57話─読んで読まれて心の戦い
動揺が収まりきらない中、マインドシーカーが先制攻撃を仕掛ける。タコ型のバトルドロイドを操り、触手によるラッシュを放つ。
「動かないのか? なら、遠慮なく叩き潰させてもらおうか!」
「……ハッ! ホロウバルキリー、来ます!」
「なら、私が触手をぶった斬るわ! その間に、シュヴァルカイザーはエージェントを!」
すぐに我に返ったフィルとアンネローゼは、分担して相手の迎撃に取りかかる。アンネローゼが翼を広げて飛び立つ中、フィルは走り出す。
振り下ろされる八本の触手の隙間を縫うように走っていき、マインドシーカーの元へ向かう。黒き剣を呼び出し、一太刀浴びせようとするが……。
「これでも食らえ!」
「おっと、当たらないな。そんなもの、目をつぶっていても避けられる」
「随分と身のこなしが軽いですね。なら、これならどうです! マナリボルブ:バースト!」
剣による一撃を避けられたフィルは、左手を伸ばして五本の指から魔力の弾丸を放つ。それぞれ別の方向に飛ばし、相手の逃げ道を塞いでから剣で斬りつけようとする。しかし……。
「そこだ! これでも」
「甘い、貴様の考えなど手に取るように分かるわ!」
「ぐはっ!」
フィルの思考を読んだマインドシーカーは、素早く迎撃態勢を取る。あえて誘導に乗った上で剣を避け、カウンターの一撃を叩き込んだ。
「まさか、反撃されるとは……」
「ククク、そう簡単に私に傷を付けられると思わない方がいいぞ? フィル・アルバラーズくん?」
「……誰のことですかね。僕とは無関係ですよ、その人は」
(こいつ、やっぱり僕の本名を知っている……! まずい、生かして帰すわけにはいかない!)
挑発してくるマインドシーカーに、触手をかわしつつそう答えるフィル。が、内心では正体を知られていることへの焦りが満ちていた。
その心の声が、マインドーシーカーにさらなる愉悦を与える。相方の推測は間違っていなかったと、上々の成果に喜びを隠せない。
(ククク、無知というのはかくもありがたいものだとはなぁ。このまま揺さぶって、さらに情報を引き出してやる。覚悟しておけ、シュヴァルカイザー)
心理的な圧力を強め、さらなる秘密を引き出そうと目論む。一方、上空ではアンネローゼがタコへの猛攻を加えていた。
槍による刺突や、盾をブーメランのように投げる連続攻撃で次々と触手を切り落とし、破壊していく。
「グギィィィィィ!!!」
「ふん、随分あっさりもげるじゃないの、この触手。残念ねえ、アンタが本物のタコだったらたこ焼きいっぱい作れるのにね!」
「ギュギュゥゥゥ!!!」
触手を三本も切り落とされ、怒り狂ったタコは狙いを定め真っ黒い砲弾を放つ。それを見たアンネローゼは、左手に持った盾を掲げる。
「遠距離攻撃……なら! こいつを食らいなさい! 赤い薔薇よ、内に秘める熱情を解放せよ! フラムシパル・ガーデン!」
「む? あれは……ぬうっ!?」
フィルの相手をしつつ、地上から様子を見ていたマインドシーカー。次の瞬間、アンネローゼの持つ盾から炎が噴き出すのが見えた。
「ギャギャァァァ!!!」
「何だと!? あんな芸当が出来るとは……」
「隙アリ! Vスラッシュ!」
「チッ、ぐうっ!」
炎が踊るようにうごめき、砲弾ごとタコを焼き尽くしていく。それを見て驚いているところに、フィルが斬りかかった。
アンネローゼの方に気を取られていたマインドシーカーは避けきれず、胸元に傷を負う。追撃を避け、振り下ろされた剣を掴む。
「よくもやってくれたな、フィル・アルバラーズ。だが……お前が焦っているのが分かるぞ。正体を知られて動揺しているようだな、え?」
「……ええ、そうですね。正直、驚いていますよ。ここまで僕の正体に迫ったのは、あなたが初めてです」
「ほう? 素直に認めるのか。クク、まあ今更シラを切ったところで……無意味だものなぁ!」
そう口にしながら、マインドシーカーは刀身を中ほどから真っ二つにへし折る。フィルはダイナモ電池から魔力を供給し、剣を再生させつつ後退する。
「さあ、もっと動揺しろ。思い浮かべろ、これからどうするかをな! 貴様のその思考、全て読み取ってやるぞ!」
「へぇ、なるほど。あなた、心が読めるんですね。それはいいことを知りました」
「!? しまった、つい口を滑らせたか!」
優位に立った慢心から、マインドシーカーは自身の能力を暴露してしまう。あえて自分の負けを認め、相手の慢心からのミスを誘うフィルの策にかかったのだ。
「だが、知られたところで問題などない。心を無にでもするか? そうしたところで、普通に応戦させてもらうだけだぞ」
「ええ、そうなるでしょうね。でも、忘れていませんか? こちらは二人だってことをね!」
フィルがそう口にした瞬間、タコが崩れ落ち機能停止する。アンネローゼの操る炎によって、こんがり焼かれてしまったようだ。
無事タコを始末したアンネローゼが降り立つと、フィルが手招きする。ヒソヒソ話をしつつ、二人はチラチラマインドシーカーの方を見る。
(フン、わざわざ心を読むまでもない。どんな策を用いようとも、私を倒すことなど不可能なのだから)
読心能力を頼りに、自信満々に笑うマインドシーカー。一方、フィルたちはさらに距離を取った後、一斉に走り出す。
「さあ、来い! まずはお前だ、シュヴァルカイザー! 貴様の心を読んでや」
(ホロウバルキリー好き好き好き好きとっても大好きいつまでも大好き一生守ります絶対側から離れません!)
「!? な、なんだこいつは? こんな時に何を考えているんだ!?」
フィルの思考を読むマインドシーカー。が、読み取れたのはアンネローゼへの熱烈な愛の濁流だった。そんな思考を垂れ流しながら、フィルは攻撃を行う。
「食らえっ!」
「くっ、このっ! ならば、もう一人の心を読むまでだ!」
よせばいいものを、マインドシーカーはアンネローゼの心を読もうと試みる。果たして、その結果は……。
(はぁーフィルくん好き好き好き好き好き凄まじく可愛いこの世で一番尊くてラブリーめちゃくちゃちゅっちゅラブラブしたいし出来るなら【ピー】とか【ピー】もしたいしクリケットのトーナメントを四回戦分出来るくらい子ども産みたいもう好きすぎて【ピー】になりそう)
「ぐうあああああ!!! やめろぉ! 強烈な邪念を叩き付けてくるんじゃあないッ!!!」
愛の地獄絵図が展開されていた。いっそ清々しいほどに愛と欲望にまみれたアンネローゼの心を叩き付けられ、マインドシーカーは悶絶する。
「やったわ、効いてるわよシュヴァルカイザー! 作戦大成功ね!」
「ええ、これで相手の読心能力は封じたも同然です! こ……この思考を続けながら、どんどん攻撃していきましょう! ……うう、恥ずかしい」
相手の能力を目の当たりにし、フィルは閃いた。それは、『相手が多大なメンタルダメージを食らうようなことを常に考えながら攻撃すればいいのでは』というものだった。
アンネローゼと相談した結果、お互いへの愛情を思い描き続けることでマインドシーカーの読心能力をかき乱す作戦に出たのだ。
「ぐっ、バカな……こんな気が触れてるとしか言いようのない攻撃で、この私が深刻な精神的ダメージを受けているだと!?」
「二人の愛は強いのよ! アンタがいかに心を読めようとムダよ。愛の濁流で押し流してやるわ!」
「黙れこの淫売め! 貴様の欲望の何が愛だ、笑わせるでないわ!」
「はー? 私の心には常にシュヴァルカイザーへの愛が満ち溢れてるんですけどー? アンタぐちゃぐちゃのミンチにしてやっから覚悟しろやオラァ!」
「ホロウバルキリー、落ち着いて! ……でも、何を考えてたのかは後でも聞かせてもらいますからね?」
おぞましい深淵を覗き見たことによるメンタルダメージと、余計な発言による相手の怒り誘発が合わさり形勢が逆転した。
フィルとアンネローゼの逆襲が、始まる。