59話─決着の時……?
「くっ、さっさと死ぬがいいゴミどもめ!」
「随分口が悪くなりましたね。心を読むのが無意味になって、焦ってるんですか!」
イレーナとオボロの戦いに決着がついた頃、フィル&アンネローゼとマインドシーカーの戦いが佳境に入ろうとしていた。
お互いへの愛を心の中で垂れ流す作戦が効果を存分に発揮し、マインドシーカーは二人の心理を読み取ることが出来ない。
チャクラムを投げて二人を牽制するも、本来の力量差からじわじわと劣勢に追い込まれてきていた。
「チィッ、腹立たしい! こやつら、いつまでも惚気おって……!」
(ホロウバルキリー好き好き好き好き!)
(ああもう……一生懸命戦ってるフィルくん超可愛いホントにもう【掲載禁止ワード】したい)
「本当に腹立たしい……!」
何度心を読んでみても、お互い考えていることに一切変化がない。それどころか、ある意味アンネローゼの思考が悪化していた。
(だが、まあいいさ。すでにこの戦闘でのログは基地にあるマシンに転送している。転送完了まで、あと二十七パーセント。必要な時間は十分程度か……)
勝利の望みが薄くなったと判断したマインドシーカーは、作戦を切り替えた。戦闘ログの転送が完了するまで時間を稼ぎ、隙を見て逃げる。
そこからの動きは速かった。勝つための動きから、時間を稼ぐための動きへとスイッチしたのだ。
「! ホロウバルキリー、相手の動きが変わりました! 気を付けてください、何かを企んでます!」
「なら、その企みごとアイツを粉砕するだけよ! 食らいなさい、フラムシパル・ガーデン!」
マインドシーカーの変化にいち早く気付いたフィルは、アンネローゼにそう伝える。アンネローゼは盾を構え、炎を噴射した。
燃え盛る炎が大蛇のようにうねり、マインドシーカーへと襲いかかる。それを見たマインドシーカーは、チャクラムを横向きにして構えた。
「くだらんな。自分の炎に焼かれるがいい! オールライトゲート!」
「いっ!? チャクラムがデカくなった!?」
「跳ね返してくれるわ!」
チャクラムが巨大化し、中央の空洞に炎が入り込んでいく。すると、ワープポータルとしての効果が発動し、アンネローゼの背後にもう一つのチャクラムが現れる。
「ホロウバルキリー、危ない!」
「きゃっ!」
「隙アリ! チャクラムスラッシュ!」
アンネローゼを守るべく、彼女に飛び付き地面に押し倒すフィル。彼らのすぐ上を炎が過ぎ去り、消えていった。
安心したのも束の間、そこにマインドシーカーの投げたチャクラムが迫るちょうど立ち上がったばかりのフィルに直撃し、胸に納められたダイナモ電池を傷付ける。
「しまった、ダイナモ電池が……! まずい、スーツの出力が落ちて……」
「シュヴァルカイザー! ごめんなさい、私を庇って……」
「ハッハハハハハ!! どうやら、これでまた形成逆転したようだな! ちょうどいい、この目で拝ませてもらおうか。シュヴァルカイザーの素顔を」
ダイナモ電池が破損したことで、変身を維持するために必要な魔力の供給が途絶え始めた。シュヴァルカイザースーツが少しずつ消えていき、フィルの姿が見えはじめる。
「まずいですね……あいつに、素顔まで見られるわけには……」
「なら、私が奴を仕留めるわ。こうなったのは私の責任……不始末は自分でカタを着ける!」
「来るか、いいぞ? 私は逃げに徹させてもらおう。時はこちらの味方だ、貴様らに勝ちの目など」
「ペラペラペラペラ、うっさいのよ! とっとと死になさい! ホロウ・ストラッシュ!」
フィルを追い詰めたことで、調子に乗るマインドシーカー。そんな相手への怒りを爆発させ、アンネローゼは翼を羽ばたかせる。
心に思い浮かべることはただ一つ。『一撃で敵の息の根を止める』ただそれだけだ。マインドシーカーが動く間も無く、槍が煌めく。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!」
「ガハッ! バカな、速すぎる……。これが、奴の力なのか……」
「そのままくたばりなさい、マインドシーカー! 天翔奈落落とし!」
「ぐあああっ!!」
マインドシーカーを槍に突き刺したまま、アンネローゼは天高く上昇する。そして、空中で身体を反転させ、今度は急降下していく。
地面に勢いよくマインドシーカーを叩き付け、同時に身体の奥深くまで槍を突き刺す。二重の衝撃により、マインドシーカーは沈黙した。
「ふう。ま、こんなもんかしらね。これでコイツも終わりよ」
「流石ですね、ホロウバルキリー。最初の頃から見違えるくらい、強くなりましたね」
「ふふん、当然よ。……って、それよりそっちは大丈夫?」
「ええ、何とか。僕自身の魔力を使って、スーツ解除を食い止めてますので。まあ、修理しないと戦えませんが」
あわやというところで無事、敵を倒しホッと一息つくフィルとアンネローゼ。そんな中、イレーナとオボロがやって来た。
「おおーい、シショー! あねごー!」
「二人とも、ご無事か!」
「イレーナ、無事だったんですね! オボロが間に合ったようですね」
「参戦が遅れてかたじけない。されど、その分キッチリと相手にトドメを」
お互いの無事を確認し、後は帰って祝杯を挙げるだけ。全員がそう思っていた、その時。どこからともなく、忌まわしい蒼のソナタが鳴り響く。
周囲の風景が変化し、草原がマグマ煮えたぎる火山地帯へと変貌を遂げる。アッチェレランドは仕留めたはずだと、イレーナとオボロは驚愕する。
「バカな、奴は確かに首を斬り落としたはず!」
「そうっすよ、あんな綺麗に首チョンパされて生きていられるわけ」
「ククク、そうとも。確かに首を落とされた。ワガハイの本体を守るガワの、だがな」
「どこ!? どこにいるの、出てきなさい!」
音楽が鳴り続ける中、アッチェレランドの声も聞こえてくる。フィルたちは固まり、周囲を見渡し警戒を強める。
「ここだよ、ここ。お前のちょうど目の前だ」
「へ? 目の前……って、ぎゃぁぁぁぁ!! む、虫ぃぃぃぃぃ!!!」
「ま、まさか……このむしっころがあいつなんすかぁぁぁ!?」
「クククク……」
アンネローゼの数メートル前方。そこには、宙を漂う小さな虫がいた。ハチとコオロギを混ぜ合わせたかのような、奇怪な見た目をしたキメラ虫だ。
細長い四枚の羽根がすり合わされる度、音楽が鳴り響く。フィルたちが驚く中、アッチェレランドは得意気に語り始める。
「驚いたかね? これこそがワガハイの真の姿。あのボディは、同族に紛れて暮らすためのガワなのだよ」
「……そうか、貴殿はもうかつての身体を失ったのか」
「その通りだ、裏切り者よ。暗域において、死刑囚とは獄中に座して処刑を待つ者を指すのではない。すでに死に処され、永遠という罰を与えられた存在を指すのだ」
「オボロ、一体どういうことなんです?」
フィルに問われ、オボロは答える。アッチェレランドは遥か昔、無差別殺人を行った咎で投獄され、処刑されたのだと。
「暗域においては、処刑を持って裁きを終えることはない。死したのち、永遠に魂を牢獄に繋ぎ責め苦を味わわせる。死刑囚とは、そうした死に囚われた者たちを呼ぶ言葉なのだ」
「そうとも。たかが七百人を殺し、血で楽譜を書き上げた程度で死刑囚にされたのだからたまったものではない。だからこそ、社長には感謝しているのだよ。こうして恩赦を与えられ、自由を取り戻したのだから」
「ヘドが出るくらい最低の野郎ね。生かして帰さないわよ、絶対に!」
「やれるものならやってみろ。幻想の世界で起きた出来事は、幻で終わらない。この世界での死は、すなわち現実での死でもある。いつまで生き残れるか、試してやろう!」
アッチェレランドが叫んだ瞬間、曲調が変わった。どこか不気味なゆったりしたテンポから、激しくダイナミックでハイスピードな曲になる。
直後、火山が噴火し地面が揺れる。そこかしこに亀裂が走り、灼熱のマグマが噴き上げてきた。直撃すれば、ただでは済まないだろう。
「こいつ、僕たちをここで一網打尽にするつもりです! マグマにやられる前に、あいつを倒さないと!」
「やってみるがいい。ワガハイに戦う気などさらさらないがな。虫を甘く見ない方がいいぞ、シュヴァルカイザー。『逃げ』に徹する羽虫ほど恐ろしいものはないということを……思い知らせてやる!」
マグマの海が広がりつつある火山のふもとで、最後の戦いが幕を開けようとしていた。