35話─楽しい遊園地デート
「さて、記念撮影も終わりましたし。アトラクション巡りをしましょうか」
「そうね、早速行きましょう! とりあえず、目についたところから乗ってくわよ!」
記念撮影を終え、フィルたちはスタッフと別れ広場の先へ進む。案内板を読み、二人は水を扱うアトラクションに特化したエリア『ウォーターキングダム』へと向かう。
「ウォーター・ライダーだって。あれ面白そうね、列もそんなに長くないし乗っていきましょうよ」
「そうですね、えーと……激しい水流に乗ってコースを巡れ! ドキドキハラハラのリバー・アドベンチャー! ですって。これは楽しそうですね」
ワープゲートを使い、二人はパークの入り口から遠く離れたウォーターキングダムに向かう。そこかしこに水路が巡らされた街風の景観が、涼を演出している。
真っ先に目に付いたアトラクションに乗る気満々なアンネローゼと共に、行列に並ぶフィル。十数分後、二人の番が来た。
「こんにちは! 今日はウォーター・ライダーへようこそ! これからお二人には、ダイナミックな水の旅を楽しんでもらいます!」
「ふふ、楽しみね。これに乗ればいいのかしら?」
「カーゴに乗り込んだら、カチッという音がするまで安全バーを下げてください。前にあるレバーを倒すと、カーゴの向きを変えられますよ。絶景を楽しんでください! それでは、よい旅を!」
水路を流れてきた二人乗りのカーゴに乗り込み、シートに座る二人。係員に言われた通り、安全バーを下げる。
直後、止まっていたカーゴが動き出した。係員に見送られ、二人は水の旅に出発する。
「きゃっ! 結構揺れるわね、これ。中々楽しいじゃな……つべたっ!」
「あっちの岩壁から、水鉄砲が飛んできましたよ! これ、もしかしなくてもずぶ濡れになるタイプのアトラクションなんじゃ……わぷっ!」
「フン、望むところだわ。どうせ服なんて魔法で乾かせるんだし、こっちから濡れに行ってやるわ!」
水流に乗ってコースを進んでいると、二人目掛けて水鉄砲が発射される。仲良く直撃を食らってびしょ濡れになった結果、アンネローゼが吹っ切れた。
レバーをくるくる回し、そこかしこから飛んでくる水鉄砲や滝のしぶきに自ら当たりに行く。最初は濡れるのを嫌がっていたフィルも、途中からノリノリになっていた。
「きゃー、冷たい! 楽しいわね、このアトラクション。あっちこっち流されてるだけでもテンション上がるわ!」
「あはは、僕もです! ……でも、二人ともびしょびしょですね、これ」
「いいのいいの! さ、これが終わったら他のアトラクションも乗るわよ! 今日は一日遊び倒してやるんだからね!」
ウォーター・ライダーを堪能した二人は、終点で降りた後魔法で服を乾かす。その後、別のエリア『スチーム・レールウェイステーション』に向かう。
蒸気機関車に乗り、音声ガイドの案内の元パークのあちこちを巡るアトラクションだ。ガタゴト揺られながら、二人は陸橋から見える風景を楽しむ。
「本当に広いのね、この遊園地。一日じゃ遊び尽くせなさそうだわ」
「そうですね……まあ、また来ればいいんですよ。いつでも来られますからね、僕の力が……ふあ」
「あら、眠いの? まあ、無理もないか。最近、ずっと忙しかったもんね」
心地よい揺れを感じ、フィルがうとうとし始める。エージェントとの戦いで溜まった疲れが、ドッと噴き出してきたのだろう。
アンネローゼはポンポンと自分の膝を叩き、フィルに告げる。膝枕をしてあげるから、ゆっくり寝ていいと。
「いつもお世話になってるから、お礼も兼ねて膝枕してあげる。一週するまでまだ時間あるし、ゆっくり寝てていいよ」
「いいんですか? ……ちょっと恥ずかしいですけど、それじゃあお言葉に甘えて……」
眠気が強くなってきたフィルは、頬を赤くしながらも横たわる。アンネローゼの膝に頭を乗せ、まぶたを閉じて眠りに着いた。
「すー……すー……」
「……改めて見ると、小っちゃいわね。フィルくんの身体って。こんなに小さいのに、いつも頑張って戦ってくれてるのよね……」
フィルの髪を撫でながら、アンネローゼは呟く。恋人の手を握り、微笑みながら願う。少しでも、自分がフィルの助けになれますようにと。
それからしばらくして、機関車は元の駅に帰ってきた。降りた二人は、次のアトラクションに乗ろうとパークを練り歩く。
「ありがとうございます、アンネ様。おかげで、いつもよりぐっすり寝られました」
「ふふ、ならよかったわ。可愛かったわよ、フィルくんの寝顔」
「も、もう! からかわないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」
「真っ赤になっちゃってー。もう、そういうとこがホント可愛いんだから!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くフィル。そんな恋人の頭をわしゃわしゃ撫でていたアンネローゼが、ふと横を見ると……。
「あ、お化け屋敷があるわ。『モータル・デッド・ハウス』……スプラッタな匂いがするわ」
「は、入るんですか? やめておいた方がよさそうな雰囲気がバリバリ出てますけど……」
「あら、大丈夫よ。私、こう見えてもホラーは得意なの。どんなお化けが来てもフィルくんを守れるわ。ささ、行きましょ行きましょ」
「うう、怖いのは苦手なんだけどな……」
ノリノリなアンネローゼに引きずられ、フィルはお化け屋敷に連れていかれる。ホラー耐性に自信がアンネローゼだが、果たして結果は……。
「オ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁ!! こないでぇぇぇぇぇ!!」
「ダメダメじゃないですかぁぁぁぁぁ!!!」
アンネローゼ、十七歳。お化け屋敷でビビり倒し、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら全力疾走する羽目になっていた。
もっとも、あちこちから現れる本物のモンスターや怨霊に追いかけ回されては仕方ないことではあるが。
お化け屋敷をゴリ押しで走破した後、フィルたちはぜいぜい荒い息を吐く。
「ぬ、抜かったわ……まさかモノホンのモンスターどもがいるとは思わなかったわ」
「はあ、はあ……怖すぎて心臓が止まるかと思いましたよ。最後のゾンビ軍団が出てきた時は、思わずシュヴァルカイザーに変身しそうになりました……。あと、顔拭いた方がいいですよ? 大変なことになってますから」
顔じゅういろんな液体でぐちゃぐちゃになったアンネローゼは、セルフモザイクが必要なほど酷い有様になっていた。
フィルから渡されたハンカチで顔を拭き、ようやく見られる顔になる。どこかで一息付き、恐怖によってかき乱された心を癒やそうとする二人。
「うう、酷い目に合った……。走り回ったから、お腹空いちゃったわね。そろそろご飯にしない?」
「そうですね、もうすぐお昼ですし。どこかでランチにしましょうか」
アトラクションに乗るのは一旦休憩し、昼食を食べに向かう二人。飲食店が集まるエリア『イート・ビューティフル・シティ』にて、良さげな店を探す。
「うーん、いっぱいあるわね。本格的なレストランに出店……どこにするかまよ……あら?」
「どうしました? アンネ様」
「あのお店……はんばぁがぁ? ってのを売ってるみたい。どんな食べ物なのかしら。ちょっと興味あるわね」
様々な飲食店が立ち並ぶストリートを歩いていたアンネローゼの目に、とある店が映る。それは、ハンバーガーがメインのファストフード店だった。
貴族として生まれ育ったが故に、アンネローゼはハンバーガーを始めとした庶民の食べ物の実態を知らない。彼女が興味を抱くのは自然なことだった。
「じゃあ、あのお店にしましょうか。食べ方は僕が教えますから、安心してください」
「ええ、お願いね。はんばぁがぁ……どんな食べ物なのかしら」
店に入り、二人は注文を行う。ちんぷんかんぷんなアンネローゼは、飲み物の注文以外をフィルに一任することを決める。
ちなみに、彼女が選んだ飲み物は炭酸飲料だ。興味を引かれ、飲んでみようと思ったらしい。チーズバーガーのセットを頼み、二人はテラス席に行く。
「お待たせしました、チーズバーガーセットです! どうぞごゆっくり!」
「へぇ~、これがはんばぁがぁなのね。……これ、どうやって食べるの?」
「包みを半分ほど剥がして、手で持ってがぶっ! とかぶりつくんです。こんな感じで……あーん」
「そ、そうなの? 随分下品な食べ方ね……ま、いいか。もう貴族じゃないし、郷に入っては郷に従えって言うしね。あむっ!」
フィルにハンバーガーの食べ方をレクチャーされ、最初こそ引いていたアンネローゼだが、チャレンジ精神を発揮しかぶりつく。
「ん、美味しい! なんだ、普通に美味しいじゃないの。やっぱり、何事もチャレンジが大切ね」
「ふふ、気に入ってもらえたようで嬉しいです。……あ、いいこと思い付いた」
「ん? どうしたのフィルく」
「はい、あーん」
もっしゃもっしゃハンバーガーを食べるアンネローゼを見て、フィルは何かを閃く。ポテトを一本取り、彼女に差し出した。
美味しそうに食べる彼女を見て、ついついあーんしてあげたくなったようだ。
「!?!!!??!!?!?!」
「な、なーんて……恥ずかしいですよね、やっぱりやめておきま」
「全身全霊の感謝を込めていただきます!」
予想外の行動に驚愕し、フリーズするアンネローゼ。気恥ずかしくなったフィルが手を下げようとした瞬間、ポテトが消えた。
「ん~、美味し❤ フィルくんに餌付けされるのも悪くないわね。ほら、もっとちょうだい? あ~ん」
「わ、分かりました。はい、あーん」
ノリノリなアンネローゼに、フィルは次から次へとポテトを食べさせる。二人の幸せな時間が、ゆったりと流れていた。