる。フィルもそう思っただろうことは、子どもたちと戯れるオボロを見れば一目瞭然だ。
「おじちゃん、またおもしろいはなしして!」
「おはなしよりあそぼうよ! またけんごうごっこしたーい!」
「はは、では順にやるとしよう。なに、焦ることはない。時間はいくらでもあるからな」
子どもたちに囲まれたオボロの口角が、僅かに上がっている。それを見たアンネローゼも、嬉しそうにしていた。
「……いつか、理解出来るといいわね。命の素晴らしさ、生きることの尊さを」
そう呟くアンネローゼのすぐ側を、爽やかな風が通り抜けていった。