45話─敵との接触
仲間たちがシュヴァルカイザーの正体特定に奔走している頃。マインドシーカーは一人、とある街にある工具市場を訪れていた。
スーツの整備には質のいい工具が不可欠、ならば定期的に中身の人物が来る可能性が高い。そう判断してやって来たのだ。
(さてさて、シュヴァルカイザーの関係者が来ているか……散策してみるとしよう。時間はいくらでもある、毎日通っていればいずれ網にかかるだろう)
白杖を持ち、盲目を装ったマインドシーカーは市場を練り歩く。異様な格好をしているかの者を見て、通行人は振り返る。
が、盲人であることに気付きすぐ何でもないように歩みを再開する。盲目であることを知らせるために奇抜な格好をしている人を、彼らは見慣れていたのだ。
『今の人、凄い格好だったな』
『可哀想に、目が見えないのか。施しでもしてあげようか』
『今日は客の入りがいいぞ、いつもより儲かってるな』
「……ふむ。特に興味を惹かれる心の声は聞こえてこないな。やはり、そう簡単にはかからぬか」
白杖で地面を叩きながら、道を進むマインドシーカー。自身の持つ特殊能力を使い、通行人や市場で働く者たちの心の声を読む。
「そろそろ一時間は経つな。休憩がてら、進展があったかアッチェレランドたちに連絡を」
『ふーむ、この工具があればシュヴァルカイザースーツのさらなる改良が出来そうじゃな。買っておいて損はあるまい』
「! おやおや、これは……ククク、天は私に味方しているようだ」
しばらく市場を練り歩き、収穫を得られなかったマインドシーカーは休憩しようとする。その時、数メートル離れたところから心の声が聞こえてきた。
その方向に目をやると、一人の老人が工具店で品物を吟味しているのが見えた。工具新調のため、ギアーズが市場を訪れていたのだ。
「じいさん、どれにするかね?」
「ふーむ、ではこのセット一式をもらおうかの。代金はいくらじゃ?」
「こいつなら銀貨八枚でいいぜ。あと二枚付ければ運ぶのを手伝うが、どうだい」
「いや、気持ちだけ受け取っておくよ。こう見えても、まだまだ力は衰えておらんでな。釣りはいらん、取っといてくれ」
「あいよ、まいどあり!」
マインドシーカーに狙われているなど露知らず、ギアーズは買い物を終え市場を出る。それを見たエージェントも、後を追い動く。
(人気の無い場所まで行ったところで、奴を拉致してやる。捕らえさえすれば、我が能力で秘密を全て暴ける……ククククク)
市場を出たギアーズは、そのまま街の外に出る。人々で賑わう街道から逸れ、人気のない森の中へと入っていった。
(なんだ? 何故奴はこんな森の中に? 念のため、もう少し様子を見るか)
尾行されていることに気が付いているのか、そうではないのか。ギアーズの行動に不可解さを感じたマインドシーカーは、警戒を強める。
しばらくして、ギアーズは森の中の開けた場所にたどり着く。口笛を吹き、何かを呼び寄せ始めた。
「おーい、つよいこころ三十六号! 買い物が終わったぞ、荷物を載せてくれ」
「カシコマリマシタ。荷物ヲオ預カリシマス」
すると、成人男性より少し大きなヘラクレスオオカブト……の姿をしたドローンが現れる。ギアーズ謹製、情報収集用メカつよいこころ軍団の一角だ。
荷物運び用に造られた巨大カブトムシはさや羽を広げ、体内にギアーズが購入した荷物を収納する。一連の作業を終えた後、ギアーズは声を出す。
「……ところで、さっきからわしを尾行しておる者がいるようじゃが。一体何の用かのう、こんな老いぼれから金品でも巻き上げるつもりか?」
「クッククク、やはり気付いていたか。流石、シュヴァルカイザーの仲間は勘がいい。老いぼれとて侮れないな、え?」
「!? 貴様……カンパニーの刺客か!?」
愉快そうに笑いながら、マインドシーカーは隠れていた木から出て姿を現す。相手の言動から、カンパニーの刺客であることを見抜くギアーズ。
「貴様……」
「おっと、それ以上言う必要はない。何を考えているか当ててやる。『こいつはどこまで知っているのじゃ? 何故わしがシュヴァルカイザーと関係があることを知っている?』と考えているだろう?」
「! そこまで見抜いておるとは……。これは実にまずいのう」
心の中で思っていたことをバッチリ言い当てられ、ギアーズは冷や汗を流す。彼の勘が告げる。早急に逃げ出さなければ、まずいことになると。
「一つ断っておく。こうして相対した以上、もうお前が逃げることは出来ない。幻想の音色に捕らわれるのだからな!」
「何を言って……ん? なんじゃ、この音楽は」
つよいこころ三十六号に乗り、逃げ出そうとするギアーズ。その時、どこからともなく儚げなクラシック音楽が聞こえてきた。
直後、周囲の景色が変わる。森が寂れたゴーストタウンへと変貌し、ギアーズは驚愕してしまう。
「なっ!? い、一体何が起きた!? 幻……か? これは。ここはどこなんじゃ!?」
「知る必要はない。こうなった以上、もう逃げ場はない。ゲームエンドだ……お前の負けでな!」
「うぐっ!」
マインドシーカーは一瞬でギアーズの背後に回り込み、うなじに手刀を叩き込んで気絶させる。すると、音楽が止み景色が元に戻った。
「これで確保……」
「不審者発見! 攻撃開始!」
「っと。チッ、たかがムシのメカ風情が……粉々にしてくれるわ!」
倒れたギアーズを担ごうとすると、つよいこころ三十六号がマインドシーカーに襲いかかる。鋭いツノによる突きをかわし、つま先に仕込んだ刃を出現させつつ蹴りを入れるマインドシーカー。
一撃で相手を破壊し、沈黙させる。改めてギアーズを担ぎ上げ、魔法陣を足下に呼び出す。
「これでよし。後は基地へ戻り、情報を抜き出すだけだ……ククク、クハハハハハハ!!」
愉快そうに笑いながら、マインドシーカーはギアーズと共に姿を消した。その数分後、破壊されたつよいこころ三十六号が再起動する。
「ギ……ギ……。緊急事態ハッセイ、基地ヘ帰還……。シュヴァルカイザーニ報告……スル……」
ギアーズが攫われたことをフィルに知らせるため、緊急用のテレポートシステムを作動させるつよいこころ三十六号。
一方、フィルたちはオボロを交えて昼食を摂っていた。和気あいあいとした雰囲気の中で食事をしていた、その時。
「はい、フィルくん。あ~ん」
「ちょ、イレーナたちが見てますよ! さ、流石に恥ずかしいです!」
「気にしない気にしない。ほら、あ~ぶべ!」
「ぎゃあああああ!! あ、姐御が潰されちゃったっす~!」
フィルにあ~んしようとしていたアンネローゼの真上に、つよいこころ三十六号が現れた。踏み潰された恋人を慌てて救助し、フィルは何事かと驚く。
「一体、何があったんです? こんなにボロボロになって……まさか、ギアーズ博士の身に何かが……」
「ギギ……ホログラム……投影……」
つよいこころ三十六号は最後の力を振り絞り、ホログラムを投影する。ギアーズの身に起きた一連の出来事を知らせた後、力尽き機能停止した。
「博士が連れ去られた……。まずいですね、早く助けないと!」
「うー、いてて……でも、助けるってどこに行くのよ? 相手の居場所なんてまるで分からないじゃないの。闇雲に探しても時間のムダになるわ」
「それもそうですが……!」
恩人が攫われたことを知り、即座に奪還に向かおうとするフィル。そんな彼に、アンネローゼが待ったをかける。
敵の居所が分からないのに、闇雲に探し回ってもかえって時間のムダになるだけだと。焦るフィルに、オボロが声をかけた。
「なれば、それがしが力添え致そう。それがしのコアには、同士討ち防止のためにカンパニーのエージェントのデータが格納されている。そのデータを、この大地の地図と照合する」
「そうすれば、相手の居場所が分かるってこと?」
「左様にござる、アンネローゼ殿。今の映像に映っていたのは、特務エージェントのマインドシーカーで間違いない。相手が誰かさえ分かれば、それがしには簡単なこと」
アンネローゼの問いに、オボロはそう答える。基地内にある図書室に向かい、カルゥ=オルセナの地図とにらめっこしながら照合を始めた。
「アンネ様、イレーナ。照合が終わるまでに支度しますよ!」
「ええ!」
「はいっす!」
「待っていてください、博士。必ず貴方を助けますからね」
フィルたちによる、ギアーズ奪還作戦が幕を開けたのであった。




