33話─弟子とシショーの顔合わせ
「ふむ、よい勉強になったわい。いやー、あれだけのものを造れるとはのう。思っていた以上に、才能の塊じゃったわ」
「るんるんるーん。褒められたー、褒められたー♪ 褒められちゃったら嬉しいなー♪」
数十分後、ギアーズたちが戻ってきた。大きな収穫があったようで、ギアーズはほくほく顔をしている。イレーナの方も、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
「そういえば、一つ気になったんだけど。イレーナ、親にはちゃんと言って出てきたの?」
「……アタイ、父ちゃんも母ちゃんもいないんだ。アタイが小っちゃかった頃に、二人とも病気で死んじゃった……。だから、ずっと一人で暮らしてたんだ」
「! ごめんなさい、もう両親が亡くなってたなんて……」
「ううん、気にしないで姐御。だいぶ昔のことだからさ!」
イレーナの置かれていた環境を知り、謝るアンネローゼ。そんな彼女に、イレーナは笑いながらそう答える。
「そうでしたか……色々あったのでしょうね、イレーナさんも。でも、もう大丈夫ですよ。これからは、僕たちが家族代わりになりますから」
「うむ。わしらはもうファミリーみたいなもんじゃ。遠慮なく甘えてくれて構わんぞ、イレーナ」
「えへへ、嬉しいな。憧れのシュヴァルカイザーにそう言ってもらえるなんて思わなかった!」
フィルとギアーズの言葉に、イレーナは目尻に涙を浮かべながら笑う。バイザー越しではあるが、アンネローゼは気が付いていた。
イレーナを見つめるフィルの視線が、慈愛に満ち溢れていることに。辛い過去を持つ者として、感じるところがあったのだろう。
「そういえば、おぬしらもう顔合わせはしたのか? これから一緒に暮らすんじゃ、ちゃんと素顔を見せておけ」
「おお、ついに! 謎に包まれていたシュヴァルカイザーの素顔が、本邦初公開……!」
「そこまで期待されると、何だか緊張しますね……。よっと、これが僕の素顔です」
「そしてこれが私のセクシーな素顔よ」
イレーナが目をキラキラさせる中、フィルとアンネローゼは認識阻害の魔法を解除しつつ素顔をあらわにする。
果たして、フィルたちの素顔を見たイレーナの反応や如何に。
「おおおおおおお!? シショー……もしかして、アタイより年下!? いや、背同じくらいだから同年代かなーと思ったら……」
「そうよ、フィルくんは十二歳なの。そういえば、まだイレーナの年齢聞いてなかったわね。あなたいくつなの?」
「アタイは十五歳っす、姐御! ふわー、姐御は凄くこう……アタイの想像した通りだなぁ! 凜々しくてかっこいい!」
「ふふーん。いいじゃない、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
大興奮するイレーナに容姿を褒められ、早速有頂天になるアンネローゼ。そんな彼女を見て苦笑いしつつ、フィルは自己紹介を行う。
「とりあえず、自己紹介しておきましょうか。僕はフィル・アルバラーズ。シュヴァルカイザーの中の人……ですね。これからよろしくお願いします、イレーナさん」
「はーい! あ、でもアタイが弟子なんだから敬語はいらないっすよ、シショー! これからは呼び捨てにしてください! というか、むしろアタイが敬語使いまっす!」
「そ、そうですね。呼び捨て出来るように努力します……」
シュヴァルカイザーことフィルの自己紹介を済ませた後、アンネローゼの番が来る。脱いだ兜を脇に抱えて、得意気に自己紹介を行う。
「じゃ、次は私ね。私はアンネローゼ。アンネローゼ・フレイシア・ハプルゼネクよ。元ヴェリトン王国の侯爵令嬢なの、よろしく!」
「どひぇえええ!! あ、姐御ってご令嬢だったんすか! なるほど、通りですんごい高貴なオーラを纏ってるわけだぁ……」
「おーっほっほっほっ! いいところに目を付けてるじゃない、イレーナ。あなた、見るめがあるわ!」
「やれやれ、ちょっとおだてられたくらいでまあ調子に乗るっへっえ!!」
調子に乗るアンネローゼを見て、ギアーズはやれやれと肩を竦め……た矢先、つま先を思いっきりヒールで踏まれた。
床を転げ回って悶絶するギアーズを一旦放置し、フィルたちはイレーナを連れ基地の中を案内する。リビングルームや談話室、訓練場。
図書室にキッチン、整備工場エリアを一通り案内し終えた後ラボに戻った。転げ回っていたギアーズはどこかに行ったようで、無人になっている。
「博士、どっか行っちゃったわね。転がりすぎて廊下に出たのかしら」
「多分、医務室ですかね。思いっきり足踏まれてましたから」
「ふん、水を差すのが悪いのよ。人が喜んでるってのに」
フンと鼻を鳴らしつつ、後で謝りに行こうと心の中で思うアンネローゼ。何だかんだ言って、悪いことをしたと考えているのだ。
「さて、とりあえずは一通り基地を見て回りましたが……イレーナさ……こほん、イレーナはどこか見たい場所はありますか?」
「はいはいはーい! ラボ! ラボを隅々まで見たい! どうやってスーツを造ってるのか知りたいっすー!」
「分かりました。じゃあ、僕が案内します。ただ、大型キカイには触れないようにしてくださいね? 下手に触ると怪我しますから」
「はーい!」
元気よく返事をするイレーナを連れ、フィルはラボの奥へ向かう。二人の後ろに着き、アンネローゼも後を追って歩こうとし……立ち止まる。
「ラボの説明ねー……聞いてると眠くなってくるし、私はパスでいいかな……。医務室に寄ってから、訓練場で運動してよっと」
難しい話を理解出来る頭が無いことを自覚しているアンネローゼは、二人に着いていくのをやめた。きびすを返し、ギアーズがいるだろう医務室へと向かうのだった。
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「なあコリン、ホントに行かないとダメか? 別にいいだろ、あンな奴の言うこと聞かなくても」
「わしとてそうしたいのは山々なのじゃがな、アシュリー。ヴァルツァイトに恩があるのは事実。恩を仇で返すのは、王としての威信に関わるのじゃよ」
同時刻、暗域。とある城の中に、三人の男女がいた。一人は、玉座に座った小柄な少年。漆黒の衣を纏い、全身をすっぽり覆っている。
「ま、コリンが行ってくれって言うならアタイらは従うけどよ。でも、別にちゃンと協力しなくてもいいンだろ?」
「うむ。ほどほどに付き合って、途中で屁理屈でも捏ねて離脱すればよい。イザリーからの報告によれば、相手は相当な手練れ。まともにぶつかれば、双方に大きな打撃になるからのう」
「は~い。コリンくんがそう言うなら、適当に切り上げてくるわ~。ね、シュリ」
「だな、カティ。形だけの協力でいいってンなら、楽に終わる仕事だな」
残りの二人は、どちらも女性。片方は、真っ赤な鎧を着て槍を背負った女……アシュリー。もう片方は、二メートルを超す体躯を誇る、青肌の女オーガ……カトリーヌ。
二人とも、コリンと呼ばれた少年の友であり、部下であり、妻でもある。ヴァルツァイト・ボーグからの要請を受け、加勢に行くメンバーに選ばれたのだ。
「何度も言うが、例のシュヴァルカイザーとは本格的に敵対してはならぬぞ。わしの推測が正しければ、奴の正体は……」
「百年前に救ってやったウォーカーの一族の誰か、なンだろ? しかしまあ、もしそうだとしたら奇妙な縁だよなぁ」
「うふふ、そうね~。これも星のお導きなのかしら~。……そろそろ時間ね。それじゃあ、行ってくるわねコリンくん。お土産、楽しみにしててね~」
「うむ、気を付けて行くのじゃぞ」
ヴァルツァイトの元へ出向するべく、アシュリーとカトリーヌは部屋を去る。一人残ったコリンは、もぞもぞと身体を動かす。
衣の下から左腕を出し、じっと手を見つめる。百年前の『とある出来事』を思い出しながら、小さな声で呟く。
「やれやれ。まさかこんな事態になるとはな。百年前から、休む暇がまるでないわい。此度の件も、早く片付けたいものじゃのう」
ため息をついた後、コリンは玉座から立ち上がる。気分転換でもしようと、軽い足取りで部屋を出て行った。
フィルやアンネローゼの元に、新たな強敵たちが現れようとしていた。