63話─語られる真実
いろいろと問題がありつつも、応接間に通されたフィルたち。ふかふかのソファに座ると、メイド服を着たスケルトンたちがお茶と茶菓子を運んできた。
それを見たフィルは吹き出してしまい、イレーナに至っては大爆笑してしまう。そんな彼らを見て、アゼルはしてやったりとばかりに微笑む。
「ふふふ、ビックリしたでしょう。この宮殿は雰囲気が暗いですからね、少しでもお客様を明るく笑わせて差し上げようと毎回ビックリポイントを用意してるんですよ」
「だ、だからって……ブフフ、メイド服着たスケルトンって…くふ、あっひゃっひゃ!」
「きゃふう、あーう!」
「ふふ、カイルも喜んでいるな。可愛い奴め」
大笑いするイレーナを見て、アゼルの膝の上に座っている赤ん坊も笑っていた。そんな赤ん坊の頭を撫でながら、リリンは嬉しそうにしていた。
「さて、それじゃあそろそろ本題に入りましょう。えー、そこにいるオボロさんから聞きましたよ。うちの双子が迷惑をかけたようで……申し訳ありません」
「いえ、そんな気にしてませんよ。特にトラブルが起きたわけではありませんから」
「大方、現地の有力者の名前を借りれば問題ないだろうという子どもらしい発想からの行動だろうからな。フィル殿がそう言われるのであれば、それがしも従うまで」
「アタイも!」
フィルとしては、アゼルの子どもたちの活動で何かしらの被害を被ったわけではないため特に責めるようなつもりはない。
この場にいないアンネローゼやギアーズはともかくとして、オボロもイレーナも同意見のようだった。そんな彼らに、アゼルは礼を言う。
「そうですか、ありがとうございます。イゴールとメリッサには、ぼくの代わりに様々な大地を旅してもらっているんです。多くの出会いと別れを経て、成長してほしいなと思いまして」
「それに加えて、次代の『炎の守り人』としての力を蓄えてもらう目的もある。本当なら、まだ必要ないのだが……」
膝の上に乗せた赤ん坊をあやしながら、アゼルはそう口にする。続けてリリンも補足するが、表情は一転し曇ってしまう。
彼女から視線を向けられ、フィルはたじろぐ。リリンの目から、どこか自分を責めるような感情を感じたからだ。
「コーネリアスから君のことは聞いている。ウォーカーの一族に属しているそうだな」
「え、ええ。そうですが……」
「リリンお姉ちゃん、ダメですよ。彼はあの惨劇には関与していないのですから、責めるような真似をしては」
「それは分かっている。だが、あの様子では教えられていないのだろう。私はコーネリアスのように甘くはない、真実を話した方がいいと判断させてもらった」
困惑するフィルたちを余所に、アゼルとリリンはそんな会話を行う。コリンの名が出たことから、フィルは察した。
以前コリンと会った時に、さわりだけ聞かされたのだ。数十年前、ウォーカーの一族が引き起こした惨劇のことを。
「僕に、聞かせてくれませんか。どんな内容であっても、全て受け止めますから」
「よかろう。この話は、アゼルの不調にも関わる。一つ言っておくが、君個人を責めるわけではないんだ。ただ……ウォーカーの一族に属する者として、同族の愚かな行いを反面教師にしてほしい」
そう前置きした上で、リリンはかつて起きた忌まわしい出来事について話し出す。数十年前……正確には六十二年前に起きた惨劇の詳細を。
「当時、神々の手でウォーカーの一族を捕縛する活動が精力的に行われていてな。彼らを自分たちの目が届く場所に勾留し、監視していたのだ」
「まあ、分かります。フィニス戦役でウォーカーの力が悪用されてしまったわけですからね」
「ああ、そこまではよかったんだ。保護区に連れてこられた一族の者たちは、神々の主流たる穏健派に守られ交流を始めた。四十年ほど平和が続き、神々との和解も近い……みんなそう思っていたんだ」
神々はウォーカーの一族を保護していたが、彼らとて一枚岩ではない。中にはウォーカーの一族を完全排除しようと考える過激派もいたと、彼女は語った。
主流派である創世六神や、ベルドールの七魔神をはじめとする氏族神たちが過激派を押さえ込むことで、平和が保たれていた。だが……。
「ウォーカーの一族の中にも、過激派がいたのだよ。いや、あれは過激などという生ぬるい言葉で表現出来るものじゃないな。あれは……」
「選民思想。自分たちウォーカーの一族こそが、神や魔戒王をも超える、世界を思うがままに支配して当然な存在だと考える傲慢極まりない者たちがいたのですよ。そして、悲劇は起きました」
「悲劇……一体、何があったっすか?」
リリンの言葉を引き継ぎ、アゼルが語る。その言葉は、それまでとは違いぞっとするほど冷めたものであった。
イレーナが恐る恐る尋ねた直後、アゼルは口にする。ウォーカーの一族は、無関係なファルダ神族の子どもたちを狙ったテロを起こしたのだと。
「まだ保護区に連れてこられていなかったウォーカーの氏族たちが、神々の住む大地……グラン=ファルダで大規模なテロを敢行したんです」
「しかも、狙ったのは直接恨みを持つ我々ではなく無関係の一般民、それも徹底的に子どもだけを狙ってだ」
「酷い……そんな、そんなこと許されませんよ」
「ああ、そうだとも。奴らは並行世界を渡り、ありとあらゆる呪術を用いて作り出した汚い爆弾を各地で炸裂させた。二千人以上が犠牲になったよ」
リリンの口から語られた、同族たちによるおぞましい行いを知りフィルは憤慨する。それと同時に、ショックを受けた。
恐らく、テロを行った者たちは自分たちの力では六神たちには勝てないと判断し、無関係な子どもたちを狙ったのだろう。
そんな八つ当たりと呼ぶのもはばかられる最低な蛮行を、同族たちが平然と行ったという事実がとても悲しく、情けなかったのだ。
「当時、ぼくはグラン=ファルダにいましてね。死者蘇生の力を使って、命を落とした子どもたちを生き返らせて回りましたが……」
「奴らが用いた爆弾が撒き散らした猛毒に身体を犯され、車椅子が無ければ動けないほど弱ってしまった。今もなお、治療を継続しなければならないほどに」
「なんと、酷いものだ。そのようなことがあったとはな」
「でも、死んでしまった子どもたちを全員蘇生させられたことだけは不幸中の幸いでした。あんな唐突で悲しい別れなんて、あってはならないんですから」
そう口にし、アゼルは目を閉じる。今でも、当時の惨状をありありと思い出すことが出来た。崩壊する建物が燃え盛る中、我が子の遺体を抱き泣きじゃくる神々。
駆け付けた護神隊に取り押さえられながら、選民思想と神々への呪詛を捲し立てる犯人たち。そして、強い殺意を宿した目を犯人たちに向ける、魔神たちのリーダー……。
「あの日から、ウォーカーの一族に対する態度は真逆になりました。それまで穏健派に属していた者たちがほぼ全員、過激派に転じ……」
「その筆頭となったベルドールの七魔神によって、ウォーカーの一族……正確には彼らの持つ『力』が根絶されることになった」
「ど、どういうことなんです? それは」
「簡単なことだ。大人は問答無用で殺す。子どもたちの場合は、並行世界を渡る力を奪い取った上で……『アブソリュート・ジェム』の一つ、『境界のオニキス』の力で現実改変をしてウォーカーの一族だった事実自体を抹消してしまうのさ」
神々は、ウォーカーの一族に対する温情を全て捨て去った。そうして始めたのが、正真正銘のウォーカー狩り。
フィニス戦役で災いをもたらし、永久に封印すると誓ったはずのアブソリュート・ジェムを持ち出す決意をさせるほどに、彼らは怒り憎んでいたのだ。
「そ、そんな! いくらなんでも、あんまりじゃないっすか! だって、そのテロに関わってたのはごく一部なんでしょ? なら」
「保護区にて保護されていた者たちが手引きをしていた、という事実があってなお奴らを擁護するか? 惨劇の後、テレパス能力を持つ神々の協力の元明らかになったのだよ。ウォーカーの一族は、どいつもこいつも選民思想に染まりきったクズどもだったとな!」
イレーナの言葉に反論し、リリンはフィルたちが座るソファのすぐ後ろに小規模な雷を落とす。それを見て驚いた赤ん坊は、泣き始めてしまった。
「あーん、あーん!」
「ああ、ごめんよカイル。ついカッとなってしまった……。よしよし、もう怖くないからな」
「ぐすん、ぐすん……」
「……僕は、あまりにも……何も知らなかった。そんなことがあったなんて……同じウォーカーの一族として、恥ずかしいばかりです」
赤ん坊を抱き上げ、あやすリリン。その傍ら、フィルはアゼルに頭を下げる。イレーナもオボロも、複雑な表情をしていた。
「いいんです、何度も言いますがフィルくんは悪くありませんよ。……もっとも、彼は──リオくんはそうは思わないでしょうけれど、ね」
そう語るアゼルの顔は、悲しみに包まれていた。




