58話─イレーナ、闘志を燃やせ!
フィルたちが反撃を開始した頃、イレーナは苦戦を強いられていた。幻影の街を彷徨いながら、襲い来る触手を避ける。
「ギュアア!!」
「うわっ! もう、またっすか! いい加減しつこいっすよ!」
イカ型バトルドロイドの姿は見えず、触手だけが見えている。幻想音楽の力で、本体が隠されてしまっているようだ。
その触手も、建物の内部を通り窓から姿を見せているため、根元の部分がどこにあるのかまるで分からない状態にあった。
「まずいっすね、早く音源を見つけ出して壊さないと……」
「それは出来ない相談だ。何故なら、ワガハイそのものが音源なのだからな! タクトレイピア!」
音楽を発している源を探し、通りを駆けていくイレーナ。そんな彼女の目の前に、突如アッチェレランドが出現する。
指揮棒を模した短剣を突き出し、イレーナの額に刺突攻撃を放つ。寸前で攻撃をかわし、イレーナは反撃に出た。
「うわっと! なら、お前を倒すだけっす! でたらめバースト!」
「フン、広範囲への攻撃か。ククク。無意味だ、ワガハイは幻。幻に攻撃は通用せぬ」
「むうぅ~、ずるいっすよそっちばっかり! ちゃんと勝負しろ~、この卑怯者~!」
イレーナの放った散弾は、全て透過され避けられてしまう。こちらからの攻撃が一切当てられないことに怒り、地団駄を踏むイレーナ。
一方、アッチェレランドは少し離れた場所にある家屋の屋根の上に瞬間移動しつつ、嫌らしい笑みを浮かべ見下ろしてくる。
「卑怯? 何を言う。戦場において正々堂々も卑怯も存在しない。あるのは、純然たる二つの事実……勝利と敗北しかないのだよ」
「分かった風な口を利くなー! さっさと降りてこーい!」
「フン、よかろう。青二才よ、お前の心臓を貫き……溢れ出る血で楽譜を書くとしようか!」
再び瞬間移動し、アッチェレランドはイレーナの目と鼻の先に現れる。不意を突く一撃を以て、アーマーごと心臓を貫くつもりだ。
「死ねぃ! タクトレイピア!」
「来たっすね、今度は迎撃させてもらうっす! 食らえ! リアクティブ・パンツァー!」
「な……ぐおっ!?」
短剣がアーマーに触れた、その瞬間。イレーナはデスペラード・ハウルに仕込んだ防御機巧を発動する。
内部からの爆発により、表面の装甲が吹き飛びアッチェレランドへ手痛いカウンターを叩き込む。不意を突かれ、エージェントは吹き飛ぶ。
「チッ、抜かったわ。幻影による防御策を講じていなければ、今のでかなりまずいことになっていたやもしれん」
「手応えはあったっすけど……何か変な感じっすね。この違和感は一体……?」
先ほどとは違い、攻撃が当たったことに違和感を抱くイレーナ。その時、ふと気付く。妖しくうごめいていた十本の触手が、二本減っていることに。
「あれ、もしかして……。そういえば、基地で戦った時も……」
「何をブツブツ呟いている? よそ見をするとは随分と余裕だな!」
「ハッ! あぶなっ、リアクティブ・パンツァー!」
以前起きた、カンパニーの基地での戦いを思い出し違和感の正体を探ろうとする。そこへ、再びアッチェレランドが襲ってきた。
再び爆発反応装甲で迎撃し、窮地を凌ぐイレーナ。が、今度は相手が素早く後退してしまい、カウンターを当てることが出来ない。
「その装甲、見切ったぞ。内側からの爆発で装甲を飛ばしているのなら……こうするまでだ! 戯曲、茨冠のアンダンテ!」
「!? い、イバラが! うひゃあっ!」
「ククク、鋭いトゲが生えたイバラに締め付けられるのは辛かろう。だが、その苦もすぐに終わる。その命の終焉を以てしてな」
アッチェレランドが指揮棒を振ると、地面から毒々しい色合いの五本のイバラが生えてくる。イレーナの周囲を囲み、彼女に巻き付く。
デスペラードアーマーの上からギチギチに身体を締め付け、リアクティブ・パンツァーによる反撃を封殺しにかかってきた。
「むおお、み、身動きが……!」
「これでもう、厄介な反撃は出来まい。今度こそトドメを刺させてもらおう!」
「むぐうう、アタイを舐めるなっす! シショーとの模擬戦で見つけ出した欠点、バッチリ改善したんすからね!」
ブースターを吹かしてスライド移動し、アッチェレランドの攻撃を交わすイレーナ。かつて行ったフィルとの模擬試合で見つけた、装甲の弱点。
それはもうすでに、ギアーズの協力によって改良を施してあった。イレーナは両肩と腰の四カ所のパーツをスライドさせ、小さな穴を作る。
そして、その穴から大量のオイルを流出させて全身をコーティングする。直後、ダイナモ電池をフル稼働させ、魔力のスパークを起こし──オイルに着火した。
「ファイヤァァァァァ!!!」
「なっ!? 気でも違ったか? 自ら火だるまになるとはな!」
「ふっふーん、自爆したと思ったっすか? 残念、この炎は魔力を燃料にする特別製……アタイとアーマーには害をもたらさないんすよ。これが切り札、ヘルフレア・ディフェンスっす!」
身体に纏わり付くイバラを燃やし尽くし、灰へと変えながらイレーナは得意気に語る。以前、フィルにアーマーを凍結させられ爆発反応装甲を封じられた。
その対策として導き出した答え、それがこのヘルフレア・ディフェンスだった。全身を炎で包むことで凍結やロープ、鎖等による拘束を封殺する、第二の守りの技だ。
「フン、たかが拘束から逃れたくらいでいい気になるなよ。こちらにはまだ、触手も残って」
「九頭流剣技、参ノ型! 地ずり昇竜斬!」
「ギィィィアァァァ!!」
「!? なにぃ!?」
「デスペラード・ハウル、おくれてすまない。オボロ、推参致した!」
イカ型バトルドロイドを使い、強襲しようとするアッチェレランド。が、そこに刃が一閃した。目的を果たし、オボロが駆け付けたのだ。
妖刀を用いた鋭い斬撃により、イカ型バトルドロイドを一刀両断するオボロ。これで、形勢は逆転。フィルたち同様、優位に立った。
「オボロ! 随分と遅かったっすね、みんな待ってたんすよ!」
「すまなかった、いろいろと訳ありでな。だが、こうして参上したからには……この刃、存分に振るわせてもらおう」
「来たか、カンパニーの恥さらしめ。全く……八十年近く前に捨てられたレトロタイプが、ここまで盤上を掻き乱してくれるとはな」
「アッチェレランドといったか。コアにデータがなかった故、貴様のこともついでに調べてきたぞ。血塗られた音楽殺人鬼を迎え入れるとは、カンパニーも落ちたものだな」
オボロからかけられた言葉に、アッチェレランドの眉が一瞬動く。一方、衝撃の事実を知らされたイレーナは目を丸くして驚く。
「えっ!? オボロ、それってどういう……」
「この者は、カンパニーに入社する前……幻想音楽を用い、多くの同族や大地の民を殺してきた殺人鬼なのだよ。暗域最大の監獄、八獄魔界に収監されていたが」
「恩赦を受けたのだよ。ワガハイの殺しと音楽の才能に感銘を受けた社長によってな。上位の実力者は、何をしても許される。死刑囚に恩赦を与えることさえもなぁ。クククク」
そう言いながら、悪びれることなくアッチェレランドは懐から小さなビンを取り出す。そのビンは、赤黒い液体で満たされていた。
イレーナですら、一目見て理解した。ビンを満たしているのは、血なのだと。
「今回の作戦を行う前、別の街でインクの採集をしてきてな。質のいいインクが採れるぞ、大地の民からは」
「もういい、喋るな。貴様のような外道、辞世の句を詠む間も与えず……葬る! 九頭流剣技、肆ノ型……瞬閃・青天霹靂!」
己の悪行を誇るアッチェレランドに、オボロは怒りをあらわにする。その直後、目にも止まらぬ速度の抜刀居合い斬りにより、相手の首をはねた。
「な、んだと……」
「は、速い……! 速すぎるっす!」
「地獄に落ちて悔い改めよ。その悪行、冥府を統べし女神に裁いてもらうがいい!」
怒りを込めた一撃により、呆気なく戦いが決着した。幻影の街が消え、元の森へと風景が戻る。
「はっ! こうしちゃいられないっす、この先でシショーたちが戦ってるっすよ! オボロ、加勢に行くっす!」
「任されよ。では、参ろうぞ!」
「うん!」
戦いを終え、二人はフィルたちの元へ向かい空を駆ける。彼女らが去った後、アッチェレランドの耳から何かが這い出てきた。
「……やれやれ、少し油断し過ぎたな。だが、それもまた一興。さて、のんびり後を追うとするか。全てが終わった時こそ、人はもっとも油断するからな……」
そう呟き、ゆっくりと動き出すのだった。