表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/311

49話─一難去っての新境地

 間一髪、どうにか難を逃れたフィルたち。二重に展開した門をくぐり抜け、並行世界を挟みつつ基地に帰還することが出来た。


「へぶっ!」


「ぎゅう……」


「うごっ!」


 ……もっとも、着地にしくじって全員もれなく訓練場の床に激突する羽目になったが。何とか持ち直したフィルは、即座にラボへ走る。


 そこから持ってきた解毒剤をギアーズに飲ませ、昏睡状態から回復出来るようにした。明日には目を覚ますだろうと、少年は語る。


「やれやれ、一時はどうなるかと思いましたよ。でも、こうして博士を助け出せてよかったです。みんな、ありがとう」


「いいのよ、気にしないで。それにしても、ギリギリだったわねー。あと少しで世界再構築不全に巻き込まれるところだったわ」


 ギアーズを私室のベッドに寝かせ、ホッと一息つくフィルたち。疲れ果てたイレーナと、瞑想をしたいとオボロが部屋を去る。


 フィルとアンネローゼも、スーツを脱ぎ談話室でのんびりくつろぐ。が、しばらくしてフィルが肘掛け椅子から立ち上がった。


「フィルくん? どうしたのいきなり」


「……ふと思ったんです。連中が博士を攫ったということは、シュヴァルカイザーとの関係に気付いているってことなんじゃないかって」


「あ! 言われてみれば、それもそうね」


「もしそうだとしたら、対策を練らないといけません。認識阻害の魔法も、万能ではありませんから」


 事件がひとまずの決着を見せ、心が落ち着いたところでフィルは考えた。エージェントたちが、ピンポイントでギアーズを攫った理由を。


 そこから導き出された答えは一つ。彼らは、シュヴァルカイザーの正体に気が付きつつあるのだと。


「まずいわよね、確かに。正体がバレちゃったら、おちおちデートも出来ないし」


「それは大丈夫ですよ、以前のように並行世界に行けばいいんですから。ただ……僕が恐れているのは、芋づる式にみんなの正体までバレてしまうことなんです」


 フィルがシュヴァルカイザーだと判明すれば、次に仲間たちの正体特定に敵は動くだろう。そうなった時に、連鎖的に全員の正体がバレる恐れがあった。


「そう? そう簡単には私たちの正体なんてバレないと思うけど」


「慢心はいけませんよ、アンネ様。事実、以前あったコーネリアスさんは、ほぼ僕の正体を特定していました。闇の眷属たちの情報収集能力、舐めてはいけません」


「あー、それもそうね。……じゃあ、どうするの?」


 以前会ったのじゃ口調のお子様王のことを思い出し、アンネローゼは認識を改める。このまま何の対策もしなければ、全員の正体がバレるのは時間の問題だろう。


「最悪、僕の正体がバレても構いません。カルゥ=オルセナを出歩かなければいいだけですから。ただ、アンネ様たちにはそんな不自由は味わわせたくはないです。そこで……偽装工作をします」


「偽装工作?」


「ええ。その名も、『死人に口無し探り無し』作戦です。具体的にはですね……」


 アンネローゼを手招きし、フィルは作戦の内容を伝える。ふんふんと頷いたアンネローゼは、ポンと手を叩く。


「なるほど、それなら効果ありそうね」


「一手間かかりますが、効果はあると思います。博士に手伝ってもらわないといけないので、取りかかるのは明日からになりますが」


「分かったわ。それにしても、今日はたくさん動いたから汗かいたわね。どう? 一緒にお風呂入る?」


 偽装工作の内容を聞かされ、アンネローゼはグッと右手をサムズアップする。そして、冗談交じりにそんな問いを投げかけた。


「!?!!!!?!!?! な、なななな何言ってるんですか! 入るわけないでしょう、恥ずかしいですよ!」


「うふふ、顔真っ赤にしちゃってかーわいい。相変わらず、フィルくんからかうの面白いわね」


「も、もう! 怒りましたよ、今日のアンネ様のお夕飯はおかずおしんこだけにしますからね!」


「ちょ、待って! それだけは勘弁して! いっぱい戦ってお腹ぺこぺこなのよ! おしんこだけじゃ死んじゃう!」


「ふーん、今更謝っても遅いです! 僕は怒ってるんですからね、ちょっとやそっとじゃ」


 からかわれたフィルは、顔を真っ赤にしてぷんぷん怒る。台所の支配者権限を発動し、アンネローゼに恐怖の制裁を下す。


 途端に顔を青くして謝るアンネローゼだが、フィルはけんもほろろな対応で突っぱね……直後、唇を相手の唇で塞がれた。


「これでもダメ?」


「な、なななな……いきなり何を……ぷしゅー」


「あれ? フィルくん? ……やっべ、気絶しちゃった。墓穴を掘るってやつね、これ」


 不意打ちでキスをされ、フィルは目を回して倒れてしまった。その後、しばらくして目を覚ましたフィルにこっぴどく叱られ、アンネローゼは無事夕飯抜きの刑に処されたのだった。



◇─────────────────────◇



「失礼する。冒険者ギルドというのは、ここで間違いないかね?」


「はい、ここが冒険者ギルド・プレスタンテ支部になります」


 次の日。アッチェレランドは、ヴェリトン王国にある小さな街を訪れていた。僅かな情報を頼りに、フィルがかつて冒険者ギルドに加入していたことを突き止めたのだ。


 エルフの男商人に変装し、ギルドに足を踏み入れるアッチェレランド。受付嬢の前に立ち、声をかけた。


「本日はどのようなご用でしょう? 何かご依頼ですか? それとも、冒険者登録でしょうか?」


「一つ、聞きたいことがあってな。かつて、このギルドにフィル・アルバラーズという少年が在籍していたはずだ。彼のことを知りたいのだが」


 そう言われた受付嬢は、困ったような笑みを浮かべ目を逸らす。それを見たアッチェレランドは、ギルドとフィルの間に何かあったことを察する。


「フィルさんのことですか……。私の口から話すのは、職務規定に反するので……少々お待ちください、ギルドマスターを呼んできますので」


「うむ、多忙なところ済まぬな」


 一旦待合所に通され、しばらくしてギルドの奥に呼ばれる。応接間に入ると、人の良さそうな笑みを浮かべる老エルフがいた。


「どうも、私がこのギルドを束ねるギルドマスターです。受付嬢から聞きましたよ、フィルくんのことを知りたいそうですね」


「ええ。ワガハイ、彼の遠い遠い親戚でしてな。風の噂で冒険者をしていたと聞き、ふと安否が気になりまして。ここに来れば、何かしら情報が得られるだろうと思いましてなぁ」


 ギルドマスターに対し、アッチェレランドはいけしゃあしゃあと嘘をのたまう。それを真に受けたギルドマスターは、フィルのことを話し出す。


「ああ、そうでしたか。あの子は……ええ、二年前までは在籍していましたよ。ですが……」


「ふむ、その様子だと何かあったようだね」


「ええ。当時、まだ私はギルドマスターに昇格していなかったので詳しくは聞いていないのですが……フィルくんは仲間に裏切られ、虚偽の申告をされた結果ギルドから追放されてしまったのですよ」


 興味深い話に、アッチェレランドは片眉を吊り上げる。もちろん、体内に仕込んだ録音装置も最初から起動させている。


 一字一句録り逃すまいとしつつ、有益な情報を引き出すべく思考を巡らせる。そんな彼に、ギルドマスターは聞いてもいないことまで話す。


「その後しばらくして、フィルくんの仲間が虚偽の申告をしていたことが発覚しまして。彼らは資格剥奪の上追放、先代ギルドマスターも更迭されたのです」


「ほう、そんなことがあったのか。で、肝心のフィルの行方は……」


「残念ながら、存じ上げておりません。ああ、でも……この街に、彼がギルドに加入するまで世話になっていた孤児院があるそうです。そこでなら、あるいは……」


「そうかそうか、それはいいことを聞けた。協力感謝する。ところで……」


 あらかた有益な情報を集められたと判断したアッチェレランドは、録音を停止する。そして、忌まわしき幻想音楽を奏で始めた。


「!? な、なんだ!? 急に景色が」


「エルフの血は、とても滑らかで筆の滑りがよいのだよ。新しい楽譜(スコア)を書き上げるために……いただきたいのだ。お前の血を一滴残らず!」


「ひっ! な、なんだこの狼たちは!? やめろ、来るな、来る……あああああああ!!!」


 幻想の蒼き森の中。無数の狼たちに引き裂かれ、貪り食われるギルドマスターの悲鳴と、アッチェレランドの笑い声がどこまでも響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やれやれ無事に帰還できたけど情報の一端がバレただけに早めに手を打たんと色々ヤバそうだな(٥↼_↼) しかしフィルの冒険者時代の事件は既に終わってる(?・・) それってつまり、ざまぁは既に執…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ