56話─張られていた罠
翌日の早朝。朝日が昇り始める頃……シュヴァルカイザーの基地に、けたたましい警報が鳴り響いた。新たな敵の襲来を知らせる音に、みな飛び起きる。
「ふぁっ……! こんな朝っぱらから、よく来るもんですね。安眠妨害甚だしいですよ、まったく」
「ふごっ! あいたたた、思わずベッドから落っこちちゃったわ。お尻ぶつけた~……もう、カンパニーの【ピー】ども許さないわよ!」
真っ先に起きたのは、フィルとアンネローゼの二人だ。手早く着替えを済ませてそれぞれの部屋を飛び出し、ダイナモドライバーを持ってリビングに集まる。
「アンネ様、準備万端ですね」
「ええ、そっちこそ。フィルくん、敵の場所は?」
「ここです。ヴェリトン王国とラストゥール帝国の国境にある、両国の緩衝地帯です。ここは両国が互いに領有権を主張し合っている場所……騎士団は応戦出来ません」
「ふーん、手出し出来ない場所をかすめ取ろうって魂胆ね。卑怯過ぎて嫌になるわ」
合流した二人はメインルームに移動し、装置を使って敵の出現位置を探る。そんな中、ギアーズとイレーナもやってきた。
二人も交え、新たに現れた敵の確認を行うフィル。現場につよいこころ十一号を急遽派遣し、正体の確認を行うと……。
「! や、奴は! フィル、奴じゃ。あの顔に布を被っとる奴が、わしを攫った奴じゃ!」
「なるほど、この佇まい……ただ者ではありませんね。恐らく、ブレイズソウルやキックホッパーの後任たるエージェントなのでしょう」
「ふぅん、また送り込んできてるのね。ってことは、前に乗り込んだ基地で音楽を操ってたのも……もしかしたら新しいエージェントだったのかも」
テレポートを駆使し、現地へとつよいこころを派遣したフィル。送られてくる映像を見ていたその時、ギアーズが叫ぶ。
映し出されていたのは、巨大なタコ型のキカイ兵を使役して町を目指す人物。ギアーズを拉致した張本人たる、マインドシーカーだ。
「ここで会ったがなんとやら、っすねシショー。たっぷりとお礼してやろうじゃないっすか!」
「ええ、そうですね。オボロはまだ戻ってきていませんが……時間が惜しい、行きますよ二人とも!」
「任せて!」
「合点っす!」
「みな、気を付けるのじゃぞ!」
ギアーズに見送られ、フィルたちはマインドシーカーを討つため基地を発つ。すでに敵の罠が張り巡らされているなど、夢にも思わずに。
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「見えてきました、あの町に敵が向かっています。スピードを上げますよ、二人とも!」
「ええ! この距離なら、わざわざテレポートする必要もないわね。真っ直ぐひとっ飛びよ」
十数分後、三人は緩衝地帯に建てられた町メオミンへと向かって空を進んでいた。幸い、敵の進軍速度はかなり遅いため、どうにか間に合いそうだった。
「シショーたちにも見せてあげるっすよ、実戦を得てパワーアップしたアタイの」
「残念だが、そうはいかない。お前の相手はワガハイがしてやる。さあ、地上に降りてこい!」
あと少しで町に着く、その時。突如遙か下方から声が響き、キカイで作られたイカの触手が伸びてくる。触手はイレーナを絡め取り、そのまま地上へ引きずり降ろしていく。
「しまった、待ち伏せか! デスペラード・ハウル、今助け」
「悪いが、お前たちの相手をするつもりはない。さあ行け、もう一人のエージェントの元へな!」
「ちょ、何よこれ!? 身体が勝手に!」
すぐさまイレーナを助けに行こうとするフィルとアンネローゼ。が、再び声が響き、同時に不気味な音楽が奏でられる。
すると、二人の身体が勝手に動き先へと進んでしまう。戻ろうとするも、どうしても身体が言うことを聞かない。
「シショー! あねごー! アタイなら大丈夫っす、隙を見て逃げるっすから! だから、二人は気にせず先に行ってくださいっすー!」
「ごめん、ちゃちゃっと終わらせてすぐ迎えに来るからね!」
「それまで頑張ってください、デスペラード・ハウル!」
地上に引き込まれながらも、イレーナは大声でフィルたちに向かって叫ぶ。必ず助けに戻ると答え、フィルたちは強制的に先に進まされた。
二人の姿が見えなくなった途端、触手の動きが活発になる。勢いを付け、イレーナを地面に向かってブン投げてきた。
「うわっとと! 危ないっすね、何するっすか!」
「ふふふ。ようこそ、たった一人のための音楽会へ。歓迎しよう、ヴァルツァイト・テック・カンパニーの特務エージェントが一人……アッチェレランドがな」
上手いこと空中で態勢を整え、着地するイレーナ。巨大なイカのバトルドロイドと対峙する中、イカの裏から一人の男が現れる。
「ふーん、あんたが……。よくもアタイだけ引きずり落としてくれたっすね、そんなに弱い者いじめしたいっすか?」
「ククク、勘違いしてもらっては困る。ワガハイの仕事は、お前をここに釘付けにしておくこと。シュヴァルカイザーの正体を暴く邪魔をされては困るのでな」
「!?」
相手の言葉に、イレーナは驚く。それと同時に、忌まわしい音楽が聞こえてきた。周囲の風景が歪み、深い森が石造りの街へと変わっていく。
「こ、これは!」
「さあ、演奏会を始めよう! 麗しき幻想音楽で、身も心もとろけさせてやろうではないか。そして……永久に閉じ込めてやる。この幻想の街にな!」
「グキュアアァァァ!!!」
「むうう、こうなったらやるしかないっす! 今回は一人ぼっち……でも! へこたれていられないっすー!」
強大な力を持つ、特務エージェントと巨大なキカイ兵。今のイレーナが一人で挑むには、あまりにも高すぎる壁だ。
だが、彼女は諦めない。シュヴァルカイザーやホロウバルキリーに並び立つためにも。この窮地を切り抜けなければならないのだ。
「武装展開、リボルバー:ザ・キッド! こんなまやかしの音楽なんかで、アタイの心を揺らがせることなんて出来ないってこと……教えてやるっす!」
「やってみるがよい! お前も我が芸術の一部にしてやろう!」
イレーナとアッチェレランド。二人の戦いが、始まる。
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その頃、無理矢理前進させられたフィルとアンネローゼはメオミンの町から数キロメートル離れた草原にいた。
アッチェレランドが奏でる音楽の力で、後戻りすることが出来ない。二人に出来るのは、ここでもう一人の敵と戦うことだけだ。
「結局、ここまで来させられちゃったわね。あの子、大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ、彼女なら。ここに来させられる途中、博士に連絡しましたし。オボロが戻ってきたら、すぐ加勢しに……むっ、来ますよ!」
そんな話をしていると、二人の元に敵が現れる。巨大なタコのバトルドロイドに乗ったマインドシーカーが、ついに対面した。
「クッククク、ようこそ。カンパニーの宿敵、シュヴァルカイザー。いや、こう呼んだ方がいいかな? フィル・アルバラーズくん?」
「!?」
「えっ!?」
ドロイドの頭から降りたマインドシーカーは、フィルに対して挑発的な口調でそう告げる。ピタリと本名を言い当てられ、フィルは驚いてしまう。
(こ、こいつ……どうやって僕のことを!? まさか、すでに正体がバレて……)
(嘘、フィルくんのことをどうやって知ったの? 博士が喋るわけがないし……どうなってるのよ?)
相手が心を読めるなどと知りもしない二人は、致命的な思考をしてしまう。それを読んだマインドシーカーは、顔を覆う布の奥で笑う。
(ククク、愚かな奴らだ。これでシュヴァルカイザーの正体はほぼ判明した。実に愉快だ、クフハハハ!)
エージェントとの戦いに、早くも暗雲が立ち込め始めていた。