40話─闇との邂逅
歴戦のツワモノであるアシュリーとカトリーヌだからこそ、目の前にいる相手の危険性を的確に把握することが出来た。
大切な仲間を傷付けられた者の怒りは、時におぞましい狂気と残虐性へ変わる。特に、アシュリーはそのことを実体験として知っている。
故に、二人は警戒を強める。最悪、両方死ぬことも覚悟していた。
「……こりゃ、謝っても引いてくれそうにねぇな。カティ、『アイツ』を呼ンでくれ。誰も死なせずにこの場を収めるには……」
「そうねぇ。『彼』がいないと無理ね。じゃ、魔法石を」
「させないわよ! 土手っ腹ブチ抜いてやるから覚悟しなさい!」
救援を呼ぼうとした瞬間、隙が出来る瞬間を待っていたアンネローゼが動く。槍をブン投げ、カトリーヌを狙う。
間にアシュリーが割って入り、飛んできた槍を弾き落とす。直後、アンネローゼの渾身のドロップキックがアシュリーに炸裂した。
「オラァァァ!!」
「ごはっ! ンのやろ、やりやがったな!」
「あわわ……た、大変なことになってきたっす……!」
腹に蹴りを食らい、アシュリーは遠くに吹っ飛ぶ。即座に立ち上がり、追いかけてきたアンネローゼに飛びかかった。
キャットファイト……と呼ぶにはあまりにもカゲキが過ぎる取っ組み合いが始まった。あまりの問答無用な戦いに、イレーナの涙も引っ込んでしまう。
「オラッ! その顔ボコボコにしてやる! 覚悟しなさい真っ赤ヤロー!」
「っせぇぞテメー! 調子に乗ってンじゃねえぞ、ションベンくせぇ小娘が!」
「あら~……これは止められないわ~。シュリ、ああなると周りが見えなくなっちゃうのよね~」
地面を転がり、相手に馬乗りになって数発殴っては位置が変わり、殴っては殴り返されて……を繰り返す二人。
連絡を終えたカトリーヌは、割って入るのは危険と判断し見学することにした。メディカルキットでの治療を終えたフィルは、地面に座り問う。
「……いいんですか? 仲間なのでしょう、彼女は」
「そうなんだけどね~。ほら、よくあるでしょ~? ああやって好きなだけケンカさせた方が、かえって仲良くなれるってやつ~」
「おお、なるほど! こーどな作戦ってやつっすね!」
「いえ、絶対違うとおも……う、いたた」
治療してもらったとはいえ、アンネローゼたちの間に割って入って戦いを止めるのはまだ無理なフィル。ツッコミを入れつつ、おとなしく観戦することにした。
「食らいなさい! 伝家の宝刀、アバラ折りマシンガンパンチ!」
「しゃらくせえ! ンなひ弱なパンチ効くかってンだよオラァ!」
「……そういえば、カトリーヌさんたちはヴァルツァイト・ボーグとは無関係なんですよね? では、何でこの大地に?」
「それがね~、わたしたちの旦那様が救援依頼を受けて~。百年前の『借り』があるから、断れずに引き受けることになったのよ~」
数メートル先で壮絶な殴り合いが行われている中、フィルとカトリーヌは平然とそんな会話を行う。イレーナはどうしていいか分からず、あたふたしていた。
「借り……それはもしかして、フィニス戦役に関係することですか?」
「そうよ~。さっきから、随分食い付いてくるのね~。ふふ、もしかしてあなた……ウォーカーの一族だったりするのかしら?」
「!?」
微笑みながらそう問いかけられ、フィルは動揺を隠せない。何故いきなりそんな質問をされたのか理解出来ず、頭が混乱してしまう。
「な、何故そんな質問を?」
「うふふ。だって~、あの戦い以来ウォーカーの一族は没落することになったんだもの~。若い世代は、伝聞でしか知らないだろうし~。自分たちの没落の理由を探ろうとしてる子がいても、おかしくないでしょ~?」
「そ、それは……」
「その反応、やはりウォーカーの一族か。カマをかけて正解だったな、カトリーヌ」
フィルが動揺していたその時、頭上から男の声が聞こえてくる。直後、フィルとイレーナ、アンネローゼ、アシュリーたちは地面に倒れてしまう。
身体を起こそうとしても、何かに吸い付けられているかのように指一本動かせない。幸い、フィルは仰向けに倒れたため男の姿を見ることが出来た。
「おおおおお!? か、身体が動かないぃぃぃ!!」
「来やがったか、アイツ……!」
「あら~、意外と早い到着ね~ラインハルト。おかげで助かったわ~」
「全く……お前たちならば大丈夫だろうと信じて送り出したコーネリアスの顔に、泥を塗るつもりか? 私が来られたからいいものの、一歩間違えれば大惨事なのだぞ」
現れたのは、白いコートを身に付けた長身の優男だった。手足を鋼の篭手と具足で覆い、宙に浮かんでいる。
「ごめんなさ~い、ちょっとトラブルが起きちゃって」
「まあいい。そのおかげで、大きな収穫があったからな。シュヴァルカイザーといったか。悪いが、我々と共に来てもらう。ウォーカーの一族であるなら、捨て置けんからな」
「ちょっと……待ちなさいよ!」
男……ラインハルトは倒れているフィルに手を伸ばす。その時、アンネローゼが身体を起こし立ち上がった。
「ほう、立てるのか。磁力を操って地面に貼り付けておいたのだが……」
「ごちゃごちゃうっさいのよ、さっきから! 言っとくけど、私の目の前でシュヴァルカイザーを浚おうなんて許さないんだから! アンタら三人、ここでぶちのめしぶべっ!」
「ホロウバルキリー!」
「悪いが、遊んでいる暇はないのだ。この者がどの氏族に属する者なのかを調べねばならん。もし『過激派』の一族であれば……処さねばならないのだよ」
フィルの元へ戻ろうとするアンネローゼ。が、磁力が強まったことで再び倒れてしまう。それでも、アンネローゼは地を這い前に進む。
「勝手な理屈、ゴタゴタ並べてんじゃないわよ……! シュヴァルカイザーが、フィルくんがアンタたちに何かした!? 罪のない人たちを傷付けたりした!? してないわよ、悪いことなんて何も!」
「ホロウバルキリー……」
「それどころか、いつだってフィルくんは正しいことをしてきた! 故郷で迫害されても、冒険者ギルドに裏切られても! 決して悪の誘惑に負けなかったのよ。それを、ウォーカーの一族ってだけで断罪しようなんて……私が許さない!」
ラインハルトを睨み付けながら匍匐前進し、ついにアンネローゼはフィルの元にたどり着く。全身に力を込め、立ち上がろうとしたその時。
「もうよい、ラインハルト。この者らの心はよく分かった。拘束を解いてやるがよい」
「……了解した、コーネリアス」
「! コ、コリン! ラインハルトと一緒に来てたのか!」
「うむ。何やらこじれておるようじゃからのう、もうわしが直接出向いた方が早いと思うてな」
地面に黒い魔法陣が現れ、その中から一人の少年が姿を現した。漆黒のマントで全身を覆い、右手には杖を持っている。
コーネリアスと呼ばれた少年に告げられ、ラインハルトは磁力による拘束を解除する。アンネローゼは立ち上がり、即座に相手に食ってかかる。
「アンタがどこの誰かは知らないけど……こんなことしてタダで済むと思ってんの!?」
「うむ、わしの仲間が済まないことをした。もっと穏便にコトを進めるつもりだったのじゃが……」
「ごめんなさ~い、コリンくん」
「わりぃ……ちっと頭に血が昇っちまった」
コリンに睨まれ、カトリーヌとアシュリーは頭を下げる。ため息をついた後、コリンはフィルたちの足下に魔法陣を出現させた。
「! これは!」
「ひえっ! アタイらホントに連れて行かれちゃうんすか!?」
「悪いが、今回はわしと一緒に来てもらう。ヴァルツァイト・ボーグのことで話があるでな」
「ヴァルツァイトのことで……? 貴方は一体、何者なのですか?」
フィルに問われ、コリンは咳払いをする。フィルとアンネローゼ、イレーナを順に見た後、自己紹介を行う。
「では、名乗るとしよう。わしはコーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルク。天の神々と闇の眷属の血を継ぐ半神にして……序列第三位の魔戒王じゃよ」
「えっ……!?」
「えええええ!?」
「ウッソ、こんながきんちょが闇の眷属の親だ……アイタッ!」
「口を慎め、小娘。次にそんなことを言ったら、そのアーマーごとスクラップにするぞ」
フィルたちが驚く中、無礼なことを言うアンネローゼにラインハルトの鉄拳が落ちる。魔法陣を起動し、コリンは手を広げた。
「では、そろそろ帰ろうか。わしらの住む大地……イゼア=ネデールへと!」
直後、魔法陣から光が溢れ出しフィルたちの身体を包み込む。光が消えた後、彼らの姿はなく……無人の広野が広がっていた。