39話─赤き獅子、青き猛牛
「食らいな、華炎十字払い!」
「させない、はぁっ!」
「うおっ、結構パワーありやがるな!」
アンネローゼがルズマールをボコボコに叩きのめしている頃、フィルは対峙する強敵たちと激闘を繰り広げていた。
アシュリーの攻撃を剣で受け止め、そのまま弾く。相手がよろけたところに、すかさず追撃を叩き込もうとするが……。
「今だ! シュヴァル」
「させないわよ~? そ~れ、アイスボール・ショット!」
「うわっ!」
「っと、済まねえなカティ。助かったぜ」
「うふふ~、気にしないでシュリ。わたしたちの仲の良さを見せつけてあげましょ~」
「また、ですか。あの二人、相当場数を踏んでますね……息の合い方が尋常ではありませんよ」
後方で待機していたカトリーヌが、ハンマーで氷の塊を飛ばしてきたのだ。フィルが攻撃を避けている間にアシュリーは下がり、態勢を整える。
抜群のコンビネーションを前に、フィルはあと一歩のところで攻めきれずにいた。二人の連携を侮っていたことを、内心猛省する。
(一人では少し厳しいですね。とはいえ、イレーナはまだ経験不足。アンネ様は本隊の殲滅で忙しいとあれば、ここは守りを固めて……)
「へっ、ったりめぇよ。こちとら『フィニス戦役』で身体張ったンだ。そう簡単に負けねっての」
「!? な、なんですって!? その話、詳しく聞かせてもらえませんか!?」
「あら~、何だか凄く食い付いてきたわね~。うふ、それじゃあ~、わたしたちに勝てたら教えあげる~。メタル・クラッシュ!」
気になるワードが飛び出し、フィルは興味を持つ。そんな彼にそう言いつつ、今度はカトリーヌが前に飛び出した。
片手で軽々と身の丈ほどもあるハンマーを振り回し、フィルを叩き潰さんと攻撃を仕掛ける。
「そ~れ!」
「そうはいきませんよ! 武装展開、マナ・スカイハイブーツ!」
「あら~!?」
それに対し、フィルは靴の底から魔力の風を噴射してスイーッと横にスライドする。攻撃を空振ったカトリーヌは、情けない声をあげひっくり返った。
「いや~ん、かっこ悪いわ~」
「隙アリ! シュヴァル……」
「させねっつーンだよ!」
「ええ、でしょうね。言っておきますが……そう何度も僕をやり込められると思ったら大間違いですよ! マナリボルブ:アイス!」
カトリーヌを攻撃しようとするフィル。そこへすかさず、アシュリーが妨害にやって来た。しかし、そう何度も妨害を許すほどフィルは愚かではない。
今回はキッチリ、相手を返り討ちにするための算段を立てていた。カトリーヌを攻撃する『フリ』をすれば、必ずアシュリーが助けに入る。
それを見越し、即座に攻撃対象を切り替えられるよう身構えていたのだ。その策が功を奏し、見事アシュリーに魔力の弾丸が炸裂した。
「おおっ! さっすがシショー、凄いっす!」
その様子を離れた場所から見ていたイレーナも、手を叩いて大喜びしている。
「クッソ、何だこれ!? 身体が凍っていきやがる……! シュヴァルカイザー、てめぇ何しやがった!?」
「少しずつ貴女の身体を凍り付かせる、特殊な弾丸を撃ち込んだんですよ。自慢の炎で氷を溶かし続けないと、全身氷漬けになりますよ?」
「チッ、やってくれたな! ……ここまでやりやがるたぁ、ちっと甘く見過ぎてたな。命令違反になるが、してやられたままおめおめ帰れねぇ。カティ、アレやるぞ!」
「よっこいしょ……って、本気なのシュリ!? そこまでやったら、もう引き下がれないわよ~?」
身体を浸食してくる氷を溶かしつつ、アシュリーは相棒に向かって叫ぶ。ようやく態勢を立て直したカトリーヌは、細い糸目を見開き驚く。
(なんだ? あの二人、何をしようとしているんだ? 嫌な予感がする……何としても阻止しないと!)
「何をするつもりかは知りませんが、させませんよ!」
「へっ、もう遅ぇ! 行くぜ……星魂顕現・レオ!」
「ああもう、後でコリンくんに怒られても知らないわよ~? 星魂顕現・タウロス!」
フィルがトドメを刺そうとした瞬間、アシュリーとカトリーヌの身体が光に包まれる。あまりのまばゆさに、フィルは足を止めてしまう。
光が消えた後、そこには……大きく変貌した赤青コンビがいた。
「ふぅ……ざっと百年ぶりか? この姿になるのはよぉ。星の力が必要な強敵なンて、久しく出てきてねぇからな」
獅子のたてがみの如く燃え盛る炎を兜へ変え、身に纏うアシュリー。煌々と燃える炎は、消えることのない闘争心を表しているかのようだ。
「あ~あ、思わずわたしもやっちゃったわ~。これじゃあ、後には引けないわね~。もう、シュリったら」
一方、カトリーヌは頭に牛のような鋭い二本のツノが生えていた。両足は分厚い氷に覆われ、これまた牛のヒヅメのようになっている。
「そ、その姿は一体……!?」
「知らねえようだな。なら、教えてやるよ。アタイとカトリーヌは、星の力を持つ戦士……『十二星騎士』の一角」
「そして、とある魔戒王に仕える大魔公でもあるのよ~。うふふふ」
「……これはまずいですね。僕一人では勝てるかどうか……」
真の力を解放したアシュリーたちを見て、フィルは冷や汗を流す。ヒーローとしての直感で悟ったのだ。自分一人では、彼女たちに勝てないと。
「うふふ、遠くのお空にいるお友達を呼んだ方がいいと思うわよ~? 一人で相手するには、荷が重いわよ。わたしたちは」
「!? い、いつからイレーナの存在に気が付いていたんですか!?」
「最初っからな。アタイらを甘く見ない方がいいぞ? 何度も言うがよ、こちとらフィニス戦役生き延びてんだ。年期ってやつが違うンだぜ! やれ、カティ!」
アシュリーの合図を受け、カトリーヌはヒヅメで地面を掻く。闘牛のような威圧感を全身から放ちながら、フィル目掛けて突進する。
「は~い! 行くわよ、カウベル・ロケット!」
「はや……くっ! マナ・スカイハイブーツ!」
「逃がさないわよ~! フリージングターン!」
「!? 氷の棒を掴んで向きを!?」
「え~い☆ ビッグホーン・バスター!」
一度は突進を避けたフィルだったが、カトリーヌは前方の地面を凍らせ氷の棒を生成する。棒を掴んで無理矢理Uターンし、再度フィルへ突進する。
まさかの進路変更に対応し切れず、フィルはツノの一撃を食らい跳ね飛ばされてしまう。凄まじい衝撃に脳が揺れ、意識がブラックアウトしかける。
「あぐっ……!」
「お次はアタイだ、さっきの礼をしてやるよ! フレアクーゲル・スピア!」
すかさずアシュリーが飛び上がり、倒れたフィル目掛けて槍を向け急降下する。狙うは、ツノの一撃を食らい強度が下がった部分だ。
頑強さがウリのシュヴァルカイザースーツとはいえど、本気を出した星騎士の連携攻撃を受ければタダでは済まない。
「あわわわ、大変! このままじゃシショーが……そんなこと、させないっすよ!」
師の危機に、イレーナが動く。認識阻害の魔法を解除し、急加速してフィルとアシュリーの間に割って入る。
「だめーーーー!!!」
「ぐ、イレー、ナ……」
「うおっ!? てめぇいきなり入ってくンな! 関係ない奴傷付けたらヤキ入れられちまうンだよ!」
目をかっ開き、アシュリーは無理矢理身体を捻って槍を逸らす。結果、互いの身体がぶつかったもののイレーナに怪我をさせずに済んだ。
「あり、がとう。イレーナ、おかげで助かり……うう」
「シショー、大丈夫っすか!? 今メディカルキットで手当てするっす、死なないでー!」
「うう、居心地悪いわぁ。シュリ、やっぱりこれはやり過ぎよ~」
「うぐ……危うく関係ない奴を殺しかけちまったからな。しょうがねぇ、任務はほぼ達成したしここいらで退散」
「ねえ、何してるのかしら? 人の恋人ボロボロにして、弟子を泣かせて……そのまま帰れると思ってる?」
ポロポロ涙を流すイレーナを見て、流石にバツの悪さを感じたアシュリーは槍を収める。そのまま撤退しようとするが……。
残念ながら、お天道様が許しても運命が許してくれなかったようだ。ドス黒い殺意に満ちたアンネローゼの声が、アシュリーの元に届く。
「ンなっ!? お、おめぇはもう一人の仲間! もう片付いたのかよ!?」
「ええ、あんなモグラと闇の眷属どもなんてちょちょいのちょいよ。で、シュヴァルカイザーが心配で戻ってきたんだけど……」
「あ~……これはまずいわ~……」
フィルを傷付けられ、イレーナを泣かされ……鬼神の如く怒り狂うアンネローゼ。完全に目が据わっており、睨まれたカトリーヌは脂汗を流す。
「あんたら……全身の骨バッキバキにへし折ってやるから覚悟しなさい! ついでに奥歯引っこ抜いて【ピー】にブッ込んでやる!」
鬼神と化したアンネローゼによる、ルール無用の残虐ファイトのゴングが高らかに鳴らされた。