65話─その男、魔神につき
御前試合が始まってから、一時間が経過した。観客たちが見守る中、試合の状況は一進一退の状態にあった。
開幕からイレーナが瞬殺され、オボロが盛り返し撃破するもアンジェリカと相打ち。現在、第三試合はアーシアVSフィルとなっている。
「中々に強いな、貴殿は。かつてのアゼルにも劣らぬ力があると言えよう! 戦技! ダークネス・スラスト!」
「くっ! お褒めの言葉は嬉しいですね。だからと言って、負けるつもりはありませんが! Vスラッシュ!」
副将同士の一騎打ちに、観客は沸き立つ。すでに敗れ去った者たちも、これから試合が控えている者たちも熱心に仲間を応援する。
「そこだ、やっちまえアーシア! そいつを倒したら勝利に王手だぞ!」
「がんばれー、シショー! ダイナモ電池フル稼働で仕留めてくださいっすー!」
「押せているぞ、そのまま一気に鎮圧してしまえアーシア!」
「シュヴァルカイザー、耐えて耐えて反撃よ! やっちゃえー!」
息もつかせぬ大接戦を、一人特等席から眺めるアゼル。祖先たるジェリドも、こうして試合を眺めていたのだろうか……と、感傷に浸っていたその時。
「ちょーっと待ちな! その試合、オレも混ぜてもらうぜぇ!」
「!? お、お前は! 何故ここにいる、ベルドールの七魔神が一人……槍の魔神ダンテ!」
「えっ!?」
「う、嘘!? こんなところで出会っちゃうわけ!?」
突如、観客席からダンテが飛び込みフィルとアーシアの間に割って入ったのだ。灰色の槍を振り回し、両者を退かせ牽制する。
まさかの第三勢力の乱入に、フィルたちも観客も仰天してしまう。ざわめきが広がる中、ダンテは満足そうに槍を担ぐ。
「はっはっはっ! いいねいいねぇ、サプライズってのは驚いてもらってナンボ。こいつは気持ちがいいぜ」
「ちょっと、いきなり何ですの!? 来ていらしたのなら、アゼル様に挨拶するのが礼儀ではなくて!?」
「わりぃな、アンジェ嬢。今日はお忍びで来てるんでな。それに、事前に挨拶したらサプライズにならねぇだろ?」
アンジェリカの抗議を柳に風と受け流し、ダンテはフィルの方を見る。獲物を狙う狼のような眼光に、身じろぎしてしまう。
(アイツ、アゼルくんが言ってた七魔神の一人ってことは……ヤバいんじゃない、この状況。フィルくんの正体がバレたら、えらいことになるわよ)
「よう、そこの真っ黒マンくん。どうだ、そっちの暇してるお嬢ちゃんも混ぜてタッグマッチと洒落込もうぜ。その方が観客も盛り上がるしよ。そうだろ、みんな!」
「もっちろーん!!!」
ダンテの呼びかけに、否を唱える者はいない。手に汗握る熱闘が見られるなら、彼らはそれでいいのだ。
特に、今回はベルドールの魔神にアーシア、異界のヒーローの夢のコラボレーション。もう二度とないだろう好カードに、期待が高まっている。
「全く、貴殿は相変わらず型破りな御仁だ。風のように気まぐれなのも、ここまで来ると天晴れだ」
「へへ、照れるぜ。何の因果か、お互い槍使いだな。勿論、オレと組んでくれるだろ?」
「まあよい。いつも同じメンツと組むのも飽いていたところだ。チーム名は『マイティ・ランサーズ』とでも付けるか?」
「いいね、気に入ったぜ」
ダンテとアーシアがコンビを組み、ここからはタッグとなって戦うことになる。フィルもアンネローゼと組み、対抗することに。
「こうなったらやるわよ、シュヴァルカイザー。さっさと終わらせちゃいましょ」
「ええ、何だか嫌な予感がしますしね。あの人、偶然ここにいたとは思えません。間違いなく、目的は……」
自分の正体を探ることだろう。心の中でそう呟きつつ、フィルはバイザー越しにダンテを見る。
以前コンサートで七魔神の一人、レケレスを見た時から抱いていた嫌な予感。それが的中してしまわないことを祈りつつ、武器を構える。
「そっちはイカしたチーム名を決めなくていいのかい? 真っ黒マンくんよ」
「ちょっと、変なあだ名付けないでくれる? こっちだって格好いいチーム名あるんだから! ね、シュヴァルカイザー?」
「えっ、まあ……じゃあ、『黒と白の騎士たち』でどうですか?」
「おお、格好いいっすよシショー!」
「……ノーコメント、でござる」
フィル命名、タッグチーム『シュヴァイツリッター』はマイティ・ランサーズと向かい合う。出番のなくなったリリンが、つまらなさそうに審判を務める。
「えー、ではこれよりマイティ・ランサーズ対シュヴァイツリッターの試合を行う! 試合開始! ……この鬱憤、後でシャスティで晴らすか」
「人をサンドバッグみたいに言うんじゃねえよコラ!」
シャスティがツッコミを入れる中、コロッセオに設置された大銅鑼が鳴らされる。直後、真っ先にダンテが動く。
「そんじゃ、まずは一対一になってバトるとするかねぇ! 食らいな、風壁の槍!」
「うわっ!」
「ちょっと、何よこれ! シュヴァルカイザーの方に行けないじゃないの!」
ダンテは槍を床に叩き付け、風のぼう壁を吹き上がらせる。舞台が二つに分断され、フィル対ダンテ、アンネローゼ対アーシアの構図になった。
突風のドームが生成されており、壁を飛び越えて相棒を助けに行くことは出来ない。ダンテが技を解くまでは、この状態のままだ。
「やれやれ、どこまでも勝手なことを。まあ、よいか。ホロウバルキリーとやら、貴殿も槍使いのようだな。その力、拝見させてもらうとしよう」
「いいわ、相手してあげる。さっさと終わらせてやるんだから!」
「フッ、その意気やよし。さあ、存分に相手をしてやろうぞ!」
闇の魔貴族と虚風の戦乙女の戦いが始まる中、フィルはダンテと死闘を繰り広げる。漆黒の刃を振りかざし、相手の振るう槍を弾く。
「よっ、はっ!」
「ほー、中々いい動きするな。九十点ってところだ……なぁっ! フェザーリゼート!」
「なんの! マナリボルブ!」
ダンテの放つ槍を魔力の弾丸で押し戻し、追撃を放つフィル。が、風のように軽やかなステップで避けられてしまった。
「さて、戦いながらでいいから話を聞け。オレたちは今、ウォーカーの一族を探してあっちこっち大地を旅してるんだ」
「……それが僕と何の関係が?」
「お前のこと、聞いたぜ? コーネリアスからな。でも、あいつなーんか隠してるんだよなぁ。妙に肩持ってんだよ、お前の」
剣と槍がぶつかり合う中、ダンテはそう口にする。表情は笑っているが、目は笑っていない。相手の感情が読めず、フィルは冷や汗を流す。
「コーネリアスやアゼルから聞いたろ? 今ウォーカーの一族がどういう扱いをされてるのかをさ」
「だから、それが何の関係があると聞いているんです!」
「決まってるだろ? もしお前がウォーカーの一族だったとしたら、だ。その力を奪わなきゃならないわけだ、オレたちは。そこんところ、ハッキリさせときたいわけよ」
フィルがその言葉を聞いた途端、観客たちの歓声が急に遠くに感じられた。フィルにとって、ウォーカーの力は無くてはならないもの。
資金や資材の調達、そして今後基底時間軸世界では困難になるだろうアンネローゼとのデート。それらを行うためには、並行世界へ渡る力が要るのだ。
「もし仮に、ですよ。僕がウォーカーの一族だったとして、あなたの要求に従わなかったらどうなるんです?」
「その時は殺すしかねぇなあ。ウォーカーの力は危険過ぎるんだ。一族の奴らの大半が選民思想に染まってるってことが分かった以上、また誰かが悪用することは確実。そんなことはあっちゃならねえ……のさ!」
「くっ!」
ダンテの一撃を受け、フィルは大きく後退する。すぐに剣を構え直し、反撃に移った。
「ま、いいさ。こっちはこっちで調査を進めてる。いずれ全部明らかになるからよ。今はとにかく!」
「! 壁が……」
「この戦いを楽しもうぜ? せっかく用意したサプライズなんだ、じっくりと堪能してもらわねぇとな!」
「ええ、望むところです。シュヴァルカイザーの力、存分に見せて差し上げます!」
「いいぜ、来いよ。槍の魔神の力、とくとご覧じろってもんだ!」
問答にこれ以上の進展はないと判断し、ダンテは風の壁を消し去る。ここからは、一人の戦士としてタッグマッチを楽しむ。
その意思表明だ。
「やっとうざったい壁が消えたわよ! やるわよシュヴァルカイザー、二人の力を合わせてアイツらを倒すの!」
「ええ、やってやりましょう!」
不穏な出会いがありながらも、御前試合は白熱する。観客たちの声援が、夜空に響いていた。