55話─化かし合いの結末は
「……というわけで、こちらもアンネローゼとオットーの行方は補足出来ていなかったの。それがまさか、死体で見つかるなんてね」
「現地の者らの間では、シュヴァルカイザーからはぐれ各地をさすらううちに餓死したのだろう……という噂が流れている。ま、私にはどうでもいいことだがな」
一方、新たにヴェリトン王国西部の果てにある基地へと移ったエージェントたちは、アンネローゼの遺体が発見されたという話題で持ちきりだった。
王国乗っ取り計画が破綻するきっかけとなった存在のあっけない死に、どこか複雑そうな表情を見せるテンプテーションことメルクレア。
一方、資料でしか相手を知らないマインドシーカーは全く興味を持っていなかった。
「この話はこれでいいだろう。次の作戦に使う兵の補充を……ん? どうしたアッチェレランド。そんな愉快そうな笑みを浮かべて」
「ふっ、いやなに。お前たちはまだ気が付いていないのかと思ってな」
「気が付く? 何によ」
二人の会話を聞きながら、血のインクで楽譜を書いていたアッチェレランドがそう口にする。ペンを置き、二人に向かって説明を行う。
「あまりにも出来過ぎていると思わないか? ワガハイたちがシュヴァルカイザーとその仲間の身辺調査を始めた途端、例の令嬢の遺体が出てきたなど」
「確かに、言われてみればそうね」
「ワガハイはこう考えている。奴らはワガハイたちの企みに気付き、対抗措置を取っている。その一環として、令嬢の死を演出し……彼女への疑惑の目を、我らが向けぬように仕向けたのではないかとな」
「なるほど。死んだ大地の民の過去など、わざわざ調べることもないからな。そう考えれば、なるほど合理的な作戦と言えよう」
アッチェレランドの推測を聞き、二人のエージェントは納得し頷く。とはいえ、今はまだ仮説の段階でしかない。
アンネローゼが本当に死んだのか、仮に死んでいたとして彼女がシュヴァルカイザーの仲間たるヒーローの一角なのか。
それを調べる必要性が生まれた。そんな中、ふとテンプテーションが何かを思い付く。
「ああ、そうだわ。なら、回収したブレイズソウルの残骸を調べてみましょう。ホロウバルキリーの髪でも付着してるかもしれないわ」
「では、そちらの方は任せる。私は明日、出掛けてくるとしよう。奴らをおびき寄せ、直接心を読めばさらに核心に近付くだろうさ」
「よかろう、ではワガハイは報告にあった三人目のヒーローと裏切り者の相手をする。奴らを分断し、目的を終えたら各個撃破すればいい」
「ああ、そうしよう。ククク、今度は直接心を読んでやるぞ、シュヴァルカイザー」
フィルたちの知らない間に、エージェントたちは邪悪な計画を進めていた。シュヴァルカイザーの正体が明らかになる日は──近い。
◇─────────────────────◇
同時刻、カルゥ=オルセナから遠く離れた場所にある大地。ギール=セレンドラクに、コリンとエステル、オボロがいた。
「さて、着いたぞよ。この呼び鈴を鳴らせば、迎えの者が来るでな」
「しかし……ここは人気の無い荒野。迎えが来るとしても、大変なのでは?」
「あんたさんは黙っとれや。見てれば分かるさかいにな」
三人がいるのは、人里から遠く離れた寂しい荒野。コリンが懐から狼の頭部を模した呼び鈴を取り出し、ちりんと鳴らす。
狼の遠吠えに似た、済んだ音色が遠くまで響き渡っていく。すると、突如地面が揺れ始めた。大地に亀裂が走り、土が隆起する。
「こ、これは!?」
「相変わらず、派手な演出よのう。お主もそう思うじゃろ? エステル」
「せやなぁ、ようやるわホンマ」
コリンたちの目の前に現れた亀裂の中から、無数の骨が現れる。骨同士が組み合わさり、瞬く間に地下へと続く屋根付きの階段が完成した。
すでに慣れっこなのか、驚いているオボロと違いコリンとエステルは特にリアクションを見せない。少し待っていると、何者かが階段を上がってきた。
「お、コリンのボウズにひんにゅー忍者じゃねえの。また遊びに来たのか?」
「いや、今回用があるのはわしではな」
「おいコラそこのクソ【ピー】聖女、死にさらしたいんならお望み通りにしたるで? お?」
「へっ、ただの挨拶じゃねえかよ。謝っからそのクナイ仕舞え、な?」
やって来たのは、藍色の修道服を身に付けた女性だった。絶壁のエステルとは違い、豊かなモノが揺れている。
ちょっとしたジョークのつもりであったが、地雷を踏み抜かれたエステルは殺意を全開にして飛びかかろうと身構える。
「これこれ、ここで殺したら死体を下まで運ばねばならんじゃろ? どうせ殺るなら、宮殿に降りてからにせい」
「ん、それもそやな。流石コリンはんや」
「おい、アタシへのフォローじゃねえのかよ!? 主君が殺しを認めちゃダメだろ!?」
「うるさい奴よのう、自分からエステルのコンプレックスを刺激しといて何をのたまうか。どうせ『蘇生の炎』を何回分かストックしてあるんじゃろ? なら大人しく往生せい」
自業自得な修道服の女に、コリンはにべもなくそう言い放つ。殺伐としていながらも、どこかのほほんとした空気について行けず、オボロは固まる。
「ん? そっちにいるサムライはなんだ?」
「おお、そうじゃ。お主の親玉に用があるのはこやつなのじゃよ。これ、固まってないで自己紹介せい」
「ハッ。そ、それがしオボロと申す。以後お見知りおきを」
「ふーん、オボロね。アタシはシャスティ、創命教会の聖女長にしてこの大地のトップ、アゼルの嫁だ。よろしくな」
女……シャスティは自己紹介した後、コリンたちを手招きする。階段の先にある地下宮殿へと、彼らを案内するつもりなのだ。
「着いてきな、この先にアゼルがいるからよ」
「……よいか、エステル。下に着くまでは我慢じゃぞ。階段を降りとる途中で殺したら、血が噴き出して死体がごろんごろんで阿鼻叫喚じゃからな」
「心得たで、コリンはん」
「おいコラそこ! さりげなくアタシを殺す算段立ててんじゃねえよ! おっかねぇだろうが!」
「……何なのだ? この者たちは。何故こうも、気軽に命のやり取りをしようとしている?」
何もかもが理解出来ず、困惑するオボロ。とはいえ、ずっと地上にいても始まらない。シャスティたちに続き、階段を降りていく。
長い階段を降りた場所には、とんでもなく広い空間があった。その空間を埋め尽くさんばかりに、巨大な宮殿が建っている。
「……む、戻ってきたか。客人は……おお、コーネリアスか。久しいな」
「うむ、久しぶりじゃのリリン。なんじゃ、ガーデニングか?」
「ああ、たまには自分で手入れをと思ってね。見事な薔薇だろう? 手塩にかけて育てた甲斐があるものだ」
宮殿の入り口では、作業服を着た一人の女性が薔薇の手入れをしていた。彼女もコリンの知り合いらしく、友好的に接している。
「うむ、見事なものじゃのう。ところで、アゼルの子ら……例の双子はおるかの?」
「ああ、ちょうど夕飯を食べ終えて遊んでいるところだ。……ところで、後ろにいる男は誰だ?」
「実はの、この者が例の双子……イゴールとメリッサに用があるのじゃよ。何でも、こやつの大地で活躍しとるヒーローの仲間を、二人が騙っておるとか」
「左様。あらぬ誤解を生む前に解決しようと、こうして参った次第にござる」
オボロたちの説明を聞き、リリンはハサミを置く。フードと手袋を取り、宮殿の中へと向かう。
「そういうことなら、私が案内しよう。……どうやら、シャスティが粗相をしたようだからな」
「ちょ、待てよ! 同じ嫁だろ、こういう時は助け合うのが筋っても」
「エステル。八回までならいいぞ。そのバカにお灸を据えてやってくれ」
「ガッテン! ほな、ウチはここに残るさかい、コリンはんたちは行ってきてや」
冷や汗だらだらのシャスティを見て、何があったのかをだいたい察したリリン。助けを求める彼女を容赦なく切り捨て、コリンとオボロを連れ宮殿に入る。
「オボロと言ったか。言っておくが、ここで変な真似をしようと思うなよ。もし不穏な動きを見せたら、宮殿を守るスケルトンたちの餌食になると思え」
「なぁに、問題はないぞよ。ここに来るまで、わしらが散々脅しておいたからの」
「……左様にござる」
そんな会話をしながら、三人は奥へ進む。彼らの背後から、耳をつんざくシャスティの悲鳴が聞こえてくるのだった。