68話─猫とキカイの秘密の会談
「社長、テンプテーションからアッチェレランドとマインドシーカーのコアが届きました。早速、解析班に届けますか?」
「そうシてもらえるト助かる。だが、モう夜も遅イからな。全員上がらセろ、作業は明日デいい」
「はっ、かしこまりした。では、社員たちには帰宅するよう伝えておきます。社長は……?」
フィルたちがジェディンを迎え入れた頃、ヴァルツァイト・ボーグの元に一つの知らせが届く。フィルとアンネローゼに敗れたエージェントたちのコアが本社に送られたのだ。
「私ハまだやるコとがアる。君モ先に帰りタまえ、ムダな残業ハ全体の効率ヲ落とすからナ」
「かしこまりました。では、これで失礼します」
「ああ、待て。これデ夕食でモ食べて帰るトいい。他の者たちモ誘ってやレ、親睦ヲ深めレばそれダけ効率モ上がる」
「こ、こんなによろしいのですか!? 社長、ありがとうございます!」
先に秘書を上がらせ、ついでに札束が詰まった財布を渡すヴァルツァイト。太っ腹な社長にお礼を言い、秘書は仲間を誘いに行った。
「……これで余計ナ者はいなくナったぞ。姿を見せてクレ……盾の魔神アイージャ」
「フン、相も変わらず大盤振る舞いする奴じゃな。それだけ景気がいいと見える、羨ましい限りじゃの」
秘書が去ってからしばらくして、ヴァルツァイトは社長室の隅に目を向ける。すると、寒風がどこからともなく吹き始めた。
風と共に霜が床に降り、一気に盛り上がって人の姿になる。そうして、一人の女が現れた。銀色の長い髪と、褐色の肌を持つ猫獣人の女が。
ダンテやレケレスが属する、グラン=ファルダ最強の戦神たち……ベルドールの七魔神の一角たる旧き盾の魔神。アイージャだ。
「それで? わざわざ妾を呼んだのには理由があるのじゃろう? そうでなくば、貴様から話を持ちかけまい」
「ククク、勿論ダとも。今回呼んだのハ他でもない、ビジネスの話ヲしたいノだよ」
「ビジネス? ハッ、怪しい壺でも買わせるつもりか? 生憎、妾はそこまで耄碌してはおらぬぞ」
ヴァルツァイトの言葉を、アイージャは鼻で笑う。カンパニーが、同胞たる闇の眷属以外にはアコギな商売をしていることを知っているのだ。
「ソンナ霊感商法ナど、わざわざヤるものか。非効率極まりないカらな。売りたいノはこれだヨ、例のヒーローに敗れ死んだ……エージェントのコアだ」
「ほう、部下の遺物を妾に売る気か。生憎、そのようなものを買ったところで活かす機会は」
「このコアに、お前たちが正体ヲ探っているシュヴァルカイザーの秘密ガ隠されてイるとしてもカ?」
指を鳴らし、ヴァルツァイトは回収されたマインドシーカーのコアを呼び出す。そして、アイージャに悪魔の取引を持ちかけた。
「……ほう。面白いことを言う。話を聞くだけならタダじゃろう? 聞かせてたもれ、商談の内容をな」
「ククッ、乗り気ニなってクれたようデ何よリ。では聞かせてヤろう。コアに記録サれてイる内容の一端ヲ、な」
実は、エージェントのコアが回収された時点でヴァルツァイトのコアに情報が転送されているのだ。部下に解析させるまでもなく、彼は知っている。
マインドシーカーが暴き出した、シュヴァルカイザーの正体を。そして、その秘密が神々の持つトップシークレットにも関与していることを。
「……なるほど。やはりフィルという少年がシュヴァルカイザーの正体だったか。レケレスの報告は正しかった、というわけじゃな」
「記録されている映像ヤ音声を売ってヤろう。自分たちノ目と耳デ確かメれば、さらに多くノことが分かるだろウよ。お前たちベルドールの七魔神ならば、ナ」
「ふむ、確かに有益な情報に違いはない。じゃが、妾が求めている『もっとも重要な情報』が欠けておる」
商談を進める中、アイージャはそう口にする。彼女とその仲間たちは、シュヴァルカイザーに対するある疑念を抱いていた。それは……。
「妾たちはシュヴァルカイザーがウォーカーの一族に属する者なのではないか、と疑っている。そこに関する決定的な証拠が、このコアに収められているのなら言い値で買ってやる。が……その価値はなさそうじゃ」
「確かニ、決定的な証拠とナる映像モ音声も記録されてハいない。だガ、自分たちデ調べるノはお前たちの得意トする分野だろウ?」
「まあ、確かにそうではある。とはいえ、今回は頼れる者が少ない。アゼルは例の惨劇以降療養に徹し、コーネリアスは妾たちに何かを隠している。正直、猫の手も借りたい状況じゃ」
「なラ、コアを買うベきだ。違うかネ、アイージャ。フィルという少年ノ足取りヲ追えば、おのずと明らかニなるダろう。かの者がウォーカーの一族ナのか、そうでナいのかガ」
現状、唯一フィルがウォーカーの一族だと知っているのはコリンのみ。そして、コリンはその事実を誰にも明かさないと決めている。
例えそれが、盟友たるベルドールの七魔神が相手だとしても。命を賭して秘密を守り抜く覚悟を固めているのだ。
そうした雰囲気を察しているからこそ、魔神たちはコリンを問い詰めることをしない。仮に彼と戦争になることがあれば、そこをウォーカーの一族に突かれ更なる惨禍が起きかねないからだ。
「全く、商売上手な奴め。よかろう、そのコアを買ってやる。いくらじゃ、言え」
「時価だかラな、三億ジェイナでドうだ?」
「チッ、足下を見おって。もう少し安くならんのか、八千万ジェイナでどうじゃ?」
「ククク、このヴァルツァイトを相手に値切ろうなど一億年早いゾ。八千万など片腹痛いワ」
「ま、じゃろうな。ダメ元で言うただけじゃ、本当にその値段で売ってもらえるとは思うておらん。では、一億ジェイナでどうじゃ?」
コアの値段を巡り、二人は値切り合戦を始める。数十分ほど議論を重ねた結果、二億三千万ジェイナで購入が決まった。
「やれやれ、結局半額にすら出来なんだか。まあ、よいか。資金ならたっぷりある、多少値切れただけよしとするしかあるまい」
「ククク、お買い上げありがとうございマス。また是非、我が社ノ製品ヲご購入してイただけるト助かりますヨ」
「気色の悪いセールストークなぞいらんわ! 妾は忙しいでな、これで失礼させてもらうぞ。金はこれで足りよう、持って行け」
そう言うと、アイージャは界門の盾を作り出し、門を開いて金貨の詰まった袋を取り出す。スキャン機能を用い、ヴァルツァイトは中身の金額計算をする。
「問題ナし、代金ピッタリだ。では、領収書ヲ書いておこウ。受け止レ、アイージャ」
「ん。……そうそう、一つ忠告しておこう。シュヴァルカイザーのいる大地に、たいそう執心しておるそうじゃが……あそこに手を出すのはやめておけ、曰く付きの地じゃてな」
領収書とコアを受け取ったアイージャは、去り際にそう警告する。カンパニーがカルゥ=オルセナへの侵略を行っていることを、彼女は知っているのだ。
「クク、そんな脅しニ屈してイるようでハ、魔戒王なぞ務まラぬよ。次に派遣スるエージェントを決めねバならぬノでね、これデ失礼させテもらう」
「忘れるな、ヴァルツァイト。禁というものは、相応の理由があって定められているもの。いたずらに触れれば、想像を絶する報いを受けることになるぞ」
社長室から去って行くヴァルツァイトの背中に、アイージャはそう伝える。彼がいなくなった後、やれやれとかぶりを振った。
「ま、よいか。奴が禁に触れて消えてくれるなら、こちらとしても都合がよい。さて、さっさとキュリア=サンクタラムに帰って仕事をするとしようか」
そう呟き、アイージャは界門の盾の中へ飛び込む。そして、仲間の待つ故郷へと帰っていった。
「……待っておれ、シュヴァルカイザー。お主のルーツ、必ず暴いてくれようぞ」
緩やかに、されど確実に。『その時』へのカウントダウンは進んでいた。