62話─地の底の宮殿へ
「お邪魔しまーす」
「わっ、広い! 階段の下にこんな空間があるなんて驚いたわ」
リリンに招かれたアンネローゼたちは、門をくぐり宮殿へ向かう。地下へ続く長い階段を降りていくと、広い空間に出た。
そこには、以前オボロが訪れた時と同じく荘厳な宮殿が存在していた。正門をくぐり抜け、中庭に入るとそこには……。
「ひえっ!? し、死体が! 死体が吊り下げられてるっす!」
「うわ、酷い……これ、アンタの仕業なの?」
「奴か。奴は今お仕置き中でな。そこのサムライに聞くといい、何があったか教えてくれるだろう」
中庭の一角に、黒い柱が建てられていた。そこから、ハーネスを取り付けられた女の死体が吊り下げられている。
フィルたちが一斉にオボロを見る中、事情を知る彼はどう答えたものかと思案する。そんな中、宮殿の中から二人の人物がやって来た。
「おや、お客様ですか。すみませんね、見苦しいものを見せてしまって」
「アゼル、もうお仕置きは終わりでいいのか?」
「ええ、そろそろ降ろしてあげようかと。腐敗してからだと、魔力の消耗が大きいですから」
一人は、車椅子に座った少年。左目にはドクロの紋章がついた眼帯を着けている。その後ろには、紫色の肌を持つ女性がいた。
「いやいやいや、どう見ても死んでるじゃないのその人。何をしようってのよ」
「まあ、見ていろ。貴殿たちも驚くぞ、まさに神の御業と言える奇跡が起こるからな」
「アーシアさん、すいませんがあそこまで車椅子を押してくれますか?」
「ああ、分かった。客人らよ、挨拶はもう少し待ってほしい。今用を済ませるのでな」
アンネローゼたちが見守る中、アゼルと呼ばれた少年は柱に近付く。吊り下げられた死体に手を伸ばし、紫色の炎を作り出す。
「それっ、ターン・ライフ!」
「!? こ、これは!」
「ウソ、あの人……」
「い、生き返ったんすかぁ!?」
炎が死体に吸い込まれていき、息絶えていたはずの女が目を開ける。大きなあくびをした後、自身が置かれている状況に気付き声をあげた。
「おお、やっとお仕置きも終わりか! いやー、流石に数日死にっぱなしは中々に堪えたぜ」
「これに懲りたら、もう変なやらかしはしないでくださいね? ……というやりとりを、もう百年はしているんですけど、シャスティさん?」
「やめておけ、アゼル。オーク百まで略奪やめず、ということわざがあるだろう。こやつは変わらぬよ、何千何万年経とうとな」
「うぐっ、今日はやけに辛辣じゃねえか。まあ、その通りだから反論出来ねえけど」
「先に戻っててください、ぼくはお客様の応対をしないといけないので」
女……シャスティを下がらせた後、アゼルは残った二人の女性を連れフィルたちの方にやって来る。ペコリと一礼し、遅ればせながら自己紹介を行う。
「挨拶が遅れてごめんなさい。ぼくはアゼル・カルカロフと言います。この宮殿の主にして、創世六神の一人、闇寧神ムーテューラ様にお仕えする伴神です」
「余はアーシア。アゼルの妻だ。客人よ、よろしく頼む」
「改めて名乗ろうか。私はリリン、アゼルの妻だ」
「え? もしかして、奥さんが複数いるんですか?」
アーシアたちの自己紹介を受け、フィルはいの一番にそこを尋ねる。そこでいいのか、とオボロが内心思う中アゼルが答えた。
頬を赤くして照れつつも、どこか誇らしげに。
「ええ、そうなんです。あと三人いまして、先ほど生き返ってたシャスティさんもぼくの妻です」
「えっ!? ご、五人も奥さんがいるんですか!?」
「何を驚いているのだね。高貴な身分の者が、複数の伴侶を娶るのは何もおかしくないだろう? それよりも、だ。諸君らも自己紹介してくれたまえ」
「あ、それもそうですね。じゃあ、順番に……」
ハーレムに馴染みのないフィルやイレーナが驚く中で、アンネローゼはふーんと感心していた。貴族の出であるがゆえに、そうしたものへの理解はあるのだ。
アーシアに促され、宮殿の中に入りながら自己紹介をするフィルたち。認識阻害の魔法を解き、顔をあらわにして名を告げる。
「ええ、コリンくんからいろいろ聞いていますよ。シュヴァルカイザーの活躍はね」
「あら、あなたたち知り合いだったの。そうなら言ってくれればいいのに」
「知り合いなんてものじゃありませんよ。ぼくとコリンくんは大の親友……うっ、ゴホゴホ!」
「アゼル、無理はするな。まだあの時のダメージが癒えていないんだから」
「すみません、リリンお姉ちゃん。久しぶりのお客様に、ちょっと嬉しくなっちゃって」
廊下を進んでいると、アゼルが咳き込む。夫の背を撫でながら、リリンはそう告げる。二人のやり取りが気になったイレーナが、疑問を投げかけようとしたその時。
「もしかして、アゼルさんって病気な」
「コォォォォォラァァァァァァ!!! まだ身体を拭いていませんわよ! すっぽんぽんのまま廊下を走ってはなりませんわぁぁぁぁぁ!!」
「わーいわーい! にーげろー!」
「それー!」
廊下の向こうから、二人の子どもが走ってきた。……一糸まとわぬ姿で。その後ろから、バスタオルを持った銀髪の女性が追いかけてくる。
それを見たリリンは顔に手を当て、アゼルは苦笑する。アーシアは……悪鬼羅刹のような恐ろしい表情を浮かべていた。
「イゴールとメリッサか……。全く、いつまで経ってもわんぱくで困る。誰に似たのやらな」
「それは余への当てつけか? まあいい。あの子たちにはたっぷりと仕置きをせねばなぁ……」
「こ、こわぁ……!」
アンネローゼたちが震える中、アーシアはのっしのっしと歩き出す。前方に母親がいることに気付いた子どもたちだが、時すでに遅し。
「あっ、ママだ!」
「あわわ、まずいよいーくん! にげ」
「またお前たちは! いつも言っているだろう、風呂から出たら身体を拭いてもらって着替えをしてから遊びなさいと!」
「わーん、ごめんなさーい!」
「ゆるしてー!」
急ブレーキをかけようとした子どもたちを下から掬い上げるように抱え、肩の上に乗せる。廊下に伸びる影の中から闇の手を伸ばし、二人のお尻をぺんぺんしお仕置きを行う。
「いいや、ダメだ。今日という今日はみっちりとお仕置きを受けてもらう。まずはお尻ぺんぺん百回だ、覚悟しておくがいい、イゴール、メリッサ!」
「うわあああん! やだー!」
「ぺんぺんはいやなのー!」
「アンジェリカ、向こうに客人がいる。後を頼むぞ、余は少し忙しくなるのでな」
「か、かしこまりましたわ」
ジタバタ暴れる息子と娘を連れ、アーシアは廊下の奥へと消えていった。入れ替わりで、アンジェリカと呼ばれた女性がやって来る。
フィルたちの前に立ち、洗練された仕草でお辞儀をする。そして、一行に自己紹介を始めた。
「……コホン。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。わたくし、アンジェリカと申しますわ。ここにおられるアゼル様の妻ですの、お見知りおきを」
「そうなの、私はアンネローゼ。名前が似てるわね、なんだか親近感を覚えるわ」
「ええ、わたくしも……!?」
アンネローゼを見たアンジェリカは、その場で固まる。それを見たフィルたちは、不思議そうに首を傾げた。
「あの、アンジェリカさん? 一体どうし」
「全身から醸し出される高貴なオーラ……さりげなく所作の端々に感じられる貴族らしい礼儀正しさ……ビビッときましたわ! 貴女、高貴な御出自の方ではありませんこと!?」
「え、ええ。一応、元貴族令嬢だけど……」
「これは喜ばしきことですわ……! 若干キャラが被っているきらいはありますが、この際そんなことはどうでもいいですわ! アンネローゼさん! 是非わたくしとお友達になりましょう! さあこちらへ!」
「えええ!? ちょ、ちょっと待ってよ! どこに連れて……あああちょっと待ってってば!」
フィルたちが唖然としている間に、アンネローゼは大興奮するアンジェリカにどこかへと連れていかれてしまった。
唖然とするフィルたちを見て、アゼルは申し訳なさそうに謝る。
「ごめんなさい、アンジェリカさん久しぶりに友達になれそうな方が来たので興奮してしまったようで……。後で連れて戻るように連絡しますから」
「あ、いえいえ、そんな気にしなくていいですよ。アンネ様にとっても、同性の友人が出来るのはいいことですし」
「アタイは舎弟っすからね、姐御とは対等になれないからあの人と会えたのはいいことだと思うっすよ!」
「そう言ってくれると助かります。リリンお姉ちゃん、カイルはぼくが抱っこしますよ。代わりに車椅子を押してくれますか?」
「ああ、分かった。ほーらカイル、パパのところに行こうなー」
「ばぶー」
「よしよし、おいでー。……さて、いろいろ脱線しましたが……とりあえず、応接間に行きましょうか」
様々なアクシデントを乗り越え、フィルたちは廊下を進む。そんな彼らの耳に、どこからともなく悲鳴が聞こえてくるのだった。