67話─紅の復讐者
御前試合を終えた翌日の夕方。アゼルの元に一泊したフィルたちは、基地へと戻ってきた。試合に敗れこそしたものの、それを引きずることはない。
「ただいま帰りました、博士。こっちは特に変わりなく」
「ようやく帰ってきたか、待ちくたびれたぞ。大所帯で旅行でも行っていたのか?」
アゼルから貰った大量のお土産を持ち、リビングに入った瞬間。ギアーズのものではない、男の声が響いてくる。
フィルたちが身構える中、リビングの奥から見知らぬ男が歩いてくる。真っ赤なコートを着た、不気味な風貌をした男だ。
「あなた誰です? どうやってこの基地に入ったんですか?」
「そう身構えるでない、フィル。わしが入れたのじゃよ、こやつはジェディン。わしの教え子の一人じゃ」
四人が警戒を強める中、少し遅れてギアーズが姿を見せた。ギアーズの知り合いということで、一応敵意を収めるフィル。
対するジェディンと呼ばれた男は、表情を一切変えず会釈する。爛々と輝く真っ赤な目に見つめられ、フィルは思わずたじろぐ。
「そ、そうでしたか。しかし、博士の教え子が一体何の用なんです?」
「用があるのはシュヴァルカイザーだ、先生がいたのは完全な計算外のこと。君たちは……先生の弟子か何かか?」
かつての教え子とはいえ、ギアーズは用心してフィルがシュヴァルカイザーだとは教えていないようだ。フィルはアンネローゼたちと目配せし合う。
「ええまあ、そんなところです。住み込みで働いているお手伝いですね」
「……とぼけなくともいいぞ。すでに正体は知っているからな。すでにカンパニーのデータベースをクラックして、情報を抜き出してある。先ほどの質問はただのカマ掛けだ」
「……驚きましたよ、そんなことまで出来るとは。それで、あなたの目的は?」
なんとか誤魔化そうとするも、すでに正体を知られてしまってるらしい。カンパニーのデータベースにアクセスし、情報を盗む技術があるようだ。
正体がバレている以上、もう誤魔化すのは無意味と判断したフィル。次のステップへ問答を進め、相手の目的を尋ねる。
「復讐だ。家族を殺し、俺の眼を潰したカンパニーの特務エージェント……奴を見つけ出し、仇を討つ。そのために情報共有をしたい」
「復讐……」
カンパニーへの強い憎しみが込められた声で、ジェディンはそう答える。アンネローゼの呟きに頷き、近くにあった椅子に座る。
「今から五年前のことだ。当時、俺は家族……妻と娘と一緒にこことは別の大地で暮らしていた。開拓民としてな」
「そのことはわしも知っておる。最後に来た手紙にそう書いてあったからのう」
「手紙のやり取りしてたんだ、博士。なんか意外」
「教え子との交流は、今もある程度続いとるぞ? 腐っても元教授じゃからな」
アンネローゼの一言で話が脱線しかけるも、ジェディンが咳払いをしてすぐに軌道修正される。
「……話を戻すぞ。妻のメイラと、娘のリディム。開拓村で三人、仲良く暮らしていたが……そこにヤツが現れた」
「カンパニーの特務エージェント、ですね?」
「そうだ。ヤツは言った。この大地をカンパニーの所有物として『地上げ』すると。村にいた者たちは、みな殺された。その時俺は、たまたま町に買い出しに出ていてな……」
「事が終わったあとに戻ってきた……ってことっすか?」
「違う。今まさに、妻と娘に手がかかるところに戻ったのだ。当然、ヤツに立ち向かったが……歯が立たず、一方的に叩きのめされた」
当時の光景を、脳裏に描き出すジェディン。燃え盛る村、切り刻まれた骸に成り果てた隣人たち。そして、助けを求める妻と娘……。
「ヤツは俺の目の前で、メイラとリディムを殺した。そして、俺にこう言った。『辛いだろうなぁ、悲しいだろうなぁ。だから、もう悲しまなくて済むようにしてやろう。何も見えなければ、幸福に生きられる』と」
「……それで、そのエージェントに眼を」
「そうだ。両の目を潰し、自害防止の魔法をかけた上であえて俺だけを生かした。惨劇の生き残りとして、永劫苦しませるために」
壮絶な過去を知り、フィルたちは沈黙する。その表情にはもう、警戒の色はない。あるのは、憐れみと義憤の感情だ。
「そんな目に遭ったのね、あなた……あれ? でも、その眼は?」
「死にかけているところに、一人の旅人が現れてな。救ってもらったのさ、その女……エルダに」
そう言うと、ジェディンはまぶたを閉じる。皮膚の上から指で眼をなぞり、感触を確かめる。
「エルダは俺に尋ねてきた。ここで何があったのかと。俺の答えを聞き、あいつは言った。復讐を望むなら、戦うための力を授けるとな」
「力を、ですか?」
「ああ。エルダは自分の故郷……ギール=セレンドラクという大地に俺を連れて行った。そして、仲間の協力を得て義眼を作ってくれたんだ」
「え、ちょっと待って! その大地って、ついさっきまで私たちがいたところじゃない!」
ジェディンの話を聞き、アンネローゼは叫ぶ。それと同時に、フィルは思い出した。昼間、アゼルたちに案内されてミュージアムへ行ったのだ。
そこで、ギール=セレンドラクの歴史についての解説を見聞きした。その中で、かつて大地を救った四人の英雄──『聖戦の四王』の一人が、エルダという名だった。
「そうだ、思い出しましたよ。そのエルダという人は、リリンさんたち七人の『鎖の巫女』の師匠である人物ですよね?」
「知っているのか。なら、説明する手間が省ける。エルダは俺に義眼と、戦うための技術を教えてくれた。自分自身が得意とする、鎖の魔術をな」
そこまで言ったところで、ジェディンの背中が怪しくうごめき始める。コートの内側から、先端に刃物が着いた鎖が四本伸びてきた。
コートの色と同じ、ゾッと寒気がするほど赤い色をしている鎖だった。数多の敵を屠り、生き血を吸ってきたかのような妖しい輝きを放っている。
「二年の修行を経て、俺はこの力を完全に制御出来るようになった。それからは、家族を……村の仲間を殺したエージェントの足取りを追って様々な大地を転々としていたよ」
「心中、お察ししまする。して、そのエージェントの名は? それが分かれば、もしかすればそれがしがお力添え出来るやもしれませぬ」
「あっ、そうよ! オボロはカンパニーで作られたバトルドロイドなんだから、エージェントのことを知ってるじゃない!」
「……残念ながら、名前は分からない。だが、特徴は一つだけ覚えている。ヤツの顔、右半分を縦断する三本の裂傷があった」
ジェディンの境遇を哀れみ、自ら協力を申し出るオボロ。名前さえ分かれば、自身のコアに搭載されたデータベースを使い探り出せる。
だが、ジェディンはエージェントの名前を知らなかった。知っているのはただ一つ、脳裏に焼き付いた顔の傷だけ。
「……一応、その特徴で検索してみよう。だが、果たして見つかるかどうか……」
「俺がクラックしたデータベースには、特務エージェントの情報そのものがなかった。どうやら、ここ最近セキュリティを強化しているらしい」
「なら、私たちも手伝うわ。そんな悲しい事情があるって知って、放ってなんかおけないもの。ね、フィルくん」
「ええ。僕の知らないところで起きた悲劇……その報いを受けさせてやりましょう。どんなことでも言ってください、お手伝いしますよ!」
「うむ。可愛い教え子の頼みとあらば、叶えてやるのが師の務めじゃ。そちらの調査につよいこころ軍団を何割かやらせるぞ」
アンネローゼやフィル、ギアーズもジェディンへの協力を表明する。その暖かい言葉に、復讐者は力のない笑みを浮かべた。
「……協力に感謝する。なら、俺は君たちのため共に戦おう。よろしく頼むぞ、シュヴァルカイザー」
「はい! こちらこそよろしくお願いしますね、ジェディンさん!」
フィルとジェディンは、固い握手を交わす。こうして、カンパニーの陰謀に立ち向かう新たな仲間が加わった。




