48話─基地を襲う異変
フィルと合流したアンネローゼたちが、基地の最下層を目指している頃。アッチェレランドはデータ収集を行っていた。
「ふむ……データベースで集められる情報はこれだけか。おかしい……あまりにも少なすぎる。本名、年齢、性別……たったこれだけとはあまりにも不自然だ」
本社から運び込んだキカイによる、カルゥ=オルセナに住む大地の民のサーチ結果にアッチェレランドは首を傾げる。
ギアーズの関係者として素性を洗い出そうとしたものの、肝心のフィルのデータがほとんど存在していなかったのだ。
「本社の調査部が各大地に派遣員を送り、データを集めているはず。なのに何故だ? 何故こんなにも情報が……」
「アッチェレランド、ここにいたのね。すぐにここを出るわよ、急いで」
「何だ、どうしたというのだね。ワガハイは今忙しい、用件は後に」
「この島で起きるのよ、『世界再構築不全』が! ついさっき観測所から通達があったわ。あと二十分もしない内に始まるって!」
不可解さに首を傾げていたその時、部屋の中にテンプテーションが飛び込んでくる。アッチェレランドの問いに、そう答えた。
「ほう。周期が早まったな。前回起きたのは半年前だと聞いているが?」
「私にとっても予想外よ。いつも一年から二年に一回のペースだったもの。とにかく、そのマシンだけは何としても移動させるのよ。他は全部置いていくわ」
「他、か。あの老人もか?」
「ええ。自分から毒を飲んで昏睡状態になったから、もう使えないわ」
「なら、いい案がある。耳を貸すといい」
テンプテーションと話をする中、悪魔的な閃きがアッチェレランドの脳裏をよぎる。すでにフィルたちが侵入していることを伝え、とある提案をした。
それを聞いたテンプテーションは、ベールの下でニヤリと笑う。上手く行けば、シュヴァルカイザー一味を纏めて葬れると考えたのだ。
「いい案ね、乗ったわ。早速隔壁を降ろす準備をするわ。あなたはそのマシンを運び出してちょうだい」
「任された。……さて、ここで奴らが生き延びるようなことがあれば自力で調べねばなるまい。このフィル・アルバラーズという少年について、な」
それぞれの行動を起こす中、アッチェレランドは呟く。それまで使っていたデータベースマシンを背負い、部屋を去って行った。
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(見て、フィルくん。連中が慌ててあっちこっち行き来してるわよ。もしかして、私たちが侵入してるってことがバレた?)
(その可能性もありますが……なんでしょう? それとはまた違う、緊迫感のようなものを感じます)
一方、地下三階まで降りたフィルたち。慌ただしく基地を駆けていく闇の眷属たちを見て、自分たちの存在を悟られたと考える。
が、どうやら違うようだ。すれ違う者たち全員が、荷物を手早くまとめ上のフロアへと走り去って行っている。
(シショー、アタイ何だかいやーな予感がするっす。早いとこ博士を見つけて、ここを脱出しましょーよ)
(ええ、そうですね。あの慌てぶり、何かがあったはず……アンネ様? どうしたんですか?)
フィルとイレーナが話をしていると、アンネローゼはその場にしゃがみ込んでしまう。不意に、脳内に映像が流れ込んできた。
自分のものではない、知らない記憶。それを見たアンネローゼは瞬時に理解する。これは母、リーナの記憶なのだと。
『よいか、リーナ。今回はこちら側で人為的に世界再構築不全を起こす。故に、安全は保証されているが……自然に発生するものは別だ』
『別、ですか』
『そうだ。自然に発生する世界再構築不全は、双子大地が一時的に混ざり合い、再び分離する現象だ。二つの大地を繋げるだけの人為的なものとは、根本的に危険度が異なる』
とある部屋の中に、リーナと老年の女がいた。どうやら、リーナの視点でアンネローゼは話を聞く状態になっているようだ。
『もし巻き込まれた場合、どうなるのです? 魔女長よ』
『簡単に言えば、二つの大地双方に身体が戻ろうとして肉塊に変貌する。まともに死体は残らない、巻き込まれれば遺体も遺品も回収不可能だ』
『お、恐ろしいものですね……』
『そうだ。幸い、自然に起きる世界再構築不全のサイクルは一、二年に一回程度。よほど運が悪くなければ巻き込まれることはないが……警戒は怠るな、リーナ』
そこまで見たところで、アンネローゼの意識は現実に引き戻される。それと同時に、彼女の中に眠る魔女としての勘が告げた。
今この場所で、世界再構築不全が起こると。そのことを、フィルたちに伝える。
(世界再構築不全……それがしも聞いたことがある。もし本当に起きるのだとすれば、すぐに退避しなければ我らも死ぬぞ)
(そういうわけにはいきません! 博士を見殺しになんて、絶対に出来ませんよ!)
『ピンポンパンポーン♪ こんにちは、シュヴァルカイザーとそのお仲間たち。遠路はるばる、カンパニーの要塞へようこそ』
その時、基地内にアナウンスの声が響き渡る。一斉にフィルたちが顔を上げる中、おちょくるような口調で新たな声が聞こえてくる。
『君たちの尋ね人は、この基地の最下層にいる。我々は手を出さない、引き取りに来るといい。もっとも、その人物はすでに毒を飲んでいる。間に合うかは保証しないがね。クハハハハ!!』
「そんな、博士が毒を……!」
「ってことは、博士……死んじゃったっすかぁ!?」
「いえ、博士が飲んだのはおそらく一時的に昏睡状態になる毒だと思います。というか、それ以外の毒は奥歯に仕込まないよう僕が廃棄しましたから」
基地内に響き渡るマインドシーカーの声に、思わず素の声を出してしまうフィルたち。やけにあっさりと情報を漏らす相手に、オボロは考える。
これはシュヴァルカイザーを誘い出すための、敵の罠だと。それにわざわざ乗る必要はないと、フィルを諭しにかかる。
「フィ……こほん。シュヴァルカイザーよ、これは相手の罠の可能性が高い。きゃつらもまた、世界再構築不全が起きることを察知したのだろう。それを利用し、貴殿を葬るつもりだ」
「だから潔く撤退しろ、と? そうは行きません。救える命があるのに、それを見て見ぬフリをするなんて僕には出来ません!」
「命、か。それがしには分からぬ。そこまで命というものに固執する意味が」
「そんなもの、これから学べばいいのよ。とにかく、ちゃちゃっと下に降りるわよ! 罠があっても、ぶち破って逃げりゃいいんだから! イレーナ!」
「はいっす! メテオシュート・マグナム!」
首を横に振るオボロを押しのけ、イレーナは床に向かって高威力の弾丸を放つ。床を破壊し、一気に下層へのショートカットを作り出す。
「私の勘だけど、例の現象が起こるまであと十五分もないわ。急ぎましょ、みんな!」
「ええ、行きますよ!」
フィルを先頭に、一行は穴から下へ飛び降りる。またイレーナが床を破壊し、穴から下へ……のサイクルを繰り返し、地下八階……最下層にたどり着いた。
時間が無いため、片っ端から扉や壁を破壊して部屋の中を見て回る。タイムリミットが迫る中、廊下の一番の部屋にてついにギアーズを見つけた。
「博士、博士! ……ダメですね、完全に意識を失ってます。解毒剤を飲ませないと起きませんね、これは」
「私が背負っていくわ。さ、すぐに脱出しましょ……」
アンネローゼが床に倒れていたギアーズを担ぎ上げた、次の瞬間。凄まじいブザー音と共に、四方の壁が頑丈な隔壁で閉ざされた。
『ハッハハハ! まんまと罠にかかったな、シュヴァルカイザー。世界再構築不全が起きるまで、あと二分だ。そのままくたばるがいい!』
「やはり罠でしたか。やれやれ……」
「落ち着いている場合なのか? ここからでは、二分以内に脱出するのはもう不可能であるぞ」
「いいえ、行けますよオボロ。みんな、僕に掴まってください! 『門』の二重解放で、基地へ帰還しますよ!」
追い詰められたかに見えたフィルだが、彼にはまだ切り札があった。以前アンネローゼに披露した、並行世界を渡る門の二重移動を用いた疑似テレポート。
それを用い、地下基地から脱出するつもりなのだ。そのことに気が付いたアンネローゼは、ホッと安堵の笑みを浮かべる。
「ああ、アレをやるのね! よかった、それならみんな助かるわ!」
「姐御、一体どういうことっすか?」
「詳しくは後です! 行きますよ……さん、に、いち、それっ!」
周囲の空気が揺らぎ始める中、フィルはアンネローゼたちに掴まれながら門を呼び出す。その中に飛び込んだ直後、視界がモザイクに覆われる。
見たこともないビル群が、殺風景な基地内を上書きするかのように現れるのを見ながら……一行は並行世界へと飛び込んでいった。