51話─常夏の島のデート
孤児院への慰問を終えてから数日後。偽装工作をギアーズに任せ、フィルとアンネローゼは久しぶりにデートに出かけていた。
万が一のことを考え、今回も並行世界にてデートを行う。今回彼らが向かったのは、とある並行世界にある水に覆われた大地だ。
「こっちは暑いわねー、フィルくんの言うこと聞いて薄着にしてきて正解だったわ」
アンネローゼは今回はいつものルームウェアではなく、白いワンピースを着ている。フィルの方も、涼しげな半袖半ズボンだ。
「ここは常夏ですからね、いつものウェアだと暑くて汗だらだらになっちゃいますから。ビーチと水族館、どっちに行きます?」
「んー、じゃあ先に水族館!」
水の大地アプソル=メティアン。唯一存在する天然の陸地、プロンク島にある水族館に向かうフィルとアンネローゼ。
料金を支払って入館すると、二人を巨大水槽が出迎える。水槽の中では、大小様々な大きさと種類の魚がのんびりと泳いでいた。
「わー、いっぱい魚がいるのね。あ、見てあれ! すっごい大きいサメよ、サメ!」
「こっちにお魚さんの説明パネルがありますよ。どれどれ……あれはメチャデッカパクパクザメですね。海亀が好物らしいですよ」
「あの鋭い牙で、バリボリ甲羅を噛み砕いちゃうのねきっと。あ、お昼には食事タイムを見られるんですって。後で戻ってきましょうよ」
「ええ、いいですよ。ふふ、たまにはこうしてのんびりお魚さんを眺めるのもいいですね」
ギアーズ誘拐事件が一段落し、心の余裕が出てきたフィル。アンネローゼと仲良く手を恋人繋ぎにして、水族館の中を進む。
「触れ合いコーナーがありますよ、アンネ様。ヒトデやちっちゃいエイなんかを触れるらしいです」
「え、ヒトデはともかくエイ? 大丈夫なの、それ。確か、毒針があるって聞いたわよ」
「そこは大丈夫ですよ、毒針は除去してあるみたいですから。あ、こっちはちっちゃいサメさんもいますね」
ルート案内に沿って水族館を進んできたフィルたち。中盤辺りに、海の生き物触れ合いコーナーなるものがあった。
二人は魔法で手を清めた後、触れ合い用の水槽に近付く。フィルがミニチッチャサメを触っている間、アンネローゼはエイをつんつんする。
「うわっ、ぬるぬるしてるわね。でも、ちょっと気持ちいいかも。……あら? あそこにいる黒っぽいのは何かしら」
しばらくエイの感触を楽しんだところで、水槽の隅にあるふやけたかりんとうのような何かに気付くアンネローゼ。
そっと指を伸ばし、触れてみる。すると、かりんとうのようなモノの先っぽから白い塊が飛び出した。
「ぎにゃあああああ!! フィ、フィフィフィフィルくん! あれ、あれあれあれれれ」
「ああ、あれはナマコですよ。外敵に襲われると、内臓を吐き出してくるんです。相手が驚いている間に逃げるんですねー」
「心臓が止まるかと思ったわよ! ていうか、それ私が敵判定されたってことじゃない! ナマコのクセに生意気ね……!」
水槽の中でもぞもぞしているナマコを睨み付け、敵意を燃やすアンネローゼを宥めながらフィルは先に進む。
次のフロアは、くらげの水槽が大量に設置されていた。様々なくらげが、球状や三日月型の水槽の中をふよふよ漂っている。
「はー、癒やされるわー。くらげって、何だか不思議と可愛く思えるのよね。毒がなければ触れるのに」
「確かに、ぷにぷにしてそうですもんね。この傘の部分が」
「ふふ、フィルくんのほっぺもぷにぷにしててとっても癒やされるわよ」
「もう、アンネ様ったら」
射程圏内に入ったが最後、全身の穴という穴から角砂糖を吐き出して死に至るほどの激甘いちゃラブオーラを出しながらくらげを見る二人。
あまりのアツアツっぷりに近くにいたカップルは影響を受けてイチャイチャし始め、独身たちは血の涙を流しながら離れていく。
「あー、楽しかった。……ん!? ねえねえフィルくん、これからカワウソと握手出来るイベントをやるみたい! 参加してみない?」
「カワウソですか……興味ありますね、行きましょう!」
くらげを見終えた後、今度はカワウソとの握手会をしに向かう。会場に入ると、すでに大勢の参加希望者でごった返していた。
「はーい、カワウソ握手会の参加希望者の方はこちらに並んでくださーい! ただいま整理券を配布していまーす、希望の方は整理券を受け取り指定の時間に戻ってきてくださーい!」
「うわっ、凄い人。これは時間がかかりそうだわ」
「この水族館で三つある目玉イベントの一つらしいですからね、カワウソとの握手。ちなみに、残り二つはイルカショーとアシカショーです」
「とりあえず、整理券貰ってくるわ。順番が来るまでかなりかかりそうだし、これからの予定を決めないとね」
長蛇の列に並び、十分ほどかけて整理券を二枚手に入れてきたアンネローゼ。握手会への参加は夕方になってしまったため、二人は一旦水族館を出る。
日付が変わるまでは何回でも再入場出来るため、問題はない。今度はビーチに向かい、常夏の海をエンジョイすることにしたようだ。
「水着のレンタルが出来るなんて、いいところね。何を着ようかしら……セクシーなやつを着て、フィルくんをビックリさせるのも悪くないわね」
海の家にある更衣所にて、アンネローゼは様々な水着を見ながら悩む。いたずら心が芽生えるも、不特定多数に自分のセクシーな姿を見せるのはなんかムカつくと思い直した。
「考えてみたら、フィルくん意外にも男がたむろしてるのよね、ここ。そんなスケベ心満載な奴らに肌を見せるなんてやだわ、このパレオにしよっと」
最初はキワド過ぎるスリングショットを選ぼうとしていたが、淡いクリーム色のパレオと麦わら帽子を借りたアンネローゼ。
着替えを済ませて外に出ると、フィルが待っていた。緑色のハーフパンツタイプの水着を着ており、浮き輪とバナナボートを装備している。
「お待たせ、フィルくん。どう? この水着似合う? ……フィルくん?」
「え、あ! す、すみません。アンネ様凄く綺麗だから、その……見蕩れてました……」
水着姿のアンネローゼを見て、フィルは硬直してしまう。少しして我に返り、顔を赤くしながらそう答えた。
「そ、そうなの! ふふーん、照れてるんだ。可愛いんだから!」
得意顔でそう答えるアンネローゼだったが、内心では滅茶苦茶ドギマギしていた。照れ隠しで大げさに喜んでみせているものの、彼女も恥ずかしいらしい。
少しして、落ち着いた二人はビーチサンダルを鳴らしながらビーチに向かう。柔軟運動を行った後、海に入る。
「んー、冷たくて気持ちいいー! こんなにいい場所なら、イレーナたちも連れてくればよかったかも」
「一応、誘ってはみたんですけどね。イレーナは『シショーと姉御の邪魔は出来ないっすー!』って断られて、オボロは『海水への耐性は無いからパーツが錆びる』って突っぱねられちゃいまして」
「そっか……残念ねわぷっ!」
残念がるアンネローゼの顔めがけて、フィルはすくった海水をぶっかける。不意打ちを食らったアンネローゼは、尻もちをついてしまう。
「ぺっぺっぺっ! しょっぱっ、海水ってこんな味なの!?」
「ぷぷっ、わぷって……ふふあぶっ!」
「やったわね、お返しよ! そおりゃあっ!」
「うー、なら僕だって! えいっえいっ!」
二人は時間を忘れ、浜辺での水遊びに興じる。少しして、ランチタイムがやって来た。たくさん遊んでお腹が空いた二人は、海の家に向かうが……。
「よぉよぉ、そこのねーちゃん! ヒマそうだな、よかったら俺らと遊ばない?」
「俺ら、このビーチに詳しいんだゼ。穴場スポット教えてやるヨ」
「げっ、変なのが来た。結構です、私ツレがいるので」
戻る途中、チャラチャラしたナンパ男二人組に絡まれてしまう。さっさと追い返そうと、これ見よがしにフィルと腕を組む。
「ツレぇ? そこのちびっこか、弟だろ? そいつも一緒でいいからさぁ、俺たちと遊ぼうぜ」
「そーそー。遊ぼうゼ遊ぼうゼ。いいだろネーチャン?」
が、ナンパ男たちは引き下がらない。上玉を引っかけて遊ぼうと、しつこく食い下がってくる。
「はぁ? アンタら、目ぇ節穴なんじゃないの? フィルくんはね、私の彼氏なの。か・れ・し!」
「まーたまた、冗談言ってー。男除けに連れてきてんだろうけど、あいにく」
「ラチがあきませんね……アンネ様、こうなったら最後の手段です。ちょっと屈んでくれますか?」
「ええ、いいわよ。何をす──!?」
この場を切り抜けるべく、フィルは意を決して行動に出た。アンネローゼに屈んでもらい、即座に口付けをした。
頬や額ではなく、アンネローゼの唇に。たっぷり数分は口付けをした後、ようやく顔を離す。茹でタコのように顔を真っ赤にしつつ、ナンパ男たちに声をかける。
「こ、これで分かってもらえましたか? 僕とアンネ様はこ、恋人同士なんですから!」
「そ、そうよ! 分かったらどっか行きなさい! しっしっ!」
「ぐうう……ちくしょー、覚えてろー!」
「オゥ……ジーザス……」
熱烈なキスを目の当たりにしたナンパ男たちは、血の涙を流しながら敗走していった。アンネローゼは顔を赤くしつつ、フィルに向かって微笑む。
「あ、ありがとねフィルくん。おかげで切り抜けられたわ!」
「いえ、いいんです。かなり恥ずかしかったですけど……アンネ様を悪い虫から守るのは、彼氏の役目ですから!」
そう言って、フィルは笑う。が、それがよくなかった。アンネローゼの中のスイッチが入り、目が妖しく光る。
「ちょっとこれは……よくないわね。そんな可愛い笑顔で人を誘惑しちゃ……ダメよ?」
「あの、アンネ様? め、目が怖いですよ?」
「そこの岩陰……行きましょうか。可愛がってあげる……うふふふふふ!!!」
「ひ、ひぇぇぇぇ!!」
フィルを担ぎ上げ、人気のない岩場へダッシュするアンネローゼ。その後、フィルは暴走した彼女にめちゃくちゃキスされることになったのだった。




