34話─超大型デート、始まる
翌日。朝早くから、イレーナとギアーズはラボに入り浸り、新しいインフィニティ・マキーナの製作を行っていた。
二人の邪魔をするのは悪いと、フィルとアンネローゼは出かけることにした。数日前のコンサート観賞以来、三度目のデートだ。
「さて、今日はどこに行きましょうか。フィルくん、どこか行きたいところある?」
「うーん、そうですね……。あ、じゃあ今回は趣向を変えてみましょうか。題して……」
「題して?」
「並行世界の観光巡りしようツアー! ってのはどうでしょう?」
談話室にて、どこへ出かけようか考える二人。そんな中、フィルがそう提案した。興味を持ったアンネローゼは、身を乗り出して食い付く。
「えっ!? なになに、すっごく面白そうじゃないのそれ! いっぺん行ってみたかったのよね、並行世界に!」
「並行世界における僕……『運命変異体』が存在していない世界しか行けない、という制約はありますけどね。それでも、結構楽しめると思いますよ?」
「そっかー、ちょっと制約があるのはもったいないけど……。悩むわね、どんな世界に行こうかしら」
「アンネ様の好みに合わせますよ? まだ時間はたっぷりありますし、焦らずに考えてくださいね」
しばらくうんうん唸った後、アンネローゼはふと昔のことを思い出す。遊園地に連れて行ってほしいと、父にせがんだことがあった。
(そういえば、お母様がまだ存命だった頃……四歳くらいだったかしら。遊園地に行きたいってダダこねたことがあったっけ。その後すぐ、お母様が体調を崩して取り止めになったのよねぇ)
そんなことを考えていたアンネローゼの心に、遊園地に行きたい衝動が膨らんでくる。せっかくだし、とアンネローゼは呟く。
「決めたわ、フィルくん。大地一つが丸々遊園地になってるような、エンターテイメントを極めた世界に行ってみたいわ!」
「遊園地、ですね。分かりました、今から探すのでちょっと待っててくださいね」
金色の門を作り出し、目的と合致する並行世界があるか探すフィル。その時、談話室にイレーナが入ってきた。
「シショー、ラボにあった大型レンチ使って……あひゃっ!? 何これ何これ、変な門がある!」
「これはね、フィルくんだけが使える並行世界を渡れる門なのよ。私たち、これから遊びに行ってくるの」
「わー、デートってやつっすか! さっすがシショーと姐御、オトナっすねー!」
得意げなアンネローゼの言葉を聞き、ヒューヒュー指笛を鳴らしながら茶化すイレーナ。そんな彼女に、一緒に来るか問うフィルだが……。
「あ、アタイのことはお気になさらず! 今、ラボですんげーアーマー造ってる最中なんで。それに、シショーたちのデートを邪魔するわけにはいかないっすから!」
「そうですか……分かりました。じゃあ、二人へのお土産を買って帰りますね。新しいインフィニティ・マキーナ、完成するのを楽しみにしてますよ」
「はいっす! シショーや姐御もビックリする、すんごいのを造ってみせまっす! お土産、楽しみにしてるですよー!」
そう言い残し、イレーナはラボへ戻っていった。彼女を見送ったすぐ後で、フィルは目当ての並行世界を探し当てる。
「ん、ありましたよアンネ様。世界そのものが巨大なテーマパークとして発展した並行世界が」
「いいわね、面白そう! それじゃ、早速レッツゴーよ!」
「はい! じゃあ、僕の手を握ってください。それでは、開門!」
金色の門を開き、フィルはアンネローゼをエスコートしながら並行世界へ渡る。二人が中に入った後、門は溶けるように消えた。
「シショー、結局あの大型レンチ……あっ、もう行っちゃった! うー、必要なこと聞きそびれちゃったよ」
その少し後、レンチの使用許可を取りに来たイレーナが項垂れることになったのを二人は知らなかった。
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「着きましたよ、ここが今回の目的地となる並行世界です」
「わっ凄い。あちこち街灯でギラギラしてるわね。人もいっぱいいるわ」
門をくぐり抜けた二人がたどり着いたのは、様々な色のネオンが輝く歓楽街だった。人の波に押し流されないよう注意しつつ、隅の方に向かう。
フィル曰く、ここは神々と闇の眷属が和解したことで生まれた、様々なエンターテイメントに特化した『もしも』の世界なのだとか。
「大地というより、世界そのものが巨大な遊園地みたいなものですね」
「へえー、そんな世界もあるのね。今更だけど、奥が深いわね並行世界って」
「あっちに案内板がありますから、遊園地がどこにあるか調べましょうか。ここはあんまり、治安が良くなさそうですから」
現在、フィルたちがいるのは所狭しと飲み屋とナイトクラブが建ち並ぶ夜の歓楽街。子どもが足を踏み入れていい場所ではない。
街の雰囲気からそれを察し、フィルはもっと健全で楽しく過ごせそうな場所を探す。案内板を眺めていると、ピッタリな場所が見つかった。
「あ、ありましたよ。ここから四つ隣にある別の大地が、丸々大きな遊園地になってるみたいです」
「おお、いよいよね。私とフィルくんの遊園地デートの時が来るわ!」
「直通の次元間フェリーがあるそうですよ。時間は、えーと……もうすぐ次の便が来る頃ですね、行きましょうか」
「ええ。はぐれないように、ちゃんと手を繋いでね!」
「ふふ、もちろんですよ」
差し出されたアンネローゼの左手を握り、指を絡めるフィル。恋人繋ぎをして、案内板の表記に従ってフェリー乗り場へ向かう。
フェリーに乗って一時間、二人は目的地である巨大遊園地……『ファルダリアン・パーク』に到着した。そこかしこから花火があがり、多数の客で賑わっている。
「おおお! 凄い人だかり……外から見るだけでも、楽しそうってのが伝わってくるわ!」
「まずはチケットを買いましょう。あっちの方に券売コーナーがありますから」
「ええ、早速行きましょ!」
二人はチケット売り場へ行き、フリーパスチケットを購入する。ゲートをくぐり、巨大な立像がある広場へ足を踏み入れた。
広場の中央には、色とりどりの花に囲まれた像が建っている。青いオーバーオールを着た猫のマスコットキャラ、『ネコールくん』の像だ。
「なになに、この猫くん遊園地のマスコットキャラなんだって。可愛いわね、耳がピンってしてて」
「なんでも、この遊園地の創立者をモデルにして作られたとか。パンフレットの後半部分に、ミッチリ書いてありますよ」
遊園地に入る際にスタッフから渡された分厚いパンフレットを読みながら、二人は像に近付く。台座に取り付けられたプレートには、こう書かれていた。
『ファルダリアン・パークの創立者にして平和の立役者、リオ・レジデンバーの功績をここに讃える』
それを見たフィルは、何とも言えない気持ちになる。その時、広場を巡回していたスタッフの女性が近付いてきた。
「こんにちは! 夢とワクワクに満ちたファルダリアン・パークへようこそ! お二人さん、とっても仲良しですね! 姉弟さんですか?」
「いいえ、違うわ。私とフィルくんは恋人同士なのよ! こ・い・び・と!」
「は、はい。そうなんですよ。えへへ」
スタッフの問いに、アンネローゼは胸を張ってそう答える。フィルの方も、照れながらではあるが同意した。
「あら、そうだったんですね! なるほど~、年の差アツアツカップルさんでしたか! どうです? ここで記念写真をパシャっとしてみませんか?」
「そうねえ、是非やりたいわ! いいでしょ? フィルくん」
「いいですよ、僕も賛成です」
「はいはーい、かしこまりました! では、こちらの魔水晶カメラで写真を撮りますね。はいはい、お二人ともぎゅーってくっついて! なんなら、抱き合ってもいいですよ!」
終始テンションの高いスタッフの言うがままに、フィルたちは像の前に並んでくっつく。フィルの腰に右腕を回し、アンネローゼはノリノリでピースをする。
「いぇいいぇい! ちゃんと可愛く撮ってよね! せっかくのデートなんだもの!」
「うう、何だか恥ずかしいです……」
「こらこら、だめよフィルくん。恥ずかしがってないでもっとくっついて! ほらほら!」
恥ずかしさで顔を赤くするフィルをぐっと抱き寄せ、アンネローゼはウィンクする。そんな彼らを微笑ましそうに見ながら、スタッフは水晶を向ける。
「では撮りますよー! 二人とも笑顔! そう、バッチリですよー。三、二、一……はい、チーズ!」
「いぇい!」
「い……いぇい!」
二人はスタッフのかけ声に合わせ、ポーズを取る。この記念撮影を皮切りに、幕を開けることになる。二人の楽しい、並行世界を舞台にしたデートが。