61話─来訪は突然に
マインドシーカー&アッチェレランドとの戦いから数日後。カンパニーに動きはなく、フィルたちは平和を満喫していた。
「これでよし、と。シュヴァルカイザースーツ、マークスリーの完成です!」
「ようやく完成したのう。と言っても、ダイナモ電池を保護する膜を追加しただけじゃからそこまで手間でもないが」
今日の天気は、どんよりとした曇り。そんな日は、ラボにこもってスーツを改良するのに最適……かどうかは分からないが、フィルたちはラボにいた。
戦いでダイナモ電池が破損してしまったことを受けて、上から透明で頑丈な保護膜を被せる改良を行ったのだ。
ついでに、ダイナモ電池を中心として翼を広げる金色の不死鳥のイラストを追加した。
「わー、かっこよく仕上がったっすね! 早速お披露目してほしいっす、シショー」
「そうですね、じゃあ訓練場に行ってお披露目式でもしましょうか」
和気あいあいとした雰囲気の中、フィルたちは訓練場に向かおうとする。その時、ラボに慌てた様子のアンネローゼが飛び込んできた。
「みんな大変よ! 外、外を見て! 何か変な骨っぽい門? がジャングルに現れたの!」
「何ですって!? まさか、この基地の場所までカンパニーに……分かりました、すぐに行きます。イレーナ、ダイナモドライバーの準備を!」
「はいっす!」
「やれやれ、平和はそう長くは続かぬか」
完成したばかりのシュヴァルカイザースーツを着込み、フィルはアンネローゼたちと一緒に基地の外へ向かう。
基地の北東、いわゆる鬼門のある方角に向かうと、そこには大きな門があった。生い茂るジャングルの木々を押しのけ、骨の意匠が施された門が鎮座している。
「これは一体……。カンパニー製にしては、邪悪さが足りないというか……」
「うえー、でもこれほとんど本物の人骨なんじゃないっすか? これ作った人、相当趣味悪いっ」
「ほう、我が主を侮辱するか? よかろう、その罪は命で贖ってもらおうか」
「!? しゃ、喋ったぁぁぁぁぁ!!」
それぞれのスーツを纏い、門を観察するアンネローゼたち。イレーナがそんなことを呟くと、門の柱に組み込まれたしゃれこうべが動き出す。
門を構成する骨がバラバラになり、十体のスケルトンに再構築される。イレーナが後退る中、カタカタ骨を鳴らし近付いていく。
「ひええええ!!! が、骸骨がこっち来るっすぅぅぅぅぅ!!」
「礼儀をわきまえぬ者よ、覚悟はよいか?」
「ストップ、そこまでだ! 事を荒立てるな、ブラック。全員下がらせろ」
スケルトンたちのリーダー格と思われる、真っ黒な骨の魔物が剣と盾を呼び出しながら威圧する。その時、門がゆっくりと開いた。
そこから赤ん坊を抱いた一人の女性が現れ、スケルトンたちに声をかける。その声に従い、ブラックと呼ばれたスケルトンは退く。
「……命拾いしたな、無礼者よ。だが、次はない。そのことを忘れるな」
「な、なんか知らないけど助かったっす……?」
「リリン様に感謝するのだな。あの方が止めなければ、我々はお前を八つ裂きにしていたぞ」
イレーナを一瞥した後、ブラックは仲間たちを率いて門の中に引き上げていった。赤ん坊を抱いた女性……リリンはフィルたちの方に歩いていく。
「ふぅん、君がオボロの言っていたシュヴァルカイザーか。私はリリン、この門の先に広がる凍骨の魔宮を統べる者の妻だ。よろしく」
「あ、はい。こちらこそ。オボロとは知り合いなんですか?」
「左様。例の双子の件にて、顔見知りと相成り申した次第でござる」
フィルが質問をすると、いつの間にかやって来ていたオボロが代わりに答える。すやすや眠る赤ん坊の頭を撫でつつ、リリンは頷いた。
「ああ、そんなところだ。わざわざこちらから出向いて来たんだ、招待してあげよう。偉大なる生命の力を束ねる王が住む、骨の宮へ」
そう言うと、リリンは門を指差す。フィルたちが顔を見合わせる中、目を覚ました赤ん坊が大きなあくびをしていた。
◇─────────────────────◇
「なあ、知ってるか? 『赤コートの男』のウワサ」
「なんだそれ。新手の都市伝説か何かか?」
一方、遠く離れた町にある冒険者ギルド……に併設された酒場では、ある噂話が冒険者たちの間に広まっていた。
カウンター席に座り、酒を煽っていた冒険者の男が相棒に話を振る。相棒は噂を知らないようで、きょとんとしていた。
「知らないのか? 夜な夜な真っ赤なコートを着た男が、町をさすらってるんだとよ。カタキはどこだ、カタキはどこだって呟きながら」
「うっは、こわっ! ホントにそんなのがいるんだとしたら、夜道じゃぜってぇ会いたくねえな」
「ああ、特に危害を加えてくるとかはないんだと。まあ、ガラの悪い奴相手だとそうじゃないみたいだが、詳しくは知らん」
「なんだよ、随分ふわふわした話……おい。その『赤コートの男』ってさあ……あいつじゃねえの?」
噂について話をしつつ、酒を飲んでつまみを食べ二人。その時、噂を知らなかった方の冒険者がふと横を見て顔を青くする。
窓から見える大通りを、血のような真っ赤なコートを着た男が歩いているのが見えたのだ。相方も窓の方を見るが、すでに赤コートの姿はなかった。
「なんだぁ? そんな奴いねえぞ。ははあ、飲み過ぎて幻覚でも見たな? しゃあねえ、今日はここいらでお開きにするかぁ」
「幻覚……だったらいいな。うん」
二人がそんな話をしている一方、町の路地裏。そこに、例の赤コートがいた。地面に仰向けで倒れているガラの悪い男の胸を踏みつけ、冷めた視線を向けている。
「ぐ、うう……」
「シラを切ってもムダだ。お前がヴァルツァイト・テック・カンパニーに協力しているスパイだということは分かっているからな」
「た、頼む。見逃してくれよ。小遣いが欲しくてやったんだ、貰った駄賃は全部やるから!」
「金などいらん。代わりに、俺の質問に答えろ。そうしたら解放してやる」
「わ、分かった! 何が聞きたい? 俺に分かることなら何でも答えるぞ!」
胸を踏む足に力を込めながら、赤コートはガラの悪い男に問う。顔の右半分に、縦に走る三本の裂傷がある人物を知らないかと。
「そいつはカンパニーの特務エージェントだ。お前も奴らの仲間だったのなら、知っているだろう」
「し、知らねえ! 俺はほとんど部外者みてぇなもんだ、お偉いエージェントの情報なんて教えてもらえねえよ!」
「……嘘は言っていないようだな。いいだろう、行け。ただし」
望む答えが返ってこなかったことに失望しつつも、赤コートは足をどける。男が立ち上がった直後、コートの下から鎖が伸びた。
「た、ただし?」
「お前の働いた悪事への戒めとして……その両腕を使えなくさせる。カンパニーに与したこと、死ぬまで後悔しろ!」
「ひいいい!? う、腕が! 腕の感覚がなくなっちまったぁ!?」
赤コートの眼が怪しく輝いた直後、男を異変が襲った。両腕の付け根から指先まで、完全に感覚を失ってしまったのだ。
腕そのものは存在するのに、まるで消えてしまったかのようにピクリとも動かせない。男はパニックになりながら、その場を走り去る。
「うわあああああ!! だ、誰か助けてくれぇぇぇぇぇ!! 腕、腕を治してくれぇぇぇ!!」
「……その腕は一生治らん。己の犯した罪の重さ、じっくりと味わえ」
男が去った方向を一瞥し、赤コートはそう呟く。そして、背を向けて歩き出す。懐からロケットペンダントを取り出し、中に納められた写真を見ながら。
「……やはり、一人では限界があるか。一度会ってみるか……例のヒーローと。共闘は無理だろうが、情報の共有くらいは出来るかもしれないな」
一つの戦いを乗り越えたアンネローゼたちに、新たな二つの出会いが訪れる。それが何を意味するのか……それは、まだ誰にも分からない。




