50話─偽りの死作戦
「ふふ、やはりエルフの血は良い。今宵もまた、いい楽譜が書けそうだ」
情報を集め、ついでにギルドマスターを殺害したアッチェレランド。殺人が発覚する前にギルドを去り、上機嫌で孤児院へ向かう。
「……む? 何だ、あの人だかりは。もし、何かあったのかな?」
「ん? 見慣れねえエルフさんだな。実はよ、ついさっきここの路地裏で死体が見つかったんだ」
「死体?」
「そうそう。ほれ、あそこ」
かつてフィルが暮らしていたという孤児院に向かう道すがら、野次馬が路地の入り口に集まっているのを見つけた。
気になって何故集まっているのかを尋ねてみると、そんな答えが返ってくる。興味を持ったアッチェレランドは、人混みをかき分け路地へ入っていく。
「あ、ちょっと! ダメだって、もうすぐ憲兵さんが来るから!」
「少し見るだけだ、触ったりはしないさ」
そう答え、路地の奥へ向かうアッチェレランド。路地の行き止まりに、ボロを纏った女性の死体が横たわっていた。
「ほう、これは……む? この顔、どこかで……ああ、思い出したぞ。確か、テンプテーションが処刑にしくじったアンネローゼとかいう小娘か」
死体を覗き込んだアッチェレランドは、どこか既視感を抱く。少し考えた後、納得し頷いた。が、すぐ後で疑問を抱く。
「だが、何故こんなところで死んでいる? 奴は確か、シュヴァルカイザーに父親と共に助けられたと聞いたが……」
「おい、そこのあんた! 何をやってる、これからその遺体を運び出すからどいてくれ」
「ん、済まない。すぐ離れよう」
フィルとギアーズが用意した偽物であるとも知らずに、考え込むアッチェレランド。その時、騒ぎを聞き付けた憲兵たちがやって来た。
彼らに怪しまれないよう、一旦路地の外に出る。孤児院に行くつもりだったが、新たな疑問が発生したことで後回しにすることにした。
(あの遺体の謎、気になる。こういう時のワガハイの勘はよく当たるからな。一旦基地に戻り、テンプテーションに聞いてみるか。あの親子について)
アンネローゼの死の真相を探るべく、アッチェレランドは帰っていった。一方、例の孤児院では……。
「みんなー、今日もシュヴァルカイザーさんが遊びに来てくれましたよー。はい、みんなでお礼を言いましょうねー」
「シュヴァルカイザー、ありがとー!」
「いえいえ、そんな気にしないでください。シスターさん、いつもの寄付金です。受け取ってください」
街の外れにある、フォルチェ孤児院。そこに、シュヴァルカイザーことフィルがいた。数ヶ月に一度、彼はかつて世話になった孤児院に慰問活動をしに来ているのだ。
「こんなに受け取れません……って言っても、こっそり置いて帰るんでしょう? 大人しく受け取っておきますよ。いつもありがとうございます、シュヴァルカイザー様」
「いいんです、このお金で子どもたちに美味しいご飯や暖かい服を買ってあげて……っと!」
「シュヴァルカイザー、あそんでー」
「ヒーローごっこしよ、ヒーローごっこ!」
たっぷり金貨が詰まった袋をシスターに渡し、ヘルメットの下で微笑むフィル。そんな彼の周りに、子どもたちが集まってくる。
遊んで遊んでとせがんでくる子どもたちの頭を撫でながら、フィルは楽しそうに笑う。
「ふふ、いいですとも。でも、その前に! 今日はみんなにいい報告があります。みんなと遊んでくれるお友達が、新しく三人出来ました! みんな、こっちへ!」
「ふふふ、呼ばれて飛び出てパンパカパーン! ホロウバルキリー参上! 良い子のみんな、元気にしてるかしら!」
「おいーっす! デスペラード・ハウル参上っす!
今回からは、アタイたちもみんなと遊ぶっすよー!」
「……オボロと申す。幼子との交流は初めて故、至らぬところもあるが……よろしくお頼み申し上げる」
フィルが合図すると、遙か上空からスーツを身に付けたアンネローゼたちが降りてきた。それを見た子どもたちは、大歓声をあげる。
「わー、かっこいい! さむらいがふってきたー!」
「きれー……えほんにでてきたてんしさまみたい」
「さあみんな、おやつの時間までたっぷり遊びましょうね!」
「はーい!」
元気いっぱいに答え、それぞれ好きな相手に突撃していく子どもたち。追いかけっこをしたり、相撲を取ったり、ヒーローごっこで遊んだり。
めいめいが好きに遊び、ヒーローたちとの触れ合いを楽しむ。そんな中、フィルの耳に入れてある耳栓型の魔法石に連絡が入る。
『フィル、例のフェイク・クレイドルを街に転送しておいたぞ。上手いこと連中が見つけてくれれば、アンネローゼに調査の手が伸びることはあるまい』
『ありがとうございます、博士。ところで、どこの街に置いたんですか?』
『うむ、今フィルたちがいる街の路地裏にポイッ、とな。そろそろ、街の住民が見つけ』
『いやいやいやいや、ダメでしょそれ!? 子どもたちがそれをフォルチェ孤児院の子たちが知ったら怖がるじゃないですか!』
アンネローゼやイレーナが死んだと世間に知らせることで、エージェントたちの調査から逃れさせようとする作戦を決行したフィルたち。
偽物の死体を街に置き、住民たちにアンネローゼが死んだと思わせるまではよかったが……よりによって、選んだ街が悪かった。
『う、それは済まん。イレーナの時は気を付けるでな』
『頼みますよ、博士。あ、そうそう。今日は夜まで帰れないと思うので、ご飯を作り置きしておきました。魔法で暖めてから食べてくださいね』
『うむ、ありがとよ。では、イレーナの偽死体の制作に取りかかるでな、連絡を終えるぞ』
『分かりました、では』
連絡を終え、フィルは子どもたちとの触れ合いに意識を戻す。孤児院前の広場では、ヒーローたちがそれぞれのやり方で子どもたちと遊んでいる。
「そーれっ! ひっくり返し攻撃ー!」
「きゃー! めがまわるー! おもしろーい!」
「ぼくもやってー!」
「わたしもー!」
「はいはい、順番よ順番。ちゃんと決まりを守れる紳士淑女じゃないと、遊んであげないわよ?」
アンネローゼは羽根の一部を分離させ、浮遊の魔力を宿して子どもたちにくっつけて遊んでいた。宙に浮かせた子どもたちをくるくる回している。
「でっかいおしろみたいだねー!」
「ねー、のぼっちゃえのぼっちぇ!」
「わわわわ! あ、あんまり大勢で登ると危ないっすよ! 気を付けてくださいね!」
イレーナはと言うと、圧縮していたアーマーを展開して巨大なジャングルジムを作り出していた。子どもたちが怪我をしないよう、ハラハラしながら見守っている。
「二人とも、楽しそうですね。オボロは……おや?」
「……そうして、侍は無事鬼の群れを都から追い出して平和を取り戻したそうな。お姫さまとも結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「おもしろかった! さむらいのおじちゃん、もっとおはなしきかせて?」
「ふむ、承知した。では、こんなのはどうだろう。心優しい漁師の青年が、亀を連れて海を旅する笑いあり涙ありの昔話だ」
「おもしろそー、ききたーい!」
目一杯身体を動かず遊びを提供しているアンネローゼたちと異なり、オボロは子どもたちを集め昔話を聞かせていた。
バトルドロイドと幼い子どもとでは身体能力に差がありすぎるため、普通に遊ぶと怪我をさせてしまうかもしれないと判断したのだ。
(ふふ、何だかんだ言ってオボロも楽しそうですね。出発前は、あれだけ嫌がってたのに)
「シュヴァルカイザー、これでもくらえー!」
「うわっ! やーらーれーたー」
孤児院に向かう前、オボロは慰問活動に対し難色を示していた。そんなものは無価値だ、修練をしている方が有意義だ、と。
フィルたちに説得され、渋々着いてきたが……結果的に、楽しそうに子どもたちと触れ合っていた。
(オボロを連れてきて正解でしたね。命の価値が分からないなら、教えてあげればいいと思って今回の慰問活動を企画しましたが……ふふ、いい方向に行きました)
子どもたちとヒーローごっこに興じつつ、心の中で喜ぶ。だが、彼はまだ知らなかった。ギアーズのうっかりが無ければ、アッチェレランドと鉢合わせしていたことを。
孤児院を舞台にした凄惨な戦いを未然に回避出来ていたことを、彼らはのちに知るのだった。




