42話─同盟結成
「それは……どういうことですか?」
「悪いが、わしの口からは言えぬ。守秘義務があるのでな、どうしても知りたければ本人たちと対峙して聞くしかない」
不穏な言葉に、フィルは表情を険しくする。だが、コリンは何も教えてくれなかった。紅茶を飲み干した後、席を立つ。
「それに、そなたらは知らぬ方が幸せだと言えよう。少なくとも、知ってしまえばこれまでのように活動が出来るか分からん。それは得ではなかろう?」
「何だかもやもやするわね……でも、知らない方がいいってんなら聞かなくていいわ。どうせロクでもない内容だろうし」
「うむ、賢いのうアンネローゼは。好奇心は猫をも殺す……覚えておくがよい、いつだって破滅の始まりは些細な好奇心からじゃよ」
知られたくないなら、わざわざ探ってまで知る必要はない。スッパリそう見切りをつけたアンネローゼに、コリンは頷く。
「わざわざ連れてきて悪かったの。わしからの話はこれで終わり……っと、もう一つあったわ。そなたら、ヴァルツァイト・ボーグと戦っておるじゃろ?」
「ええ、そうですけど」
「なら、一つ頼みがある。わしらは今、あやつを弾劾するための証拠を集めておる。その証拠集めを手伝ってはもらえぬか?」
もう一つ大事な話があったことを思い出し、コリンはソファに座る。マリアベルが紅茶のおかわりを淹れる中、フィルが問う。
「証拠、ですか」
「うむ。あやつはフィニス戦役の後で神々との間に結ばれた、二百年の不可侵平和条約を破り進攻を始めた。そなたらの住む大地、カルゥ=オルセナへ」
「ええ、みんな迷惑してますよ。カンパニーのせいで、どれだけの人が運命を狂わされたか」
紅茶を飲みながら、フィルはチラリとアンネローゼを見る。彼女もまた、カンパニーの陰謀によって人生を狂わされた被害者の一人だ。
当事者であるアンネローゼも、クッキーを食べながら頷いていた。貴族令嬢としての人生を失うことになった元凶への怒りは、今も消えていない。
「なら、さっさとダンガイ? しちゃえばいいじゃないっすか」
「そうしたいのは山々じゃが、奴は正当な理由に基づく侵攻だと抜かしておってな。それが不当なものだと暴かぬ限り、手が出せんのじゃ」
「なるほど、それで証拠を集める必要があると。ヴァルツァイトの侵略が、よこしまな理由に基づくものだと証明出来れば……」
「うむ。奴は王位を失い、カンパニーの社長からも退かざるを得なくなる。そうすれば、全て丸く収まる。どうじゃ、協力してくれるか? してくれるなら、相応の協力はしようぞ」
コリンの言葉に、フィルとアンネローゼは頷く。どの道、カンパニーの勢力を完全に撤退させるつもりでいるのだ。
単独では困難なことも、協力者がいれば達成も容易くなる。そう考えての決断だった。話が纏まり、コリンは嬉しそうに笑う。
「そうかそうか、協力してくれるか。では、前金代わりに礼をやろう。マリアベル、例のアレをここへ」
「かしこまりました、旦那様」
コリンに命じられ、マリアベルは応接間を出る。少しして、小さな箱を持って戻ってきた。箱を主人に手渡し、一礼して部屋の隅に下がる。
箱を机の上に置き、蓋を開けるコリン。フィルたちが中を覗くと、黄色い光を明滅させる丸い物体が納められていた。
「これは……アンドロイドのコアですね。まだ生きているようですね……どこでこれを?」
「証拠を探そうと、カンパニーが使っているゴミ集積場に侵入した時に見つけたんじゃよ。戦利品として持って帰ってきたはいいが、わしには使い道がなくてな。そなたなら、使い道があると思うての。それを贈呈しよう」
「おお、やったっすねシショー! このコアを使えば、キョーリョクなインフィニティ・マキーナが造れるかもしれないっすよ!」
コアを眺め、大はしゃぎするイレーナ。そんな彼女を見つめ、微笑むコリン。
「フィル。そなたにも弟子がおるのじゃな」
「ええ。凄いですよ、イレーナは。マキーナを造る才能は、僕の遙か上をいってますから」
「……大切にするのじゃぞ、弟子を。師弟の絆は、血の絆に次ぐ尊いものじゃからな」
「ええ、分かりました」
「うむ。長々と話をして悪かったな。マリアベル、彼らを元いた場所へ送ってやっておくれ」
「はい、かしこまりました」
話が終わり、フィルたちはマリアベルに連れられ別荘を後にする。見送りを終えて戻ってきた従者に、コリンは声をかけた。
「のう、マリアベル。覚えておるかえ? 百年前……ゲーニッツの研究所で見た映像のことを」
「はい、覚えております。ある意味、あれがフィニスとの邂逅の瞬間でしたから」
「うむ。その時に、見たじゃろう? ダイナモ電池を作り上げた、二人の人物を」
遠い昔に、コリンとマリアベルはすでにフィルとギアーズのことを知っていた。彼らは見たのだ。遠い未来での、ヒーロー誕生の一幕を。
「あの時からずっと、わしは疑っておった。あの映像に映っていた者たちが、いずれフィニスを超える敵として立ちはだかるのかもしれぬと」
「ですが、その心配は杞憂に終わりましたね。彼らならば、きっと成し遂げてくれるでしょう。ヴァルツァイト・ボーグの陰謀を、白日の下へ……」
「そうじゃな。では、わしはわしでやれることをしようか。……限りなく望みは薄いが、リオたちに陳情せねばなるまい。カルゥ=オルセナに手を出さぬようにとな」
フィルたちが去った後、コリンたちはそんな会話を行う。かつての英雄と今を生きる英雄、二人の同盟が動き出した。
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「失礼します、社長。特務エージェント、マインドシーカー……馳せ参じました」
「同じく特務エージェント、アッチェレランド……主命により着任しました」
その頃、ヴァルツァイト・ボーグは戦死したキックホッパーとブレイズソウルの後任となるエージェントの選定を終え、社長室に呼び出していた。
片方は、真っ白なローブを身に付けた人物だ。顔は縦に『心眼』と書かれた白い布で覆われており、素顔を見ることは出来ない。
もう片方は、タキシードを着て立派なカイゼルヒゲを生やした中年の男だ。腰には指揮棒を差しており、頭には白い巻き毛ロングヘアのかつらを被っている。
「うム、よく来てクれた。すでニ通達した通リ、先任ノ二人がシュヴァルカイザーとホロウバルキリーに敗れ死ンだ。君たちニは、彼らの後任トして任務に当たってモらいたイ」
「かしこまりました。そのシュヴァルカイザーたちを滅すればよいのでしょう? 簡単なことです、私たちにとってはね」
「ワガハイたちの手にかかれば、クラシックを一曲奏で終わる前にケリがつきましょう。このアッチェレランドの殺人戯曲があれば……フフフ」
ヴァルツァイトの指令を受け、マインドシーカーとアッチェレランドは自信満々に答える。頼もしい言葉に、ヴァルツァイトは目を細める。
「そうカ。では、期待シていルぞ。だが、クれぐれも油断ハするナ。キックホッパーとブレイズソウルを倒す手練れダ、気を抜けば死ヌ。それを忘レるな」
「かしこまりました。では、早速現地に向かいます。テンプテーションと合流し、反撃に出ます」
「吉報をお待ちくだされ、社長。ワガハイたちが必ずや、邪魔者どもの首を持ち帰ってきましょうぞ! ガッハハハハハ!!」
「うむ、デは行くがいイ! シュヴァルカイザーたちヲ討ち取るのダ!」
フィルたちが新たな目標に向かって動き始めたのと同時に、カンパニーもまた新たな刺客を動員する。両陣営の戦いは、新たなステージに入ろうとしていた。




