54話─オボロのぼうけん
「僕たちの仲間を騙る双子、ですか?」
「そうなんすよシショー、事と次第によってはケジメ案件すよ? これ。もぐもぐ」
その日の夜。夕飯を食べながら、イレーナは今日の出来事をフィルとアンネローゼに報告していた。奮闘を褒めてもらって気を良くしていたイレーナだったが、騎士から聞いた話を思い出しフィルに伝える。
「不届きな奴らねー。でも、死んだ人を生き返らせるなんて本当に出来るのかしら? ……もし本当なら、お父様やお母様を……」
「アンネ様……」
眉唾物として鼻で笑うアンネローゼではあったが、ふと考える。もし本当に死者をよみがえらせることが出来るなら。
もう一度、両親に会いたいと。心の中だけでなく、現実の世界で。そう思っているのを察したのか、フィルは複雑な表情を浮かべる。
「……そういえば、オボロはどこに行ったのじゃ?」
「なんか、コキョーに戻るって言ってたっす。明後日くらいまでには帰るって言ってたっすよ」
「故郷……暗黒領域ですか。闇の眷属たちが暮らす、魔の世界……」
ギアーズに尋ねられたイレーナは、オボロの行き先を教える。それを聞いていたフィルは、小声で呟きながら鮭のムニエルを口に運ぶ。
一方、オボロはというと……かつての故郷、暗黒領域へと戻っていた。今彼がいるのは、二十一の階層に分かれた世界の一つ。
第十八階層世界、フリーラ。その中心にある紅と黒の薔薇が咲き誇る都、ガウラモルグだ。
「この階層世界はまだ昼か。ありがたいことだ、これなら訪問時間に間に合うだろう」
街の至るところに咲く薔薇の手入れをしている闇の眷属たちを横目に、オボロは大通りを行く。目指すのは街の中央にそびえる城、スカーレット城……改め、ゾディアスター城だ。
「御免つかまつる。この城の主に目通りしたいのだが」
「面会希望かぁ? ……って、おめーヴァルツァイトのとこのドロイドじゃねえか。しかもめっちゃ古いタイプのやつ」
「安心召されよ、それがしはカンパニーとは完全に縁を断った身。怪しい者ではござらぬ」
「だとよ、カティ。どうする、中に入れるか?」
街と城を隔てる堀に掛けられた橋を渡り、城の正門前に向かう。門の前には、二人の騎士がいた。前回のやらかしの罰として、門番業務をさせられているアシュリーとカトリーヌだ。
「そうね~、一人だと厳しいかも~。安全を保証してくれる人が一緒じゃないと、中には」
『よい、その者を招き入れよ。素性はとうに探っておる。監視の者を同行させる故、先へ通してよいぞ』
城の中にオボロを入れるべきか迷うカトリーヌ。その時、耳に仕込んでいた連絡用の魔法石に主君……コリンから直々の言葉が下った。
「ん、分かったわ~。ドロイドさん、許可が出たわよ~。ただし、監視と一緒だけどね~」
「まあ、コリンがそう言うならアタイらは反対しねぇさ。おい、入ンな」
「かたじけない、では失礼する」
アシュリーたちに一礼した後、オボロは城の中に足を踏み入れる。昼だというのに、メインホールは夜のように薄暗い。
僅かな疑念を抱きつつ、そこから一歩踏み出そうとするオボロ。その時、首筋に冷たいナニカを押し付けられた。
「そっから動いたらアカンで? まずは武装解除してもらおか。こっちで全部預かるさかい、残らず出すんやで」
「これはこれは。カンパニーの手の者は、よほど警戒されているらしい」
「当たり前や。おんどれらがどんだけあっちこっちに迷惑かけとる思てんねん。ウチは気が短いんや、はよ武器を出しぃ」
自身の背後、目と鼻の距離から強烈な殺気を放たれる。オボロは苦笑しつつ、妖刀を呼び出し空中に浮かべた。
すると、背後から砂で出来たサソリのハサミが伸びてくる。刀を掴み、後方へと持ち去った。
「これで全部なんか? 隠しとったら承知せえへんで」
「偉大なる混沌たる闇の意思に誓ってその一振りだけだ」
「ほーん、まあええわ。しっかし、えらいほっそりした刀やな。ツバキに見せたら喜ぶかもしらへんなぁ。っと、道案内したるわ。まずはまっすぐ廊下を進みぃや」
背後から聞こえてくる声に従い、オボロは廊下を進み階段を登る。しばらくして、六階にある大扉の前までやって来た。
「着いたで、ここや。この先にウチらの主がおる。無礼な真似したら、即刻スクラップになるからそのつもりでいてや」
「肝に銘じておこう。ここまでの案内、感謝する」
オボロの声に答えず、殺気の主は何処へと消えた。オボロはノブを掴み、大扉を開ける。中に入ると、空気が変わったのを感じた。
「よく来たのう、カンパニーのバトルドロイド……オボロよ。フィルの仲間が、単身何用じゃ?」
「すでにそこまで把握されているとは。流石、噂通り優秀な密偵を従えておられるようだ。……コーネリアス陛下」
「コリンでよい、みなにそう呼ばせておるでな。掛けるといい、話を聞こう」
扉の向こうは、小さな談話室になっていた。暖炉の火で暖まりながら、一人の少年……コリンが編み物をしている。
一礼した後、オボロは近くにあった肘掛け椅子に座る。身体が沈み込むような柔らかい感触が、どこか心地いい椅子だ。
「それで、わしに何用じゃ? アポも取らずに来たんじゃ、重要な話か面白い話を持ってきたのじゃろ?」
「ええ、実は……」
宙に浮かせた教本を読みながら、毛糸のマフラーを編むコリン。そんな彼に、オボロは騎士から聞いた話を伝える。
「ほう、死者蘇生の力を持った双子か」
「陛下であれば、心当たりがあるかと思いまして。もしその者たちの素性を存じておられるならば、仲介役を頼みたく」
「お主、彼らに会って何をするつもりじゃ? 言うておくが、彼らを利用するつもりであるなら……ここでチリになってもらうぞ?」
オボロの言葉を遮り、ゾッとするほど冷たい声でコリンはそう告げる。あまりの殺意の強さに、オボロは冷や汗が流れる錯覚に襲われた。
「死者蘇生の力を欲する者は大勢おる。それこそ、ウォーカーの一族が持つ並行世界を渡る力並みにな。そんな力を持つ者と接触し、何をしようとしておる?」
「……その者たちは、それがしの恩人の仲間を騙って大地のあらゆるところで活動している。このままでは、あらぬ誤解が生まれかねない。故に、せめてシュヴァルカイザーの仲間を騙ることはやめていただきたいと進言したく……」
「なんじゃ、そんなことか。ま、そんなことであれば紹介してやらなくもない、が」
「が?」
「お主の元頭領が大好きな、『貸し』一つと引き換えじゃ。有事の際に、シュヴァルカイザー共々わしに協力してもらおう。その確約が出来るなら、仲介してやる」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、コリンはそう口にする。その姿に、先ほどまでの殺意は宿っていない。
ホッと胸をなで下ろしつつ、オボロは頷く。それくらいであれば、容易いことだと。魔戒王との契約の恐ろしさなど、微塵も知らずに。
「構いませぬ。シュヴァルカイザーの方はそれがしが説得しましょう」
「よし、では契約成立じゃな。この用紙にサインしておくれ、そなたの血……いや、血は流れておらぬか。疑似体液でよいぞ」
「御意」
コリンが指を鳴らすと、オボロの目の前に一枚の契約書が現れる。一緒に現れた羽根ペンを使い、血の文字でサインするオボロ。
「よしよし、まずはこちらが契約を履行する番じゃな。いつ会うつもりじゃ? 何なら、今すぐでも彼らの元に連れて行ってやるぞよ」
契約書を呼び寄せ、懐に仕舞うコリン。どうやら、いつでも例の双子の元に連れて行けるようだ。当然、善は急げとばかりにオボロは答える。
「では、今お願いしたい。こういう時は、迅速な行動が吉と相場が決まっておりますがゆえ」
「うむ、分かった。じゃが、ちっと待っておくれ。今このマフラーを編み終わるでな」
それから数分、コリンは編み物を続け……水色のマフラーを完成させた。満足そうに頷いた後、大声を出す。
「おーい、エステル! 約束のものが出来たぞよ、来るといい」
「はいはーい! おっ、こらまたいい感じに出来てるなぁ! コリンはん、おおきにやで」
「ほっほっほっ、なにぶん編み物なぞ初めてしたからのう。上手く編めておるかは分からぬが……気に入ってくれたようで何よりじゃ」
コリンの声に応え、先ほどまでオボロを監視していた声の主……漆黒の装束を纏うくノ一、エステルが部屋に現れた。
「いややわ、ウチそんなこと気にせぇへんよ。コリンはんの手作りってだけで嬉しいんやで? へへ、後で他の連中に自慢したろ……って、あんたまだおったんかいな」
「うむ、わしはちとこの者と一緒に出掛けてくる。エステル、護衛として同行してもらえぬか?」
「ガッテン! ほな、早速出掛けよか。……あんた、分かっとるとは思うけど、もし変な動きしたら……」
「分かっている、怪しい動きはしないとも」
コリンから貰ったマフラーを身に付け、エステルは扉を開ける。コリンは立ち上がり、暖炉の火を消す。
「では行こうかの。双子たちが住まう大地へ!」
フィルたちの知らないところで、ひっそりとオボロの冒険が始まった。




