44話─その名はオボロ
「ようやく来たのね、待ってたわ。こっちはもう準備を整えてあるわよ」
「うむ、ご苦労であったテンプテーションよ。これでワガハイたちも滞りなく仕事が出来るというもの」
「ええ、そうですとも。それにしても、こんな立派な基地をよく隠し通せたものだ」
夜、フィルたちが食卓を囲んでいる頃。カルゥ=オルセナの東の海の果てにある、絶海の孤島。侵略用前線基地六百六十六号に、エージェントたちがいた。
「まあね。この辺りは一面、島もなく海ばかり。この大地の技術じゃ、補給無しでここまでたどり着く手段がないのよ」
「だが、我々はポータルを用いて好きなだけ物資を補給出来る。隠れ家には持ってこいだな、ふふふ」
島の地下に築かれた要塞の一室にて、三人のエージェントは語り合う。そんな中、アッチェレランドは部屋の隅に置かれていた物体を見る。
「おや、あれは?」
「回収されたブレイズソウルのコアよ。今解析を進めている最中なの。少しでも相手の情報を集められないかってね」
「ほう、それは有意義だ。では、ワガハイも加わろう。マインドシーカー、お前はどうする?」
机の上には、再生装置に繋がれたブレイズソウルのコアが鎮座していた。シュヴァルカイザーの情報を得ようと、蓄積されたデータを解析しているらしい。
アッチェレランドは解析に加わるつもりのようだが、一方のマインドシーカーは……。
「私はいい。同胞のコアをいじるより、地道に情報を集めて回る方が楽しいのでね。では、行ってくる」
「あら、今から? 大陸の方は嵐よ、こんな夜に人が出歩いてるわけ……」
「わざわざ聞く必要はない。忘れたか? 私のエージェントコードの意味を。大地の民がいれば十分なのだよ、私にはな。言葉を交わす必要などない」
素っ気ない態度でそう言い残し、部屋を出て行ってしまった。残った二人は顔を見合わせ、やれやれとかぶりを振る。
「相変わらず、人付き合いの悪い奴だ。ま、奴の能力を考えれば単独で動いてもらった方が都合がいいのだが」
「それもそうね。さ、こっちもこっちで始めるわよ。もう七割方終わってるから、残りを頼むわ」
「うむ、任された。一曲奏で終わる前に、解析を終わらせよう」
アッチェレランドが指を鳴らすと、左肩が盛り上がりレコード盤を納めるためのくぼみが現れた。どこからともなく取り出したレコードを入れ、肩に戻す。
すると、優雅なクラシック音楽が流れ始めた。イントロを聴いた瞬間、テンプテーションは嫌そうな顔をする。
「……これ、カンパニーの社歌じゃない。こんな時にまで聞きたくないわ、耳にタコが出来るくらい聞いたもの」
「まあ、よいではないか。これを聞きながら、初心に返りじっくりと解析を……な」
「まあ、いいわ。それじゃ、始めるわよ」
アッチェレランドの体内から響くヴァルツァイト・テック・カンパニー社歌を聞きながら、二人は解析作業を行う。
その先に、シュヴァルカイザーの正体に関する手がかりがあることを、この時はまだ二人とも知らずにいた。
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「ふー、やっと完成したっすね。あり合わせのパーツでも、案外なんとかなるもんなんすね!」
「ええ、研究所で貰ってきたくず鉄が役に立ちましたよ。後は、胸部にコアをはめ込めば完成です」
翌日の昼。フィルとイレーナは朝からラボに引き篭もり、研究所から持ってきたアンドロイドの修復作業をしていた。
本当はギアーズに手伝ってもらうつもりだったが、用事があると朝から出掛けてしまったため二人でやることになってしまう。
作業はかなり難航したものの、無事欠損部位を補うことが出来た。後はコリンから貰ったコアを接続し、起動させるだけだ。
「胸の部分を閉めて……これでよし、と。さ、起動させますよ。危ないから離れて、イレーナ」
「りょ! さてさて、無事起動するか楽しみっすね。そいじゃー、スイッチオン!」
修復されたアンドロイドを床に座らせ、大型魔力バッテリーとコードで繋ぐ。イレーナがバッテリーを起動させると、魔力が流し込まれていく。
少しして、魔力の充填が終わる。アンドロイドの目に光が灯り、ゆっくりと動き始めた。
「……? ここは、どこだ? 何故、それがしは起動している……?」
「おお、やったっすよシショー! 無事に起動したっす!」
「ええ、やりましたね! 大成功ですよ、これは!」
起動したアンドロイドは、ぼんやりと自身の手を眺める。フィルとイレーナが大喜びする中、アンドロイドは彼らに声をかけた。
「そうか、貴殿らがそれがしをよみがえらせてくれたのか。かたじけない、感謝する」
「いえ、気にすることはないですよ。……それにしても、随分古風な話し方をしますね」
「それがしの名はオボロ。ヴァルツァイト・テック・カンパニーにて製造されたサムライ型戦闘アンドロイド。お二人とも、これよりよろしくお頼みもうす」
アンドロイド……オボロはそう口にし、フィルたちに頭を下げる。フィルとイレーナも、オボロに自分の名を伝えた。
「僕はフィルと言います、こちらこそよろしく」
「アタイはイレーナっす! オボロ、よろしくっすー!」
「御意。お二方の名前は覚えた。……む? 何やら身体が軽いと思えば、装甲が無いな。少しお待ちを、形式復元機能を使いまする。……むん!」
互いに自己紹介を終えた後、オボロは立ち上がり魔力を解放する。すると、身体を構成している雑多なパーツが変形を始めた。
くず鉄を使って修復された部分が、素体と馴染むように形を変えていく。一分もしないうちに、オボロは黄色い鎧武者へと変貌を遂げた。
「おおおおお!? すげーっす、カッコイイっす! まさかこんな機能があったなんて、アタイ驚いたっす!」
「なるほど、それがオボロさんの本当の姿なんですね? 見違えるくらい立派な姿になりましたね」
「呼び捨てで構わぬ、主よ。貴殿たちはそれがしの恩人。戦いしか能が無いが……必要とあれば、いつでも振るおう。この妖刀『九頭龍』を」
大興奮するイレーナと、興味深そうにしているフィルにそう答えるオボロ。右手を左腰に添え、居合い斬りの構えを取る。
すると、オボロの左腰に黒い鞘に納められた刀が現れた。柄を掴み、スラリと引き抜くと……美しい刃紋が刀身に浮かんでいた。
「妖刀……どこか不穏な雰囲気をはらんでいますね、その刀。見ているだけで、吸い込まれそうです」
「この刀は呪われている。持ち主を九回まで死から守るが……十回目には、惨たらしい最期をもたらす。そんな曰く付きの品なのだ」
「な、なんか怖いっすね……オボロは平気なんすか? そんな物騒なの持ってて」
イレーナに問われたオボロは、パチンと刀を鞘にしまう。口角を僅かに上げ、涼しい顔で答えた。
「心配ご無用。それがしはすでに九回の救済を受け、最期を迎えた身。もはや、妖刀の呪いを受けることはない」
「だといいんですけどね……」
「フィルく~ん、お腹空いたー。そろそろお昼ご飯……って、ギャー! 誰、誰なのよこの鎧武者ー!?」
フィルがしげしげと刀を見ていると、ラボにアンネローゼがやって来た。遅くなった昼食の催促に来たのだが、オボロを見てびっくり仰天する。
「ああ、昨日貰ってきたアンドロイドを再起動したんですよ。彼はオボロ、仲良くしてあげてくださいね」
「オボロと申す。新参者ではあるが、よろしく面倒を見ていただければ幸いに御座りまする」
「そ、そう。私はアンネローゼ。よろしく、オボロ」
アンネローゼは自己紹介し、オボロと握手を交わす。こうして、新たな仲間が一人加わったのだった。
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「……む。テンプテーション、今のところを巻き戻せ。もう一度、そこの音声を聞きたい」
「いいわよ、ここね?」
その頃、メルクレアたちはコアの解析をほぼ完了させていた。音声データを再生していたところ、アッチェレランドがあることに気付く。
『ちょろちょろと目障りな。だが、それももう終わりだ。この翼を食い千切ってしまえば、貴様はもう飛べん!』
『よくもやってくれたわね……フィルくんが作ってくれたスーツを!』
『フィル……? 何者だ、そいつは』
『許さない……アンタだけは! 絶対に許さ』
「当たりだ、テンプテーション。シュヴァルカイザーの正体解明に、一歩近付いたぞ」
音声データを巻き戻した結果、彼らは知った。ホロウバルキリーが叫んだ名前の人物が、シュヴァルカイザーの関係者であることを。
「そのようね。すぐに本社に連絡を。データベースを検索するわ。フィルという名前を持つ人物を片っ端から調べるわよ」
「クッハッハッハッ! これは楽しくなってきたぞ! シュヴァルカイザー……お前を包む謎という名のベール、必ず剥がしてやるぞ!」
少しずつ、エージェントたちはシュヴァルカイザーの正体を暴き始めていた。