37話─模擬試合、フィルVSイレーナ
シュヴァルカイザーVSデスペラード・ハウルの模擬試合。序盤の攻防が終わり、今度はシュヴァルカイザーが仕掛ける番だ。
「では行きますよ! 秘技、瞬転斬舞!」
「わわわっ、はやっ!? み、見切れないぃぃ!」
フィルは一気に加速し、訓練場を飛び回りながら斬撃の嵐をイレーナに見舞う。威力こそだいぶ加減してはいるが、スピードは手加減無し。
イレーナは攻撃をまるで見切れず、いいように攻撃されっぱなしだ。半ばパニックに陥っている彼女に、ギアーズが助言をする。
「落ち着け、イレーナ! デスペラード・ハウルの弱点とその克服策を仕込んだのを忘れるな! 今がその策を打つチャンスじゃぞ!」
「ハッ! そ、そうだったっすね! よし、やってやりまっす!」
「気を付けて、フィルくん! 反撃が飛んでくるわよ!」
ギアーズのアドバイスを受け、イレーナの声から震えが消えた。ヒーローとしての経験とアンネローゼの声から、フィルは直感で悟る。
手痛い一撃が来る、と。故に、彼は選ばなければならない。一旦攻撃を止めて反撃から逃れるか、反撃が来る前にケリを着けるかを。
(ここは安全策を取って、一旦回避を優先……。いや、それじゃダメだ。今回の模擬試合の目的は、新しいインフィニティ・マキーナの性能テスト。なら!)
一度は安全策を取ろうとするフィルだが、思い直し攻撃を続行する。これから共に戦う仲間として、デスペラード・ハウルの性能を熟知しなければならない。
そのためには、多少自分が傷付くことになろうとも戦いの中で見極める方が速い。そう考え、フィルは反撃に備える。
「今っす! これでも食らえっす、シショー! リアクティブ・パンツァー!」
「! 装甲が炸裂し……うあっ!」
「フィルくん!」
イレーナの右肩を斬り付けたその瞬間。マキーナの表面装甲が爆発し、剥がれた装甲の破片がフィルに直撃した。
反撃を受けて吹っ飛ぶフィルを見て、心配の声をあげるアンネローゼ。一方のイレーナは、反撃を決められたことを喜ぶ。
「や、やったー! シショーに一発入れられたっす! 博士、アドバイス感謝するっすー!」
「ほっほっほっ、ようやったぞイレーナ。うむ、新機構は上手いこと作用したようじゃな。これでまた、新しい理論が……ふふふふふ」
見事カウンターを成功させたイレーナを見ながら、ギアーズはこの半日の出来事を思い出す。それは、デスペラード・ハウルのコンセプトを決める話し合いでの事だった。
『ふむ、銃撃特化型か。確かに、シュヴァルカイザーは遠近両方のバランス型、ホロウバルキリーはどちらかと言えば白兵戦型……遠距離特化型はおらぬな』
『でしょ!? でしょ!? そこで、今回新しく作るインフィニティ・マキーナは遠距離特化型にしようと思うんすよ!』
『確かに、悪くないアイデアじゃな。しかし、懐に潜り込まれれば為す術が無くなるぞ。それが遠距離型の欠点じゃからな』
『心配ご無用っす、博士。実はアタイ、こんなアイデアがあるんすけど……』
弓であれ銃であれ、飛び道具は攻撃を避けられ懐に潜り込まれてしまうと手も足も出ない。そんな弱点を打破するべく開発されたのが、イレーナ発案のこの機能。
その名を『爆発反応式装甲』と言う。攻撃を被弾したタイミングに合わせ、内部から表面の装甲を吹き飛ばすことでカウンターを叩き込むのだ。
(吹っ飛ばした装甲は、ダイナモ電池から供給される魔力で何度でも修復出来るっす。内側の装甲を頑丈にしてるから、アタイへの被害はなし! 完璧な守りの策っすよ!)
懐に潜り込まれた際の反撃機能を組み込むことで、弱点を克服したイレーナ。見事フィルを吹っ飛ばし、ガスマスクの下で得意顔になる。
が、それがフィルの闘争心に火を付けた。是が非でもリアクティブ・パンツァーを攻略してみせる。そう決意し、フィルは起き上がった。
「フィルくん、大丈夫? 派手に吹き飛ばされたけど」
「ええ、大丈夫ですよ。生身の大地の民なら、今の一撃が致命傷になったでしょう。でも、シュヴァルカイザースーツはそう簡単に破損しませんよ」
駆け寄ってきたアンネローゼに、フィルは立ち上がりながらそう答える。ウルの陰陽鉄とブルーメタルの特殊合金で出来たスーツは、簡単には破壊出来ないのだ。
「それに、一発食らってある程度性質は分かりましたよ。あの反撃、派手に爆発するから一見威力が高いように見えますが、実際にはそうでもありません」
「え、そうなの?」
「ええ。威力を出し過ぎると、装甲を貫通してイレーナ自身が致命傷を負いかねません。ある程度防具を着込んだ敵が相手だと、そこそこのダメージに収まるでしょうね」
これまでの過酷な人生の中で培われた観察眼をフル活用し、フィルはリアクティブアーマーの性質を見極めにかかる。
「さて、続きをやりましょうか。今度はその反撃、完封してみせますよ」
「ふふん、バッチコイっすよシショー。アタイも勝ちを狙わせてもらうっす! でたらめバースト!」
「なら……武装展開、氷の大盾! フリーズバッシュ!」
再び弾丸をバラ撒いてくるイレーナに対し、フィルは氷の盾を展開しつつ体当たりを繰り出す。弾を防ぎつつ突進してくるフィルを、今度は仁王立ちで待ち受けるイレーナ。
彼女の狙いは一つ、先ほどのようにカウンターを叩き込むことだ。そんなイレーナの元に、ついにフィルが到達する。
「さあ、もう一発いくっすよ! リアクティブ」
「今です! フリージングスプレー!」
「あひっ!? 冷たっ!」
相手にぶつかるギリギリのところで急停止し、霧状にした氷のマナリボルブを吹き掛ける。一瞬にしてデスペラード・ハウルの表面装甲が凍結し、薄い氷の膜が張った。
「うー、さっぶ! でも、この距離ならリアクティブ・パンツァーの攻撃範囲内っすよ! もっぱつ食らえー! ……あれ?」
「ど、どうしたんじゃ!? リアクティブ・パンツァーが……」
「今回は発動しないわよ!?」
眼前で棒立ちになるフィルを吹き飛ばそうと、再び装甲を爆発させようとするイレーナ。が、何故か装甲を起爆させられない。
ギアーズやアンネローゼが驚く中、フィルはニヤリと笑う。指を伸ばし、デスペラード・ハウルの胸に埋め込まれたダイナモ電池をつんと突く。
「それは無理ですよ。だって、機体を全身まるごと薄くて頑強な氷の膜で覆いましたからね。いくら爆発させようとも、表面の装甲は弾けませんよ」
「ええー! そんな……あり? ぱ、パワーダウンしたっす!?」
「ダイナモ電池に僕の魔力を流し込んで、出力停止させてもらいました。これで僕の勝ちですね、イレーナ」
フィルの取った対策は、極めて単純なものだ。爆発する装甲が厄介なら、爆発そのものを封じて機能不全にしてしまえばいい。
事実、機体の表面を頑強な氷の膜でコーティングしたことで必殺のカウンターは封印された。こうなっては、懐に潜り込まれても反撃出来ない。
「むう……ここまで! 勝者、シュヴァルカイザー!」
「やったー! 流石フィルくん、見事に勝ったわね!」
「う゛う゛ー! く゛や゛し゛い゛っ゛! でも、おかげで改良しなくちゃいけない点がいくつか見えたっす。シショー、お手合わせありがとうございました!」
インフィニティ・マキーナの出力をゼロにされてはもう戦えない。ギアーズが決着宣言を出す中、アンネローゼは我が事のように大喜びする。
「いえいえ、僕にとっても有意義な模擬試合になりました。そのカウンター機能、目から鱗でしたよ。凄いものを考えつくんですね、驚きました」
「えへへ、シショーに褒められたっす! アタイ、チョーうれし」
互いの健闘を称え合い、握手を交わしていたその時だった。カンパニーの刺客の襲来を告げる警報が、基地の中に鳴り響く。
ブレイズソウル、キックホッパーとの決戦以来となる、ヴァルツァイト・テック・カンパニーとの戦いの時間がやって来た。
「来たわよ、フィルくん! 急いで出撃しましょ!」
「分かりました、アンネ様。イレーナ、見学しに来ますか? まだ戦わせられませんが、実際の戦いの様子を見て置くのは勉強になりますよ?」
「喜んでお供しまっす! シショーと姐御の活躍、しかとこの両のまなこに焼き付けさせてもらうっすよ!」
「ふふ、分かりました。では……出撃しますよ、アンネ様!」
「ええ、任せて!」
目をキラキラさせるイレーナを見て、フィルは出会ったばかりの頃のアンネローゼを思い出し微笑みを浮かべる。
仲間と共に、フィルは戦場へと向かっていくのだった。




